『ジャイブ 海風に吹かれて』石黒賢さんインタビュー
北海道・江差。東京での生活に疑問を感じ、生まれ育ったこの街に戻ってきた男は、ヨットでの無寄港北海道一周の旅に出発する。それは、少年のころに抱いていたチャレンジ精神をいまだ失っていないことを証明するための挑戦だった。ときに優しく、ときに荒々しく、さまざまに表情を変える広大な海を、ヨットは進む――。
長年にわたり多くのドラマや映画で活躍する石黒賢さんが主演をつとめる『ジャイブ 海風に吹かれて』は、たったひとりで海に乗り出した男を主人公にした海洋アドベンチャー。そして、なにかに追われるように日々を過ごす人々に生きることの意味を問いかける作品であり、さまざまな経験を経てきた男女の大人のラブストーリーともなっています。
幅広い作品を手がけるサトウトシキ監督のメガホンにより、北海道オールロケによる雄大な風景の中で描かれた本作。
実際にヨット操船にも挑戦し“夢を忘れない大人”を体現した石黒さんに、お話をうかがいました。
[スタイリスト:寳田マリ/オランジェ 衣装協力:ダンヒル/リシュモンF&Aジャパン(株)]
石黒賢(いしぐろ・けん)さんプロフィール
1966年生まれ、東京都出身。映画、ドラマ、舞台、ラジオ、絵本の翻訳など多方面で活躍。ドラマでは「振り返れば奴がいる」(CX・1993年)、「ショムニ」(CX・1999年)など数多くの人気作品に出演。映画の代表作には、『ホワイトアウト』(2000年/若松節郎監督)、『ローレライ』(2005年/樋口真嗣監督)、『LIMIT OF LOVE海猿』(2006年/羽住英一郎監督)、『ミッドナイトイーグル』(2007年/成島出監督)などがある。今年はすでに映画『旅立ち〜足寄より〜』(今井和久監督)、『初恋 夏の記憶』(野伏翔監督)、『60歳のラブレター』(深川栄洋監督)が公開されている。現在、TBS系「ひるおび!」(11:00〜水曜担当)でレギュラー司会として出演中。そして昨年に引き続きWOWOW「ウィンブルドンテニス2009」のスペシャルナビゲーターでの出演、NHK連続テレビ小説「ウェルかめ」(2009年9月28日〜)の出演が決まっている。
「“まず飛び込んでみよう”と思うのは共感できた部分」
―― ジャイブ 海風に吹かれて』は久々の主演作となりますが、出演が決まったときにはどのように思われましたか?
石黒:もちろん主演としての責任も感じましたが、それよりも、脚本を読んで、自分の芝居の温度みたいなことを考えていました。
―― 主人公の哲郎については、どんな印象をもたれましたか?
石黒:きっと、映画の舞台である江差の土地柄が哲郎の精神性に大きな影響を与えたんだと思うんです。江差というのは一時期は江戸をもしのぐ勢いだったというくらいの大きな街だったそうです。それがいまは、やや盛りを過ぎている。そういう土地で中学高校時代を過ごす中で、哲郎は「俺はやっぱりここに埋もれるわけにはいかない」みたいなことを考えていたと思うんです。それで東京に出て、いろいろなことをやって、ベンチャーで大当たりしたけれども、40代になって立ち止まってみたときに、人を傷つけて、その代わりにお金を得て、それがはたして自分のやりたかったことだったのかと考えた。きっと、20代、30代と一生懸命仕事をしてきて、40歳くらいになったときに「自分が本当にやりたかったことはこういうことなのかな?」と考えるのは、誰しもあることだと思うんです。
―― 石黒さん自身が哲郎に共感するところはありましたか?
石黒:考えることはもちろん大事なんですけど「まずは体験してみよう」という想いがわりと強くて…。映画の中で、哲郎は北海道をヨットで1周しようとするんですけど、ああいうふうに「まず飛び込んでみよう」というのは共感できた部分ですね。
―― ちょうどお話に出ましたが、哲郎がヨットで北海道1周の旅に出るということで、船上でのシーンが多いですね。
石黒:そうですね、ヨットのシーンは4、5日かけて撮りました。とはいえ、ヨットの撮影は天候に左右されるので、スケジュールが流動的でしたが。土地柄もあり、撮影の間は猫の目のようにクルクルと天気が変わり、ピーカン(快晴)だと思っていたらいきなり大嵐になったりもする。そういう意味ではドキュメンタリーのようでした。「この天気で撮れるものを撮ろう」という感じです。それはそれで楽しかったです。まあ、荒れてきてもぼくは操船しているからまだよかったんですけど、キャビンの中にいるスタッフの方たちは、ほんとに船酔いで大変でした。
―― 実際に操船もなさっていますが、これまでにヨットのご経験はあったのですか?
『ジャイブ 海風に吹かれて』で石黒賢さんが演じる哲郎は、ヨットで無寄港北海道1周の旅に出る
石黒:いや、まったくなかったので、早めに現場に入って、ヨット指導の方に教えていただいたんです。ヨットって操船自体はわりとシンプルなんです。練習できたのは2日間くらいで、撮影していくうちにどんどん経験値を高めていった感じですね。あのサイズのヨットって、ほんとうはクルーが最低4、5人は必要らしいので、ひとりで操船するのは難しいんです。
―― 未経験のヨットに乗るということで「大変そうだな」と思ったりはなさらなかったんですか?
石黒:そういうところが「楽しんじゃおう」みたいな性分なんですね。自分でやれるものは全部やりたいなと思ったんです。ただ、キャメラマンの加藤雄大さんはどういう向きでヨットがフレームに入ってくるかをイメージなさっているんで、よく「違うんだよ! もっとこっちなんだよ!」って怒鳴られましたね(笑)。そう言われてもモーターが付いているわけではないから、そんなに思うようには動かせないし「なかなかうまいこといかないなあ」みたいなことがありました(笑)。
―― ヨットの上でのシーンは、ほかのキャストの方がいないわけですよね。そういう相手のいないお芝居を演じるというのはどんな感じなのでしょうか。
石黒:ほんとにひとりのシーンが続くものですから、そこが最初に申し上げた“お芝居の温度”ですね。淡々とやるのか、熱っぽくやるのかは、監督とディスカッションをして、打ち合わせをしながら進めていった感じでした。ヨットの上で、石を見ながら亡くなったじいちゃんに対して喋りかけるシーンがあって、そこのお芝居はほんとによく監督と話しあいました。
「哲郎は甘えているなと思いながら演じていたんです」
―― 今回メガホンをとられたサトウトシキ監督とお仕事をなさっての印象を聞かせてください。
石黒:サトウ監督は饒舌な方ではないので、最初は監督が思っていらっしゃる演出の意図みたいなものが理解しきれないみたいなところがあって「ほんとにこれでいいのかな? いまのでよかったのかな?」と不安を持ったこともあったんです。けれども、撮影の日数を重ねていくうちに、その不安は薄れていきました。見守られている安心感がある監督さんでした。
―― では、サトウ監督が考えていることを探っていくというよう感じなのでしょうか?
石黒:そうですね。夜、みんなで酒を呑んだりしていくうちに、なんか「ああ、監督ってこういうふうに思っているんだな」みたいなことがわかってきたりして…。
―― 哲郎は幼なじみの由紀と再会して恋愛関係になって、会社の部下からも好意をもたれているという、男としてはなかなかうらやましいような役どころだと思いました(笑)。そういうラブストーリーとしての面はどのようにとらえられていましたか?
石黒:ほんとに女性たちがいい人ですよね(笑)。女性が献身的というか。ぼくは、哲郎は由紀の大きさみたいなものに甘えているなと思いながら、演じていたんです。いろいろな遠回りをしてきたけど、気がついてみたら自分が子どものころからよく知っていた人と一緒にいるのが一番安らぐというのは、とても理解できるような気がします。
―― 由紀を演じた清水美沙さんと共演しての印象はいかがでしたか?
石黒:とても上手で素晴しい女優さんです。楽しかったですね。清水さんには触発されることがいくつもありました。いい意味で台本とか活字にとらわれない方なんです。自分の中で咀嚼して、そこから出すというタイプの人だったんで、ほんとに共演できてよかったです。
―― 哲郎と由紀のラブシーンは、石黒さんがああいうシーンを演じられるのがちょっと意外な感じがしました。
石黒:自分ではコメントしにくいなぁ…(笑)。
―― 部下の麻衣子を演じた上原多香子さんについてはいかがでしょう?
石黒:上原さんとは北海道でずっと一緒にいましたけれど、残念ながら一緒にお芝居しているシーンはないんですが、普段の上原さんは、とても大らかで、いろいろなことを楽しむ人ですね。
「男は40歳を過ぎてから」
―― 今回はエンディングテーマに松山千春さんの「ため息をつかせてよ」が使われていますが、石黒さんは松山さんの自伝を映画化した『旅立ち〜足寄より〜』にも出演されていて、松山さんとのご縁が続いていますね。
石黒:ほんとにそうですね。撮ったのは『ジャイブ』が先で、そのあとに『旅立ち〜足寄より〜』だったんですけど、やはり松山千春さんはぼくらの世代にとってとても影響力のあった人ですから、『旅立ち〜足寄より〜』をやったときに、ご縁があるなと勝手に嬉しく思いました。そのあともライブに呼んでくださったりして、ぼくが行ったときには「ため息をつかせてよ」を歌ってくださったんです。嬉しかったです。
―― 『旅立ち〜足寄より〜』のキャンペーンなどでは松山さんとご一緒される機会も多かったと思いますが、近くで接する松山千春さんというのはどんな方ですか?
石黒:とても優しい方です。後輩の自分なんかが言うのは僭越ですけど、ひじょうに繊細な方だと感じました。
―― 『ジャイブ』の前に『初恋 夏の記憶』を拝見して、石黒さんはいろいろ抱えたり迷ったりしている大人の男性を演じることが増えてきているのかなと思ったのですが、現在の年齢を迎えられて、ご自身で演じる役について特に意識されていることはあるのでしょうか?
石黒:ぼくは、「男は40歳過ぎてから」と考えています。「自分の顔に責任を持つ」じゃないですけど。20代のころは、顔が童顔だったせいか、人のいい役柄をやることが多く、それに対してのジレンマもあったんです。それが、30代の中盤を過ぎてから、人間的に深みを感じる役をやらせてもらうことが多くなり、40代になって、ようやく、いただくお仕事の役どころに幅が出てきました。だから、今は、役の大小を問わず、いろいろな役に挑戦させていただいています。
―― 今回の『ジャイブ』では無精ひげを生やされていたり、すごく人間臭さや男臭さというのを感じました。
石黒:この歳になっていろいろなことをやる余地ができてきたのかな(笑)。ですから、そういってくださるのはとても嬉しいです。
―― では、最後になりますが『ジャイブ 海風に吹かれて』をご覧になる方へのメッセージをお願いします。
石黒:自分の人生のスイッチというのは自分の中にあって、それを切り替えられるのは自分しかいないし、切り替えるタイミングを決めるのも自分なんだと思うのです。そういうことを感じていただけたら嬉しいと思います。それと、この映画は北海道の自然の風景が素晴しいので、その美しさも観ていただければと思っています。
(2009年4月7日/イメージフォーラムにて収録)
ジャイブ 海風に吹かれて
- 監督:サトウトシキ
- 出演:石黒賢 清水美沙 上原多香子 ほか
2009年6月6日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー