「死者の体温」「アンダー・ユア・ベッド」などのホラー小説や、映画『呪怨』『オールドボーイ』などの小説版で知られる人気作家・大石圭さんのベストセラー小説「湘南人肉医」が『最後の晩餐』として映画化されました。カニバリズム(人肉食)というショッキングな題材を扱ったこの作品でメガホンをとったのは、自主映画『レイズライン』(02)で高い評価を受け、『自殺マニュアル』(03)で衝撃的なデビューを飾った福谷修監督。主人公の医師・小鳥田優児を演じるのは『荒ぶる魂たち』(02)、『魔界転生』(03)などのほか、世界でも活躍する加藤雅也さん。この作品の公開を前に、大石さん、福谷監督、加藤さんの3人に作品について語っていただきました。
「ある種のファンタジーの形にまで持っていった」(福谷)
福谷:おそらく、日本では本格的なカニバリズム・ホラー映画って初めてだと思うんですけど、日本ではリスクも大きくて挑戦的な作品で、映画化に対して了承いただいた大石さんと、主演を引き受けていただいた加藤さんに感謝申し上げたいと思います。おかげさまで映画の方も「過激だ」という評価をいただいて、これはぼくの中では褒め言葉として受け止めているんですけど(笑)。
加藤:あんなにマイルドに作ったのにね(笑)。いかにもホラーという感じではないんですけど、どんな観点で観るんですかね?
大石:やっぱり人肉っていうこと自体に抵抗感があるんでしょうね。
福谷:ぼくらが思っている以上にそれはあるみたいで、一般の観客にはあれでも強烈らしいんですね。ぼくも加藤さんも、もっとやれれば良かったなって思っているんですけどね。
加藤:もっとリアルにできれば良かったかなと思っているんですけどね。だけど、あんまり凶悪な映画を作って、それを真似して事件が起こっちゃいけないですから、どこかにちょっと嘘っぽく見えるような部分がないといけないし、そこは難しいところですけど。
福谷:あくまでエンターテイメントですしね。ある種のファンタジーの形にまで持っていったつもりなんです。
大石:ぼくが思っていたよりもマイルドなでき上がりですよね。
福谷:そういう意見もけっこうあります(笑)。原作も描写は過激なんですけど、文章としてはどこかユーモラスで淡々して品があるので、そのテイストは出したいなと思ったんですね。映画化に当たってかなり原作と変えているんですけど、原作者から見て映画はいかがですか?
大石:変えてもらったのは構わないし、逆に小説のまま映画にしても面白くないから、どういう風にやってもらってもいいと思っていたんです。脚本を読んで、これは観たいなと思いましたし、できあがった作品を観ても非常に映像も綺麗だし、格調高いですよね。ぼくは一言も口を挟まなかったけど、口を出さない方がいいですね(笑)。
福谷:一番大きな違いは、加藤さんが演じた小鳥田優児が原作だとすごく太った男だというところですね。
加藤:最初はそれをやろうとしたんですよ。だけど、1年かけてぼくが太って、それからまた撮るってことが可能であればいいですけど、できないのであれば違うパターンで行った方がおもしろいかもしれないね、という話を監督ともしましたね。
福谷:中途半端に原作に忠実なのが果たして原作に敬意を表しているかっていうと全く違うと思いますしね。ネットとかでもファンの方たちが「湘南人肉医」を映画化するなら主役は誰だろうって、いろんな大柄なタレントさんの名前が出たりしていますけど(笑)。ぼくも一瞬それは考えたんですけど、太った役者さん、タレントさんも含めて考えたときに、ホラー映画として成立する方って日本ではいらっしゃらないなと正直思ったんです。それで、加藤さんのお名前が出たときに、原作と違うけれど面白いなって思ったんですよ。原作の持ち味を活かしながらもスケール感を出すとなると、ぜひ加藤さんでやりたいと思いましたね。
加藤:人それぞれが持つイメージってあるじゃないですか。太っているっていってもKONISHIKIさんくらいまで太っている人を想像して読む人もいれば、もう少し小さい人を想像する人もいるでしょうし。原作通りにやったとしても、100人いて100人のイメージに合うことってないですよね。何人かは「ミスキャストじゃないか」って思うでしょうし、それよりは原作のテイストを残して違うものを作り上げて「こういう解釈もあったのか」ってした方が失望は少ないのかもしれないですよね。
福谷:小鳥田のキャラクター以外でも、前半はアレンジしつつも原作に忠実なんですけど、後半はかなり変えたんですよね。大石さんも映画のノベライズをやられていて、小説は小説オリジナルのものとして、映画とはニュアンスの違うものにされているんですよね。だから、大胆に変えるのも大石さんだったら受け入れてくれるかもしれないと思って提案してみたんですよ。
大石:すごく面白かったです。ぼくの題材だけど、ぼくでは絶対に思いつかない話になっているので、脚本をいただいたときからこれは良いなと思ったし「こういう風にストーリーが展開していくのか」っていうのは楽しくて、すごくドキドキして観ましたね。
福谷:ただ、原作の魅力ってなんだろうと思ったら、やっぱり料理がすごくおいしそうなんですよ(笑)。だから、料理がおいしそうに見えるということは忠実にしたいと思ったんですよ。
大石:映画を観て、食欲をそそられる人がいると思うんですよね(笑)。
加藤:そんな事件になっても困るよね(笑)。フィクションだってとらえ方をされないと怖いような気もしますしね。
福谷:だから、あんまり生々しくしなかったのは、あくまでフィクションですよってことなんですよね。この映画くらい浮世離れした雰囲気にするんだったら、ファンタジーとしてできるかなと思ったところがあったんです。ひたすら生々しくグロでやっても、それはやればやるほど大石さんの原作から離れていく気もしますから。
「ひとりの人間が人間を演じるのが基本」(加藤)
福谷:大石さんが原作の「湘南人肉医」を書かれるきっかけになったのはなんだったんですか?
