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『アルプススタンドのはしの方』城定秀夫監督インタビュー

 第一回戦がおこなわれている夏の甲子園。スタンドのはしの方には、野球のルールも知らない演劇部のふたりと、自ら退部を選んだ元・野球部と、孤独な帰宅部が。応援に熱の入らない4人だったが、試合を眺めるうちになにかが変わっていく……。
 城定秀夫監督がさえない高校生たちの青春を描いた『アルプススタンドのはしの方』は、全国高等学校演劇大会で最優秀賞を受賞した同名舞台劇が原作。映画に先駆けて上演された商業舞台にも出演していた小野莉奈さんらをキャストに迎えた映画版は、観る者を自然に感動へといざなう作品となっています。
 城定監督は演劇の映画化にどう挑んだのか? そして“いま”映画が公開されることへの想いは? お話をうかがいました。

城定秀夫(じょうじょう・ひでお)監督プロフィール

1975年生まれ、東京都出身。大学在学中から8ミリ映画を製作。ピンク映画助監督を経て2003年に『味見したい人妻たち』で監督デビュー、同年度のピンク大賞で新人監督賞を受賞する。その後、ビデオオリジナル作品や一般映画にも活躍の場を広げ、ジャンルを問わず100本以上の作品を監督するほか、脚本家として手がけた作品も多い。
近作に『新宿パンチ』(2018年)『私の奴隷になりなさい第2章 ご主人様と呼ばせてください』(2018年)『私の奴隷になりなさい第3章 おまえ次第』(2018年)『性の劇薬』(2020年)など

掴みきれていない“感動のポイント”を逃さないようにしないといけない

―― 監督は舞台劇を映画化するのはこの『アルプススタンドのはしの方』が初ですか?

城定:初めてです。今回は「高校演劇で最優秀賞を獲った舞台があって、それを商業舞台でやって、同時に映画にも」という企画の話をいただきまして、実は話が来たときはあまりピンと来なかったんです。高校演劇を映画にするというのは聞いたことがなかったし「なんでそういう企画なんだろう」みたいなところもあったんですけど、資料として高校演劇で上演したときの映像を見せてもらったら、ぼく自身すごく感動して「どういうかたちになるかわからないけど、ぜひやりましょう」と、最初から乗り気になっていました。

―― 監督が高校演劇版をご覧になったときの「ここが感動した」というポイントはどういうところだったのでしょう?

城定:それがよくわからないというか「気がついたら泣いていた」みたいなことなんですよ。とりあえず見はじめたらぐんぐん引き込まれて、気がついたら泣いていて「これはなんだろう?」って。単純に高校生が一生懸命にやっていたりとか、現役の高校教師が書いたホン(脚本)の奇妙なリアリティとか、そういうところも理由になったのかなとは思うんですけど「ここが泣かせのポイントだ」というものがあったわけではないんですよね。だから映画にするにあたっても、ぼく自身が完全に掴みきれていない“感動のポイント”みたいな部分を逃さないようにしないといけないというのは注意したところです。

―― そして、昨年(2019年)の6月に今回の映画版のキャストも出演されている商業舞台が上演されますが、監督はこちらもご覧になっているんですね。

インタビュー写真

城定:もちろん観ています。2回くらい観にいっていて、やはりプロが演じているので高校演劇とは違ったクオリティの高さはありつつ、もとの高校演劇のよさも残っていましたし、ぼくの初期の衝動というのは最初に観た高校演劇ではあったんですけけど、この商業舞台もすごくよかったですね。

―― もとの演劇は舞台劇の特色や舞台劇ゆえの制約をうまく活かしていた作品だと思うのですが、それを映画化する上で監督が意識されたことはどんなことでしょう?

