愛しているがゆえに性欲を抱けず、恋人と別れてしまった自主映画監督のまるお。自分の経験をもとに映画を撮ることになったまるおは、かつての恋人・アキと再会し、いまは夫とのセックスレスに悩むアキから思わぬ言葉を告げられる――。
意欲的な作品を送り出す映画レーベル《マヨナカキネマ》の新作『きみとまた』は、新鋭・葉名恒星監督が「愛しているからセックスしたくない」という自身の経験をもとに“新しい愛のカタチ”を描いた問題作。出演作の公開が続く日本映画界注目の若手俳優・平井亜門さんが葉名監督の投影である主人公のマルくんことまるおを演じ、複雑な内面を抱えた役に挑んでいます。
監督と俳優というそれぞれの立場で、葉名監督と平井さんは「愛しているから抱けない男」とどう向き合ったのか? お話を伺いました。
平井亜門(ひらい・あもん)さん(写真右)プロフィール
1995年生まれ、三重県出身。雑誌のモデルオーディションでグランプリを獲得し芸能活動を開始。2020年公開『アルプススタンドのはしの方』(城定秀夫監督)で物語の中心となる4人の高校生のひとりを演じて注目を集める。その後も『神田川のふたり』(2022年/いまおかしんじ監督)で主演をつとめるなど多くの作品に出演。2023年も主演作『MOON and GOLDFISH』(飯塚冬酒監督)など出演作の公開が続くほか、テレビドラマ「ガチ恋粘着獣」(ABC)での演技も話題となった
葉名恒星(はな・こうせい)監督(写真左)プロフィール
1992年生まれ、広島県出身。大学卒業後、ニューシネマワークショップで映画制作を学び、映像ディレクターとして働きつつ自主映画を制作する。初長編監督作の『愛うつつ』(2019年)がカナザワ映画祭2019期待の新人監督や第20回 TAMA NEW WAVEコンペティション部門などで上映。カナザワ映画祭期待の新人監督スカラシップを得て長編第2作『きみは愛せ』(2020年)を監督する。『愛うつつ』は2021年、『きみは愛せ』は2022年にそれぞれ劇場公開を果たした
主人公が考えていることを理解するという作業がすごく大変でした(平井亜門さん)
―― 『きみとまた』は、葉名監督を投影した青年・まるおが主人公となっていますが、監督はご自身を投影した人物が主人公ということ特別な意識のようなものはあったのでしょうか?
葉名:そんなになかったですね。いままで撮ってきた映画も、多かれ少なかれパーソナリティ的な部分では自分は出ているので、この『きみとまた』に限って自分が丸裸になったというよりは、いつもの感覚で特に変わったことはなくやっていました。ただ、今回は平井亜門さんとはじめましてでしたし、自分を押し付けすぎないようにというのは、いままでの2作よりも気をつけてきたかもしれないです。
―― 平井さんは、監督が投影された役を演じてみていかがでしたか?
平井:ぼくは「難しい!」って思いましたね(笑)。
葉名:あはは(笑)。
平井:平井亜門とマルくんの価値観というのは全然違うし、台本をストレートに読んだら「え、どういう感情やろ?」みたいなことがたくさんあったんです。だから日々「どういうことやろ?」って考えて撮影が終わって、試写のときは、自分が関わった作品なのに関わっていない作品を観るような感覚で「マルくんはどういうことでこうなってんのやろ?」って、すごく頭を使いながら観ていました。
葉名:できあがった映画を観ても「なるほど、こういうことね」とはならなかったのか(笑)。
平井:いや、引き続き「どういうことなんや」と思ってましたよ(笑)。
葉名:そうなんだ(笑)。
―― 平井さんは、演じる上で葉名監督に近づけようみたいな感覚はあったのでしょうか?
平井:それはないですね。やっぱり「マルくん」なんで。「葉名くん」じゃないから。
葉名:うん、そうだね。
平井:理解したいというのはありましたけど、寄せようという感じはなかったですね。やっぱり、マルくんが考えていることを理解するという作業がすごく大変だったかなって。100%は理解できていなくてぼくなりにという感じなんですけど、わかるところも少なからずあったんです。マルくんは昔の恋人に対して性欲が沸かないみたいなことなんですけど、自分もティーンネイジャーのころとか、すごく好きな子がいて、その子に対して「エロい目線で見るのは悪なのでは?」みたいなのはあったんで、マルくんはそういう感覚を大人になっても引きずっている子なのかなとか思いながら。
―― いま平井さんからお話が出たように、主人公のまるおは元・恋人のアキに性欲を抱けなくて、それが作品が大きな軸になっていますが、風俗に行くシーンもありますし、女性全般に性欲がないわけではないんですよね。
葉名:そうなんですよ。女性一般に性欲がなかったら、別の話になってると思いますね。
平井:ただ、平井亜門としては「そこ行けるんやったら恋人にも行ったれや!」みたいに思いましたけどね(笑)。
葉名:あはは(笑)。いや、そうなのよ(笑)。客観的にはそうなんだけど、そうはいかないから主人公になり得るんですよね。
平井:そうですね、複雑ですね、彼は(笑)。
うまい具合に愛情表現が成立しない人はけっこういるんじゃないか(葉名恒星監督)
―― 平井さんがおっしゃった「エロい目線で見るのが悪なのでは?」という感覚は、まるおが恋人を抱けない理由としては正解なのでしょうか?
