江戸後期、北の小国、庄内の海坂藩。
叔母の墓参りから帰る途中の野江(田中麗奈)は、山道で美しい花を咲かせた山桜を目にする。その美しさに思わず枝を折り取ろうと手を伸ばすが、野江の手は花には届かない。そのとき、若き武士が「手折ってしんぜよう」と声をかけ、折った枝を野江に手渡した。手塚弥一郎(東山紀之)と名乗ったその武士は、野江に尋ねる。「今は、お幸せでござろうな」。思いもかけぬ言葉に戸惑いながら「はい」と答える野江。弥一郎は、その答えに微笑みを浮かべると去っていった。
かつて、最初の夫を病で失い、実家の浦井家へ戻った野江に、弥一郎との縁談があった。しかし、母ひとり子ひとりという手塚の家へ嫁ぐのは気苦労が多いだろうと母が心配し、弥一郎と会うこともなくその縁談は流れてしまった。
そして磯村家へと嫁いだ野江であったが、弥一郎への返事とは裏腹に、2度目の結婚は決して幸せなものではなかった。夫の庄左衛門(千葉哲也)と舅の左次衛門(高橋長英)は武士でありながら蓄財に執心し、姑の富代(永島暎子)は「出戻りの嫁」と野江を蔑む。そんな境遇に耐えていた野江にとって、自分をずっと気遣ってくれていた弥一郎の存在は、日々を過ごす大きな励みになるのだった。
野江の夫・庄左衛門が擦り寄る藩の重臣・諏訪平右衛門(村井国夫)は、藩内の新田開拓を進めようとしていた。しかし、開拓によって潤うのは、諏訪と手を組んだ一部の豪農のみ。藩内の一部から出された諏訪への意見も握りつぶされ、多くの農民は困窮に苦しんでいた。その窮状を目の当たりにし、やがて弥一郎はひとつの決断をくだす。その決意は、野江の運命までも変えていくのだった……。
山桜
監督:篠原哲雄
出演:田中麗奈 東山紀之 篠田三郎 檀ふみ ほか
2008年5月31日(土)より、テアトルタイムズスクエアほか全国ロードショー
2008年/カラー/ヴィスタサイズ/ドルビーデジタル/99分
江戸時代に生きる人々の姿を描いた藤沢周平の小説は、いまも多くの人を惹きつけ、映画やドラマで幾たびも映像化されてきた。そしてまた、藤沢作品から、一本の美しい映画が誕生した。
不幸な結婚生活に耐える野江と、正義感にあふれた武士・弥一郎。一本の山桜の樹に結びつけられたふたりの運命を描いた珠玉の短編「山桜」が、田中麗奈、東山紀之という最高のキャストを得て映画化を果たした。
プロデューサーの小滝祥平は、9年前に原作と出会ったときから、田中麗奈主演での映画化を考えていたという。野江を演じるにふさわしい年齢になるまで待った小滝の期待に応え、時代劇初主演となる田中麗奈が見事な演技を見せる。幸せとはいえない境遇にありつつも気高さを失わない凛とした女性の姿は、さまざまな作品で経験を積んだ現在の田中麗奈でこそ体現できるものだ。そして、弥一郎を演じる東山紀之の涼やかな目と凛々しさあふれる立ち姿は、寡黙だが誠実で義を貫く武士そのものだ。美しさすら感じさせる殺陣には誰もが魅了されるだろう。
さらに、野江の両親の豊かな愛情を表現する篠田三郎と檀ふみ、野江の嫁ぎ先の姑を憎々しげに演じる永島暎子、圧倒的な存在感を見せる富司純子、迫力をもって悪役を演じる村井国夫らベテラン陣に加え、野江の弟を演じる北条隆博、妹を演じる南沢奈央らフレッシュなキャストにも注目だ。
文庫本で20ページほどの短編である原作の精神はそのままに、奥行き豊かに脚本化したのは『亡国のイージス』などの飯田健三郎と長谷川康夫。田中麗奈のデビュー2作目となる『はつ恋』を手がけた篠原哲雄が初の時代劇に挑み、新境地を開いた。
映画の最後を飾るのは、 一青窈の歌う「栞」。歌声が物語を優しく包み込むように余韻豊かに響く。
美しい庄内の風景の中で描かれるこの映画は、登場人物がそうであるように、誠実で凛とした魅力で観る者の心に訴えかける。
- 磯村野江:田中麗奈
- 浦井七右衛門:篠田三郎
- 浦井瑞江:檀ふみ
- 浦井新之助:北条隆博
- 浦井勢津:南沢奈央
- 源吉:樋浦勉
- 磯村庄左衛門:千葉哲也
- 手塚志津:富司純子
- 磯村左次衛門:高橋長英
- 磯村富代:永島暎子
- 諏訪平右衛門:村井国夫
- 手塚弥一郎:東山紀之
- 監督:篠原哲雄
- 原作:藤沢周平「山桜」(新潮文庫「時雨みち」所収)
- 製作:川城和実/遠谷信幸/遠藤義明/亀山慶二
- 企画:小滝祥平/梅澤道彦/河野聡/鈴木尚
- 脚本:飯田健三郎/長谷川康夫
- 撮影:喜久村徳章
- 照明:長田達也
- 録音:武進
- 美術:金田克美
- 装飾:大坂和美
- 編集:奥原好幸
- 視覚効果:松本肇
- 助監督:山田畝久
- 音楽:四家卯大
- 主題歌:一青窈「栞」 (アルバム「Key」収録:コロムビアミュージックエンタテインメント)
- 製作:バンダイビジュアル/ジェネオン エンタテインメント/テレビ朝日/テンカラット/日楽堂/デスティニー
- 配給:東京テアトル