壁の穴からアパートの隣の部屋を覗いていた引きこもりの黒須くんは、隣室に住む大学生の宮市さんが殺人鬼であることを知ってしまう。そして自殺願望のある黒須くんと殺人鬼の宮市さんは付き合うことに!? ふたりの恋はどう進むのか……。
自殺志願者と殺人鬼の恋愛を描いた人気コミック「穴殺人」が『羊とオオカミの恋と殺人』としてまさかの映画化! この大胆な試みに、日本のスプラッタ映画の旗手として注目される朝倉加葉子監督が取り組みました。
杉野遥亮さんと福原遥さんをダブル主演に迎えたこの作品は、衝撃的な描写も満載ながら、あくまでラブストーリーとして完成しています。人気原作を題材に新たな境地を見せた朝倉加葉子監督の「恋と殺人」の描き方とは?
朝倉加葉子(あさくら・かよこ)監督プロフィール
山口県出身。東京造形大学卒業後、テレビ番組制作会社勤務を経て映画美学校に入学。同校修了後に短編作品やテレビドラマなどを手がけ、2013年に初長編監督作となるスラッシャー映画『クソすばらしいこの世界』が公開。その後『女の子よ死体と踊れ』(2015年)、『ドクムシ』(2016年)とホラー系作品を監督するほか、ロックバンド・RADWIMPSのドキュメンタリー映画『RADWIMPSのHESONOO Documentary Film』(2016年)の監督もつとめる。ほかの監督作に、ネット配信ドラマ「リアル鬼ごっこ ライジング/佐藤さんの正体!」(2015年)など
広く観られる作品を意識して作りたいという気持ちがあった
―― 今回はコミックの映画化ですが、原作コミックにはどんな印象を持たれましたか?
朝倉:「なるほど、けっこう激しいな」というのが第一印象でした(笑)。もちろん、激しいだけじゃなくすごく面白い話だと思いまして、この面白さってなんなんだろうと考えたときに、やっぱり黒須くんと宮市さんの関係性だと思ったんです。かなり相反する立場のふたりが葛藤しながら恋愛を進めていく感じが面白いし、なかなかない恋愛のかたちだと思って、すごく興味を惹かれました。
―― いまも「関係性」というお話が出ましたが、映画は殺人など激しい描写がありつつも、重点はふたりの恋愛関係に置かれていると感じました。その方向性は当初から明確に決まっていたのでしょうか?
朝倉:そうですね、この原作をどういうふうに映画化するかというのはいろいろ考えましたし、プロデューサー陣や企画チームともいろいろ話をしまして、今回はラブコメのようにかなり広いところに向けた映画にしてみるのはどうだろうという話になったんです。私も、この原作を映画化するのであれば、かなり際どいものにするか、かなり恋愛をフィーチャしたものにするか、両極のどちらかに振ることになるだろうなと思っていましたし、チャレンジしてみたいのはラブコメのほうで、広く観られるものを意識して作りたいというのが一番にあったんです。恋愛を描くのもドラマなんかでやったことはあったんですけど長編映画としてやったことはなかったので、しっかりやれるいい機会だと思っていましたし、楽しみに始めたという感じです。
―― 実際に「広く観られるもの」を意識して作る上で、重視されたのはどんな点でしょう?
『羊とオオカミの恋と殺人』より。杉野遥亮さん演じる黒須くん(左)と福原遥さん演じる宮市さん
朝倉:やっぱり、黒須くんと宮市さんのキャラクターを原作からどう起こしていくかというか、映画ならではのキャラクターの作り込み方が一番ですね。特に黒須くんはニートで引きこもりで自殺願望があるという人ですけれども、原作では少しだけ描かれていた彼のちょっとコミカルなところを映画ではかなりフィーチャして、のん気さみたいなものがある、かなり安心できるキャラクターにしたいというのがまずありました。宮市さんはあまり原作から変えてはいないんですけど、よりさわやかに見えるよう強調したいなと思ってキャラクターを作っていきました。
―― そのふたりの主人公を杉野遥亮さんと福原遥さんが演じられていますが、おふたりそれぞれの印象を、まず黒須役の杉野遥亮さんからお願いします。
朝倉:杉野くんは、なかなか要素が多い役なので大変だろうなと思いながら、いろいろと話し合って進めていきました。杉野くん自身はすごく真面目な人で、役に関してもいろいろと考えて悩んでくれるタイプの人なんですけど、その姿勢が黒須くんのひたむきさみたいなものと相通ずるように私には見えて、なのでほんとに杉野くんに黒須くんをやってもらえてよかったなというのがいま思うことです。それからやっぱり杉野くんは素敵な人なんですよね。杉野くんはカッコいい役もいろいろやられている中で、今回は「社会の隅っこにいる人なんです」とお願いして、ちょっと気弱な感じになってもらっているんです。でも杉野くんがやるとそれもすごく「映える」みたいなところがあって、そういうところを自然にやれるのも、杉野くんご本人の持っている存在感が素敵だということなのかなって思っています。
―― 宮市役の福原遥さんについてはいかがでしょう?
