『スパイの妻〈劇場版〉』での第77回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞も記憶に新しい黒沢清監督の初期の作品『地獄の警備員』がデジタルリマスター版として29年ぶりの劇場公開を迎え、初日の2月13日に新宿K's cinemaで黒沢監督と主演のクノ真季子さん、根岸憲一撮影監督が舞台あいさつをおこないました。
1992年に公開された『地獄の警備員』は、主人公・成島秋子が入社した商社で、秋子と同日に配属された元・力士の警備員・富士丸が社内の人々を次々に惨殺していくバイオレンスホラー。公開後、諸般の事情により倉庫で眠った状態だったネガフィルムが昨年9月に返却され、デジタルスキャン作業を経てデジタルリマスター版公開を迎えました。
上映後に登壇した黒沢清監督は「30年ぶりの映画の舞台あいさつというのは、ひじょうに奇妙な感じです。しかし嬉しくもあります」とあいさつ。撮影以来29年ぶりだというクノ真季子さんとの再会に「短くはない映画のキャリアの、ほんとの初期に賛同して映画作りに参加してくれた人たちで、この人たちがいたから、そのあとなんとか続けることができたと感慨深く思っています」と感想を述べました。
秋子役のクノ真季子さんは「本当は恥ずかしくて恥ずかしくてですね、お断りしたほうがいいんじゃないかとずっと思っていたんですけど、直接(黒沢監督に)お会いしてお礼を伝えたり、この間の(銀獅子賞受賞の)お祝いも伝えることができると思ってがんばってやってまいりました(笑)」と、過去の主演作の久々の公開にあたっての心境を語りました。
当時は「久野真紀子」の名前で活動していたクノ真季子さんはこの作品が本格的デビューで、富士丸を演じた松重豊さんも現在は名バイプレイヤーとして有名ですが当時はほぼ無名。
黒沢監督は、元・力士という富士丸の設定に沿って大柄の俳優をオーディションした中での松重豊さんの印象を「相撲取りっぽくはないんだけど、会った瞬間“わ、この人すごい”と思って」「迫力というか、ある種の演技力も含めて、なにかまったく底しれぬものを感じました」と語り、それがまだ無名だった松重さんの起用理由と説明。
さらに黒沢監督は、主役がほかの候補者にほぼ決まっていながらも監督の中に「ほんとにこの人でいいのだろうかという戸惑いも」あり、衣裳合わせの際に別の役で出演予定だったクノさんを見て「この人主役でいいんじゃないのと急に思ったんですよね。ぜひこの人で行きたいと」という、黒沢監督曰く「劇的な出会い」で主役に抜擢したという経緯を明かしました。
当初は兵藤という登場人物の秘書役の予定だったというクノさんは、監督も覚えていないほどの小さな役から主役への起用に、撮影のときにもなにも考えられず「セリフ覚えて言ってるだけなんですよね(笑)」と当時を振り返ってコメント。
根岸憲一撮影監督も、当時の現場でクノさんが「無の状態」だったのが「見ていてありありとわかったね(笑)」と笑いつつ「でも、その状態って、 すごくいろいろなことが入りやすいから、良かったんじゃないかなと思いました」と評しました。