『完全なる飼育 〜メイド、for you〜』深作健太監督インタビュー
「監禁」というアブノーマルな状況の中で男女の間に生まれる“愛”を描いてきた人気シリーズ「完全なる飼育」が、5年ぶりにスクリーンに蘇ります。
デビュー以来、数々の話題作を手がけてきた深作健太監督がメガホンをとった最新作『完全なる飼育 〜メイド、for you〜』の舞台となるのは、独自のカルチャーを発信する街・秋葉原。そして監禁するのは、マンガ喫茶の店長。監禁されるのは、メイドカフェの人気メイド。
2010年ならではの現代を反映した設定を盛り込み、さらに映像面でも3D技術を取り入れた『完全なる飼育 〜メイド、for you〜』は、まさに「完全なる飼育」シリーズの新たな幕開けにふさわしい作品となっています。
主人公・椛島役に柳浩太郎さん、ヒロインの苺役に亜矢乃さんという若いキャストを迎え、新時代の「完全なる飼育」を完成させた深作健太監督。監督が『完全なる飼育 〜メイド、for you〜』で目指したものとは? お話をうかがいました。
深作健太(ふかさく・けんた)監督プロフィール
1972年生まれ、東京都出身。大学卒業後、助監督としてさまざまな作品に参加し経験を積んだのち、実父・深作欣二監督の『バトル・ロワイアル』(2000年)で脚本とプロデュースをつとめる。同作の続編『バトル・ロワイアルII【鎮魂歌】』(2003年)でクランクイン直後に入院・逝去した欣二監督のあとを引き継ぎ監督デビュー。その後の監督作品に『同じ月を見ている』(2005年)『スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ』(2006年)『XX(エクスクロス)魔境伝説』(2007年)、押井守監督総監修によるオムニバス作品『斬〜KILL〜』(2008年)の1編「こども侍」がある。
「『完全なる飼育』シリーズの男性原理自体を崩したかった」
―― まず、これまで様々な監督が手がけられてきた「完全なる飼育」の最新作を手がけるにあたって、どのような作品にしようとしたかを聞かせてください。
深作:いままで、先輩たちがみなさんご自分の作風や時代を写す鏡として「完全なる飼育」というシリーズを作られてきていると思うんですよね。自分は若松(孝二)さんが拉致問題を入れていたのが一番印象に残っていて(2004年公開『完全なる飼育 赤い殺意』)、みなさんがそれぞれのアプローチで作られてきたわけですから、自分ならどうするかということをまず考えたんです。今回の秋葉原とマンガ喫茶という仕組みはシナリオをいただいた段階でもうできていたんですが、そこになにを入れるかということで、大きくふたつのことを入れようと思ったんです。ひとつは、いままでの「完全なる飼育」シリーズって、すべて男性が強引に少女を誘拐して、やがてSとMの関係から生まれてくる恋愛というかたちをとってきたと思うんですけど、その男性原理自体を崩したかったんです。今回の主人公の椛島も誘拐はするんですが、彼自身はなにもできないんです。それは“草食系男子”とか言われたりするいまの若い世代の男女の関係の中ではリアルな感覚だと思いますし、男性原理自体を崩すことで「完全なる飼育」の本質にある普遍的なラブストーリーという部分を強調したかったんです。だから、あえてキャスティングの段階からセクシーではなくキュートな感じの男の子と女の子を選ばせていただきましたし、いままでのどの「完全なる飼育」よりも青くて、幼くて、だからこそどれよりもピュアだというアプローチをしたかったんです。そしてもうひとつは、秋葉原という街を通じて現在の不況の日本での物語を描きたかったんです。夢ができてはどんどん潰れて空き地が増えているという、それは秋葉原だけではなく日本全土、世界全土にある問題だと思うんですが、その中でのネットカフェ難民みたいな若者の貧しさですね。それから、メイドカフェのコーヒー1杯とマンガ喫茶に1泊する料金ってだいたい同じくらいなんですよ。そういう金銭感覚のおかしさみたいなものをさりげなく入れることで、いまの日本を映したかったというのもありました。
―― 作品を拝見して、従来の「完全なる飼育」とはターゲットが少し違っているというか、より広い層をターゲットにした作品になっているように感じました。
『完全なる飼育 〜メイド、for you〜』より。主人公・椛島は秋葉原の苺が勤めるメイドカフェへと通いつめる
深作:そう捉えていただけると嬉しいですね。やっぱり、それなりに年齢の高い男性向けというのが「完全なる飼育」の根本で、大人から見たロマンスというところがあったと思うんです。以前、ぼくはエッチ系のVシネマの助監督をやっていたことがあるんですが、そのときに先輩のプロデューサーの方たちが「俺たちは物語で感じるんだよ」とおっしゃっていたのがすごく印象的だったんです。それは、にっかつロマンポルノ出身の50代、60代の方たちの言葉だったんですけど、ぼくたちはAV世代なので「ヴィジュアルで感じる」わけですよね。ですから、自分がやるにあたってその違いを出していければというところはありました。
―― 今回は舞台が秋葉原となっていますが、監督ご自身は秋葉原カルチャーへのご興味というのは?