朝倉:遥ちゃんは、しっかりヴィジョンを持ってお芝居をされるタイプの方で、話し合いのときから現場に至るまで、自分の中に明確に宮市というものを作ってきていました。彼女は面白い人で、一番最初に会ったときに「殺人鬼の役をずっとやってみたかったんです」って言われて、私はちょっと耳を疑ったんですけど(笑)、けっこう以前からいろいろなところでそうおっしゃっていたみたいなんです。それで彼女は一番最初に「この殺人鬼はどういうモチベーションで、どういうふうに殺しているんですか?」みたいな、役についてかなりしっかりしたディティールを質問してくれたので、宮市の持つ哲学の話であるとか、宮市の重ねてきた殺人が発覚していないからどういうことになるのかとか、宮市のディティールのようなことをいろいろと話せたので、すごく楽しかったです。遥ちゃんはそういうことを話した分だけ吸収して自分のものにして表に出すタイプの人なので、ほんとにすごい人だなという一言に尽きます。
キャラクターがちゃんと悩み考え行動するところがしっかりしていないとダメ
―― 黒須と宮市を杉野さんと福原さんが演じたことによって、映画でのふたりのキャラクターや方向性に影響を与えた部分というのはありますか?
朝倉:黒須くんの持つのん気さみたいなところは私がちゃんとやりたいなと思っていたところで、それは埋没するかもしれない要素なんですけど、杉野くんにやっていただくことで、むしろ黒須くんの特徴となりえたのはすごくよかったなと思っています。宮市さんは、殺しのアクションが舞踏をベースに作ってもらったものなので、それを遥ちゃんがやることによって説得力が出たと思いますし、宮市という役自体が説得力を必要とする役なので、それを完璧にやってくれたのは遥ちゃんのおかげだと思っています。
―― 黒須も宮市も、設定としては決して普通の人とは言えないわけですよね。でも、作品の中では「わかりやすい普通じゃないキャラクター」としては描いていないように感じました。
朝倉:そうですね、やっぱり私はそういうほうが面白いと思っていますので(笑)。「わかりやすい」というのは、殺人シーンになったら舌なめずりするみたいなことですよね?(笑) そういうことではない人間を描きたかったというのがありますし、このお話は恋愛もので、彼と彼女の恋愛関係だったり、キャラクターがちゃんと悩み考え行動するみたいなところがしっかりしていないとダメだと思ったので、むしろそれをどういうふうにちゃんと見せられるかというのをずっと考えていて、ちゃんと人格の中に殺人であったり覗きであったりがしっかりと収まるキャラクターにしたいと思っていました。
―― その意味でふたりの周囲の登場人物のキャラクターも重要だったと思いますが、主な脇の登場人物についてもお話をうかがわせてください。まず江野沢愛美さんが演じた春子からお願いします。
『羊とオオカミの恋と殺人』より。江野沢愛美さん演じる春子と黒須くんの距離が急接近?
朝倉:春子ちゃんは原作よりかなりフィーチャしていて、ラブコメなので恋愛におけるふたりの敵役(かたきやく)を作りたいなと思って、原作から春子ちゃんをピックアップしたかたちです。春子ちゃんのあり方というのは難しくて、妹キャラといっても、ちょっとジットリした感じとか、ちょっと幼い感じでロリータ感のあるタイプとか、いろいろなバリエーションが考えられるのでどうしようかと悩んだんですけど、今回は正攻法で「堂々とかわいらしくて明るくて普通に良い子」というのが宮市さんにとって一番の敵になりうるのかなと思って、それもあって江野沢愛美ちゃんにお願いしました。春子がそういうキャラクターになったことで、私の中で宮市さんのあり方もクリアになったというか「普通の人と、普通ではいられない自分」という宮市さんのあり方を明確にできる要素のひとつにできたかなと思っています。
―― 笠松将さんが演じた春子の兄の川崎は、黒須や宮市とは逆に、わりと「わかりやすいキャラクター」として描かれていますね。
朝倉:おっしゃるとおりで、川崎をわかりやすくすることで黒須くんや宮市さんが引き立つと思っていて、要はわかりやすいサイコパスのように描いているんですけど、宮市さんはそのわかりやすい川崎の上をいくんだよみたいな構造にもなっているんです。川崎については「表の顔」をどうしようかというのをいろいろ考えたんです。サイコパスのような人物を描くときって、ありがちなのは「表が善人で実は」という構造なんですけど、今回は衣裳さんが「ビタ男」というのを紹介してくださったんです。「BITTER」という男性ファッション誌があって、それに載っているようなファッションの男の子を「ビタ男」というらしくて、たしかにそれが表の顔で実は、っていうのは見たことないなって(笑)。なかなかすごい提案をしてくださるなと思いつつ、面白いから乗ってみようと思って「ビタ男」に寄せてみた感じです。笠松将くん自身はビックリするくらいナイスガイなんですけど、川崎はたぶんほかの映画ではあまり見たことのないキャラクターになったと思います。
―― 江口のりこさんが演じた延命寺玲奈は、かなり存在感の強いキャラクターですね。
朝倉:玲奈さんも原作とはちょっとニュアンスが違っていて、より現実化したタイプの死体回収係という、宮市が殺人を続けられるようなシステムをやっている人にさせてもらいました。玲奈さんは、このかなり奇妙な物語にちゃんと説得力を持たせてもらえるようにキャラクターを作っていて、それは江口さんにやっていただけば大丈夫だろうと思っていたんですけど、やっぱり江口さんは最初からわかってくださっていて、私が「玲奈さんにはこうしてほしい」と思っていた芝居を「ここはこうですよね?」って江口さんから先に言ってもらえるみたいなことも何回かあったりして、ああいう濃い目のキャラクターでしっかり話の中にいてくださって、ほんとに江口さんでよかったなと思っています。
殺人シーンがいっぱいある映画も楽しいものなんだと知ってもらいたい
―― 先ほどもお話に出ましたが、今回は宮市の殺人シーンが舞踏、コンテンポラリーダンスを取り入れたものになっていますね。この発想はどういう経緯で生まれたのでしょうか?
朝倉:やっぱり、陰惨な殺し方にはしたくないというのがありました。宮市の宮市でいる理由というのが殺人なので、宮市がやる行為として美しく見えてほしいというのがまずあったのと、話の内容的にも小柄な女性が自分の趣味でずっと殺人を重ねていて、しかもそれがバレないで長年やっているという、それが成立する殺し方というのをどう表現したらいいのかもいろいろ考えたんです。タイトな感じの日本刀アクションみたいなものも考えたりはしたんですけど、今回のプロデューサーに舞踊やダンスに詳しい方がいて、思いきって振付師の方に相談してみるのはどうだろうというアイディアをもらって、それだったらすべてがクリアになるかもしれないと思って、すぐにご相談に行ったという感じでした。
―― あえてリアルから少しずらしているようにも感じました。
朝倉:それはありますね。最低限のリアリティは保ちながらも、もちろん殺人には見せたいけど殺人ではないなにかにも見せたいという、ちょっと説明しにくくて抽象的な話になってしまいますけど、そういう意図がありました。それをうまく実現できるのはなんだろうとずっと考えていたんです。なので、今回は殺人シーンの血飛沫も、現場で血のりを使ったリアルな血飛沫と、合成の血飛沫を混ぜて使っていたりするんです。それもリアルの力強さも欲しいんだけどちょっとファンタジーのようなものとして殺人を見せておきたいというのがあって、見せ方とバランスというのはいろいろと試行錯誤しましたね。
―― 今回はそうやって宮市という殺人鬼が活躍する話なわけですが、監督は以前に別の作品のとき「女の殺人鬼が活躍する話を作りたかった」というお話をされていたので、この原作は監督にすごくマッチした題材だったのかなと思いました。
朝倉:ああ、たしかにそうかもしれないですね。でも、いまそう言っていただくまで全然気づいていなかったです(笑)。
―― 監督は特に「女性の殺人鬼」に魅力を感じるということはあるのでしょうか?
朝倉:あるような気もしますけど、ただ「だって素敵ですよね」ということしかないかもしれないですね。ちゃんと言語化はできない気がします。そう言われてみると、たしかに私、自分で撮るとなると男性の殺人鬼にはそんなにワクワクしないかもしれないです(笑)。
―― では最後になりますが、今回は原作のファンの方や出演者のファンの方など、若い方を中心により多くの方に観ていただける作品になるのではないかと思います。公開を前にしてのお気持ちをお願いします。
朝倉:はじめにもお話ししたように、今回は純粋にチャレンジとして広い人に観てもらえる可能性のある映画を作ってみたいということに興味があったんです。設定はいろいろとジャンル性が高いものだったりするんですけど、そういうものを楽しんでもらえたらいいなという願望もあります。私はいままでホラーを作ってきて、予告だけで「こんな怖い映画は観たくない」というリアクションをいくつも見てきて、私もはるか昔はホラーが苦手だったから、そう思う方の気持ちはすごくよくわかるんです。でもいまは「そうじゃないんだ、こんなに楽しいものがあるんだよ」って、みんなに観てもらいたい願望があるんです。今回も、殺人鬼が出てきて殺人シーンがいっぱいある映画ですけれど、そういうものも映画の中ではすごく楽しいものなんだということを、できればあまりそういう映画に触れてこなかった方に知ってもらいたいなと思っていますし、この映画がその楽しさを知ってもらえる映画になれたらいいなとすごく思っています。
(2019年11月1日/都内にて収録)
羊とオオカミの恋と殺人
- 監督:朝倉加葉子
- 原作:裸村「穴殺人」(講談社週刊少年マガジンKC刊)
- 脚本:髙橋泉
- 配給:プレシディオ
- 出演:杉野遥亮 福原遥/江野沢愛美 笠松将 清水尚弥 一ノ瀬ワタル/江口のりこ ほか
2019年11月29日(金)より TOHOシネマズ日比谷 ほか全国ロードショー
- ©2019『羊とオオカミの恋と殺人』製作委員会 ©裸村/講談社