『東京少年』平野俊一監督インタビュー
幼いころに両親を失った少女・みなと。彼女に恋した医学部志望の浪人生・シュウは、みなとの中にナイトという少年の人格が存在することを知る。みなとに想いを寄せるナイトは、自らの手でみなとを守ろうとするのだが――。
いまや日本を代表する若手女優となった堀北真希さんの主演最新作『東京少年』は、二重人格の少女を主人公にした「決して叶わない恋」の物語。堀北さんが、主人公・みなとと、みなとのもうひとつの人格である少年・ナイトの男女二役に挑戦し、自分自身に恋をするという不思議なラブストーリーを演じています。
メガホンをとったのは、これまで数多くのヒットドラマを手掛け、本作が劇場長編初監督となる俊英・平野俊一監督。堀北真希さん、石田卓也さんという邦画界注目のフレッシュなキャストをむかえ、究極の切ないラブストーリーをスクリーンに焼き付けた平野監督に、お話をうかがいました。
平野俊一(ひらの・しゅんいち)監督プロフィール
1972年島根県生まれ。早稲田大学卒業後TBSに入社。1999年に深夜ドラマ「コワイ童話」でディレクターデビューを果たし、以降、TBS、BS-iのドラマの演出を手掛ける。主な作品に「ケータイ刑事 銭形愛」(2002年)、「ブラックジャックによろしく」(2003年)、「いま、会いにゆきます」「クロサギ」(2006年)、「ジョシデカ」(2007年)など。劇場公開作としてオムニバス映画『怪談新耳袋 劇場版』(2004年)の1編「ヒサオ」がある。
「なるべくナチュラルな中でできないかなと思った」
―― この作品は製作が決まってから撮影まで、あまり時間がなかったということですが?
平野:ええ、丹羽(多聞アンドリウ)プロデューサーの中では、前々から堀北真希ちゃん主演でこういう作品をやろうという企画があったんだと思うんですけど、なかなかぼくのスケジュールとか、堀北さんのスケジュールがあわなかったんですね。それが、1年ちょっと前(2006年12月ごろ)に急にいろいろなタイミングがピタッとあったんです。それで「じゃあやりましょう」っていう流れだったんで、準備期間とか撮影期間とかにちょっと制限はあったんですけど、堀北さんとは何度かドラマでご一緒していて、ぜひまたお仕事したい女優さんでしたし、願ってもない機会だなとやらせていただきました。
―― “二重人格の女の子のラブストーリー”というのは、企画の最初の時点から決まっていたのですか?
平野:脚本の渡邊睦月さんが「自分に恋をしてしまう」という大枠を決めていたので、それをどうストーリーにしていって、どう約1時間半の中に組み入れていくかという作業から始まったんです。正直、最初は不可能だと思いましたね(笑)。「自分が自分を好きになる」というのはすごく難しくて、わかる部分もありつつ、わからない部分もあったんですよ。仮にぼく自身がそれを飲み込めたとしても、どう表現していくか、そして観ている人にどう伝わるのかというのは未知の部分ですから、これは無理じゃないかなと思ったんです。だけど、打ち合わせをしていく中で、丹羽さんか渡邊さんかぼくか、誰が言い出したのかは覚えていないんですけど「自分自身に恋をしている象徴として鏡にキスをする」というアイディアが出たんですね。そのときに「これはできるかもしれない」って思ったんです。自分に恋をしていて、想いは伝えられないし、その恋は決して成就できないというのを、鏡に映る自分にキスをすることで表現するのは、持っていき方によってはすごく切ないし、いいシーンになるんじゃないかと思って、そのシーンから逆算して、ストーリーを整理していったんです。
―― 二重人格という題材を扱う上で、特に気をつけられた点は?
