阪本順治監督が黒木華さんを主演に迎えて送る青春時代劇『せかいのおきく』(4月28日公開)の、撮影現場での環境保護への取り組みを紹介する原田満生美術監督の談話などが公開されました。
監督デビュー作『どついたるねん』(1989年)以降、長きにわたり日本映画界を牽引する阪本順治監督30本目の作品となるのが『せかいのおきく』。ある事件で声を失った武家の娘で貧しい生活を送る主人公・おきくや、糞尿を買う下肥買いの仕事をしている若者・中次と矢亮の姿を通して、厳しく苦しい現実の中でも心を通わせる事を諦めない若者たちを描いた、江戸時代末期の江戸を舞台とした青春物語となっています。
いまや日本映画界に欠かせない女優のひとりといえる黒木華さん主人公のおきくを演じ、中次役には舞台初主演も果たした寛一郎さん、矢亮役には『シン・仮面ライダー』(2023年/庵野秀明監督)主演も話題の池松壮亮さんと、次代を担う若手実力派が共演。さらに、真木蔵人さん、佐藤浩市さん、石橋蓮司さんと、ベテラン陣が脇を固めています。
また『せかいのおきく』は、青春時代劇であると同時に「循環型社会」としての江戸の街を描いた作品でもあります。
江戸の街は資源が少なく、限られた資源を活用する工夫が定着していました。割れたり穴の空いた鍋・釜などの金属製品は「鋳掛屋(いかけや)」に修理してもらい使い続ける。使用済みの反故紙を「紙屑買い」が引き取り漉き直して再生紙として何度も使う。さらに、都市部の糞尿を「下肥買い」が集めて農村へと運び肥料として活用する。当時の江戸は、現在の社会が目指す、資源をリサイクルして使う循環型社会を実践した都市でした。
『せかいのおきく』で主人公のおきくが恋する相手・中次は元・紙屑買いで、矢亮に誘われ下肥買いとなります。ときに人々から汚い仕事を見られつつも、江戸の循環型社会を底辺から支えていた、これまでの時代劇作品であまり描かれることのなかった人々に、映画『せかいのおきく』はスポットを当てています。
そして『せかいのおきく』では、撮影現場でも循環型社会を意識した取り組みがなされました。
『せかいのおきく』で美術監督をつとめたのは原田満生さん。『愚か者 傷だらけの天使』(1998年)以降の阪本順治監督作品で美術監督をつとめるほか、松岡錠司監督作品、豊田利晃監督作品などに参加してきた原田さんは、気鋭の日本映画製作チームと世界の自然科学者が協力してさまざまな時代の「良い日」に生きる人々の物語を創り「映画」で伝えてくプロジェクト「YOIHI PROJECT」の発起人であり、その劇場作品第一弾となる『せかいのおきく』では美術監督に加えて企画・プロデューサーもつとめています。
地球規模で環境危機が叫ばれる中で100年後を生きる人々にも「良い日」が訪れるようにという「YOIHI PROJECT」の趣旨に沿い、原田さんは『せかいのおきく』を「リデュース(Reduce:資源の消費や廃棄物を抑える)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)」の「3R映画」と命名。美術セットから小道具、衣裳に至るまで新しいものは一切使用せず、環境への負荷を抑えた映画製作を実践しています。
一例として、ポスターに使われ作品を象徴する場面ともなっているおきくと中次、矢亮の3人が雨宿りするシーンの厠の建物は、新材を使わず古材で作成されました。
『せかいのおきく』より、ポスターにも使われているおきくと中次、矢亮が雨宿りをする場面。雨宿りをする厠の建物は古材を用いて製作された
主人公・おきくが住む長屋のセットは、数多くの作品を生み出してきた東映京都撮影所のオープンセットをリユースをしており、別のシーンでは松竹撮影所のオープンセットもリユース。
衣裳も全登場人物、全キャストの衣裳がリユースで製作されており、おきくや中次をはじめ多くは昭和初期の生地を仕立て直して製作、矢亮の衣裳はなんと明治時代の生地を仕立て直して製作されています。
劇中で中次と矢亮が乗る、糞尿を運ぶ「汚穢船(おわいぶね)」は、遊覧船として使われていた貴重な木船を加工したもので、加工にあたっても古材のみを使用と「3R」の取り組みが徹底されました。
その汚穢船は撮影終了後には改修して別の作品に屋形船として使用されるなど、今回の美術セットや衣裳は処分することなく、今後ほかの作品で活用されるよう、すべて撮影所で保管されています。
原田美術監督は、汚穢船をはじめとする今回の現場での「3R」の取り組みについて、次のように話しています。
『せかいのおきく』企画・プロデューサー・美術監督:原田満生さん談話
『せかいのおきく』で中次と矢亮が漕いでいる「汚穢船」は、昭和の高度成長期(今から60年くらい前)に造られた木船。現代では、木の船は殆どなく、多くがFRP(繊維強化プラスチック)で作られた船なのでとても貴重でした。
この木船は、栃木市で川の遊覧船として使われていたもので、古くなったので、本作のマリン統括ディレクターの中村勝が3艘を譲り受けました。その遊覧船を加工して「汚穢船」としてリユース、その際も新材ではなく、古材を使用しています。そのほうが、風合いも出て統一感がでるメリットもあります。それまでの歴史を背負っている、そのような存在感が出るのです。
『せかいのおきく』の撮影が終わったら、次の作品では昭和初期の屋形船として加工してリユースしています。
本作のように、3Rを徹底して映画の世界観を作り上げることができたのは初めてのことです。今あるものをリユースしていく取り組みは、映画の現場としても目指すべき姿です。この作品をきっかけに伝えていくことも大切だと思っています
世界がSDGs=持続可能な開発目標を掲げ、循環型社会・循環型経済が目指される中、過去の人々の暮らしから学ぶべきことを、作品の内容だけでなく、制作の過程も含めて表現する『せかいのおきく』や、今後の「YOIHI PROJECT」の展開に注目です。
江戸を舞台に、人情の暖かさ、青春の光、生のきらめきをモノクロームの映像で描いていく『せかいのおきく』は、4月28日金曜日より、全国ロードショーされます。