工場が立ち並ぶ臨海地区・川崎。そこには創立60周年を迎えた探偵事務所本部があった。名前を持たず、5で始まる3ケタのコードネーム=5ナンバーで呼ばれる探偵たちが、それぞれの得意分野で活躍していく!
『探偵事務所5” 〜5ナンバーで呼ばれる探偵達の物語〜』は、劇場映画三部作(『わが人生最悪の時』(1993)、『遥かな時代の階段を』(1994)、『罠』(1995))、そしてTVドラマ(2002)にも展開し人気シリーズとなった永瀬正敏さん主演「私立探偵濱マイク」シリーズのスタッフが再集結して送り出す新たな探偵映画。メガホンをとるのはもちろん「濱マイク」の生みの親である林海象監督。
5ナンバーの探偵たちの活躍を前に、林監督にお話をうかがいました。
『探偵事務所5”』という冒険
『濱マイク』シリーズが人気作となっただけに「もう1回、新シリーズを作るっていうのは冒険なんですよね」と話す林監督。『探偵事務所5”』の構想は劇場版『濱マイク』が終了して間もない頃にまで遡るそうです。
「企画自体は8年前から考えていました。イメージはなんとなくあったんですけど、なかなか固まらなかったんですね。それで2002年にヤフーBBからお話をいただいて『私立探偵551』というのをパイロット版として撮ったんですよ。そのビデオをいろんな人に観てもらいまして、今回、エイベックスさん(※製作のエイベックス・エンタテインメント)からお話をいただいたときに、こういう企画はどうですかということで実現したんです。8年間言い続けたことがやっと形になって、映画だけじゃなくてネットシネマでも26本作ってますから、言い続けると現実になるのかなと思いましたね」
インタビュー会場に現れた林監督は黒いスーツ姿。映画に登場する探偵たちも同じように黒のスーツを着ています。個性的なファッションも話題となった『濱マイク』シリーズとは対照的に、全員が同じ黒スーツというスタイルを選んだ理由はなんだったのでしょうか?
「本来、探偵ってすごい地味なものなんですよね。だから最初はリアリズムに持っていこうと思ったんですけど、あの衣裳を着ることによってまたリアルじゃなくなっちゃったですね。あれは目立ちますからね。濱マイクは尾行がしにくいんですけど、彼らもしにくいですよね(笑)。ただ、服装の個性を消すとひとりひとりの個性が出るんじゃないかと思ったんです。やっぱり、黒沢明の『天国と地獄』なんかが好きなんですよ。変装していた刑事たちが部屋の中でパッと脱ぐとみんなスーツを着ていて、ひとりだけジャンパーみたいな、あの世界観が好きなんですよね」
その黒スーツに身を包み、今回の映画で主人公となる新米探偵591を演じるのは『あずみ』(2003年/北村龍平監督)、『NANA』(2005/大谷健太郎監督)など多くの話題作に出演する注目の若手俳優・成宮寛貴さん。そして、もうひとりの主人公・探偵522はお笑いコンビ“雨上がり決死隊”で活躍する一方、『蛇イチゴ』(2002年/西川美和監督)、『CASSHERN』(2004年/紀里谷和明監督)などで俳優としての評価も高い宮迫博之さん。以前から林監督が出演作を観て仕事をしてみたいと思っていたふたりだそうです。
「成宮くんは、撮影したときより今のほうがさらに良くなっていると思いますけど、未来を感じる人ですね。宮迫さんは演技に対して真摯な態度を感じますね。ぼくは昔から芸人さんが好きなんですよ。バラエティとかお笑いというのはすごくハイレベルな演技だと思うんですね。そういう方たちを起用して演技してもらうのはきっとうまいに違いないと思いましたし。あと、ふたりとも顔が好きですね。いい顔をしていると思います」
映画は、591と522それぞれが主人公となるふたつのエピソードからなり、ふたりが追っていた事件が融合していくという2部構成となっています。
「最初は1本60分のシリーズを作ろうと思っていたんです。なおかつ主人公たちが毎回変わっていくシリーズにしようと思っていたんですが、1話と2話が一挙公開されるわけですから、1・2話に限っては話が連続していって主人公が変わるほうが面白いんじゃないかと思ったんです。1話目は行方不明の女子高生を探す話ですし、2話目はある意味からすると522の復讐劇ですよね。だけどメインのストーリーが奥に隠されていて1・2話が連結するというのはちょっといい発明かなと思ったんです」
2部構成になるのは「たぶん今回限り」。次回作からは1話ごとが独立したエピソードになる予定だそうですが、「連続して観ていくと、今回の敵役である安部というキャラクターがどっかに出てきますね。それはまた違う人として出てくるんじゃないんですかね。現代の怪人二十面相を作ったつもりなんでね」。新たな探偵たちを描くシリーズの誕生は、同時に新たな悪のキャラクターの誕生でもあったようです。
まだ出てこない探偵がいっぱいいる
冒頭で監督の話にも出たとおり、映画には登場しない5ナンバーの探偵たちの活躍が“アナザーストーリー”としてインターネットシネマで展開されるのも『探偵事務所5”』の大きな特色。ネットでの展開について林監督はどうとらえていたのでしょうか。
「映画館であろうがインターネットであろうがテレビであろうが、発表する場があればやりたいと思うんです。インターネットシネマというのは扉が開いたばっかりなんで、まだ自由があるんですよ。そこが面白いところですよね。予算はないんですけど自由さがありますし、はっきり言うとみんな映画やテレビよりちょっと下に見ていますよね。そこにぼくらが入っていくというのは挑戦的で面白いんです。先がどうなるかわからないですけど、だいぶ画面自体のクオリティも上がってきたし、テレビと同じくらいになると我々にとってかなり強力な武器になるんじゃないですかね。ただ、そうなった頃には誰かが制御しているでしょうね、絶対に(笑)。自由さはなくなっていくでしょうから、そのときにはぼくらはまた違うメディアを探すということですね」
「メールはしょっちゅう使いますし、ニュースも大体インターネットで見ます」と、普段からネットを活用している林監督ですが、「万能だとは思っていないですね。単なるひとつの道具です。万能ではないし、危険だとも思ってないですよ。テレビとかと一緒ですよね」と、ごく自然にインターネットというメディアをとらえているようです。
「映画はもちろん映画館で観るべきだと思いますし、大画面で面白い内容に作っていますから映画館で観て欲しいと思うんですよね。ネットがいいのは“ちょっと観てみよう”という感じで触りやすいんですよね。それは別種のものなんで、ネットシネマが出るから映画が滅びるのではないし、両方あるほうが両方栄えると思います」
アナザーストーリーでは、映画版ではナレーションと肖像画での出演だった宍戸錠さんが登場。『濱マイク』シリーズに続いての登場だけに、林監督作品のファンにとっては嬉しいところです。
「500が宍戸錠さんで、599が宍戸開なんですよ。ふたつのナンバーをあわせると鍵が開くということですよね。このキャスティングを考えたときにはかなりいいなあと思いましたね。宍戸親子も喜んでいましたし、ぼくも喜んでいました(笑)」
こんなちょっとした遊び心も、『探偵事務所5”』の大きな魅力でしょう。
映画やネットシネマだけでなく、コミックなど、さらにほかのメディアへの広がりも見せる予定の『探偵事務所5”』。「まだ出てこない探偵がいっぱいいるんですよね」と、アイディアの一端を聞かせてくれました。
「映画で登場するか、ネット版に登場するかまだわかりませんけど、俳句探偵575っていうのがいるんですよ。セリフが全部七五調で、これが結構難しいんですよ。かなりいいキャラクターだと思っているので、ぜひ完成させてみたいですね。ほかにもロボット探偵とか、もちろん少年探偵も出てきますし、いろんな探偵がいます。どれだけバリエーションを考えられるかという、山田風太郎の忍者シリーズみたいなものですよね」
林監督の構想はそれだけに留まらないようです。
「日本だけに留まらないシリーズにしたいんですよね。ドイツ支部があったっていいし、アメリカの探偵が出てきたっていいと思います。少しずつ拡大していければいいなと思いますね。アイディアがあれば募集中ですね。今、頭の中では次の映画のキャスティングに入っているんですけど、楽しいですよね。直球を投げるとつまらないんですよ。だから外しつつ直球というのが面白いんでね。ど真ん中もいいかもしれないですよね。スマップは5人いますから、やったら面白いと思いますよ。向こうがどう思うかはわかりませんけど(笑)」
その気になる次回作のキャスティングについては「まだ具体的には言えないです」と言いつつ、「外国の人はひとり入れたいですね。あと花柳界からも入れたいです」とのこと。
魅力的な世界観を持った作品だけに、映画が公開になると、実際に映画を観てその世界に加わりたいと思う俳優さんも出て来るのでは?
「手を挙げてもらうのも面白いですよね。番号は100個しかなくて早い者勝ちですから。お勧めの番号は、515までの最初の15と、あと550台ですね。55(ダブル・ファイブ)のエリアは、今のところ551と553、555がいますけど、まだあいてますからね。こんな探偵をやってみたいとか、やりたい番号を申告しながら手を挙げて欲しいですね」
さらに「外国の人ならブルーノ・ガンツとか出て欲しいですよね。デニス・ホッパーとか、もちろんショーン・コネリーにも出て欲しいですね。言うのは簡単ですから(笑)」と話してくれた林監督。それも単なるジョークに留まらないのかも?
探偵は独立した自由人である
自身、探偵学校で学んだ経験を持っている林監督。その目から見ると、映画やドラマなどにおける探偵の描き方は「浮気調査をしたりとか、盗聴器を探したりとか、類型的なものが多いんですよね」といいます。その中で、林監督はどのように探偵を描こうとしているのでしょうか。
「この映画でも522は浮気調査をやっていますけど、それは探偵の仕事のごく一部なんです。本当は出生調査とか素行調査とか、核心に迫る部分を追う探偵が多いので、せめてぼくくらいはオーソドックスな“探偵とはこうあって欲しい”という探偵を描きたいと思います。ぼくも歳をとってきたから、中年なりの理想像かもしれませんね」
映画に出てくる「依頼者を家族と思え」という言葉は林監督が実際に探偵学校で習った言葉だそうです。そこには“探偵とはこうあるべき”という監督の想いが込められているように思えます。さらに監督は続けます。
「探偵事務所5のメンバーというのは、探偵事務所5に所属しているんですが、ひとりひとりが独立した探偵なんですよね。自分の信条によってはあそこを抜けることもあるでしょうし、独立した自由人であるってことです。それは映画と一緒なんですよ。映画って監督だけじゃ撮れなくて、各パートいろんなエキスパートがいて、横で連結して初めてひとつのものができるんですよ。大事なのはどれだけ人と繋がっているか、どれほど人を知っているかなんです。探偵もそうですよ。どれだけ人と信頼関係にあるかってことだと思うんですよね」
林監督にとって“探偵”とは、単に職業に留まらず、人間としてのひとつの生き方を示すものなのかもしれません。
デビュー作『夢みるように眠りたい』(1985)や『濱マイク』シリーズと、形を変えながら何度も探偵を描いてきた林監督は、インタビュー終盤にこんな話をしてくれました。
「ぼくは探偵ブームが来ることを願っているんですよ。みんなが喫茶店とかで“あの探偵はさあ”みたいに話す世界が来ないかなあとずっと思っているんです。ちょっと異常な世界ですけど、流行らないかなあ(笑)」
前代未聞の“探偵ブーム”。それが訪れるとしたら、それは間違いなく『探偵事務所5”』がきっかけとなるに違いありません。
(2005年10月20日収録)
林海象監督プロフィール
1957年京都市生まれ。1985年に自ら製作した初監督作『夢みるように眠りたい』で多くの映画賞を受賞する。以降、監督として話題作を次々と発表。ミュージックビデオの演出や映画プロデュースも手掛ける。作品に『二十世紀少年読本』(1989)、『ZIPANG』(1990)、「私立探偵・濱マイクシリーズ」(1993〜95)など。2001年には京都造形芸術大学教授に就任。
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探偵事務所5” 〜5ナンバーで呼ばれる探偵達の物語〜
11月26日(土)より シネ・リーブル池袋ほかにて全国順次ロードショー
企画・原作・プロデュース・監督:林海象
出演:成宮寛貴、宮迫博之、貫地谷しほり、佐野史郎、永瀬正敏 ほか
アナザーストーリーはこちら
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