『東京少年』より、堀北真希さんが演じる主人公・みなと
平野:やっぱり、人格が変わる瞬間だったりを、お芝居の中でわかりやすく強調しないほうがいいんじゃないかなと思いましたし、真希ちゃんともそういう話はしました。なるべくナチュラルな中でできないかなと思ったんです。ただ、その代わりに、真希ちゃんと石田卓也くん(シュウ役)のふたりを包む空間を、ファンタジーまでいかないけど、ちょっと非現実な空間にしてしまおうと思っていたんです。それで、運が良かったのかもしれないですけど、撮影場所が山梨のほうで、正月明けてすぐくらいにスタートしたので、まだ世間が動き始めていないような雰囲気が街の中にあったんですね。昼間撮影していても、普通に街の中に人がいないみたいな状況があったんで、周りの空間も自然にちょっと現実じゃない感じになっていたんです。だから、ものすごく世界観は作りやすかったし、真希ちゃんも卓也くんも世界に入っていきやすい環境になっていただろうと思うんですね。
―― 作品を観ていて、ヨーロッパ映画のような雰囲気を感じました。
平野:作っているときには意識していなかったですけど、できあがった作品を観た人から「フランス映画みたいだ」っていうのは、けっこう言われたりもしました。やっぱり、すごく静かな中でふたりを閉じ込めて、ふたりをじっと見ていようみたいな姿勢で撮ったので、そんな感じが出てきたのかもしれません。
―― 物語をみなととシュウ、ナイトというそれぞれの視点で別々に描いていく手法が使われていますが?
平野:それは台本を作っている段階で決まっていったことですね。人格が入れ替わるというのをひとつの流れの中だけで何度も見せていくと、どうしてもリアリティがなくなっていくんじゃないかと思ったんです。台本で「ナイトが現われて」と書いてあるのは、読んでるとすごくわかるんですけど、実際にお芝居として何度もあると、お客さんはついていけないのかもしれないし、演じるほうも混乱しちゃうんじゃないかと。お客さんに見せるストーリーとしては、最初はみなとの目線で入ってもらって、次はシュウの目線、最後はナイトの目線になってというほうがいいんじゃないかなという結論になったんです。ただ、順番はすごく激論になりましたけどね(笑)。最初にみなとの目線というのはすぐ決まったんですけど、でも「そのあとはナイトがあって、最後にシュウだ」とか「いやいや、次はシュウで、ナイトだ」とかいろいろ行ったりきたりしてました。
「ぼくは投げかけただけ。答えを出したのは堀北真希ちゃん」
―― 監督は堀北真希さんと石田卓也さんのおふたりとも以前にお仕事をされていますし、ある程度どんなお芝居をされるかは予想できていた感じですか?
平野:みなととシュウについては見えていましたし「こうなるだろうな」という計算もできてはいました。ただ、キャラクターとしては、もうひとりナイトがいて3人じゃないですか。ナイトとシュウ、ナイトとみなとという関係性は予想できなかったから、悩みましたし、ぼくが悩んだ以上に堀北真希ちゃんが悩んだんじゃないかと思いますね。「3人の話なんだ」ということを観ている人に意識させなきゃいけないって思ったし、どうやって「ふたりだけど3人」というのを印象付けるかが、構成も含めて一番考えた部分だったんです。
―― 堀北さんは、二役で、しかも女の子と男の子の役で、戸惑った部分もあるのではないでしょうか?
平野:最初は真希ちゃんも、ふたつの人格をどうやってやるのかと悩んだ部分が多かったと思うんです。だけど、撮影の2日目か3日目くらいに、たぶん彼女の中で答えが出たんだと思うんです。もちろんぼくらのわからないところで苦労したりもしていたんでしょうけど、自分なりの答えを見つけたように見えましたね。撮影のスケジュールが、初日にみなとを作り上げて、2日目、3日目から徐々にナイトの部分が増えていくという流れだったので、それも良かったんだと思います。1日の中で、みなとをやって、ナイトをやって、またみなとをやるみたいな日も多かったんですけど、真希ちゃんの中ではきちっと線引きができていたみたいで、思った以上にスムーズにやっているように見えました。彼女の中では必死だったのかもしれませんけど、自分の中で消化できているんだなという印象でした。
―― 堀北さんがいままでに見たことがないくらい力のあるお芝居をされていて、これは平野監督が引き出したものではないかと思いました。
平野:いやいやいや(笑)。やっぱり、いま彼女は、いろいろなことをどんどん吸収して、どんどん伸びていっているんですよね。1のことを言えば1が返ってくるというよりも、1を言えば2とか3になったりする。そこがいまの彼女の魅力的な部分だし、彼女の力なんですよ。ぼくは、ナイトを演じるときの仕草を一番気をつけたんです。歩き方とか、ものの食べ方ですね。あと、セリフも男の子の言葉遣いで書いてあるんだけど、それをあんまりわかりやすくやるのはやめようと。そういう話は彼女にしましたけど、ぼくは投げかけただけなんですよね。それに答えを出してきたのは真希ちゃんだったんですよ。
―― 相手役となるシュウを演じた石田卓也さんも、苦心された点があったのでは?
平野:石田くんは陰で支えてくれた部分もあって、現場の空気を締めるときに怒られ役になってくれたりとか(笑)。もちろん、それ以上に役者として大変だったと思うんですよ。人格が替わるのを演じるほうも大変だけど、それを受けるほうも難しいんですよね。現実的には相手は同じ人間なわけだし、そこで驚きのリアクションをあんまりわかりやすく出さないほうがいいなと思ったんです。それで「わかりやすく出すなよ」と注意したんですけど、じゃあどんなふうにやればいいのかは、ぼくにもわからないんですよ(笑)。それは感覚的なものだから、石田くんに演技をやってもらって「それじゃない、違う」「これかもしれない、OK」というふうに進めていくしかなかったんで、演じるほうとしてはすごく難しかったと思います。
―― シュウが最初に登場した時点ではちょっと子供っぽくて「なんだコイツ?」って感じる部分があったんです。それがすごく独特なキャラクターに思えました。
平野:ひとつだけ心がけていたのは、シュウは中性でありたいなって思ったんです。それは女っぽいところがあるという意味ではなくて、男性的な部分が強調されないほうがいいなと思ったんです。この作品の中では女の子のみなとがいて、もうひとり、男の人格のナイトがいる。男の子としてはナイトが立つようにしたかったんです。だから、シュウはふたりの間、男と女の中間にいてほしかったんで、そうすると必然的にああいう感じになったのかもしれないですね。
「自分自身の恋愛と置き換えて、共感してもらえたら嬉しい」
―― ストーリーの中で、シュウの趣味であるカメラが効果的に使われていましたね。
平野:ホンを固めていくうちに、シュウにもなんか特徴があったほうがいいなと思ったんです。ぼくは学生のときに写真をやっていたこともあるし、写真っていい具合に使えるような気がしたんですよ。やっぱり、誰でも忘れていた記憶ってあって、写真を見せられたときに「ああ、このとき俺ってこんな髪型してたんだ」とかってありますよね。それをみなととナイトの関係を表すのに活かせないだろうかという発想から、写真というアイテムが浮かんで、それをふたりの間にいるシュウにうまく使わせられればいいな、ということで決まっていったんです。
―― みなととシュウとナイトの3人が、出会う前から写真を介して繋がっているところが面白く感じました。
平野:写真って、撮っているときとか、できあがったのを見るのも面白いんですけど、実は偶然性っていうのがすごく面白いと思うんですよ。ぼくの実際の経験なんですけど、ある友達と知り合う何年も前にぼくが撮った写真のうしろに、その友達がたまたま写っていたことがあったんですよ。アルバムを見て「あれ? なんでこいつがいるんだろう」って(笑)。同じ大学の中だったんで、偶然うしろを通りがかったのもそんなに不思議なことではないんですけど、そこで縁みたいなものを感じたことがあったんですね。そういうのがぼくの記憶の中にあって、ストーリーを作る上でヒントにはなっているのかもしれないですね。
