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『アブラクサスの祭』加藤直輝監督インタビュー

加藤直輝監督写真 近年、続々と新人監督を輩出する東京藝術大学大学院映像研究科から、また新たな才能がデビューを飾ります。同大学院修了制作作品が海外の映画祭でも高く評価された加藤直輝監督の商業デビュー作となるのは、現役住職である芥川賞作家・玄侑宗久さんの小説を原作にした『アブラクサスの祭』。
 福島の禅寺に身を置く悩める僧侶・浄念。元・ロックミュージシャンの浄念は、自分には音楽しかないと、寺のある町でのライブ開催を思い立つ! そんな浄念を、妻の多恵や住職の玄宗たちは不安を抱えつつもあたたかく見守っていくが……。
 ミュージシャンとして活躍するスネオヘアーさんを主人公の浄念役に迎えた映画『アブラクサスの祭』は、登場人物たちのコミカルなやりとりに笑い、随所に織り込まれた音楽を楽しみ、映画クライマックスのライブ演奏シーンに圧倒される、多くの人々が楽しめる娯楽作品として完成しています。そして同時に、原作で表現されている浄念の中で渦巻く深く激しい衝動も、しっかりと刻み込まれています。
 監督自身が語る映画『アブラクサスの祭』。その穏やかな語り口の中には、作品と同様に、監督の内に秘められた激しい衝動がうかがえるかもしれません――。

加藤直輝(かとう・なおき)監督プロフィール

1980年生まれ、東京都出身。立教大学在学中に映画研究会に所属し自主映画の制作を始める。2005年、同大学を卒業後、設立されたばかりの東京藝術大学大学院映像研究科に1期生として入学し、黒沢清監督や北野武監督らに師事する。2007年に大学院修了制作作品として制作した長編作『A Bao A Qu』は、第12回釜山国際映画祭のコンペティション部門“New Currents”に出品されたほか、世界各国の映画祭で上映され高い評価を得る。『アブラクサスの祭』が初の商業作品となる。

「自分の衝動を体現できるミュージシャンの人に浄念をやってもらいたい」

―― 『アブラクサスの祭』は、監督ご自身が映画化を望まれて実現した作品だということですが、映画化を考えられたきっかけを教えてください。

加藤:5年前に文庫が出たときに、たまたま池袋の本屋で見かけて「ロックで六道輪廻を突き抜けろ!」という帯の文に興味をそそられたんです。お坊さんがロックをやる話だというのはなんとなくわかって、ぼくももともとロックが好きだったので面白そうだなと思ったんです。それで手にとって表紙をめくると、著者近影でお坊さんがニッコリ微笑んでいて「なんだこれ?」と思って、速攻でレジに持っていって、その日のうちに読み終えましたね。読んでみたらすごい深い純度の高い文学作品で、書かれている言葉の渦というか、その世界観に引き込まれました。基本的に、原作は半分以上が主人公の浄念さんの内面であったり過去の回想とかが入り乱れているんですけど、躁鬱病で分裂病を併発しているお坊さんがロックをやるという、そのキャラクターと物語にすごい引き込まれました。実は、原作を読んでいるときに、頭の中に勝手に浮かんできたイメージがあるんです。それは映画にも反映しているんですけど“海でギターを弾いている”というイメージで、そのイメージから出発して「映画にできないかな?」と思うようになりました。

―― 原作は決してライトな作品ではないと思うのですが、映画はそこにバランスよく娯楽作品としての軽さが加えられているという印象を受けました。

加藤:そうですね、ほんとに原作はすごく深い暗い場面がけっこうあるので、映画にするときにどういうテイストにしていくかは最初にプロデューサー陣と散々話しあったところなんです。ただ、深くて暗い世界とは言っても、原作にも浄念と妻の多恵とのやりとりであったりとか、真面目であるがゆえに傍から見ると笑っちゃったりするようなところがけっこうあるんです。なので、それを活かしていけばコミカルな娯楽として楽しめる要素も持たせることができるんじゃないかと途中で気づいたんです。そういうテイストの映画にしていこうと決めてからは、脚本の佐向(大)さんの持ち味もふんだんに盛り込んでもらいながら脚本を作っていきました。ぼく自身はそういうコミカルなシーンがあったりする映画を撮るのは初めてだったので、半分くらいチャレンジするという想いもありました。

『アブラクサスの祭』スチール

『アブラクサスの祭』より。主人公・浄念が身を置く寺の住職・玄宗(演:小林薫/左)とその妻・麻子(演:本上まなみ)は浄念さんの行動に頭を悩ます

―― 浄念さんというちょっと変わった行動をとる主人公がいて、それをあたたかく受け止める周囲の人々がいるという構造は、昔からあるような人情コメディ映画的でもあるなと思いました。監督ご自身は、昔からある人情喜劇のような構造は意識されていたのでしょうか?

加藤:もともと、自分で撮ったことはないんですけど、そういう映画を観るのは好きだったんです。「浄念さんがどういう人なんだろう?」というのは準備段階から脚本を書いていく中でいろいろ話しながらやっていて、話しあっていく中で具体的に出たのが「浄念は寅さんなんだ」と。脚本を何稿か重ねるうちに、(制作会社の)オフィス・シロウズの社長の佐々木(史朗)さんが一言ヒントになることをくれまして、それが「困ったちゃん」ということだったんです。それがすごくヒントになって「浄念というのは“困ったちゃん”で、真面目すぎるゆえに周りの迷惑になったりするけど、それが憎めないんだ」というキャラクター像ができたんです。原作を読んだスタッフの中には「寅さんなんだよ」と言うと、原作の浄念とギャップがあったみたいで「え?」と言う人もいたんですけど、佐々木さんが例に出されていたのが相米慎二監督のことで「あいつも自分勝手で困った奴なんだけど、なんか周りがほっておけなくなるんだよなあ」というお話をされていたんですね。そのヒントを映画の浄念にフィードバックしていければいいなと思っていました。

―― その浄念を実際にミュージシャンであるスネオヘアーさんが演じていますが、スネオヘアーさんを起用された理由は?

加藤:一番はやはり「坊主がロック」というお話でライブシーンが重要になるので、ほんとに演奏できる人にやってもらいたいと強く思っていたんです。自分の固い衝動を、ギターならギターの音として、声なら声で体現できるミュージシャンの人にやってもらいたいというのが、ぼくのつよい要望でした。ただ、やはりお坊さんの役なので、髪を剃ったりとか(笑)、ミュージシャンの人がやるにはハードルの高い役だったんですけど、スネオヘアーさんはスネオヘアーさん自身のキャラクターと浄念さんのキャラクターがすごくシンクロするところがありまして、会った瞬間に「この人はいけるな」と思ったんです。ご本人もお話をするうちに「要は、この浄念という人は音楽がないと生きていけないんだ。それだったら自分と同じじゃないか」と思ってくれたみたいです。

―― スネオヘアーさんはこれまでも映画に主演以外では何作か出演されていますが、映画の経験があるということも起用の理由になったのでしょうか?

加藤:直接的にはないですね。もともとミュージシャンって常に人前に立っている存在なので、ミュージシャンであればカメラの前で芝居をしてもらうことに問題ないだろうなと思っていましたので。ただ、スネオヘアーさんは『犬と歩けば チロリとタムラ』(2003年/篠崎誠監督)という映画に最後のほうに1、2カットだけ出ていて、そのときの印象がぼくの中では残っていたんです。特になにかをするという役ではないんですけど、その佇まいだけで記憶に残っていて、今回、浄念役は誰だろうと考えたときに「スネオヘアーさんというミュージシャンが『犬と歩けば』に出ていたな」とすぐに思い出しました。なので、ぼくの中では間接的にはあったのかもしれませんね。

「おかしなところはあるかもしれないけど、そんなのブッ飛ばすのが映画だと思うんです」

―― 実際にスネオヘアーさんとお仕事をされていかがでしたか?

加藤:これは、なかば以上本気で思っているんですけど、2010年の日本映画の一番の収穫ではないかと思っています。いろいろな映画賞で新人男優賞なんかを獲ってしかるべき役者さんだと思います。浄念というのは、コミカルであったり、鬱に飲まれて暗く沈みこんだり、すごく感情の振幅が激しい役で、かつそれを自然に演じなければいけなくて、しかも音楽を実際に演奏しなくてはいけないという、すごいハードルの高い役なんですけど、それをぼくたちの想像以上の存在感でやっていただいたんです。撮影の初日は、映画の最初の高校のシーンだったんですけど、スネオさんの最初の芝居を見て、もうその場にいるスタッフ全員が「ああ、これが浄念か」と掴めたんです。そのくらい素晴らしい俳優さんだと思います。

―― スネオヘアーさんは、場面によって無邪気な表情をしたり険しい表情をしたり、隆太という登場人物を見つめるときの視線の強さが特に印象に残っているのですが、ほんとにすごい表情の演技をされていますね。

加藤:天性のものとしか言いようがないですよね。ほかの役者さんに「やってください」と言ってやってもらっても、ああいう顔ができるかどうかは全然わからないですから。ぼく自身も演出するときに言葉が少ないほうなんだと思うんです。もちろん「じっと彼のことを見ていてほしい」とか具体的なことは言いますけど、スネオヘアーさんは現場の空気とか脚本の流れから正確に汲みとってくれて、あの顔であったり、ああいう目の力強さというのは自然と出てきたものだと思います。ぼくは振幅の激しい波のバランスをとるだけで、芝居に関してはカメラを向けるだけでOKという状況でした。ほんとに表情を見ていると、見ている側も引き込まれる役者さんだと思います。

―― これはスネオヘアーさんのキャスティングとも密接に関係することだと思いますが、映画などで「昔、音楽をやっていた、ロックをやっていた」という人物を描こうとすると、えてして類型的な描き方をされることがあると思うんです。でも『アブラクサスの祭』は、音楽がすごくリアルに描かれていて、音楽に対して嘘のない映画だと感じました。

