『オンナゴコロ』前田綾花さんインタビュー
「楽しいか楽しくないかで言えば、楽しくはない。哀しいか哀しくないかで言えば、哀しくはない」。そんな、なんの刺激も感じられない毎日を過ごすアコ。昼間は歯科医の受付で働きながら、夜になるとダーツバーに通い、そこで出会った男たちと“ゲーム”に興じていく……。
数々のテレビドラマを手がけてきた松田礼人監督の初劇場長編作品となる『オンナゴコロ』は、都会の片隅で暮らし、小さな出会いと別れを繰り返していく女の子を独特のタッチで追っていくユニークな作品。孤独感を抱えた彼女が、その生活の中で見出していくものとは?
主人公・アコを演じたのは、『閉じる日』『夢なら醒めて……』『BORDER LINE』など、日本映画界の中で独自の存在感を放つ前田綾花さん。ココロの空白をカラダで埋めようとするヒロインを、前田さんならではの空気感を身にまといながら演じています。
多くの監督たちを惹きつける個性派女優の“ココロ”に迫ってみました。
前田綾花(まえだ・あやか)さんプロフィール
1983年生まれ、兵庫県出身。1998年に雑誌「ニコラ」のモデルとして芸能活動を開始。2000年『閉じる日』(行定勲監督)のヒロインに抜擢され注目を集める。同年公開の『シンプルライフ・シンドローム』(荒木スミシ監督)以降、映画を中心に活動。出演作に『夢なら醒めて……』(2002年/サトウトシキ監督)、『BORDER LINE』(2003年/李相日監督)、『2番目の彼女』(2004年/大森美香監督)、『AKIBA』(2006年/小沼雄一監督)、『むずかしい恋』(2008年/益子昌一監督)など多数。テレビドラマでも2004年に「愛のソレア」で主演をつとめる。
「アコという子を大事にしてあげたいな」
―― 最初に『オンナゴコロ』のお話があったときにどんな印象を受けたか教えてください。
前田:一番最初に監督とお会いしたときに、監督がやりたいことが「いろいろな人が生きている中で、ヒロインの女の子をただ追いかけているだけという映画を撮りたいんです」という話をされたんです。熱く映画について語っていたので、この監督に任せれば大丈夫だなっていう気持ちでした。
―― 脚本を読んだときには、アコという人物をどう思われました?
前田:すごく「わかるなあ」ってところもあったし、根本的に自分と似ているところがあったんです。ひとりでいる時間を大事にしたり、でもそうやって自分でひとりの時間を作っているのに淋しいって思ったり、周りから面倒くさいと思われる感じのところはすごく似ているなって。だから、普通に「私はこの子を大事にしてあげたいな」って思いました。
―― 逆に、ここは自分はアコと違うなとか、共感できないというところはありましたか?
前田:最初の脚本では、アコと大浦(龍宇一)さんが演じたリリー(アコが通うダーツバーのママ)との距離がもっとあって、ただのお客とお店の人っていうだけだったんです。だけど、私はこれだけ店に通ってて一緒にいる人だったら、たぶんアコもリリーにだけは心を開いているんじゃないだろうかっていう部分があって、最終的にはそういうふうになったんです。
―― その点に関しては、前田さんの意見を取り入れて脚本が変わっていったんですね。
前田:そうですね。けっこう何回も打ち合わせをして話し合って、一番やりやすい状態で現場に挑めるようにという監督の配慮があったんです。最初はアコはもっと暗いというか、閉ざしている子だったんです。ただ淋しい毎日ってだけだったんですけど、いろいろ話しているうちにオープン目になったというのはありました。
―― アコのキャラクター以外の部分で、前田さんから意見を出した部分はあるんですか?
前田:あんまりなかったですね。この映画はすごくいろいろな人がゲストで出ていて、ワンシーンずつ面白いことをやってくれるんです。監督からはそこで「もう流れに乗っかっちゃっていいよ」って言われていて、完全に現場の流れでやっていたので、特に私のほうからは仕掛けるというのはなかったです。
―― ちょうどお話に出ましたけど、ゲストのみなさんは豪華なメンバーが揃っていて、しかも前田さんが以前に共演されている方が多いですね。
前田:そうなんですよね(笑)。(共演するのが)初めてだったのはお笑いの方(猫ひろしさん、ますだおかだの増田英彦さん、山里亮太さん)と、石田(卓也)さん、波岡(一喜)さん、それから佐藤二朗さんくらいかな。7割がた知り合いでした(笑)。
―― 個人的には水橋研二さんと山本浩司さんの出演シーンが特に印象に残りました。
前田:あは(笑)。あそこは撮影の都合で水橋さんと山本さんが6時間くらい待ちにになっちゃって、その待ち時間にふたりがいろいろ考えて、ああいうことになったんですけど、監督も「あのふたりはなにをやるかわからないからほっとく」って。
―― おふたりが強烈な役をやっている一方で、弓削智久さんが割と普通の男の子をやっているのが意外でした(笑)。
前田:弓削さんは、なんか「すごくカッコよく去りたいから、なんて言って帰るのがいいかな」ってすっごい悩んでましたね。「ワンシーンだけだから、ちゃんと観た人に残るようにさらっといい男で出ていきたい」って、ずっとひとりで研究されていました。
―― では、ゲストの方々の出演シーンは演じるみなさんが自分のアイディアで演じられた感じなんですか?
