『今日子と修一の場合』小篠恵奈さんインタビュー
家を追われ子供も失い、繁華街で声をかけてきた男と暮らす今日子。少年刑務所から出所し、工場に住み込みで新たな生活を始める修一。東北の同じ町から上京し、互いの存在を知ることもなくそれぞれの人生を生きるふたりは、それぞれに“あの瞬間”を迎えた――。
奥田瑛二監督の6年ぶりの長編作となる『今日子と修一の場合』は、東北大震災の被災地を故郷に持つ女と男が主人公。安藤サクラさんと柄本佑さんを主演に迎え、震災を背景に喪失と再生が描かれていきます。
この作品で、修一と同じ工場で働く女性・未来(みき)を演じたのが小篠恵奈さん。重い過去を背負った修一にまっすぐ向きあおうとし、役名のとおり修一の進む先を照らす希望となる未来を、落ち着いた存在感で演じました。
デビュー以来『ふがいない僕は空を見る』『ももいろそらを』など話題作への出演が続き、1年間で出演作は5本以上。いま注目すべき女優である小篠さんに『今日子と修一の場合』について、そして女優というお仕事について、お話をうかがいました。
小篠恵奈(こしの・えな)さんプロフィール
1993年生まれ、東京都出身。高校生のときに所属事務所のオーディションを受けて芸能活動を開始。初めて出演した映画『ももいろそらを』(小林啓一監督)が2011年開催の第24回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞(一般公開2013年)。2012年に出演作『カルテット』(三原順一監督)が劇場公開され、以降『ふがいない僕は空を見る』(2012年/タナダユキ監督)『終焉少女 LAST GIRL STANDING』(2013年/山岸謙太郎監督)『四十九日のレシピ』(2013年/タナダユキ監督)『ほとりの朔子』(2014年公開予定/深田晃司監督)『物置のピアノ』(2014年公開予定/似内千晶監督)と出演作の公開が続く。そのほか、ドラマや舞台などでも活躍中。
「未来は、実際にいたら仲良くなれないタイプですね(笑)」
―― 『今日子と修一の場合』に出演が決まったときのお気持ちを教えてください。
小篠:すっごい嬉しかったです。もともとは「この役を私で」ということで来ていた話ではなかったんです。でも、台本を読んで「どうしてもやりたいな」と思っていて、顔見せというかたちで監督にお会いさせていただいたら、その場で「はい、じゃあ未来ちゃん決定ね」みたいな感じになったので、嬉しかったです。
―― 「どうしてもやりたい」と思った理由はどんなところですか?
小篠:未来がいままで自分がやったことのない役だったということと、自分に似てない役だったので、すごくやってみたいと思っていたんです。未来は性格が優しくて明るくて、ヒロイン性があるじゃないですか。私はそれが正反対になった感じなんです(笑)。
―― 昨年の『ふがいない僕は空を見る』のときには、逆に役と小篠さんが似ているとインタビューなどでお話されてましたね(笑)。
小篠:そうですね、私が『ふがいない僕は空を見る』でやったあくつ純子って、暗くて、ひがみ根性が丸出しで、考え方とか生き方とか私と似ていたなって思います(笑)。人間の汚い部分って、たぶん人それぞれで違うと思うんですけど、その汚い部分の種類が私とあくつとは似てるなって感じでした。
―― 今回の未来には、あくつのように共感するような部分がなかったんですね。
小篠:はい、だから実際にいたら仲良くなれないタイプですね(笑)。そう思います。
―― 自分と似ていない役を、どう演じようと考えていましたか?
小篠:「こういう子いるよね」っていう想像を膨らませて「こういう子はどんなふうな喋り方をするのかな?」ということを考えました。それで実際に自分で喋ってみるんですけど、結局、最初の段階で監督に全部ダメって言われて(笑)。「そうじゃねえ」と言われたので「ああ、監督が考えている未来は違うんだ」と思って、結果的には監督の中の未来に近づけていっていたんだと思います。
―― 主人公の修一をはじめとして、未来の周囲にはいろいろな事情を抱えている人が多いですよね。その中で未来自身の事情はほとんど描かれていませんが、そういう部分はどう考えていましたか?
小篠:実は「未来にはなにか過去に事情があるのかな」という話を監督としたんです。それで「未来はそういう事情はないほうがいいんじゃないか」という話で落ち着いたんですね。でも、映画を観てくださった人が「この子にもなにか事情はあるんだろうか、ないんだろうか、どっちなんだろう」って、観たあとに考えてくれたら嬉しいと思います。
「撮影に入る前から“私は修一くんを好きになるんだ!”と思っていました」
―― 未来は修一に対して好意を持っていきますが、未来は修一のどういう部分に惹かれたのだと思いますか?
