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『パーマネント野ばら』吉田大八監督インタビュー

吉田大八監督写真 美しい山々と海に囲まれた小さな町。離婚してこの町に戻ってきたなおこは、母とともに町で1軒だけの美容室“パーマネント野ばら”を切り盛りしている。再婚相手に出ていかれた母、どうしようもない亭主に苦労の絶えない幼なじみ、いくつになっても男への興味を失わないオバチャンたち。なおこの周りでは、女たちがそれぞれの“恋”をしている。そしてなおこも、秘密を抱えた恋をしていた――。
 劇場監督デビュー作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で高い評価を受けた吉田大八監督の最新作『パーマネント野ばら』は、人気マンガ家・西原理恵子さんの同名コミックの映画化。8年ぶりの映画主演となる菅野美穂さんをはじめとする豪華女優陣をキャストに迎え、西原作品の中でも特に叙情性が高いと評される作品を、透明感あふれる大人の恋の物語として映像化しています。
 吉田監督は女性たちが繰り広げる恋をどう見つめ、どう描いていったのか。お話をうかがいました。

吉田大八(よしだ・だいはち)監督プロフィール

1963年生まれ、鹿児島県出身。早稲田大学在学中からサークルで自主映画を制作し、大学卒業後の1987年にCM制作会社ティー・ワイ・オーに入社。以降、ディレクターとして数百本におよぶCMを演出し、国内外の広告賞を多数受賞している。CM以外にもミュージックビデオやテレビドラマ、ネット配信ショートムービー「男の子はみんな飛行機が好き」(2002年)、「ミツワ」(2003年)などの演出も手がける。2007年に『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で劇場監督デビュー。同作品でカンヌ国際映画祭批評家週間部門に招待されるなど高い評価を受ける。2009年には劇場監督第2作『クヒオ大佐』が公開された。

「恋愛しているときは、社会的な役割から自由なんですよね」

―― 『パーマネント野ばら』は、原作の西原理恵子さんも脚本の奥寺佐渡子さんも女性で、内容も女性が中心の話で、それを男性である吉田監督が監督するというのが作品のあり方として面白いなと感じました。監督ご自身は、女性の作った女性のお話を監督することについて、意識されたところはあったのでしょうか?

吉田:メチャクチャ意識しましたね。そもそも、自分に話が来たのがまず意外だったんです(笑)。西原さんの原作というのは、あの強烈な絵でキッチリ完成している世界じゃないですか。なおかつ女性の深いところにタッチしている話なので、男がヘタにわかったふりをしようもんならこっぴどい目にあわされそうだから、正直ビビリましたし、自分がその企画の中にきちんと入っていけるのかという戸惑いみたいなものもありました。でも、だからこそ魅力的で「なんとかものにしたい、とにかくやってみたい」という気もあったんです。それで「やってみた上でダメだとわかったら謝ればいいや」みたいな、わりと無責任な感じでスタートしました (笑)。

―― 実際に進めていく中で「ここは男性にはわからない部分だな」と感じるところはありませんでしたか?

吉田:もう「ここはわかる、ここはわからない」と分けるのではなくて、ちょっとズルいかもしれませんが「全部わからない」ということにしようと思ってました(笑)。わからないけども、ぼくが原作を読んだときに動かされた気持ちはあるわけなんですよ。その感動を、できる限り自分が受けたのと近いかたちで再現できれば、それは表現として力があるはずだと信じるしかなかったですよね。もし、原作にまったく心が動かなかったのであれば「女性たちの恋愛の話なんて俺に関係ない、自分が入るところなんてない」と思ったでしょうけど、実際に原作を読んで感動したし、そこになにかがあったはずなんですよ。ただ「このときのなおこの気持ちは」とか「このときのみっちゃんの気持ちは」と分けて、ひとつひとつ共感できてるかどうか。それを「わかるような気がする」と曖昧なことを言うのではなくて「ここの気持ちはわからないけれど、自分の感情はこう動いた」というスタンスで進めるしかなかったですね。それは変に屈折しているんですけど、むしろそれを強みにしていくしかないなと。

―― この作品は、撮り方によっては短いエピソードの羅列に見えてしまう可能性もある難しい脚本だったのではと思ったのですが、それをひとつの流れを持った作品として作り上げる上で、気をつけられた部分はありますか?

