
1970年代のフォーク全盛期に青春を謳歌した団塊世代の多くは、いま、父親となり、それぞれに人生の転機を迎える年代に差し掛かりつつある。『結婚しようよ』は、そんな父親のひとりを主人公に、吉田拓郎の名曲を織り交ぜながら描く、父と家族の物語だ。
監督はデビュー作『陽はまた昇る』以来、『半落ち』『出口のない海』『夕凪の街 桜の国』と、社会と人間に、優しくも鋭い視線を投げかけてきた佐々部清。本作は自他ともに認める拓郎ファンである佐々部監督念願の、拓郎ナンバーで綴る人間ドラマとなった。
主人公・香取卓を演じるのは、舞台やテレビ、ラジオで大活躍の三宅裕司。家族にたゆまぬ愛情を注ぎつつも、いつしか今までとは違った態度を見せはじめる妻や娘に戸惑う平凡なサラリーマンをリアリティたっぷりに演じている。卓の妻・幸子には、真野響子が包容力あふれる母親像を見せる。
若手キャスト陣にも注目だ。モデルとして活躍し、NHK連続テレビ小説「天花」で女優デビューを果たした藤澤恵麻が、優しく、芯の強さを持った長女・詩織をチャーミングに演じる。詩織と恋におちる青年・充を演じるのは『夕凪の街 桜の国』での好演も記憶に新しい金井勇太。そしてバンド活動に励む次女・歌織役で、人気ガールズバンド・中ノ森BANDでボーカルとギターをつとめるAYAKOが映画初出演とは思えない堂々とした演技を披露。中ノ森BANDのほかのメンバーもバンドメンバー役で出演している。
脇を固めるのは、松方弘樹、入江若葉、岩城滉一、モト冬樹というベテラン陣。巧みな演技で見事なアンサンブルを見せる。
劇中では中ノ森バンドと、人気バンド・ガガガSPが吉田拓郎の数々のヒット曲をカバー。さらに、あるかたちで登場する吉田拓郎自身の歌声には、観客の誰しもが心を揺さぶられるに違いない。

平凡なサラリーマンの香取卓(三宅裕司)は仕事を終えた帰り道、駅前広場で吉田拓郎の曲を演奏する若者バンドを見かけ、思わず一緒に曲を口ずさむ。その様子を見て話しかけてきた青年・充(金井勇太)を卓は夕食に誘う。香取家では毎日一家全員が揃って夕食を食べるのが決まりになっていた。それを不思議がる卓に実際の食事を見せようというのだ。
妻の幸子(真野響子)、大学4年で就職を控えた詩織(藤澤恵麻)、バンド活動に励む次女の歌織(AYAKO)と5人で囲む食卓。その席で充は自分の身の上を話す。阪神大震災で家族を失い、ひとり上京して蕎麦打ち職人を目指しているという。心優しい詩織は、そんな充に同情を寄せる。
充はその後も香取家を訪れるようになるが、いつの間にか縮まってきた充と詩織の距離に卓はやきもき。おまけに、歌織もライブハウスのオーディションに合格し、いままでのように早く帰れないという。もう、家族一緒に食卓を囲むことができないのか?
ライブハウス“マークII”に出演することになった歌織は、ライブハウスのオーナー・榊(岩城滉一)と父親の意外な関係を知らされる。榊と卓は若いころ、一緒にデュオを組んで歌っていたというのだ。そして父と母の出会い、父が歌を諦めた理由も知ることになる――。
一方、詩織は充が修行中の蕎麦屋に手作りの弁当を持って訪れたりと、徐々に関係を深め、ついに充は詩織にプロポーズ、歌織も家族との食事よりバンド活動を優先し、憤懣やるかたない卓。そんな卓は、詩織との結婚を申し込みに来た充につい手を上げてしまう。
少しずつずれ始めてきた家族の心。このまま、みんなの気持ちはバラバラになってしまうのだろうか――。