小篠:翳のある人って惹かれると思うんですけど、どういう部分というよりは、どんどん修一くんのことを知りたくなっていって、たぶんそれが「あ、好きだったのかな」っていう気持ちに変わっていっているんだと思いました。
―― 未来は、修一への好意を見せても決して積極的なわけではないですよね。そういう気持ちの表現の仕方に難しさはありませんでしたか?
小篠:あんまり難しいとは考えてなかったかもしれないです。私は修一くんがほんとに大好きだったんです。撮影に入る前から「私は修一くんを好きになるんだ!」と勝手に思っていて、やっているときは「ああ、好きって言いたいけど言えないなあ」っていう気持ちで演じていたんです。
―― では、撮影中は全然違うタイプの未来の気持ちにちゃんとなれていた感じですか?
『今日子と修一の場合』より。小篠恵奈さん演じる未来(左)は、柄本佑さんが演じる同じ工場で働きはじめた青年・修一に惹かれていく
小篠:どうなんでしょう……なっていたんですかね、あんまり覚えていないんですけど(笑)。でも、次第に未来にすり寄っていって、未来になれはしないけど、少しずつ理解できるようになれているのかなとは思いました。
―― 修一を演じた柄本佑さんには、どんなイメージを持たれていましたか?
小篠:もちろん、柄本さんが出演されてるいろいろな作品を観ましたけど、あんまり「こういうイメージ」というのは持っていなかったです。私は基本的にどの現場でもそうなんですけど「この人はきっとこういうお芝居するだろうな」というイメージは持たないんですね。
―― 実際に柄本さんと共演されていかがでした?
小篠:やっぱり、間の取り方がほかの人にはできないタイミングなんです。私は「このタイミングでセリフが来るだろう」って勝手に想像して待っているんですけど、そこで来なかったりとか「あ、いま来た!」みたいなのが多かった印象ですね。すごい飲まれっぱなしで、ついていくのに一生懸命でした。だから「絶対に大丈夫! 大丈夫!」と思いながらやっていましたね。ずっといっぱいいっぱいだったんですけど、修一くんと未来の最後のほうのシーンでは、修一くんの表情で私自身もちょっと安心できました。
―― 先ほど、未来の事情について監督と相談をしたというお話がありましたが、ほかに奥田監督とのやりとりで印象深かったことはありますか?
小篠:ふたつあって、ひとつはあるシーンをやっていてすごく怒られたんです。修一くんが殴られるのを見ているシーンだったんですけど、そこで驚いたら「それはお前だろ! 未来ちゃんでやれ!」って。私が見たときの反応になっているから、未来はそんなに表に出さないんだって怒られて、それが印象的でした。もうひとつは、全然違ってちょっと面白い話なんですけど、カットがかかったあとに監督がすごい怖い顔で近づいてきたんですよ。「うわヤバい、怒られる!」と思っていたら、監督が「なに言うか忘れたよ」って言ってそのまま戻っていって、あれは私の中ですごく面白かったです(笑)。
―― 奥田監督とお仕事をされて、どんな監督さんだと思いましたか?
小篠:面白い方ですし、すごく優しかったです。私が撮影の合間にパシャって隠し撮りして「隠し撮りしました!」って言っても笑って「ふざけんなよ(笑)」とか、気さくに接してくださいました。撮影に入る前に最初にお話ししたときからすごく気さくな感じの方なんだろうなという印象があって、それは撮影中も、撮影が終わってからも、ずっと変わらなかったですね。
「台本を読んだとき“ふたりの人の物語が観られるんだな”っていう感覚があったんです」
―― 予告編にも使われていますが、後半のほうで未来と修一が一緒にラーメン屋さんに行って、肘がぶつかっちゃうというシーンがありますね。すごくいいシーンだなと思いました。
小篠:ああ、あそこは私も観ててホッコリします。なかなかタイミングが合わなくて、何回も撮り直したんですけど(笑)。
―― あれは未来が左利きだから右利きの修一と肘がぶつかっちゃってるわけですけど、小篠さんご自身は左利きなんですか?
小篠:左利きです。でも私は普段はすごく気をつけてて、ぶつからないように左側に座るようにしているんですよ。だから実際はああいうふうにぶつかることはないですね(笑)。
―― あそこは最初から肘がぶつかると決まっていたんですか?
小篠:いや、台本には「他愛もない会話をしている」ということしか書いてなかったと思います。それで、ラーメン屋さんに入ってから監督が「ぶつかったほうがいいと思う」って言った気がします。
―― では、監督が小篠さんが左利きなのを知って思いついたシーンなんでしょうか?
小篠:はい、そういうことだったと思います。
―― あのシーンの撮影でなにかエピソードがあればお願いします。
小篠:何回も撮り直してラーメンを食べてばっかりだったので、みんな「もうお腹いっぱい」って言ってましたね(笑)。あと、台本には「他愛もない会話をする」って書いてあるんですけど、本番の前に監督に「お前、ちょっと来い」って言われて、よくある「面白いコピペ」みたいなのを見せられたんですよ。みんなには内緒で「本番で話す内容はこれにしよう」ってなったんですけど、本番で話したら私がすごくたどたどしくてシラケちゃって(笑)。監督には「まあ、これはこれでいっか」って言われました(笑)。
―― そのほかに、映画の中で小篠さん自身が気に入っているシーンはありますか?