前田:そうですね、みんなワンシーン、ツーシーンくらいだし、監督も「好きにやっていいよ」って言っていたので、みんなちょっと遊びに来るくらいの感覚で、自分がやりたいことを全力投球でくるんです。私はたぶんキャッチャー側っていう感じだったんで「次になにが出てくるんだろう?」っていうのはありました。わざわざテストと本番とで変えてくる方とかいましたし、そういうときはもうビックリして普通にリアクションしちゃって、けっこうそういうことが多かったです。いろいろネタ的な感じで楽しかったです。
―― いろいろな方と共演する中で、相手との関係を演じる上で難しかったところはありますか?
前田:安藤亮司さんと藤川俊生さんのやった役には、アコもちょっと恋をするんですけど、その気持ちをうまく出せない女の子の「このへんからスイッチが入った」ってところはちょっと難しかったかなと思います。
「アコとしてでも、前田綾花としてでも、思ったことを素直に出していい」
―― 『オンナゴコロ』では、最初のカットから最後まで、ほとんど全てのシーンに出演されてますね。主演作といってもこれだけ出演シーンが多いのも珍しいですよね。
前田:ワンシーンだけなんですよ、出てないのが。
―― 今回みたいに、ほぼ出づっぱりという作品は初めてですか?
前田:昔やった『夢なら醒めて……』(2002年/サトウトシキ監督)もほとんどのシーンに出ているという感じだったので、それ以来ですね。思っていた以上に大変でした。香盤表(撮影のスケジュール表)に○がいっぱいあって、終わって塗りつぶしていくのが楽しみでした(笑)。
―― 撮影期間中はスケジュールも大変でしたか?
前田:10日間くらい御殿場に泊まりこみでやっていて、一番最初に(現場に)行くのがメイクさんと私で、一番最後までいて、みんなで終わるって毎日だったんで、ご飯休憩とかになるとご飯より寝るっていう、そんな感じでした。あと、外のシーンとかは都内で3日間くらい撮って。
―― その日程であれだけの出演シーンとなると、かなり過酷ですね(笑)。
前田:でした(笑)。
―― それだけ出演シーンが多い中で、アコの気持ちの移り変わりなどを表現するところで難しかった部分はありますか?
前田:アコはそんなに成長するわけでもなく、ただなんとなく過ぎていくっていう感じだったんで、あんまり変化っていうのを後半までは出さないっていうのがあったんですね。監督からは「気分の浮き沈みは誰にでもあるからそういう感じでいいよ」って言われていて「楽しいときには楽しい顔をすればいい、つまらないと思っちゃったらつまらない顔をしていい」って、そういう感じでしたね。
―― では、アコという人物を作り上げてお芝居をしたというよりは、前田さん自身をストレートに出した部分もあるのでしょうか?
前田:はい、けっこうアコちゃんを前田綾花に近づけて決定稿ができたので、アコとしてでも、前田綾花としてでも、どっちでも思ったことを素直に出していいって感じの作り方でした。
『オンナゴコロ』より。インスタントカメラで自分を撮るアコ
―― 映画の中でアコの特徴として、写真で自分撮りをするというがありますが、前田さんご自身は写真を撮ることは?
前田:アコが撮ってるポラロイドみたいなのでは撮らないんですけど、デジカメでよく撮ります。私は自分じゃなくて友達ばっかり撮っています。
―― アコの自分を撮るという行為についてはどう思いましたか?
前田:最初は撮る意味がわからなかったんですけど、監督と「なんで撮るんだろう?」っていう話をして「きっと、なんとなく始めてそれが日常になっちゃって、そしたらそのときの気分を撮って浄化させてあげることができている気がしてきたんだ」っていう話になったんです。いま悲しいから撮って、それが写真になって(インスタントカメラから)ジーっと出てきたら「もうこの悲しみは終わり」っていうそういう意味を込めて。
―― ちなみに、前田さんが写真を撮るのはどういうときなんでしょうか?
前田:楽しいときとかですね、酔っぱらっているときとか。そういうときに撮った写真ってみんな楽しそうにしているし、そういうのを見ているのが幸せです。……ってなんか淋しい感じだな(笑)。でも楽しいです。家に写真はすごくいっぱいあって、几帳面にファイルに入れて、よく見返しています(笑)。
―― それからこの作品って、かなり暗かったりハードな展開の部分もありますけど、全編をとおしてそれをユーモアで包んでいるような感じがありますね。
前田:監督の一番伝えたいことが「アコが決めたことで、周りから見たら間違っていることや、よくない結果を出しちゃったことでも、本人がこれでよかったって思って前向きに進んでいるからそれでいいんだよ」ってことだったんです。だから、最初からあまりシリアスにする気もなかったんですね。
―― なるほど、そういう明るい感じにしたいというのが監督の中に一貫してあったんですね。
前田:はい、「いままでやってきたことも、これからも、自分が正しいと思っていればそれでいい」っていう、けっこう優し目なメッセージがあるんです。
「10年でちゃんと1周回って、いいサイクルでできたなあって思っています」
―― ちょっと今回の映画からは離れた質問になりますが、今年で映画のお仕事を始めてから10年目になったんですね。
前田:はい、10年目になりました。2度、3度って一緒にお仕事する監督も多かったんで、ほんとに楽しい10年間でしたね。ほとんど映画ばっかりで、よくやってこられたなあって(笑)。
―― 10年を振り返って見てどうでしたか? ってこういう質問の仕方もベタですけど(笑)。
前田:あはは(笑)。やっぱりターニングポイントになる作品というのはいくつかあって、いろいろ迷っているときにそういう作品に出会えたりとか、ほんとにつくづくラッキーだったなって思います。
―― 『閉じる日』(2000年)の行定勲監督をはじめ、個性あふれる監督さんたちとお仕事されてきていますね。いま「ターニングポイント」という話が出ましたけど、監督さんで特に思い出深い方を挙げるとするとどなたになりますか?
前田:行定さんと李相日さん、それから大森美香さん、去年公開になった『むずかしい恋』(2008年)の益子昌一さんですね。行定さんはデビューのころの作品で、高校卒業くらいのときに李さんとお仕事して(『BORDER LINE』/2003年:製作は2002年)、それからまた3年くらいして大森美香さん(『2番目の彼女』/2004年)と、コンスタントに軸となっている人に出会えていて、益子さんは行定さんの『閉じる日』の脚本を書いていた方なんです。10年目でちゃんと1周回って、いいサイクルでできたなあと思っています。
―― けっこう変わった役も多かったですけど、あまり自分で「こういう役を」というのは決めずにやってこられたんでしょうか?
前田:ですね。だいたい暗い、切ない、儚い、みたいな役が多かったので(笑)。
―― けっこう映画の中で死んでることが多いですよね(笑)。
前田:そうですね、死ぬか殺すかみたいな。やだなあ(笑)。
―― ご自分ではそういう役が多かったのってなぜだと思います?
前田:そう見られやすいんですよね、翳があるというか。デビュー作からそうですし、だから自分の得意分野なんです(笑)。
―― 前田さんご自身にはそういう資質ってあるんでしょうか?
前田:すごく人見知りをするんです。だから最初に会った人からはけっこう「大丈夫?」って感じに思われることが多くて、でも会うのが3回目くらいになるとけっこう普通です(笑)。
―― そういういままでのイメージみたいなものも踏まえて、今後やってみたい役は?
前田:時代物ってやったことがなくて、それはやってみたいですね。あとは明るい役を(笑)。今年からはまた新しくいろいろ挑戦していこうと思っているんです。得意分野は得意分野でとっておいて、明るい役の話も来るようになればいいなって。すごくひねくれている役が多いんで、まっすぐな女の子の役が(笑)。
―― 最後に、今回の『オンナゴコロ』という作品について、ご覧になる方にどう観ていただきたいかというメッセージをお願いします。
前田:いろいろな観方ができると思うんです。自分自身とは全然関係ない話だととらえて俯瞰から観てもいいし、アコの気持ちで観ても、リリーの目線で観ても、いろいろ違った角度から観たらいろいろな人が輝いているので、そこは楽しみ方として観ていただければ嬉しいかなと思います。
―― もしかしたら、この作品って男性と女性で受け取り方が変わってくるかもしれませんね。
前田:たぶんそうですね。あと、個人個人の恋愛感の違いでもだいぶ変わってくると思います。男の人はアコの目線で観ると新しい発見ができるかもしれないですし、女の子はリリーの目線で観たほうが「オンナゴコロ」がわかるんじゃないかなって気がします。
(2009年1月29日/GPミュージアムソフトにて収録)