『大阪ハムレット』光石富士朗監督インタビュー
お母ちゃんの房子が大黒柱として支える久保一家。お父ちゃんが突然死んで、お父ちゃんの弟だというオッチャンがいつの間にか一緒に暮らしはじめた。そんな中、ヤンキーの次男は「ハムレット」を読みふけり、長男は自分が中学生だと言い出せないまま女子大生と恋をして、小学生の三男は女の子になりたいと宣言する……。
「少年アシベ」などのヒット作で知られる森下裕美さんの同名コミックを原作にした『大阪ハムレット』は、大阪の下町で暮らすパワフルな一家の、笑いあり涙ありのエネルギッシュな人間ドラマです。
お母ちゃんには松坂慶子さん、オッチャンには岸部一徳さん、そして3人の息子には『ごめん』の久野雅弘さん、『酒井家のしあわせ』の森田直幸さん、新人の大塚智哉さんと、ベテランから期待の若手まで豪華なキャストが揃った本作の監督は、『おぎゃあ。』など幅広い作品を手がける光石富士朗監督。
個性豊かな一家の物語をいきいきとスクリーンに描き出し、新たな傑作を生み出した光石監督にお話をうかがいました。
光石富士朗(みついし・ふじろう)監督プロフィール
1963年生まれ、東京都出身。大学在学中より自主映画の製作を始め、大学卒業後にフリーの助監督として廣木隆一監督、神代辰己監督などの作品に参加。その後、ビデオオリジナル作品などで多くの作品を手がける。2000年公開の『富江replay』で劇場用作品の監督をつとめる。2002年公開の『おぎゃあ。』は、ハワイ国際映画祭でネットパック特別賞(最優秀アジア映画賞)を受賞するなど高い評価を受けた。ほかの劇場用監督作に『梶原三兄弟激動昭和史 すてごろ』(2003年)、『まっすぐいこうぜ!』(2004年)など。
また、オリジナルシナリオ『さなぎ寝たまま』がサンダンス・NHK国際映像作家賞2008にセミファイナリストとしてノミネートしている。
「松坂さんも岸部さんも、日本映画のいいところを受け継いでいる」
―― 『大阪ハムレット』はコミックが原作になっていますが、原作を読んだときにはどんな印象をお持ちになりましたか?
光石:まず、優れた作品だなと思いましたね。映画化の企画が決まってから読ませてもらったんですけど、読み終わると、いわゆる“いいマンガ体験”をしたなという感じでしたね。
―― 監督ご自身は東京のご出身ですよね。原作の持っている大阪らしさみたいなものを描いていく上で意識された点はありますか?
光石:大阪の勉強はずいぶんしました。大阪を舞台にした映画はたくさん観ましたし、古典も読んだり。「夫婦善哉」を読んだりとか、その勉強自体は面白いものでしたね。やっぱり、映画というのは客観的に作っていくのが基本だと思うので、大阪出身ではないというのが弊害にはならないだろうなと思っていました。客観的に見ながら、そして共感しながら撮っていたような気がします。ぼくは大阪の友達もいますし、大阪出身の奴と話していると、良くも悪くも一足飛びに懐の中に入ってくるんですよね。入ってきてくれて嬉しいこともあるし、入り過ぎだろって思うこともあるし(笑)。大阪ってそういうところがあるし、反骨精神のある街だなというのは思っていたので、そのへんは心の片隅においていましたね。そういうことをどっかで意識しておかないと、人物が薄っぺらになっちゃうんですよ。
―― 今回はひじょうに豪華なキャストの方々が揃っていらっしゃいますが、母親・房子役の松坂慶子さんとお仕事をされていかがでしたか?
『大阪ハムレット』より、松坂慶子さんが演じる房子(左)と、岸部一徳さんが演じるオッチャン
光石:大変に名誉なことだと、まず思いました。ぼくは昔から映画が好きで、日本映画を観ていると松坂さんはだいたい何本かに1本は主演されている方ですよね。そういう方とお仕事できるわけですから。松坂さんは、地もすごくホンワカとした方なんです。最初はそのホンワカした感じに驚いたりもしたんですけど、その感じをそのまま房子という役に活かしていければいいのだろうなという感じでした。松坂さん自身も原作を「すごく面白い」と言ってくださったんですよ。熱心な方で、房子は病院で介護をしている役なので、ちゃんと介護のレクチャーを受けてくださいましたし、大阪の庶民の役は初めてだったんで、ご自分から「行かせてください」とおっしゃって街を歩いたり、熱心に研究されていました。
―― オッチャン役の岸部一徳さんはどんな印象でしたか?
光石:岸部さんは憧れますよね。すごくお洒落だし、スマートだし、紳士だし、わかってらっしゃるし、面白いし、素敵な人だなって感じですね。オッチャンはけっこう謎の多い人物なので、どういう人物なのかというお話もしたんですけど、岸部さんはもうわかっていましたね、「関西にはこういう人はいるよ」って(笑)。だから、事細かにぼくから説明したことはなかった気がします。
―― 今回の岸部さんの役は、どんな役でもハマってしまう岸部さんの変幻自在さがすごく発揮されているように感じました。
光石:岸部さんは電車と徒歩で現場に来る方で、よっぽどのことがないと車を使わないんです。「なんでですか?」と聞いたら「街の空気とか時代の空気に触れていないと役者としてダメになってしまう」とおっしゃっていたんです。そういうことの積み重ねが現場に自然に馴染むよさとして出ていて、変幻自在さもそこから来ているんじゃないでしょうか。それは笠智衆さんから教わったことだとおっしゃっていましたね。笠さんも、スタッフが用意しても車を使わずに、ご自分の脚で現場に行かれていた方で、岸部さんは笠さんを尊敬していらして、一緒にお仕事をされたときにその話を聞いて、見習うようにしたそうです。そういう意味では、松坂さんも岸部さんも、日本映画のいいところを俳優としてきちんと受け継いでいらっしゃる方たちなんです。現場に馴染む、その街に馴染むというのは、簡単なようですごいことですよ。それをちゃんと偉大な先輩から受け継いでいらっしゃっている。ぼくもそれに触れられたので、これから若い役者たちに伝えていきたいと、改めて思いました。
「若手の俳優たちのリアリティが映画のリアリティになっていった」
―― 三兄弟を演じた若い俳優さんたちは、みなさん実際に関西出身の方を起用されていますね。
光石:ええ、やっぱり子役はネイティブに関西弁が喋れる子じゃないと、方言指導というフィルターが入っちゃうときついだろうというのがあったんですよ。
―― 映画を引っ張っていくような役割を果たすのは、森田直幸さんが演じた次男でヤンキーの行雄ですね。
光石:彼はヤンキー気質がなくて、むしろ育ちのいい子なんですよ。最初はヤンキー座りもできないくらいだったので、もしかしたら彼ではダメかなと思ってたんですね。ただ、ちゃんとした力のある役者さんですし、しかも若い子って演じるときと素のときの垣根みたいなものが取っ払いやすくて、特に森田くんの場合はきれいに垣根を取り払ってくれるんですよ。だから、その素質に賭けてみようかなと思ったんです。それでやってもらったらよかったですね。映画を観た方は、けっこう大阪のヤンキーっぽかったって言ってくれるんでね、森田くんもどこかにそういう雰囲気も持っているのかもしれないですね。
―― 三男の宏基を演じた大塚智哉さんは、映画に初出演だそうですが。
光石:そうですね。オーディションでもう何百人とも会った中で、一番役にピッタリだったんですよ。女の子っぽいところがあったのでね。
―― 宏基の役を演じるというのは、映画の中の宏基の悩みと重なることがあって、難しい部分もあったのではないでしょうか。
光石:どうなんでしょうねえ、大塚くんは淡々とやっていたから、あんまり難しいっていう感じはしてないですね(笑)。ただ、垣根を取るのは難しかったんだろうと思います。もともと垣根はない子で、兄弟3人はすぐ仲良くなるんですけど、松坂さんや岸部さん、スタッフとの間には、子供ながらに一瞬のバリアみたいなのを張るんでしょうね。それを取るために、松坂さんや岸部さんにご尽力してもらった記憶はあります。ちょっとしたことなんですけどね。話をするとか、スキンシップをするとか。
―― 長男の政司を演じた久野雅弘さんは、老けてみられるという設定にすごくあっていると感じました。
光石:あの役は一番難しかったですね。“オジサンに見える中学生”という設定は「ほんとにいるんかい」というくらいの設定だから、久野くんの存在は貴重でした。もっと年齢が上でオジサンっぽい俳優に中学生としてやってもらうというのも視野に入れつつオーディションをしていたんですけど、結果的に久野くんに落ち着いていきましたね。「やってみればなんとかなるものだな」というところがあったので、やっぱりそれは彼の力であり、彼なりの存在感なんじゃないでしょうか。久野くん自身も、ちょっと考え方はオジサンくさいかもしれないね(笑)。彼はまだ20歳くらいなのかな(※1988年生まれで現在20歳)。いまの20歳にしては飄々としていて、落ち着いているんですよね。
―― 映画の中で一番若者らしい悩みを抱えているのは政司だと思うんですけど、演じる上で特に久野さんにアドバイスされたことはあるのでしょうか?
光石:ちょっと問題のある家庭の長男らしくなろうという話はしました。それをどう表現していくかということで、彼は胸の辺りに重心があるんだけど、それをお腹の下のほうに持っていこうという話はしましたね。やはり、次男はある程度自由にやっちゃうし、三男もそうで、兄弟の中のポイントとなるのは長男なんですよ。久野くん自身が長男かどうかはわからないけど、そういう話は久野くんとしましたね。いずれにしろ、映画を作ったり演劇を作ったりするときに課題となるのはリアリティなんですよ。映画というのは、言ってしまえば“嘘”だし、作り物なわけですけど、今回の映画では、特に若手の俳優たちのほんとのリアリティというものが、いい感じで映画のリアリティになっていったんじゃないかな。もちろん、そういうふうにしようと思って撮っていたわけです。たとえば、長男をもっと歳が上の俳優がやったら、どこか作り物感の上に立脚しなくてはならない。それはそれで別のアプローチとしてあるんでしょうけど、あの微妙な映画のリアリティというのは出てこなかっただろうという気はしますね。
「こだわりはないほうが楽になったり、物事を楽に見られることがある。それを伝えられればいい」
―― 映画は、兄弟ひとりひとりの話は原作に沿っていますけど、原作ではひとつの家族の話ではないんですよね。
光石:やっぱり、映画が原作のカタログになってもしょうがないので、新たな視点というかアプローチを考えなければいけないんです。当然、原作と同じようにオムニバス形式の映画にするという話もあったんですけど、そうするとカタログ色が強くなるだろうと思ったんです。だから、1本の話にして、しかもひとつ屋根の下に入れて家族の話にしてしまったらどうなるだろうかと考えたときに、きっと家族というものを軸にひとつのエネルギーが生まれるだろうと思ったんですね。それが映画としていく上でのいいエネルギーになるだろうと判断したんです。その中で、ひとりひとりも描きつつ、大阪という匂いもさせつつみたいなところで、映画の匂いが立ち上がっていけばいいなと思っていました。
―― 家族の誰かがクローズアップされるのではなく、全部の登場人物が等しい距離で描かれているという印象を受けました。
光石:大人数の主人公というのは監督としての腕の見せどころなので、そこは自分でも意識していたと思います。そこはホン(脚本)で一番苦労したところだったんですよ。ホン作りのすったもんだの中で、ぼくの中でちゃんと交通整理のようなことをやっていたんです。その時点での苦労があったので、現場では等しくエネルギーを注げていたんじゃないんですかね。そこを評価していただけるのは、監督冥利に尽きるところですね。
―― 兄弟それぞれの問題にクライマックスがありつつ、映画としても大きなクライマックスを作るというのはかなり難しいことではないかと思ったのですが、その部分で意識されたことは?
『大阪ハムレット』より。森田直幸さん演じるヤンキーの次男・行雄が直面する人生の悩みとは?
光石:たぶんね、そういう視点ではあんまり意識していなかったんですよ。いま、その質問をしていただいて思うのは、根本的な表現したいものを、撮影の間ずっと忘れずにいられたんじゃないかな。それを忘れなければ、あんまり表層ですったもんだする必要はないんですよ。その根っ子となるのものは原作にもありましたし、ぼくの中でもしっかりあったので、どんな仕掛けをするのかと考えることはなかったんですね。根っ子がなくなって仕掛けだけになると映画としてはろくなことにならないんですけど、次男の最後のあの言葉でもう全部表しているんで、それさえあれば肩肘張らずに行けるだろうなというのはありました。だからむしろ力まずに、細かい気を遣わずにできたんじゃないかなと思います。
―― いま、世間で家族の問題がいろいろと言われることが多くなっていますが、そういう時代に家族を題材にした映画を作ることで、特に伝えたいことはあったのでしょうか?
光石:ぼくもある程度生きてきて思うのは、誰かとケンカをしたりギクシャクしたり諍いごとが起こるのって、意外と「こうでなければならない」みたいな固いこだわりとかが原因だったりするのが多いんですよね。当然、そういうこだわりがあったほうがいいこともあるんですけど、そんなものはないほうが楽になったり、物事を楽に見られることがあるような気がするんです。ぼく自身がそう思っていたことを、なんとなく原作の「大阪ハムレット」は、特に次男くんの悩みとして描いていたんですよね。そのへんがぼくと共鳴してくれたんだと思うので、そこを表現したいなというのがありました。次男にせよ、長男にせよ、三男にせよ、オッチャンも、オカンも、みんなが最後に同じように思ってくれて、それを伝えられればいいなと思いながらやっていたんです。
―― では、最後に映画をご覧になる方へのメッセージをお願いします。
光石:一番難しい質問ですね(笑)。映画をご覧になって「何回か観ていると、また新しい味わいがある」というようなことを言ってくださる方がいらっしゃるんです。たぶんそれは、ぼくらスタッフ全員を含めた作り手が丁寧に映画を撮ったことに対する評価だと思っているんです。自分では丁寧にできていたかということはわからないんですけど、そういう評価をいただけるのはありがたいなと思っています。その丁寧さと言うんでしょうかね、ウェルメイドな作り方になっているんじゃないかと思うので、そういう映画をご覧になりたい方は、ぜひにと思います。
(2008年12月19日/アートポートにて収録)
大阪ハムレット
- 監督:光石富士朗
- 出演:松坂慶子 岸部一徳 森田直幸 久野雅弘 大塚智哉 ほか
2009年1月17日(土)より、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル梅田ほか、全国ロードショー