小篠:うーん……けっこういっぱいあるんですけど、映画として私がすごく好きなのは、柳田(演:川崎勇人)と久保(演:久場雄太)というふたりの工員がいて、修一くんにひどいことを言ったりするんです。そのふたりが、話している内容は最低なのに面白そうにふざけてるところはすごく嫌なリアルさが出ていていいですね。あと、和音匠さんが演じたケンイチくんという役がイジメに遭っているときの格好はすごく印象的です。
―― この作品は今日子と修一のパートが分かれているので、完成した作品を観て初めて全体像がわかるところがあると思うのですが、実際にご覧になっていかがでしたか? 台本で想像していたのと違っていたりとかは?
小篠:観ているときは、そういうことをあまり考えなかったですね。イメージどおりのところも多かったですし、演出的なことで「ああ、ここをこうするんだ」って驚かされるところも多かったですけど、ほんとに自然に今日子と修一ふたりの人生が入っていたので。台本を読んだときに「ふたりの人の物語が観られるんだな」っていう感覚があったんです。震災という出来事の中でひとりひとりの人生があると思うんです。きっと今日子や修一に似た境遇の方もいるでしょうし、そういう人生を観られる映画だと思っています。
―― そういう『今日子と修一の場合』という作品の「ここを観てほしい」という部分をお願いします。
小篠:やっぱり、主演の安藤サクラさんと柄本佑さんおふたりの表情が第一なんですけど、たまに挟まれるふとしたカットを観て、映画の空気を感じてもらえればいいなと思います。それから、物語の中の私を観てほしいですね。
「女優がどういう仕事なのかは、まだ答えがわからなくて探している段階なんです」
―― 小篠さんは、ご自分で応募されていまの事務所に入られたそうですね。
小篠:そうです。高校生のときなんですけど、お芝居がやりたいなと思って、いろいろ事務所はありますけどお芝居をやるなら女優の事務所だと思って、いまの事務所のオーディションを受けました。
―― そして、初出演の映画が『ももいろそらを』で、最初の作品で東京国際映画祭のグリーンカーペットを歩いてるんですね(笑)。
小篠:歩きました(笑)。すごく貴重な経験をさせていただいて、緊張した覚えがあります。
―― 初出演作で映画祭を経験されていたり、そのあとの出演作もそうですけど、作品とのいい出会いをされていますね。
小篠:そうですね、『ももいろそらを』は現場も普通の撮影現場とは全然違っていたので最初の仕事が『ももいろそらを』でよかったですし、もちろん、ほかの作品も終えるたびに毎回違うところを「ここが勉強になった」って思うんですね。全部の作品がすごくいい経験になっていますし、どの作品にも出られてよかったなと思います。
―― まだ振り返るというには早いかもしれませんが、これまで女優さんとしてお仕事を続けてきて、どんなことを感じられていますか?
小篠:女優がどういう仕事なのかということは、まだ答えがよくわからなくて探している段階なんです。どの現場も違いますから「こういう仕事」というのも難しいですし、正直、なにが正解かもわからないじゃないですか。だから、これまでやってきたことをこれからもどんどん積み上げていって、答えを探していければいいなって思うんです。とりあえず「まだまだだな」って感じですね(笑)。「もっともっと」って思います。
―― 今年は舞台にもご出演になりましたが、映画や舞台を問わずお仕事はしていかれるのですか?
小篠:そうですね、初めて舞台をやって、正直「難しいなあ」と思ったんですけど、またやれるならぜひやりたいですね。
―― 今後、こういう作品に出てみたいとか、演じてみたい役柄はありますか?
小篠:作品では、日常系の映画に出演してみたいですね。『ももいろそらを』のような映画にもまた出られたらいいなと思っています。役で言うと、自分にはないものがある役をやっていきたいと思います。ちょっと狂っているというか、精神状態が普通ではない役もやってみたいですね。日常系の作品とはちょっと矛盾するんですけど(笑)。
―― 最後に、小篠さんの今後の抱負を聞かせてください。
小篠:これからの作品でちょっとずつでも成長していけたらいいなと思っているので、ぜひそれをみなさんにチェックしていただきたいです。この先の作品で「ああ、ここが成長したな」とか「ここがダメだったな」というふうに見ていただけたら嬉しいなと思います。
(2013年9月4日/フラームにて収録)
今日子と修一の場合
- 監督:奥田瑛二
- 出演:安藤サクラ 柄本佑 和田聰宏 小篠恵奈 ほか
2013年10月5日(土)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー