『彩恋』飯塚健監督インタビュー
遠距離恋愛の彼に振られてしまったナツ。小さいころから男嫌いのココ。気になる男の子に声をかける勇気もないマリネ。性格はバラバラだけど、仲の良い女子高生3人組。3人それぞれに悩みを抱え、それぞれが心を揺らしていく……。
関めぐみさん、貫地谷しほりさん、徳永えりさんと、話題作への出演が続くフレッシュな若手女優3人が共演する『彩恋』(さいれん)は、3人の18歳の少女を中心に、彼女たちを取り巻く人々の織り成すいくつもの恋愛模様を描いた、ポップなラブ・ストーリー。
本作のメガホンをとったのは、自主制作映画『サマーヌード』(2002年)でデビューし注目を集めた、現在28歳の新鋭・飯塚健監督。人気アーティストのヒットソングに乗せて、等身大の恋と友情を色鮮やかにスクリーンに描き出した飯塚監督にお話をうかがいました。
飯塚健(いいづか・けん)監督プロフィール
1979年、群馬県出身。22歳のときに自主制作映画『サマーヌード』(2002年)で監督デビュー。同作はテアトル新宿で公開されヒットを記録し、注目を集める。その後、中編『金髪スリーデイズ35℃』(2003年)、オムニバス作品『天使が降りた日』(2005年)を監督。監督第4作『放郷物語』(2006年)では小説版も自ら執筆し、『彩恋』でも公開に先駆けて出版された原作小説を執筆している。ほかの著書に自らの体験を綴った「ピンポンダッシュ」がある。また、演劇ユニット“時速246”で舞台劇の脚本・演出も手掛けている。
ココ、ナツ、マリネの3人が並んだときにバランスが面白い
―― 『彩恋』は、どのような経緯で作られることになったんでしょうか?
飯塚:ぼくの前作の『放郷物語』(2006年)を観ていただいたプロデューサーからお話をいただきまして、「女子高生もので、オリジナルでなにかできないか」というのが企画の発端だったんですね。それ以外には特に縛りはなくて、自由に書かせていただいたという感じです。
―― 女子高生3人が中心ではありますけど、その周囲の人々も含めた群像劇的な要素が強いですね。それは特に意識はされていたのですか?
飯塚:ぼくは今までも群像劇しか撮っていないんですよね。単純に群像劇が好きだというのもありますし、今回もはじめから「群像劇をやろうよ」という企画だったので、そこはあんまり意識はしてないです。意識していたのは「音楽をたくさん入れてくれ」という話があって、歌ものを最低8曲入れるというのがマストだったんです。それは音楽的な展開とか制作ワークの中で必要だったので、なるべく歌ものがハマっていくような画を撮ろうとは意識していました。
―― では、挿入歌は脚本の段階からどのシーンでどの曲を使うかを想定していたんですか?
飯塚:ええ、すべてというわけではないんですが、何曲かはそうです。たとえば、GOING UNDER GROUNDの「サンキュー」だったり、くるりの「ばらの花」は脚本の段階から決めていました。
―― その2曲以外にも多彩なアーティストの曲が使われていますが、それも監督の希望で選曲されたんでしょうか?
飯塚:そうですね。ただ、シーンによっては、最初に考えていたものから、もろもろの事情で何回か曲がチェンジしたところもあるんです。でも、その中でベストな曲を使わせていただけることができましたし、基本的には、ぼくが聴いて、編集で実際に音を当ててみて「これはハマる」っていう曲をプロデューサーに出して、アーティストさんに当たっていただいて、OKを貰っていただいてという感じです。
―― キャスティングについてお尋ねしたいのですが、ココ役の貫地谷しほりさんと、ナツ役の関めぐみさんは、監督の作品に出演するのは初めてですね。
『彩恋』より。左から、マリネ役の徳永えりさん、ナツ役の関めぐみさん、ココ役の貫地谷しほりさん
飯塚:ココとナツについては、ナツは長身の子がいいなっていうのがイメージとしてあったんですね。小学校くらいのときから“前ならえ”をしたときは一番うしろにいるような子で、一番うしろから物事を見ているような言葉を喋っていると思うんですよ。ココに関しては、いろいろな事情があって格闘技をやっているとかのバックボーンがあるときに、なんか芯が一本とおっているというイメージがあったんですね。そういうイメージがあった中で、実際にふたりにお会いさせていただいて「ああ、この人だな」って思って決めたということですね。
―― マリネを演じた徳永えりさんは『放郷物語』にもご出演になっていますね。
飯塚:マリネに関しては、関西から引越ししてきたってこと以外は特に決めずにいたんです。小説のほうでは彼女のバックボーンを思いっきり書いているんですけど、もともといじめられっ子で、そういう事情があって越してきていて、想像の世界に逃避をするんで小説家を目指していたりする。それに加えて、初めてできた友達がココとナツであるというようなバックボーンを考えていたんです。それで、徳永さんと仕事をするのは初めてではないので、彼女ならうまくやってくれるかなということも思いつつ、あとは3人が並んだときにちょっとバランスが面白くなりそうだなって思ったんですよね。
―― 一番最初のカットが関さんのどアップですよね。あれはすごく印象的でした。
飯塚:やっぱり、映画の始め方ってすごく大事だと思うんですよ。ファーストカットをこだわる人とこだわらない人がいて、すんなりと入っていく方法ももちろんあると思うんです。でも、ぼくは小説も第1行目をどうするかずっと悩んでしまうタイプで、今回の映画もどういうふうに入ろうかなとすごく考えたんです。それで、観ているお客さんを渦中にポトンと落としたかったんですよ。なにが起きていて、どんな会話なのかというのが、徐々にわかっていくようにしようと思ったんです。始まった瞬間に「え、なに?」っていう大きなクエスチョンマークを浮かべていただきたいなと思って、あんなにアップにしました(笑)。
ありそうでないような、ないようであるような、その間を行きたい
―― 脇を固めるみなさんも魅力的で、ナツの父親役の温水洋一さんはまさにハマり役だと感じました。
飯塚:温水さんとは以前からお仕事がしたかったんですけど、温水さんに合うような役を今まで書いたことがなかったんですよ。今回、初めて「これを温水さんがやったら面白いな」って思えたんで、オファーを出したんです。温水さんって、すごく哀しさがありますよね(笑)。今回の役は、そういうオヤジだろうなと思ったんですね。
―― ココの母親の亜子を演じた奥貫薫さんは、貫地谷さんと並ぶとどことなく顔も似ていて、ほんとに親子みたいで面白かったです。
飯塚:ぼくもそれは思っていましたし、本人たちも「こんなに似ている親子の設定ってあまりないよね」って言っていましたね。キャスティングとしては先に奥貫さんが決まっていて、別に似せるというのは意識してはいなかったんですけど、なんか似ていましたね(笑)。あれは予想外でした。
―― マリネの父親の高杉亘さんは、ちょっと意外なキャスティングかなとも思いましたが?
飯塚:高杉さんとも、前からずっとお仕事をしてみたいと思っていたんですよ。たぶん、父親役をやるのは初めてだったと思うんですけど、マリネが徳永さんだから父親が高杉さんで成立するんじゃないかみたいなところも、ぼくの中ではあったんです。高杉さんの娘が関さんだったり貫地谷さんだったりしたら、なんか嘘くさくないですか?(笑) そういうのがあったので、徳永さんの父親役ならいけるかなと思ったのと、やっぱり高杉さんは体格がすごくいいので、救命士という役に説得力があると思ったんです。
―― ココの後輩役の細山田隆人さんや、ナツの弟役の松川尚瑠輝さんは、この映画の中では割とコミカルな部分を担っているように感じたのですが、監督から特になにか言われたことはありますか?
飯塚:ふたりとも勘のいい役者さんですから、脚本に書いてあることを忠実にやってくれたので、あんまりぼくから言うことはなかったですね。ただ、松川くんがサウナで温水さんときたろうさんと話をするシーンについては、けっこう言いました。あそこは笑かそうというつもりはまったくなくて、ギャグって1個もないと思うんですよ。話している内容は彼の下半身に関することですけど、あの年頃の男の子にとって下半身が剥けているか剥けていないかっていうのはほんとに一大事の問題だと思うんですよね(笑)。だから、会話としては面白みを持って聴いてもらえるセリフにしようとはしているんですけど、演じている人がその会話を受けるときに笑ってもらうと困るんですね。メリハリをつけるということですかね。ほかのシーンで細山田くんにも同じようなことは言いましたね。
―― 吉田役のきたろうさんとは以前からお仕事をされていますが、この役は最初からきたろうさんを想定していて書かれていたのでしょうか?
飯塚:あの役に関してはそうですね。もう、きたろうさん以外はいないなと思っていました。
―― きたろうさんの役は、ほかの人物にすごく深く関わるわけではないけど、無関心なわけでもないですよね。その距離感が面白くって、この映画の人間関係の根本のところを象徴しているように感じました。
飯塚:ああ、そういう視点はすごく面白いですね。やっぱり、教習所の教官と生徒って、劇中で描いているのはココだけですけど、たぶんほかのふたりも同じように免許は取っているわけで、ベースにあるのはそのくらいの関係性なんですよね。それ以上は介入しないですし、でもなんとなく情報は入ってくるから少しは考えるというか、あれくらいが適切な気がしています。
―― 作品全体をとおして感じたのですが、人物像も、出てくる車とか小道具とかも、すごくリアルに現実を描いているわけではないと思ったんです。でも、まったく絵空事のファンタジーでもないという、その雰囲気が絶妙だと思いました。
飯塚:そこは意識した部分ですね。ココが乗っているパワーボードだったり、亜子のワーゲンのバンだったりとか、ありそうでないような、ないようであるようなっていう、その間を行きたいなと常に思っているんです。やっぱり、お金を払って観ていただくものなので、ほんとに現実的なものをガンと見せてもきついものがあるんじゃないかとぼくは思うんです。でも、まったくの絵空事だと、それはもっと大掛かりにやらないとできないんじゃないかとか思う節もあるので、どっちにも転がれるみたいなところを考えていました。
―― ラストは、ナツは悲しい経験をしますけど、作品全体としてはハッピーエンドと捉えても良いのかなあと思ったのですが、監督ご自身はどのように考えていらっしゃるのでしょうか?
飯塚:やっぱり、駅の券売機で始まって、券売機で終わるっていうのが、書いているときからなんとなく決まっていたことなんです。最後の結婚式のシーンというのは、エンドロールのバックに引いてあればいいなみたいな場所ではあるんですね。物語としては、ナツが泣くところで終わっているんです。だから「これはハッピーエンドか?」って思う部分もあるんですけど、ずっと泣けなかった人が泣けているってことでは、あれはハッピーエンドのかたちだと思うんですよ。それが伝わればいいなと思っています。
―― タイトルの『彩恋』というのは元々はない言葉ですけど、どういう発想で名付けられたのでしょう?
飯塚:活字になったときに、字面で「オッ」と思えるタイトルにしたかったんですよ。それで、ぼくの中で造語がちょっとブームだったんですよね(笑)。前作の『放郷物語』の“放郷”というのも実際にはない言葉ですし。だから、造語で“恋”という字を入れたくて、カタカナにしたときにも意味を持てればいいなと思っていたんですね。ダブルミーニングになるというのが発想としてはあって、あとは“彩”という漢字がいいなと思いまして『彩恋』と付けました。
―― では最後に、この映画をご覧になる方々にひと言お願いいたします。
飯塚:映画の中の女子高生と同じ時間を生きているような実際の18歳の子たちから、いい年を重ねていった大人の人たちまで、幅広い人が胸がキュンとなるようなところをスタッフ一同が目指して作ったような映画なんです。あまり難しいことは一切やっていなくて、わかりやすく作ったと思うので、なにも考えずに楽しんでもらいたいですね。それで、終わったあとに、恋がしたくなってくれると嬉しいなって思います。
(2007年7月30日/ジャパンクリエイティブマネージメントにて収録)