大石:小説の冒頭に書いているんですけど、かつて中国で石虎という皇帝が客人をもてなすのに女の人を料理して、その料理がどんなに美しいものからできたのか、実際の生首を見せながら客人をもてなしたというエピソードがあるんです。そこからイメージが膨らんでいったんです。
加藤:それは実際にあったんですよね。
大石:そう言われていますよね。昔から人類はほんとに長期にわたって人の肉を食べてきたし、フィジーでは自分の奥さんや娘を食べる権利を持っているんですよ。あるいは殺した相手の兵士を食べてその力を自分に付けるという話もありますよね。
福谷:原作では、その人肉に関する歴史とか知識も詳しく書かれていたので、そこも活かしたいと思いましてね、小鳥田が香港に行くシーンのナレーションで使っているんです。
加藤:香港はね、ほんとにそういうのがありそうな街に見えるのが怖いですよね(笑)。
福谷:ぼくは行ったことなかったんですよ。映画は香港との合作ということで香港パートを入れることになって、イメージで大袈裟に書いたんです。まさか、実際には人肉食べるような街とか組織とかはあるわけないよなって思いながら書いたんですけど、実際に行ったらありそうな雰囲気なんですよね(笑)。
大石:ぼくも何回か行ったことあるけど、そんな気がしますよね(笑)。
福谷:香港は原作にはないですけど、石虎の話も出てくるし、本場に近いところにいくのも面白いと思いましたし。でも、大石さんが小説でやろうとしたのも香港映画とかとは違うものなんですよね。
大石:そう、主人公の小鳥田優児の日常をグロテスクなだけのものにはしたくなかった。「ハンニバル・レクター」とも違うものを作りたいなと思っていたんです。ぼくは常に、どんな凶悪な犯人でも読者に好きになってもらうっていうのを目指しているんです。「この主人公は、すごい悪い奴だけどいい奴じゃん」って思ってもらいたいんですよ。
福谷:たしかに原作の小鳥田は太っていてコンプレックスの塊なんだけど、どっか憎めないっていうキャラクターですよね。実は、加藤さんは先入観を持たないために原作を読まれていないんですけど、憎めないキャラクターというのは映画でも共通しているんじゃないかなと思うんですよ。演じられてどうですか?
加藤:憎めないかどうかっていうのはわからないですけど「この人にだったら食べられたい」って思わせるようなキャラクターにはしたいなって思っていましたね。「こんな奴に食われるくらいだったら死んだ方がましだ」って思われるよりはね(笑)。
大石:加藤さんは、この役を演じることに対して抵抗はなかったんですか?
加藤:自分の中で、こういう役はやらないというのはあまりないんですよね。実際にあった事件の被害者を揶揄するようなものとか、あまりモラルに反するものはやろうとは思わないですけど。役に対しての抵抗はなくて、新しいことをやることの方が面白いんじゃないかって思います。ひとりの人間が人間を演じるのが基本であって、その人が医者であれば医学のドラマになるし、刑事であれば刑事ドラマになるわけですよね。この映画もひとりの美食家がいて、その人が食べるものが人間であるというところが異常性であって、そうでなければ立派な医者ですしね。
福谷:単なる最初から異常者というわけではないんですよね。大石さんの作品だと、エリート医師とかが出てくることが多いですよね。
大石:割と多いですね。「殺人勤務医」という作品があるんですけど、その主人公は小鳥田とは違ってナイーブな男で、イメージはほんとに加藤さんみたいにかっこいいんですよね。
福谷:だから、ファンの方も「小鳥田と加藤雅也じゃ全然違うじゃん」って言いつつも、全然ダメだと言う人もいないんですよ。それは加藤さんが「湘南人肉医」とは違うかもしれないですけど、大石ワールドの中ではそんなに違和感はないからだと思うんですよ。
「新しい小鳥田優児をぜひ観ていただきたいと思います」(大石)
―― 映画の小鳥田は最初はさえない男で、あるきっかけで変わっていきますが、さえない姿を演じる上で意識したところはありますか?
