現代に生きる若者が事故に巻き込まれ、目を覚ますとそこは1945年の日本。彼らは特攻隊員となっていたのだった…。
1988年に初演された舞台劇「THE WINDS OF GOD」(初演時タイトル「リーインカーネーション」)は、その後も繰り返し再演され、国内のみならず海外公演でも高い評価を受け、原作・脚本・演出、そして主演をつとめた今井雅之さんの名前を広く世に知らしめる作品となりました。
過去に映画化、ドラマ化もされたこの作品を、今井雅之さん自身がメガホンをとって新たに映画化。いよいよ公開となった映画『THE WINDS OF GOD』は、戦時中の日本を舞台にしながら、全編英語で作られた作品。監督が映画に込めた想いとは? 今井監督にお話をうかがいました。
今井雅之監督プロフィール
1961年生まれ。1986年に舞台デビューし、その後テレビ、映画にも活躍の場を広げる。1995年公開の映画『静かな生活』で日本アカデミー賞助演男優賞受賞。2004年には主演・原作・脚本もつとめた『SUPPINぶるうす ザ・ムービー』で監督デビュー。陸上自衛隊入隊経験(1980〜81年)があることでも知られる。
所属事務所エル・カンパニー公式サイト:http://www.L-company.info/
|
|
日本のスピリットを伝えたい
これまで、舞台劇としてブロードウェイをはじめ、ロンドン、ハワイなど英語圏で上演されてきた『THE WINDS OF GOD』。今井監督が映画化を思い立ったのは、2001年9月11日に起きたテロの報道がきっかけだったといいます。
「あのテロのときに、アメリカの有名紙に“KAMIKAZE ATACK”と書かれて、ぼくは腹が立ったし、悲しかったんです。ぼくの取材した中では、神風特攻隊で民間に被害を与えた人はひとりもおられない。空襲が毎日あって、このままだと本土決戦になるというギリギリの戦争の中で、日本が考えざるを得なかった戦法が神風特攻隊なんです。最後は学徒動員で学生たちが駈り出されて、彼らは意味もわからないまま、自分の父ちゃん母ちゃんを守りたいという思いで行ったんです。それと民間機を乗っ取って罪もない人たちが働いているビルに突っ込んだテロを一緒にされて、ぼくはどうしても黙っていられなくなってね。マスコミも政府も民間の人もみんな文句言わないけど、1億2千万人の中にひとりくらい声を上げる人間がいてもいいんじゃないかと思ったんです」
多くの人に伝えたいという思いから、大きな市場を持つアメリカでの映画公開を目指した今井監督。そこには言葉の問題という乗り越えなればならない壁がありました。
「アメリカの方々は字幕スーパーを読まないんですよね。“字幕スーパーが付いている映画は映画じゃない”ってはっきり言います。“アジア人が出ているのは映画じゃない”とも言われたんだけど、そこだけは折れずに(笑)」
ほんとは「関西弁でやりたかった」という今井監督ですが、全編英語での製作を決意します。「ジャパニーズアクセントがダメだったら吹き替えされてもいい。でも最初から英語でやれば、吹き替えされてもまだ違和感が少ないですから」。
とはいえ、日本では異例となる作り方になかなか理解は得がたかったそうです。「賛同してくれる映画会社、プロデューサーはいなくて、結局ひとりでやらざるを得なかったんです。ただ、これだけはわかってもらいたいんですけど、ぼくは日本の心を売ったつもりはないですし、日本のスピリットを伝えるために英語でやったんです」。そう監督は強調します。
そして、日本とアメリカの文化の違いから、セリフの翻訳でも苦労は多かったようです。
「原作ではキンタが“そんなに人間ってアホか! それなら算数のできないわしの方がよっぽどマシや!”というセリフがあるんです。ところがアメリカでは算数ができない人がいっぱいいらっしゃって“算数ができない”って言っても“だから?”ってなってしまうんです。算数ができなくてはいけないというのは日本の発想なんですよ。だからそこは変えて“おれは難しい字は読めないけど”って訳したんです。それから、特攻するときに“お父さん”って叫ぶんですけど、“お父さん”って言葉には“父親”という意味と“お父ちゃん”という、愛とリスペクトのふたつが入っているんです。ところが英語の“Father”だと“父、牧師”で“お父ちゃん”という意味は入っていないんですよ。それでいろいろ話し合ったんですけど、“Daddy”にしても違うだろうし、最後に考えたのが“I love you father.”だったんです。そういう日本語と英語の難しさはありましたね。ほんとに日本語はいい表現がたくさんあるので、日本語を大事にして欲しいですね」
人間、誰でもコミュニケーションをとれば同じ
全編英語という中で、監督が気をつけたのが「感情の英語」を話すことだったといいます。
「心が入っていないと“英会話”になっちゃうんですよ。ぼくはアメリカに住んだこともないし、心が入った言い方を覚えるのは一番苦労しましたね。命を吹き込むには心からでないと。それは日本語でも同じことなんですけど」。
セリフに「命を吹き込む」ためにも、俳優陣には「日本の兵隊でいてくれ」という要求を出した今井監督。役作りの一環として全員が監督の古巣である自衛隊に体験入隊し、何人かが「泡吹いて倒れるくらい」の厳しい訓練を受けました。そんな成果もあり、実感ある演技を見せる俳優陣の中で、際立った存在感を見せるのが、今井監督演じる岸田中尉=マイクの相棒である福元少尉=キンタを演じている松本匠さん。1994年から舞台版「THE WINDS OF GOD」に参加し、ブロードウェイ公演でも今回と同じ役を演じています。
「今までにキンタ役は何人変わったのかわからないくらいなんですけど、彼(松本さん)は2001年までやって、すごく役作りができていますよね。ただ、英語は上手じゃないんですよ。私が一番下手で、その次に下手ですから(笑)。だからもっと英語のうまい人を連れて来ても良かったんですけど、実際にオーディションしてみるとこの7、8年間での彼の役作りを越える奴がいなかったんです。それで彼に決めて、演技に関しては何年も舞台をやっていますから心配なかったですね。英語に関してはぼくと一緒に先生について、1年半くらい映画用の英語を勉強しました。今までは舞台用の英語だったんです。日本語でも舞台と普段の日本語では違うでしょ? 映画では舞台みたいクリアじゃないんです。でも、どうしてもぼくたちがやるとクリアになっちゃいましたけどね。あと、彼は映画の映り方がまだうまくないんでね、ぼくも共演をしているから“カメラがこう撮ろうとしてるのにお前がここばっかり向いてたら映らへんねん”とか耳打ちしたりね。それは監督というよりは、先輩として言ってあげました(笑)」
映画化にあたってもうひとつ新たに加わえられたのが、主人公のふたりがアメリカの若者であるという設定。これも世界公開を目指す上で加えられたアイディアですが、それにより映画に新たなメッセージが加わっているように思えます。
「もともとぼくの中では時代を越えて人種も超えた“若者たちの生命エネルギー”を描きたかったんで、それはたぶんどこの国の人がやろうが一緒だと思います。ただ、設定をアメリカ人に変えたことで、すごい刺激的なものになったと思いますね。来世・前世ってのがあるとしたら、もし違う国に生まれたら魂は一緒なのに自分の同じ国の人だった人たちを殺すことになる。そんなのはくだらないってことですよね。映画の中ではそういうブラックユーモアが込められたかなって思います。最初は“Crazy yellow monkey!”って言っていた奴がね、最後は必死になって仲間が特攻に行くのを止めようとする。人間、誰でも会話をすれば、コミュニケーションをとれば同じなんだよっていうことです」
そして笑いながらこう付け加えます。
「ここまで刺激的なことを描いた映画はないと思ってね、これをアメリカでやろうとするぼくこそ“Crazy”なんじゃないかと思いますね(笑)」
メッセージを伝えたいという強い想い、そしてそれを実現するための破天荒ともいえるエネルギー。映画『THE WINDS OF GOD』をご覧になる方は、誰しもが監督の想いとエネルギーをスクリーンを通して感じることでしょう。
(2006年7月10日/西麻布にて収録)
THE WINDS OF GOD -KAMIKAZE-
2006年8月26日(土)より シネ・リーブル池袋にてロードショー ほか、全国順次公開
原作・脚本・監督:今井雅之
出演:今井雅之、渡辺裕之、千葉真一、松本匠、ニコラス・ペタス ほか
詳しい作品情報はこちら
|