深作:全然わからなかったですね(笑)。秋葉原はラジコンとかプラモデルとかがはやっているときにはよく行っていたんですけど、いまみたいに萌え系の街になってからは全然行ったことなかったので、メイドカフェにもこの作品をやるにあたって初めて行って、ビックリしましたね。でも、そのメイドカフェでね、普段元気のない顔をしている大人の人たちが、癒されて、いい笑顔で微笑んでいるんですよ。それがすごく素敵な風景に見えたんです。それはキャバクラでエッチな顔をして笑っているのとは全然違うじゃないですか。これは面白いなあと思って、今回の映画の中でもメイドカフェの中でお客さんの顔を移動で撮っていっているところがあるんですけど、そのイメージはまさに実際のメイドカフェに行ったときに生まれたものですし、そういう癒しの物語でいいんじゃないかと思えたのが新しい発見でした。ただ、いまでも“萌え”っていうのはよく意味がわからないんですけどね(笑)。
―― 秋葉原とかメイドとかを題材とすると、どうしても類型的なオタク像みたいな描き方をする作品が多いと思うんです。でも今回の作品ではメイドカフェのお客さん同士の関係とかが自然に描かれている感じがしました。
深作:ぼくの映画のテーマって“友情”とか“仲間”だったりするんで、それはどんなコミュニティでも一緒なんですよね。マニア同士の人間関係はちょっと違うとかという批判だったり否定的な描き方をするつもりはまったくないので、そこは普遍的に描きたかったんです。それから、これは椛島を演じた柳浩太郎くんのキャスティングにも大きく関わったことなんですが、イケメンくんがメガネをかけて汚い格好をしてオタクっぽく演じるっていうウソをやりたくなかったんです。そこは柳くんが一生懸命に体を張っている姿をリアルに映したかった。それに、これは柳くんと亜矢乃ちゃんのふたりが初めてガチンコで濡れ場をやる作品で、そこに映るものっていうのはウソじゃないわけですよ。だからふたりの体当たりをちゃんと撮りたいって思っていたんです。ぼくの考える映画へのアプローチってそうなんですよね。それは映画の世界で育っちゃったからだと思うんですけど、あんまり“演技する役者”には興味はなくて、それを超越した俳優の存在であり、人間の中から出てくるリアルなものを撮りたいんです。だから、ことさら柳くんにオタクっぽく演じてくれとかというリクエストはまったくしなかったんですよね。
「エロスがテーマなのではなくて、そこにある恋愛の感情がテーマ」
―― ちょうどお話に出ましたけれど、主人公の椛島を演じた柳浩太郎さんは、これまでのイメージからは想像できないような役ですね。
深作:柳くんはぼくが熱望しまして、彼以外の候補は考えずにお願いしていたんです。ぼくは彼が舞台に出てたときからファンだったんですよ。やっぱり、大きな事故にあってハンディを背負いながら(※1)、絶えず全身をさらす舞台に立つというのはしんどい部分もあると思うんですよね。映画というのはアップもあるしカット割もあるのでいろいろな意味でフォローできると思いますし、彼がもっともっといける俳優なんだというのを映画で見せたかったんです。いい目をしていますし、いい俳優だなっていうのは舞台を観ていてほんとに思っていたものですから、ぼくの中では柳くん以外はあり得なかったんです。柳くんも、ある種ファンの方を裏切るようなリスキーなところのあるこういう作品を新しい挑戦として喜んでやってくれて、ほんとにいい役者だなって。柳くんにとってこの挑戦はひとつのスタートになるんじゃないかと思いますし、そこでご一緒できたのはほんとに嬉しいと思っています。
―― 椛島はピュアでイノセンスな部分もあって、それは柳さんでなければ表現できなかった部分かなと思いました。
『完全なる飼育 〜メイド、for you〜』より。柳浩太郎さん演じる椛島(右)と亜矢乃さん演じる苺(左)
深作:そうですね。それから、もちろん柳くんに合わせて変えていったところはあるんです。今回は「とにかく出会いのシーンから絡みのシーンまで全部やらせてくれ」ということで、リハーサルの期間を貰ったんです。それで、ぼくと柳くんと亜矢乃ちゃんでずっとリハーサルをやって、その中で柳くん自身も椛島を肉体化していったし、キャラクターが変わっていたところもあるんです。当初のシナリオでは、たとえば椛島が苺を強引に押し倒しちゃったりとか、もう少し男性原理的なところがあったんですよ。でも、椛島はそういうことは一切できないんだと。苺に突き飛ばされたらそのまま倒れちゃうんだっていうふうに人物造形していったのは、リハーサルでいろいろ話しあいながら作っていったことで、その中で生まれていったキャラクターなんですね。それは椛島も苺もそうです。
―― 苺を演じた亜矢乃さんは、まさに体当たりの演技ですね。