城定:やはり、もとがいいもので、しかも舞台で生きる話だからこそ、映画が終わったあとに「これは映画じゃなくて演劇でいいよね」と思われないためにはどうすればいいか、そしてぼく自身これを映画化する意味をどこに見出すのかということはすごく考えました。映画のよさを追求しつつ、もとのホンのよさをなくしてはいけないという、難しかったのはそのラインですね。たとえば、映画ではいろいろ表現は広がっていて、舞台より動く場所が増えていたりとか、完全にオフのキャラだった吹奏楽部を出していたり、そういう足し算をしているんです。ただ、あまりプラスしすぎると、この話をやる意味がなくなってしまう。どこまでやるのがいいのかというラインが難しくて、それを決めるのは感覚的なものですね。
 それから、あまりひねった感じのものにはしたくなかったんです。企画当初によく「『セトウツミ』(2016年/大森立嗣監督)みたいな作品ですかね」というようなことを言われていたんです。ぼくは『セトウツミ』の高校生ふたりが河原で会話してるだけというあの感じはすごくいいと思うんですけど、これでやろうとしているのはそうではないだろうと。会話劇と言っても、会話の面白さだけで進めるのではなく、もっと本物の感情を捉えたいみたいな想いでやっていました。

―― ちょうどお話に出たところでお聞きしたいのですが、舞台ではセリフに出てくるだけだった吹奏楽部を登場させるというのはどんな経緯で決まったのでしょう?

城定:最初の企画会議のころから、いまお話ししたような映画ならではの要素を加えていこうという話になっていたんです。そのときいくつか候補はあって、ウグイス嬢のアナウンスブースとか、学校の回想も描いたほうがいいのかとか、そういった中で、吹奏楽というのは一番映画的というか、絵になるし、音楽的要素もあって音の演出もできるというところで決まっていきました。そのあたりはもとの演劇にある要素の中から拾って膨らませたもので、どう広げていくかは脚本の奥村徹也さんといろいろ相談しながらやっていったんです。

こういうタイプの高校生が一番多いのかもしれないなって気もしているんです

―― 商業舞台の公演が終わった数ヶ月後に映画の撮影におこなわれたんですね。

城定:そうです。9月、10月くらいでしたかね。まだ寒くはなかったですけど、夏の終わりくらいのタイミングでした。ただ、ちょっと1日延びてしまって、吹奏楽のパートは完全に冬にやっています。

―― 今回は、女子生徒3人の小野莉奈さん、西本まりんさん、中村守里さん、先生役の目次立樹さんが舞台と同じ役で映画に出演されていますが、舞台と同じ方が演じるというのはいかがでしたか?

城定:撮影に入る前はちょっと心配していたんです。やはり映画化するにあたってはぼくの意見もある程度言わなくてはならないし、みなさんはひと月ふた月稽古して舞台をやってきたわけで「私たちが作り上げてきたのはこうなんです」と来られてしまうとやりづらいかなと思っていたんですけど、蓋を開けてみたらそんなことはまったくありませんでした。もちろん演劇の表現を映画の表現に変換するような作業はしていて、撮影前に稽古をしているんですけど、みなさん演劇と映画と両方やっている方なので、そのときもひじょうにすんなりと行きました。
 あとは、ホンの段階でキャラクターを少しリアルに寄せています。舞台のセリフというのはどうしてもわかりやすく言わなくてはいけなかったりデフォルメしている部分があるんですけど、脚本の奥村さんと話をして、そういうところはなるべく映画に寄せて、生(なま)の人間が言っているようなセリフにしてもらってます。ただ、そこで少し難しかったのが先生のキャラクターで、演劇でしか成立しないような部分があったので、それをどうリアルに落としこむかは演じた目次さんとも相談をして、けっこう苦労した部分です。ほかのキャラクターは、もともと極端に演劇っぽいというわけではないので、そんなに苦労はなかったです。

―― メインキャストの4人、安田役の小野さん、藤野役の平井亜門さん、田宮役の西本さん、宮下役の中村さんについて、簡単に印象を聞かせてください。

『アルプススタンドのはしの方』スチール

『アルプススタンドのはしの方』より。左より、平井亜門さん演じる元・野球部員の藤野、小野莉奈さん演じる演劇部員・安田、西本まりんさん演じる演劇部員・田宮、中村守里さん演じる成績優秀の帰宅部・宮下