加藤:まさにいま言っていただいたように、嘘のない音楽のあり方というのが無意識のレベルでぼくの中に染み込んでいたんです。お坊さんがお坊さんである前にひとりの人間であるように、ミュージシャンもひとりの人間ですから、生活と根ざしたところでライブをやったりCDを作ったりしていると思うんです。なので、浄念という人が、お坊さんとしてだったり、父親としての生活をしている中で「そういう人がどういうロックを鳴らすのか?」というのがテーマであり、見せ所であり、聞かせどころであったので、そのバランスはすごく大切にしました。浄念というのはもともと内面にでっかいノイズを抱えている人なので、具体的にどんな音を出すのか、どういう歌を歌うのかというはすごく考えましたし、スネオヘアーさんも劇伴音楽を作ってくれた大友良英さんも、ぼくが「この人にお願いしたい」と思っていた人なんです。そういう方たちにやってもらえた時点で、恵まれた作り方ができたなと思っています。映画の中で、アコギからエレキからぐしゃぐしゃのノイズギターだったり、いろんな楽器の音が聴こえてきて、それが海の波の音と混じったりとか、ありとあらゆる音がひとつのでっかい音楽だなと思って作りました。

―― 監督ご自身は、音楽をやられたご経験は?

加藤:それがですね、自分でも不思議なくらい経験がないんですよ(笑)。バンドをやったこともないし、ギターを弾いたこともないですからね。その分、聴いたり観たりするのは中学高校のころからずっと好きでしたし、音楽を聴くことで救われたという若いときの想いがあるんです。そういうものに嘘はつかないようにしたいなと思っていたので、それを実現してくれる役者さんとスタッフが集まってくれて、すごいよかったなと思っています。

―― クライマックスの演奏シーンはまさに圧巻ですね。理屈で映画をご覧になる方だと、あれだけの規模のライブをやるのは不自然だという見方もあるかもしれないのですが、ああいうかたちでライブがあるのが映画としては必然なのだと感じました。

加藤直輝監督写真

加藤:必然でしたね。たしかに、ものすごい客観的に冷静に考えるとちょっとおかしなところはあるのかもしれないんですけど、やっぱりそんなのブッ飛ばすのが映画だと思うんです。どんなライブにするのかというのはスタッフと喧々諤々やったところで、ライブは昼と夜と2回あるんですけど、特に夜のライブはほんとになにが起こるのかわからないし、どうなるかわからないよっていうところで「もうやっちまえ!」って感じでやりました。もちろん、スタッフからは「ライブのよさもわかるし、ライブの勢いもわかるんだけど、もしそれであんまり盛り上がらなかったり、うまくいかなかったらどうするの?」という意見も出てきますし、ぼくも悩んだんですけど、ほんとにライブでシンクロ(同時録音)で一発録りでいくと決めたんです。そしたら、ステージのセットと夜のかがり火で、ライブのメンバーもすごく盛り上がってくれて、ものすごいライブが生まれたのを撮れましたね。あんまりライブがすごすぎて、現場で一番怖かった録音の技師さんが、途中でヘッドフォンを置いて前のほうに観にいっていましたから(笑)。やってみなきゃわからないお祭り的なものが映画にはあると思うんです。その瞬間にガッと盛り上がるものが生まれてくる、そういうものを用意していくというのがこの映画のメインテーマだったんです。その技師さんが、撮影が終わったあとに「最初は監督の言っていること半信半疑だったんだけど、ライブ観て監督のやりたかったことがすごくわかったよ」って言ってくれて、そういう瞬間って映画の現場には訪れるんだなと思いました。

―― ライブシーンでは、演奏が始まってすぐにスネオヘアーさんのギターの弦が切れてもそのまま演奏が続けられていますね。やはり、弦が切れたからといってそこで止めたりやり直したりせずに、続けることが重要だったのでしょうか?

加藤:そうですね、あそこはけっこう大変なカットで、冬場で山間なんでどんどん日も沈んでいきますし、時間的にもきつかったんです。それで散々やって、ぼくがOKを出したテイクのときに弦が切れちゃったんですけど、次のカットからもそのまま行こうよと。やっぱり、弦が切れたということは全然問題にならなかったですね。そのときに出している音だったり、歌っている声だったり、そのテンションのほうが大事なので。

―― では最後に、映画をご覧になる方へメッセージをお願いできますか。

加藤:いつも、ほかのみなさんはこういうときになんて言っているのかなって気になるんですけど(笑)。まずは、普段は映画館に来ない若い人たちに観てもらいたいなとは思います。ただ、若い人たちだけではなく、社会に出てある程度いろいろなことを経験している人たちにもなにかしら響くものがあると思っていますし、自信を持って「いい映画だ」と言えますので、ぜひいろいろな人に観てほしいと思います。

(2010年11月17日/オフィス・シロウズにて収録)

作品スチール

アブラクサスの祭

  • 監督:加藤直輝
  • 出演:スネオヘアー ともさかりえ 本上まなみ 小林薫 ほか

2010年12月25日(土)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー

『アブラクサスの祭』の詳しい作品情報はこちら!

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