深作:ぼくはあだ名で「あみ子」って呼んでいるんですけど、あみ子はいままでアイドルをやってきて、女優をやろうという決意があるんだなと思いましたね。この話って引っ張るのは苺のほうなんですよ。椛島は童貞だし不器用なのでなにもできないから、苺のほうからアプローチしていかなければならないんです。それで、最初の絡みのシーンのリハーサルのときに、あみ子が捨て身のキスを柳くんにしてくれて、それで一気にふたりの壁が壊れたんです。ぼくも長年この業界にいますけど、ほんとは壁を壊すのがぼくの仕事なんですよね。でも、今回は逆にこっちが壁を壊されたんです。その瞬間はほんとに感動的だったので、これはふたりのこの気合に負けちゃいかんなと思いました。それから、ぼく自身が絡みを撮るのは初めてだから、どうしようかとすごく相談していたんですよ。そしたらあみ子が「大丈夫です、私を踏み台にしてください」なんて言うんですよ。それくらい強い子なので、ほんとに助けられましたね。あみ子は高校時代に演劇をやっていたのかな。本人もいずれは演出をやりたいらしいですし、芝居に対する考え方、表現に対する考え方がほかのアイドルの子たちとはちょっと違うんです。それが3人の関係性において大いに助けになったというところがありました。
―― 亜矢乃さんは、映画が進んでいく中でいろいろな顔を見せているという印象がありました。
深作:そういうところはありますね。ただ、それを思い切り演じてしまうと苺という人物の人格がエキセントリックすぎて、あざとい話になってしまうんですよね。ぼくはひとりの人間の中にいろいろな面ってあると思いますし、亜矢乃っていう女優は全然ぶれないんですよね。マイペースだし、常に中心を保っていてくれるから、そういう振り幅が生まれていったんだと思いますね。
―― 絡みのシーンはおふたりにとっても監督にとっても初めてということで、どういうふうに取り組んでいかれたのでしょうか?
深作:3人で話しあったのは、AVとどう差別化するかということでしたね。先ほどもお話しましたけど、昔はエッチ系のVシネというのがたくさんあって、それは物語で感じさせていて、AVとの違いってそこだったわけなんですよね。もちろん、本番かそうじゃないかってこともあるんですが。いまはエッチ系のVシネも少なくなってそういう区別が崩れてきた中で「ぼくらが濡れ場のある映画の撮る意味ってなんだろう」ってことを3人で話しあったんです。それで一番大事にしたのは「とにかくラブラブな感じをリアルに出そう」ということだったんです。あんまりカッコいい言い方じゃないんですけど(笑)。日本映画の絡みって、どうしても男が攻めに回って女優が目を閉じてアハーンっていうのを映すという撮り方がオーソドックスなわけですが、それはやめようと。女が攻めることもあるだろうし、お互いが目を見つめあってちゃんと愛しあっているように撮ろうというのが打ち合わせのときからありましたし、散々リハーサルをやった理由なんですね。エロスがテーマなのではなくて、そこにある恋愛の感情がテーマだったんです。だから、幼いふたりがイチャつきながら遊んでいるようにも見えてほしいなと思いましたし、かわいい感じで撮りたかったんです。
―― おふたり以外で前田健さんが重要な役で出演されていますが、ちょっと意外なキャスティングかなと思いました。
深作:そうですか?(笑) ぼくはドラマとかでいろいろな役をやられているのを観ていて、ああいう役を面白がって演じられる俳優さんだと思っていたので、ぼくにとっては自然だったんです。ほんとに怪演ですよね。いつも現場に来るときには作ってきてくださっているし、お仕事して楽しかったです。ぼくは現場でアドリブで足していくほうなんですけど、そういうのを面白がってくださいましたし、毎回ネタ出ししながらやっていました(笑)。
- ※1:柳浩太郎さんはデビュー間もない2003年に交通事故で脳挫傷の重傷を負い、現在も体の麻痺などの後遺症と闘いながら俳優として活動を続けている
「3Dで表現したかったのは、絡みのシーンでの“体の柔らかさ”」
―― 今回は3Dという新しい趣向もありますね。
深作:3Dにするというのは、けっこうあとになって出た話だったんです。撮影に入る少し前くらいかな、プロデューサーから「3Dでやってくれないか」という要請があって、まず面白いなと思ったんです。いまの日本映画って、ぼくと同世代の監督たちがやっているちょっとアート系の作品か、テレビ局が作る映画館で観るテレビかに大きく分かれて、それが主流だと思うんですけど、ぼくの思う映画っていうのは、言葉はよくないですけどもう少し見世物に近いんです。やっぱり、原点としてゾエトロープ(※2)とか写し絵((※3)があるわけですよね。写真が動くという単純な喜びがあって、それを覗く喜びっていうのがあると思うんです。3Dというのはそういう喜びに近いものがあるんじゃないかと思うし、今回はパート3Dで濡れ場のシーンを中心にということだったので、そのシーンになると3D用のメガネを掛けたり外したりするというのは、その行為が面白いと思ったんですね。そういう意味で楽しいなと思ったし、覗き見するような感覚でその楽しさをお客さんにも感じてもらえたらなと思うんですよね。
―― 特に日本では、これまで3D映画というとアクションや驚かすような作品が主流で、今回はいままで3Dではあまりないジャンルの作品だと思いますが、どういう部分に気を配られたのでしょうか?