葉名:正解のひとつではあるんじゃないですかね。たぶん、理由の全部を「こうだからこうなんだ」と言語化できないから、こういう映画が映画として成立しているのかなと思います。もし言語化できたら、もっと違うかたちの映画になっていたという気はするので。
平井:そうですね、言葉では最後まで言い切ってないですもんね。
葉名:だから、亜門くんが言った「好きな子に性欲が沸くのが悪なのでは?」という感覚をずっと引きずり続けている、中二病を脱せれていない男の子みたいな面ももちろんあって、でもそれだけじゃないし。友人と話していて「なるほど」って思ったのは、女性も自分も同じ人間でしかないのに、どこかで女性のことを自分とは違う汚してはいけない存在みたいに思っているんじゃないかって。そういう面もたぶんあるんですよ。なんか「性欲が汚い」みたいな感覚ってあるじゃないですか。
平井:特に若いうちはそう思いますよね。ある時期から「ああ、人間も生き物やなあ」と思って、そこに対する罪悪感みたいなものは感じなくなりましたけど。
葉名:そうそう。あと、女性の前ではカッコつけたいし、いい人間だと思われたいし。まるおはそういうバリアがすごい強い男の子なんです。亜門くんはそれをすごく感じてくれているんだなと撮影中に思ったことがあって、劇中の映画仲間と一緒のシーンで、まるおはナツという女優の子の目をあんまり見なくて、それがすごいバリアを張っている感じがしたんです。逆に劇中でまるおが一番心を許しているのは、年齢の離れたバイト先の先輩の女性で、その先輩に対する表情とそれ以外の若い女性に対する表情がすごく違ったので、亜門くんは脚本からめちゃくちゃ読み解いてくれているんだなと思いました。
平井:そういうバリアみたいな感覚は誰でもありますよね。そこのラインみたいなのに人それぞれで微妙な違いはあると思いますけど。それを、ぼくなりに「こういうことかな」って思ってやっていました。
―― まるおと似たようなものを抱えている人って、年齢を問わず実はけっこういるんじゃないかという気もします。
平井:いると思いますよ。やっぱり、自分が「性欲が悪だ」と思っていたようなころは、同じように考えている男の子とは仲良くなりましたよね。逆に、そういうところがすごく派手な子のことは「うわっ」って思いながら見ていたり(笑)。
葉名:ぼくは男女の関係って三段階あると思っていて、好きになる前のゾーンと、大好きっていうゾーンと、落ち着いちゃっているゾーンがあって、大好きなゾーンのときに性欲が出ないと、たぶん落ち着いた関係性になっても性欲って出ないと思うので、大好きなときに性欲が全面的に出るか出ないかというのは、何歳になってもあるんじゃないかなって思います。逆に言うと、性欲ってある種の愛情表現だと思うので、性欲が出ないことで女性がすごく悲しむゾーンというのもあって、だからこの映画の中で、アキは昔も現在も、たぶんめちゃくちゃ悲しんでいるんです。それは映画の中だけの話ではなくて、うまい具合に愛情表現が成立しない人というのは、自分も含めてけっこういるんじゃないかなって思います。どうしても目立つのは「この前、合コンに行って、ホテルに」とかって話で、そういう話をするのが男の美学だみたいな感覚も年代問わずあるとは思いますけど。
平井:ありますよね、内心では「うわっ」って思いながら、興味ある感じで聞いたりとか。
―― そういう意味では「街の片隅で懸命に生きる若者たちの恋とセックスを描く」というコンセプトの《マヨナカキネマ》で「愛しているから抱けない」というテーマを描くのは、すごく意義があるし、共感する方も多いのではないかと思いました。
葉名:そうですね、共感してほしい映画でもないかもしれないですけど、いまはいろいろなことがめちゃくちゃ多様化されていて、それが受け入れられていると思うので「こういう人もいるんだ」って、受け入れて共存するみたいな社会にちょっとでもなればいいですよね。
平井:うん、そうですよね。
―― ただ、エロティックなシーンが欠かせない《マヨナカキネマ》で、セックスできない男の話をやるのも大胆だなとも思います(笑)。
葉名:あはは(笑)。でも、それは最初から思ってました。企画を出した段階から、それができたらオモロイなというのはありました。
コンプレックスを感じている人たちに観てほしい(葉名恒星監督)
みなさんの赤裸々な意見を見てみたい(平井亜門さん)
―― 予告編でも使われていますが、劇中でまるおを背後から撮った背中だけのカットが何回かあるのが印象的でした。
葉名:これは、平井亜門という俳優さんが、すごく顔の表情でいろいろなものを漂わせるお芝居をするので、そうではない姿でどう経過や経緯を見せられるかってなったら、やっぱり背中だなって。この映画はセリフの量もけっこう多いし、カット的にも顔面を切り取り続けるカットが続くので、その中で随所に背中があることで、ある意味の「余韻」ではないですけど、お客さんがそこからどう変化を読み取るのかというところなんです。言葉はけっこう嘘をつくと思うので、本音と建前の想像をどう読み取ってもらうのかということで、背中という意図はありますね。
―― 平井さんは、顔の見えない背中のカットで特に意識されたことはありましたか?
平井:でも、ぼくは前から撮られているからとか後ろから撮られているからとかで演技を変えることはないですからね。「あ、後ろから撮ってんな」っていうだけでしかないかもしれないですね(笑)。もちろん要望があれば変えますけど、どこから撮られているとかで演技を変えるのって「カメラを意識しちゃってるやん!」みたいな。だからぼくは、前から撮られてようが、後ろから撮られようが……
葉名:あまり関係ない?
平井:関係ない感じでしたね、はい。
―― 『きみとまた』は、葉名監督を投影した主人公が自分の体験をもとに映画を作るという、入れ子構造のようになっているのも面白いところだと思います。「映画を作る映画」にするという発想はどのように生まれたのでしょう?
葉名:これはけっこう芋づる式に出てきたというか、最初はあまり映画作りの要素は考えていなかったんです。それが、さっきも話に出た《マヨナカキネマ》の「若者たちの恋とセックスを描く」というテーマで映画を撮ろうとなったときに、めちゃくちゃ消費されているセックスという行為に対して映画を撮ろうと思ったんです。それで、映画の中でセックスが成立しない映画を撮りたいと思って「じゃあセックスの意味ってなんなんだ?」って考えたら、やっぱり普通に考えると「子作り」というのが出てきて、そこで「まるおにとっての子作りってなんだろう?」と考えたときに、初めて「映画作り」というのが出てきて、映画の中に映画作りを入れるという発想になったんです。アキ夫婦の子作りと、まるおと映画仲間たちの子作りである映画作りという、ふたつの軸でこの映画を進めていこうと思って、だからラストシーンは絶対にまるおにとっての出産シーンで終わるというのは最初から決めていました。そこは「映画作り」を入れることで芯が1本通ったなと思いますね。
―― 平井さんは、映画を作る立場の役を演じるというのはどんな感覚でしたか?
平井:やっぱり、いろいろな現場で監督さんを見てきたので、そこのやりにくさみたいなのはないですね。いままで出会ってきた若手監督さんの姿を投影しているというか。動き的なことだったりは、もう完全に「丸パクリ」というとよくないですけど、いままで出会ってきた若手監督さんそのままですね(笑)。
―― では最後に『きみとまた』に興味を持たれている方々へメッセージをお願いします。
葉名:まるおが抱えている「好きだからセックスできない」っていうことだけに留まらず、セクシャルなことに多かれ少なかれコンプレックスを感じている方ってたくさんいると思うので、そういう人たちに観てほしいと思いますし、この映画を通してコンプレックスを感じている人たちと会話できることはたくさんあるんじゃないかなと思っています。特に、コンプレックスがないという人でも、コンプレックスがないと思っているがゆえに取る行動が、ほかの人にコンプレックスを与えることがあると思うし、それがセックスという行為の暴力性、脅威性だというのが、ぼくがこの映画に入れたいと思った要素のひとつでもあるんです。そういうことが、映画をご覧になった方に届いたらいいかなと思います。ぜひ、観てほしいです。
平井:ぼくもマルくんという役を悩みながらやっていたんですけど、人それぞれ性に対する価値観とかは違うと思いますし「こういう価値観を持った人もおるんやで」ってことをまずは知っていただきたいと思います。そして、この映画を観てもらったら「ああ、すげえわかる!」とか「全然わからん、全然共感できやん」とか、この映画を媒介にしたみなさんの赤裸々な意見を見てみたいなって思います。SNSだったりなんでもいいので、ぜひ映画を観て、みなさんの意見を聞かせてください。
気さくなトークの中に、作品や役に対する真摯な姿勢が溢れる平井亜門さん。『きみとまた』の中で平井さんがまるおをどう演じているか、ぜひ劇場のスクリーンでたしかめてください
※画像をクリックすると拡大表示されます。
(2023年7月5日/キングレコードにて収録)