
素直になれない娘と、不器用な父親。永く連絡を絶っていた父娘は、娘の結婚をきっかけに再会を果たすのだが……。『トマトのしずく』は、一組の親子とその周囲の人々の姿を通して、家族の絆を描いたヒューマンストーリーだ。
監督は榊英雄。俳優として活躍し、2007年の長編監督デビュー以降は映画監督としても多くの作品を手がけている。『捨てがたき人々』や『木屋町DARUMA』など人間の姿をハードに描き出す作品の多い榊だが、本作『トマトのしずく』は、かつて『ぼくのおばあちゃん』で見せたハートウォーミングな面を久々に前面に出した作品となっている。
主人公・さくらを演じるのは小西真奈美。父親への複雑な感情を巧みに表現するとともに、年齢を重ねた女性ならではのチャーミングさを見せている。そして、さくらの夫・真には吉沢悠。さくらの父親・辰夫にはベテランの石橋蓮司。真の母親・誠子には原日出子。そのほか、ベンガル、山口祥行、柄本時生、角替和枝、広澤草、柳英里紗ら実力派キャストが集合。また『木屋町DARUMA』で印象深い演技を見せた三浦誠己が辰夫の若き日の姿を演じているのも注目だ。
『トマトのしずく』は、2012年に製作されながら劇場未公開のままとなっていたが、2015年開催の「お蔵出し映画祭2015」グランプリと観客賞をダブル受賞し、一般公開を迎えることになった。榊英雄が設立したファミリーツリーの記念すべき第1回製作作品であり、音楽と主題歌を担当するのはこれまでも榊英雄監督作品の音楽を手がけているシンガーソングライターで榊英雄の妻でもある榊いずみ。そして主題歌の「Maria」というタイトルは榊夫妻の娘の名でもある。「家族」を描いた『トマトのしずく』は、まさに「家族」の手によって観客へと届けられる。

椿山さくら(小西真奈美)と真(吉沢悠)の夫妻は、最近入籍したばかり。ふたりとも美容師で、前オーナーから引き継いだヘアサロンをふたりで営んでいる。
ふたりで暮らす家に帰れば、さくらはテーブルに並んだ夕食の料理に「幸せになあれ。」とおまじないを唱え、幼いころに母親が家庭菜園で作ってくれたトマトの思い出を真に話して聞かせる。だが、真がさくらの父親・春辰夫(石橋蓮司)の話題を出すと、さくらはいつも話を打ち切ろうとする。5年の交際を経て入籍したふたりだが、真は一度も辰夫に会ったことがなく、さくらは自分が入籍したことさえ父親に伝えていないのだという。さくらは、ある出来事から辰夫へのわだかまりがあるようなのだが、その理由を真にも明かそうとしない。真も、真の母親・誠子(原日出子)も、近く開かれるふたりの結婚パーティーに辰夫を呼ぶべきだと言っているのだが、さくらの態度は固い。
一方、妻を早くに亡くし、娘も家を出て、孤独な日々を送っている辰夫は、さくらに内緒で真が送ってきた手紙を見て、ある決意を固めていた――。
東京に来た辰夫は、さくらと真のヘアサロンを訪れた。久々の再会を果たしたさくらと辰夫だが、いまも父親と素直に向き合えないさくらは気持ちを抑えることができず、激しい言葉を辰夫にぶつけてしまう。
なにも言わずに店をあとにする辰夫を追いかけた真に、辰夫は家庭菜園で育てたおみやげのトマトを手渡すと「“幸せになあれ。”と伝えてくれ」と告げて去っていく――。