加藤:やっぱり、その人の変化するレンジっていうのがあるわけですよね。ものすごくオタクっぽい人が、急に変身したように変わるっていうのもリアリティがないですよね。映画の中で看護婦が「小鳥田先生、最近いい感じよね」って噂するシーンがあるんですけど、全く違う人物になったらそれはもっと違う反応になるわけで。この人だったらこうなることはあるだろうっていう範囲じゃないとね。
大石:内向しているというか、自分の内側を見ている感じが良く出ていましたよね。自分に自信がない。その自信がない人が、自信が出てくることによって変わるんですよね。ちょっとのことで変わるじゃないですか。それを演技でどう表現するのかはぼくにはわからないけど。
加藤:そうですね、自信を得たときの違いというのを多少でも出せればと思って。歩く姿勢が前かがみだった人間が背筋が伸びたり、それプラス多少の外見が変わらないとね。
福谷:悩んだのはね、加藤さんは何を着てもかっこよくなっちゃうんですよ(笑)。衣装テストのときにダサいジャケットを着てもらっても加藤さんが着るとトラディショナルになっちゃうんで、女性スタッフに見てもらって「これだったらかっこ悪い」っていうところまでかなり色々やりましたね。
加藤:だから、やりすぎないでそう見えるっていうのが難しかったんですよ。あんまり嘘臭く作るのもいやだったんですよね。わざとらしくなるとコントみたいになっちゃいますから。ほんとは時間があればね、髪の毛が短かったのを伸ばしたりとか、色が青白いのを焼くとかできるんですけど、撮影のスケジュールがあるとそうもできませんしね。
福谷:加藤さんは役作りの上でも色々アイディアを出してくれまして、小鳥田が女性にオイルマッサージをするのは加藤さんのアイディアなんです。
加藤:あれは、ひとつは味をしみこませるっていう意味ですね。料理番組とかでもオイルをこうやって塗りこむシーンがあるじゃないですか。それと、ほんとはラブシーンがあって、自分が食べる食材を愛してから食べるという方が異常性があっていいと思ったんです。だけど、ポルノ映画っぽくなってしまっても違うだろうし、そこが狙いどころではないですから、それに替わるエロティックなシーンとして考えたんです。オイルマッサージというのは撮りようによってはものすごくエロティックになるし、それに食材にオイルで味をしみ込ませるという意味を兼ねれば、その方が効果的じゃないですか。
大石:実は原作でも、男が毎晩、女性にオイルを塗ってマッサージするというシーンがあって、それは自分の食べる肉を愛でるという、全くそのとおりなんですよね。加藤さんが原作を読んでいなくてもそれを思いつかれたというのは、やはり「愛でる」というのにその方法がもっとも有効なのかなって思いますよね。
福谷:ラブシーンに関してはね、これは殺しの映画であり、食べる映画なので、やったとしてそこだけがクローズアップされるのは本位ではないので、どうやろうかって加藤さんと話したところですね。だから、下品にすることも簡単だし、エロにすることもグロにすることもある程度はできるとは思うんですよ。ただ、それをエンターテイメントの中でどううまくバランスを保つかっていうのは、ぼくがずっとチャレンジしてきたことなんです。加藤さんとも撮影前に話し合ったのは、下品はやめようって。たとえば香港映画とか『ハンニバル』とかと同じことやっても仕方ないわけで、せっかくやるならスタイリッシュに行きたいと思ったんです。大石さんの作品って女性にも受けるホラーだと思うんでね。
大石:そう、女性のファンが多いんですよね。若い女性が主流なんで、映画もある程度上品にしてもらいたかったし、観ている人が主人公を好きになれるというのが必須だと思っていたんです。
福谷:原作を読んだときに、直感的に女性は好きだなって思ったんですよ。だから、ただグロテスクにするのとは違うアプローチをしたいと思ったんですよ。
加藤:同じものでも書き方によってはすごくロマンティックになったりグロテスクになったりしますよね。女性に受けている小説と男性に受けている小説って違うと思いますし、映像にするときも当然違いがなければいけないと思うんですよ。
大石:そうですね。こういう風になったのはぼくは嬉しかったですよ。
福谷:原作を変えることについて怒っちゃう作家さんもいるんですよね(笑)。だけど大石さんのご好意で自由にやらせていただいて、ほんとに感謝申し上げたいです。原作とはちょっと違うテイストですので、映画を楽しみながら原作もぜひ読んでいただいきたいし、原作を読んでいる方は映画で違いを楽しんでいただけたら、相互に楽しんでいただけるんじゃないかと思います。
大石:ぼくが書いたのと全く違う、ほんとに新しい小鳥田優児を見せてもらって、そのことに感謝していますし、ぼくの本を読んだ人にも新しい小鳥田をぜひ観ていただきたいと思いますね。
加藤:映画の結末がどうなるかはあんまり話せませんけど、映画の続きを小説で書いて欲しいんですよ(笑)。映画からどんどん世界が広がっていったら面白いと思うんですよね。
大石:そうですね。まだまだ膨らんでいきそうだし(笑)。
福谷:そのときはぜひお願いします(笑)。
(2004年12月24日収録)
『最後の晩餐』は2月12日(土)より渋谷UPLINK X ほかにてロードショーされます。
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