深作:絡みのシーンでの“体の柔らかさ”を表現してほしいというのがテーマだったんです。今回は2ウェイのカメラじゃなくて1台のカメラで撮っているんですよ(※4)。それで、あとでマスクで追いかけるというやり方だったので、その作業を担当するチームが4ヶ月かけてやってくれているんです。やっぱり、体の柔らかさを表現するのがすごく大変だったと。そういう仕上げチームの努力があって3Dの絡みシーンというのは生まれているんですね。
―― 3Dで撮るということで、撮影の際に現場で意識されたことはあるのでしょうか?
深作:いえ、なるべくそういうことはやめようと思っていました。この作品はドラマが主体の映画なんで、芝居を撮ることがメインなわけですよ。3Dを意識して、手前になにかを置いてそれをナメて撮ると面白いんじゃないかとかいろいろ考えたりもしたんですが、それはドラマをメインに考えていくと不自然な撮り方になってしまうんですね。ぼく自身が撮りたかったのはなによりふたりだったので、特に3Dだからということは考えずに撮って、あとから手を加えるという考え方で、芝居を中心に撮っていました。
―― そういう激しい絡みのシーンがありつつも、この作品はある種のお伽噺的な作品となっているような印象を受けました。
深作:そこを読み取っていただけると嬉しいですね。ちょっとメルヘンというか、要するに「ヘンゼルとグレーテル」みたいな話なんですよね。山形から東京に出てきた男の子と、親元を離れてメイドをやっている女の子という、都会の片隅で生きる子たちが、秋葉原というちょっと非日常的な場所に迷い込むというお話にしたかったんです。
―― なるほど、そこで「ヘンゼルとグレーテル」になぞらえると、苺が椛島に「お兄ちゃん」と呼びかけることに意味が出てくるわけですね。
深作:そうなんですよ。実はそこは脚本の段階でちょっと議論になったところなんです。やっぱりメイドだったら「お兄ちゃん」じゃなくて「ご主人様」じゃないかという意見があったんですけど、そこで「ご主人様」と呼ぶと男性原理的なところが出てきちゃうと思ったんですね。そういう主従上下の関係みたいなのをあまり感じさせたくなかったんです。
―― 最後に、この作品をご覧になる方に、どう作品を受け止めていただきたいかをお願いします。
深作:いままでの「完全なる飼育」とはまったく違う異色の作品になっていると思いますし、「飼育」シリーズのファンである男性の方はもちろん、これまで「飼育」シリーズを観たことのない若い方、それから特に女性の方に観てほしいですね。エロスを中心とした映画というよりは普遍的なラブストーリーに仕上げたので、そういう意味ではカップルで観ていただいても楽しめると思いますし、エロスもあるけどピュアなラブストーリーとして観てほしいですね。
- ※2:内側に絵の描かれた円筒を回転させ、細い覗き窓から覗くと絵が動いているように見える装置。19世紀に流行した。現在、東京の地下鉄の一部区間に設置されている車内から見ると動く広告はゾエトロープの原理を応用したもの
- ※3:江戸時代に日本で発明された芸能のひとつ。ガラス板に描かれた絵を幻灯器を使って幕に投影し、語りや音曲を付けて芝居を演じた
- ※4:3D映像では左右それぞれの目で見るふたつの映像が必要となる。この映像を得るため2台1組となったカメラを使って撮影をおこなう方法と、1台のカメラで撮影した映像を加工してふたつの映像を生成する方法とがある。後者の方法は既存の2D作品を3D化する際にも使われる
(2009年12月18日/ゴーシネマにて収録)
完全なる飼育 〜メイド、for you〜
- 監督:深作健太
- 出演:柳浩太郎 亜矢乃 前田健 ほか
2010年1月30日(土)よりシネマサンシャイン池袋ほかにてロードショー