城定:わりと日数が短い現場だったのでパーソナルな部分まではわからないんですけど、みんなすごくよかったです。小野さんはちょっと読めないところのある天才肌ですね。平井さんは、ひとりだけ舞台と変わったキャストなんですけど、臆さずやってくれて舞台とは違った藤野くんを作ってくれたと思います。西本さんは、なんて言うかほんとに高校生みたいな自然なよさがありました。中村さんの役はもとの高校演劇ではわりと気が強いキャラクターだったのを少し変えていて、中村さんが気が弱そうなんだけど芯のある女の子というキャラクターをうまく演じてくれました。ほんとにキャストに関しては苦労した部分とかはまったくなかったです。

―― 小野さんが天才肌というのをもう少し詳しく聞かせていただけますか?

城定:なんか、ときどきフッと電池が落ちちゃうような瞬間があるんです。それで「大丈夫?」って聞くと「大丈夫です」って言って、実際に「よーい、スタート」がかかるとパッとお芝居に入っていけて、天才肌だなって思ってました。脚本の奥村さんは商業舞台のときは演出もやられていたんですけど、奥村さんも小野さんについては同じようなことを言ってましたね。

―― その小野さんが演じた安田も含めて、この映画の登場人物って、あまり“いい子”としては描かれてないですね。

城定:そうですね、いわゆる“いい子”とか優等生ではなくて、どちらかと言うとひねくれていたり、この歳で少し世の中に対して斜に構えちゃってるっていう(笑)。そんな人たちで、その人たちが最後には熱くなっていくみたいな話ですから。

―― そのひねくれ方が極端ではないというか、ちょっと素直な部分もあったり、絶妙なキャラクター造形だなと感じました。

城定:でも、たぶん実際にはこういうタイプの高校生が一番多いのかもしれないなって気もしているんです。もともと高校演劇の脚本を書いた籔(博晶)さんという方は現役の高校教師で実際の高校生を身近で見ていらっしゃるので、もしかしたらそれぞれのキャラクターに特定のモデルがいたりとか、あるいは複数の生徒をミックスさせていたりとかがあるのかもしれないですし。そういうところはなかなか頭で考えるだけではできないキャラクター造形だったとも思いますし、絶妙だというのはぼくも最初に脚本を読んだときに思いました。

撮影をしながらぼく自身すごく感動することもありました

―― 監督ご自身は野球とかスポーツにどの程度興味を持っていらっしゃるのですか?

城定:ぼくは子どものころ少年野球と少年サッカーと両方やっていまして、それは親の方針でやらされていたところがあったので、反動であまり好きじゃなくなっちゃいましてね(笑)。だから普段は野球は見ないですし、映画の中の彼女たちに近いかもしれないですね、もうちょっとルールは知っていますけど(笑)。ぼくは高校時代に野球部の応援に行くようなことはなかったですけど、もし応援することになってたら「面倒くせ」って思ってたでしょうし(笑)。

―― そうすると、今回の野球のようにスポーツが題材の際はどういうアプローチをしていくのでしょう?

城定:どちらかと言うとスポーツ自体というよりかは、その周りの人間関係だったりを描くことに興味があるのかもしれないですね。だから演劇同様、グラウンドでおこなわれている試合は音のみで表現するという部分に迷いはありませんでした。ただ、その音はすごくこだわってます。なるべく臨場感のある音にしたくて、プロデューサーの久保(和明)さんという方がすごく野球に詳しかったので、ぼくは普段はプロデューサーの言うことなんかそんなに聞かない監督なんですけど(笑)、今回はどうすれば臨場感が出るのかということを相談しながらやっていました。

―― 冒頭で高校演劇をご覧になったときに「掴みきれない感動のポイント」があったというお話をされていましたが、映画の撮影をされているときに、その「感動のポイント」を意識されることというのはありましたか?

『アルプススタンドのはしの方』スチール

『アルプススタンドのはしの方』より。 黒木ひかりさん演じる吹奏楽部員・久住

城定:やっぱりありましたね。撮影していてモニターを見ながらぼく自身すごく感動することもありました。今回はこういうタイプの話なので、始めから撮ってだんだん終わりに向かっていく順撮りだったんです。映画ってセットの都合とかでラストシーンから撮るなんてことも多いので、ぼくは順撮りでやるのは初めてだったんですけど、そういう中でぼくの感情もだんだん積み上がっていったんですね。最初のほうは「これ、面白くなるのかな?」という不安も感じながら撮影をやっていて、最後のほうには「これはいい映画になるな」という確信を持てて、その理由がどこにあるのかというと積み重ねだと思うんです。

―― 撮影中に感動されることというのはほかの作品でもあるのでしょうか?

城定:ありますね。役者の芝居を見て感動するというのはありますし、やっぱりそういうものがあった映画というのは「いい映画になったな」と思います。ただ、積み重ねというのを感じたのは今回の珍しかったところですかね。

―― 監督の感情が撮影しながら積み上がっていったということですが、完成した作品を観ていても、いつの間にか引き込まれているみたいな感じで、自然に感情が積み重なっていくなと感じました。

城定:そうですね、ここでガン! というところがあまりないんですよね。さっきお話ししたようにひねくれていた人たちがだんだん熱くなっていって観ている側も感情移入していくタイプの映画なので、いかにそういうふうに持っていくかというのは見せ方として考えました。最初は「この映画ってこんな感じでダラダラ続くのかな」みたいな感じで観ていくと自然に感情が少しずつ上がっていって、気がつけば、というふうに持っていきたいと思っていました。

―― 観客の感情をそういうふうに持っていくために監督が意識されたことはありますか?

城定:すごく感覚的な部分での計算ですけど「ここは抑えていこう」とか意識はしています。それはカメラに関してもそうで、ある場面まではずっとフィックスの長回しでやっていて「じゃあここのセリフからは手持ちにしましょう」とか、ほかにも人物の立ち位置であったり動かし方であったり、いろいろなもので感情の表現は抑えたり上げたりをやっていました。芝居に関しては基本的にキャストのみんなに任せていたんですけど、映画って総合的なものでカメラの動きとか音楽がどこでどういうふうに鳴っているとかはぼくしか把握していない部分もあるので、ときには「いまのところはちょっと抑えて」とか「もう少し大きな声で」とかの指示をしていました。芝居に関してぼくがしたのはそういう指示くらいですね。感情の部分は、もうキャストのみんなが完全に理解しているので、ぼくが言わなくても問題なかったです。

―― 最後になりますが、この作品は現実には甲子園大会がない夏に公開されることになりました。映画自体の内容からはちょっと外れてしまいますが、それに関して監督が思われることを聞かせてください。

城定:そうですね、もちろん企画のときも撮影のときも世の中がこうなるなんて予想もしていなかったし、どう観てもらえるかというのはほんとにわからない部分ではあるんです。ただ「しょうがないなんて言うな」という映画の中のメッセージが、図らずもいまの世の中に対するメッセージになっているのかなとは思っているんです。だから、あと付けではありますけど「いまこそ観る映画」として観ていただいてもいいですし、そう観ていただきたいかな。少しでも世の中が元気になってもらえたらいいですし、またこうやってみんなで野球を応援できる世の中に戻ったらいいなというのは切に思っています。

(2020年6月24日/都内にて収録)

作品スチール

アルプススタンドのはしの方

  • 監督:城定秀夫
  • 脚本:奥村徹也
  • 原作:籔博晶/兵庫県立東播磨高校演劇部
  • 出演:小野莉奈 平井亜門 西本まりん 中村守里 黒木ひかり 平井珠生 山川琉華/目次立樹

2020年7月24日(金)より 新宿シネマカリテ、渋谷シネクイント、イオンシネマ板橋、アップリンク吉祥寺 ほか全国順次ロードショー

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