『パーマネント野ばら』スチール

『パーマネント野ばら』より。菅野美穂さんが演じる主人公・なおこ(左)

吉田:実際に、作ってる途中も、できあがってからも「羅列に見えてしまう」という指摘はあったんですよ。特に前半ですね。前半では、主人公のなおこは普通の人にしか見えないですよね。なんとなくあの世界に馴染んでいなくて、強烈なキャラクターの中、ひとりだけ普通の顔をして漂っている。だけど、なおこから微かに発してるものがあるんですよね。前半ではそれが無意識に響いていて、後半でそれが表面にグワッと浮上してくるという、クライマックスのある1点をピークと決めて、そこに向かってなにかをちょっとずつ積み上げていくような映画にしようと目論んでいたんです。そういう意味では、なおこを演じた菅野(美穂)さんにも「前半の芝居はとにかく我慢してくれ」と言い続けました。普通なら、もうちょっと弾けたり跳ねたりしたいところを「なおこはそこまで行かないように」と抑えてもらっていたんです。同じように、観客にも前半は我慢してもらおうと決めていました。「なかなか本筋の話が始まらない感じで、ちょっと戸惑った」という感想もあったんですけど、我慢してもらったほうがピークでのカタルシスは強まるはずだと信じていたんです。狙ったのはバラバラに見えたものが最後でつながるカタルシスですよね。映画ですから、我慢できなくなって途中で出ていく人もそんなにいないでしょうし(笑)。

―― 菅野美穂さんがなおこ役に決まったのはいつごろなのでしょうか?

吉田:ぼくが入って4ヶ月くらいでシナリオが一段落して、キャスティングの話を始めて、そこからさらに2、3ヶ月して菅野さんに決まり、具体的に動き出したのが2008年の暮れぐらい……という感じだったと思います。

―― 監督は、なおこ役にはどんな要素を求められていたのでしょうか?

吉田:なおこには、特に前半でこの世界そのものから微妙に浮いている感じを求めていたので、芯の強さと同時に脆さや儚さが感じられる人がいいなと思っていたんです。安定感ありすぎだとダメだし、見るからに弱々しい人でも成立しないでしょうし。菅野さんは、あまり迷いがないようにも見えるし、すごく不安で揺れているようにも見える。見る人にいくつかの感情を同時に与える雰囲気がありますよね。

―― 作品を拝見すると、なおこは場面によっては母親らしい落ち着いた感じに見えたりもするし、別の場面ではあどけない少女みたいに見えたり、でも作品全体を通じて一貫した雰囲気があるように感じました。

吉田:やっぱり「大人が恋愛する」というのがこの作品のひとつのテーマだとしたら、恋愛しているときは、母親とか娘とか、そういう社会的な役割から自由なんですね。それはなおこだけではなくて、美容室に集まってくるパンチパーマをかけたオバちゃんたちでもそうなんですよ。「パンチパーマのオバちゃんでも恋愛しているときは少女になるんだ」というのが原作にある世界観ですよね。映画でオバちゃんたちが少女に見えたかどうかはわかりませんが(笑)。女性でも男性でも、好きな人といるときは声のトーンまで変わったりしますよね。それはブリッ子しているっていうとり方もあるけど、誰でも話し相手によって態度も変わるし、会う相手によって着ていく服も変わるわけじゃないですか。だから、それは人間としては自然なことなんですよね。そうでありながら、結局ひとりの人間のやっていることだというのは間違いないわけなので、一貫して見えているんだと思います。

「女性は怖いです。怖いから面白い、怖いから覗いてみたい」

―― いま、お話にも出たパンチパーマのオバチャンたちはこの映画で重要な存在だと思いましたが、オバチャンたちのキャスティングは苦労されたのではないでしょうか(笑)。

吉田:オバちゃんたちは、大阪でキャスティングした人と、高知市の人、あとロケ地の近くで見つけた人たちの混成軍です。高知市から車で3時間半くらいの宿毛というところでロケしたんですけど、女性がたくましくて、撮影をしていると、見てるオバちゃんが「私も出してー」とかって言うわけですよ。だから「いいよ、じゃあパンチパーマにしてきてね」って言うと、次の日パンチパーマでそこに立っている (笑)。わりとそういうノリでした。それでいて、結構セリフもアクションもしっかりしてるので、これはオバちゃん役には苦労しないなって思って(笑)。しかも、やってみてわかったんですけど、女性はどんな人でも意外とパンチパーマが似合うんですよ。パンチパーマにすると可愛らしくなる人がほとんどでしたからね(笑)。オバちゃん役はすごく充実したキャスティングができたという満足感があります。

―― では、プロの俳優さんではない方々も出演しているのですか?