―― しかも、デジタルカメラじゃなくて銀塩フィルムですよね。みなとの写真を現像するシーンが印象的でした。
平野:デジタルって便利ですけど、撮ってすぐ消去とか、撮ってすぐプリントとか、それって今の人たちの関係性を象徴しているのかもしれないですよね。あのシーンでは、自分がみなとをほっておいたら彼女は消えてしまうんじゃないかという想いを、セリフじゃなく表せないかなと思ったんです。そういう場合には、フィルムっていろいろなことが表現できるアイテムで、奥が深いですよね。
『東京少年』より、堀北真希さんが演じるナイト(左)と石田卓也さん演じるシュウ(右)
―― この作品は、みなととシュウの恋愛ものであり、みなととナイトの恋愛ものですけど、同時にシュウとナイトの友情物語でもありますね。
平野:そうですね、映画の中では、ふたりの友情というのは、ふたりがタイマンの喧嘩をするシーンのあとにあるくらいなんですけど、あのあとでふたりの間にどんなことがあったんだろうかとか、もっと描こうと思えば描き方はあったと思いますし、もっと描いても良かったのかなと思っています。それは、ぼく自身もできあがった作品を観て思いましたね。
―― そして、最初は「なんだコイツ」って感じがしたシュウが、物語が進むにつれて違って見えてきて、シュウの成長物語という側面も感じました。
平野:たしかにそれはありますね。やっぱり、親から「医者になれ」と言われて浪人していて、自分はそれに向かいきれずにいる。写真に夢中になっているのは、ある意味で逃げているわけで、さっき「子供っぽい」っておっしゃったけど、はっきり言って子供なんですよね。それがこういう恋愛を得て、あるいはみなととナイトとの出逢いを得たことで、なんか背負うものができてくる。背負うものができるってことは、ひとつ成長していくっていうことなんですよね。その感じは石田くんも出していたと思うんですよ。ぼくは現場では石田くんにはほんとになにも言わなかったんですけど、彼が現場で感じながら出していっていたんだと思います。
―― この作品で描かれているのは、大きな障害のある恋愛ですけど、監督ご自身はそういういろいろなことを乗り越えなければならない恋愛についてはどう思われますか?
平野:やっぱり、すごくつらいんじゃないんですか。好きになった相手に別の人格があるとしたら、最初は信じられないと思いますし、つらいと思いますよ。ぼくなんかは女の子が思っていたより年齢が上だったりするだけでけっこうショックですから(笑)。ましてや相手の中にもうひとりいるとなったら、混乱すると思うし、普通だったら距離をおこうとすると思うけど、でも離れられないってところに、ドラマとか切なさとかがあるんですよね。ナイトにしてみれば、現実には絶対叶わない恋があったら、人っていろいろと策をめぐらせたり、諦めるかすると思うんですけど、ナイトは相手が一番近い存在だから諦められなくて、どんどん枷ができて閉じ込められている感じがする。それはすごくきついですよね。その気持ちっていうのは、なかなか全部を理解して感動するというのは難しいかもしれませんけど、でも、どこかの一部分だったり、どこかの瞬間だったりに、ぼくら自身と重ね合わせられる部分はあると思うんですよ。
―― 好きな相手に特別な事情があったらどうするかとか、相手のために自分はどこまでのことができるだろうとかは、程度の差はあっても実際の恋愛で似たようなことはありますよね。
平野:そうやって置き換えて観てもらえたら、すごくいいかなって思いますね。それのすごくエキスを濃くしたのがこの作品なんですよね。二重人格の話、自分自身を好きになる話ですから「こんなのありえねえよ、わかんねえよ」と思ってもらってもいいんですよ。でも、ふたりの持っている気持ちとか切ない部分は、ぼくらが日常に恋愛をしているときに経験することと通じる部分があると思うんです。そういう部分は作るときにぼくもすごく意識していましたし、きっと真希ちゃんと卓也くんのふたりも意識していたと思います。そこらへんに共感してもらって、切なくなってもらえれば嬉しいです。
(2007年12月25日/BS-i本社にて収録)