
仕事や恋人との関係に息苦しさを感じる女性編集者。客や上司にためらうことなく土下座する携帯販売員と出会った彼女は、やがて彼の家で生活を始める。首輪をして、四つんばいになって、まるで「イヌ」のように——。
『UNLOVED』でカンヌ国際映画祭エキュメニック新人監督賞を受賞し、その後も『接吻』などを送り出してきた映画監督・万田邦敏。久々の長編作となるのが「イヌ」と「飼い主」となって遊ぶ男女の姿を描いた『イヌミチ』だ。
『イヌミチ』は、万田が設立当初から携わっている映画美学校の2012年度コラボレーション作品として製作された。脚本は、脚本コース第1期高等科の60分課題として執筆された35本の中から講師陣の全員一致で選ばれた伊藤理絵の作品。スタッフは、数名のプロスタッフが参加する以外は、すべてフィクションコース第15期生によって固められた。そして、主演をつとめるのは、アクターズコースで演技を学び、プロの監督が手がける長編映画主演は初めてとなる永山由里恵と矢野昌幸。ふたり以外にも主要なキャストはアクターズコースの学生から選ばれている。まさに、演出、脚本、俳優と多様な角度から次代の映画人を育成する映画美学校だからこそ実現できた作品である。
一見、倒錯した世界を描いているかのようにも見えるストーリーではあるが、そこにセックスは存在しない。ここで描かれるのは、恋愛や友情以外の感情で「結びつく」男女の関係だ。
『接吻』の公開から6年、若い学生とのコラボレーションを経て生まれた、新たな万田邦敏の世界が、いま『イヌミチ』というかたちとなって広がっていく。

黒瀬響子(永山由里恵)は、ブライダル雑誌の編集部員。自分の仕事まで押し付けてくる編集長や、響子に頼り切りの部下、使えないアルバイト、響子が恋人と同棲中であることを知りながら誘ってくるカメラマン。職場で響子を取り巻くのは、そんな連中だ。
生理が来ていないことは、恋人にはまだ知らせていない。恋人との生活も、決して響子の心を安らげるものではない。眠れずに携帯のゲームで時間をつぶす響子だが、その携帯も突然に動かなくなってしまう。
新しい携帯を買いに携帯ショップを訪れた響子は、ひとりの店員が怒る女性客に向かってあっさりと土下座しているのを見かける。響子は、その店員・西森諒太(矢野昌幸)に声をかけると、新しい携帯を西森に選んでもらう。
西森の選んだ携帯を受け取る響子が、その機種を選んだ理由を西森に尋ねると、西森はそれまでの丁寧な言葉からは一転、笑顔で「理由なんてねーよ」と答える……。
夜遅く、仕事を終えて帰る響子は、路上で上司に向かって土下座をする西森の姿を偶然に見かけた。響子は西森に声をかけ、ふたりは西森の家で飲むことになった。酔った響子は西森のプライドのなさを責めるが、自分なりの生き方を持っている西森は響子の言葉にも動じることはない。やがて、ふざけたように西森は響子に「犬になる催眠術」をかける……。
翌朝、そのまま西森の家で眠り込んだ響子を起こす西森。目を覚ました響子は、言葉を話すこともなく、ただ「ワン」とだけ答え、四つんばいで歩きまわった……。