
戦時下の不安な空気の中、ひたすらに愛欲にふける元娼婦の女と作家の男。そして、戦地で失ったものを埋めようとする片腕の帰還兵――。昭和の無頼派作家・坂口安吾の同名短編小説を原作にした『戦争と一人の女』は、昭和の日本を舞台に“戦争と性”を鮮烈なタッチで描いていく。
監督は井上淳一。若松孝二監督のもとで映画を学び、脚本家として『アジアの純真』などの話題作を手がけてきた。『戦争と一人の女』は、満を持しての長編監督デビュー作となる。
そして、脚本は井上の脚本の師である荒井晴彦が中野太とともに担当、企画・統括プロデューサーをつとめたのは幅広い活動で知られる映画評論家の寺脇研、プロデューサーは『アジアの純真』監督の片嶋一貴、音楽は『ユリイカ』などの監督・青山真治。監督の井上はじめ、まさに日本映画界の尖った男たちが集まった。
キャストにも日本映画界を代表する俳優たちが顔を揃えた。さまざまな監督たちの作品で個性を発揮する江口のりこが主人公の女役で大胆な演技を披露。刹那的に生きる作家役でこれまでにない表情を見せるのは俳優生活30年を迎える永瀬正敏。戦地で右腕を失った帰還兵で狂気の演技を見せるのは村上淳。さらに、ベテラン・柄本明が抜群の存在感を発揮している。
エロスと暴力に満ちた『戦争と一人の女』は、戦争によって失われていくものをまざまざと描き出す。ときに目をそむけたくなるほどの過激な描写が伝えようとするのは、しかし真摯なメッセージだ。このスタッフとキャストだからこそ描き出すことができた、2013年の“事件”ともいうべき官能文芸ロマンの誕生だ。

日本が戦争のただ中にあった昭和の時代。東京で暮らす、ひとりの女とふたりの男。女は、小さな飲み屋の女将(江口のりこ)。男のひとりは、その飲み屋の常連客のひとりである作家の野村(永瀬正敏)。もうひとりの男は、戦地で右腕を失い戻ってきた帰還兵の大平義男(村上淳)。
店の経営が難しくなった女は、あっさりと店を畳み野村と同棲を始める。刹那的に生きる野村は激しく女の体を求めるが、かつて娼婦として生きていた女は不感症であった。それでも女と野村は、ただひたすらに愛欲の日々を送る……。
妻と息子、家族3人での生活を再開させた大平は、戦地から戻って以来、不能となっていた。ある日、大平は町で数人の男たちがひとりの女を襲っているのを目撃して制止しようとするが、男のひとりに殴打される。半ば気を失いながら女が犯されるのを見ていた大平は、失ったはずの性的興奮を覚えていた。その一件をきっかけに、大平は町で見かけた女を言葉たくみに誘うと、人気のない山奥へと連れていき乱暴するようになる。それは、かつて中国戦線で現地の女相手に大平がおこなった行動を再現するかのようだった……。
戦争はさらに激しさを増していく。野村と暮らす女は、飲み屋の常連だった町工場の経営者・通称カマキリ(柄本明)に誘われてたびたび空襲の焼跡見物へと出かけていたが、ついにそのカマキリの工場までもが空襲の被害に遭う。やがて野村と女、ふたりが暮らす家のすぐ近くにまで焼夷弾の炎は迫る……。
そんな日々が続く中で訪れた8月15日、ラジオから放送が流れる……。