吉田:いっぱい出ています。もちろん、それでちゃんと成立するように撮っていますけどね。宇崎(竜童:カズオ役)さんの奥さん役をやった方は、大阪のエキストラの仕事が主な事務所の方なんですけど、菅野さんとアップの切り返しで渡りあっていますからね。また味があるんですよ(笑)。ぼくらスタッフの中でも大人気でした。やっぱりね、俳優ってどういう生き方をしてきたかという年輪の問題だったりもするから、どれだけドラマに出たとか映画に出たかということだけじゃないんだなっていうことを、改めて思いましたね。

―― 監督の作品では『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』が女性が主人公で、次の『クヒオ大佐』も男性が主人公でありつつ周りの女性にも重点が置かれていて、女性を描いた作品が3作続いていますが、監督にとって女性というのはどんな存在なのでしょうか?

吉田大八監督写真

吉田:うーん……怖いです(笑)。怖いから扱っちゃうのかもしれませんね。怖いから面白いというか、怖いからなんか覗いてみたいというか。乱暴な言い方かもしれないですけど、やっぱり男性よりもずっと複雑だと思うんですよね。男性の話というのも興味はありますけど、ある深みのある物語を考えたときに、女性がキーになってくるというのはどんな映画でも避けられないんじゃないですかね、どうしても。

―― 今回のヒロインのなおこは、これまで監督が描いてきた女性とは違ったタイプの女性像になっていますね。

吉田:もちろん、原作があるので違うふうにはなるだろうと思ったし、前と同じことをやっても面白くないので自分の挑戦でもありましたけど、最終的には『腑抜けども』のヒロインにしても、なおこにしても、抱えているものは近いのかもしれませんね。現状と自分の求めるものが一致しなくて苦しんでいる人で、その現われ方が表面的に過激に出るか、内面的に静かに出るかの違いなだけなんですよ。だから、頑張って変えたというほどの意識はないですね。

―― 一方で、この作品では男はかなり情けなかったり、だらしなかったりしますが、ああいう男性像を描くというのはいかがでしたか?

吉田:あれは西原ワールドの男たちを忠実に再現しようとした結果ですね(笑)。西原さんが言うには「高知の男は、とにかくだらしない。情けない。頼りにできない。そこを引き受けるから女性は強くなる」ということらしいんですよ。そういうお話を聞いていましたし、原作にしても、男性はみんな悪い意味じゃなくて無責任な魅力があるんですよ。都会にはあんまりいないタイプですよね。「この町では警察はどうなっているのだろうか」というような感じじゃないですか(笑)。女性がしっかりしてくれていて、男性はブラブラして最後は無責任にどこかに行ってしまえるというのは、ある意味では男性にとってのユートピアですよね。そういう目線があるから西原さんの本が好きな男性も多いんだろうって思います。だから、男性を描くのはわりと楽しかったですよね、自分が普段はできないことばっかりやってくれるから(笑)。あの作品のとおりなんだとしたら、高知は男にとってはいいところですよ。そんなわけはないでしょうけど(笑)。

―― ロケで、実際にそういう原作の舞台となった土地の空気に触れていかがでしたか?

吉田:実は、原作では舞台が具体的に示されてはいないんですよ。使っている方言も普通の関西弁だし。ただ、西原さんが高知出身だと知って読んでいるということもあるんでしょうけど、明らかに高知っぽいなという印象があって、最初から確信を持って高知で探して宿毛市に決めたわけです。実際に行ってみると、オジちゃんにしてもオバちゃんにしてもすごく明るくて、濃いですよね。ホント魅力的な人が多くて、いい顔してるんですよ。スタッフもキャストもほぼ1ヶ月以上滞在したので、地元の人たちと触れあう間にポジティブな影響が相当あったと思うんですよね。もちろん風景も大事ですけど、それと同じくらい、高知の人たちに囲まれて撮影したことがこの映画にいい影響を与えていると思います。

―― その雰囲気というのはきっとご覧になる方にも伝わると思うのですが、特に監督からここを観てほしいというメッセージがありましたらお願いします。

吉田:ぼくが映画で一番大事だと思っているのは、俳優の顔をじっくり見せるということで、それが自分にとっての映画を撮る意味なんです。この映画では特に女優陣ですね。菅野さんにしても、小池栄子さん、池脇千鶴さん、夏木マリさん、もう顔ぶれだけで魅力的ですけど、ダイナミックな物語の中、いままではなかなか見られなかったような顔をそれぞれ見せてくれているので、ご覧になってもらうと「ああ、こんな女優さんだったんだ」という驚きが必ずあると思います。ぜひ、そこを確かめに、劇場へ来てください!

(2010年4月23日/ANAインターコンチネンタルホテル東京にて収録)

作品スチール

パーマネント野ばら

  • 監督:吉田大八
  • 出演:菅野美穂 小池栄子 池脇千鶴 宇崎竜童 夏木マリ 江口洋介 ほか

2010年5月22日(土)より新宿ピカデリー、シネセゾン渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー

『パーマネント野ばら』の詳しい作品情報はこちら!

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