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『オボエテイル/前世の記憶』明石知幸監督インタビュー

明石知幸監督写真 幼いころを過ごした故郷に取材に来た作家。原因不明の頭痛から催眠療法を受けることになった女性。旧友の持参した古い地図に奇妙な事実を見つけた男。盛岡の町を訪れたとき、それぞれが心の奥底に閉ざしていた“記憶”が浮かびあがってくる――。
 直木賞作家・高橋克彦さんが“記憶”を題材に執筆した短編作品の中から、直木賞受賞作である「緋い記憶」をはじめ「遠い記憶」「前世の記憶」の3本を選び、3人の監督が原作の舞台でもある盛岡オールロケで映画化したのが、3話構成のオムニバス・ミステリー『オボエテイル』です。
 『オボエテイル』は、2005年に完成し、同年開催された「第9回みちのく国際ミステリー映画祭2005 in 盛岡」で上映され好評を得つつも、諸般の事情から一般公開されないまま、封印された作品となっていました。
 2011年、この幻の作品が、DVDソフト化決定をきっかけに、監督自身の尽力により劇場公開を果たします。奇しくも「封印されていた記憶が蘇る」という映画の内容とも符合する道筋をたどった『オボエテイル』について、第2話『前世の記憶』のメガホンをとった明石知幸監督にお話をうかがいました。

明石知幸(あかいし・ともゆき)監督プロフィール

1958年生まれ、徳島県出身。早稲田大学卒業後にっかつ(現・日活)に入社し、助監督として様々な作品に参加する。『家族ゲーム』『キッチン』など多くの森田芳光監督作品に参加し、森田監督が製作総指揮をつとめたオムニバス映画『バカヤロー!4 You! お前のことだよ』(1991年)の一編「サギるなジャパン」で監督デビュー。その後、劇場用作品『免許がない!』(1994年)『キリコの風景』(1998年)やオリジナルビデオ作品の監督をつとめる。また、企画・プロデュースでも多くの作品に携わっている。

「3作の共通テーマとして“叙情性”を考えたんです」

―― まず『オボエテイル』という作品の成り立ちについてお聞かせいただけるでしょうか?

明石:ぼくは20年間日活に在籍していて、監督をやりながらプロデューサー業もやっていて、高橋克彦さんの「ドールズ」という作品を映画化したくて、今回『オボエテイル』に企画で名を連ねている安井ひろみさんと画策していたことがありました。結果その企画は実現できなかったんですけど、ぼくが日活を辞めて何年か経ったころに、安井さんから「ある制作会社が映画を作ろうとしているので手伝ってくれないか」と声がかかりまして「せっかくふたりがまた揃ったんだから高橋克彦さんの作品をやりたいですね」ということになったんです。そこで、どうせやるのであれば高橋さんの代表作である「緋い記憶」をベースにした作品をやろうということで企画を進めて、日活の後輩の芳田秀明と久保朝洋の両監督を引き込んだという次第です。

―― 明石監督ご自身も含めて3人の監督が参加するオムニバスという形式にした理由はなんだったのでしょう?

明石:芳田と久保と一緒に映画作りをしたいというのが一番ですね。日活時代から彼らのことはよく知っていて、力のある監督だというのはわかっていましたので、彼らの作品を世に出したいというのが大きかったです。それはどちらかというとプロデューサー的な発想ですね。

―― 3編の原作はどのように選ばれたのですか?

明石:まず、直木賞受賞作である「緋い記憶」は必ず入るだろうというのは念頭に置きつつ、ストーリーがしっかりしているとか、映像化に向いている作品ということを基準に選びました。それから、3作のテーマとして“叙情性”ということを考えました。叙情性を3作の統一テーマとして「緋い記憶」「遠い記憶」「前世の記憶」の3作というかたちになりました。

―― 原作の舞台である盛岡でオールロケを敢行なさっていますね。

『オボエテイル/遠い記憶』スチール

『オボエテイル』の第1話『遠い記憶』より。村上淳さん演じる作家の倉本は、取材で訪れた盛岡で失っていたはずの記憶を呼びさまされる……

明石:そんなに予算のある作品ではないので、コンパクトにやりたいというのはありました(笑)。実際に町全体がコンパクトで、どこのロケ場所も近いですし、撮影もやりやすかったです。それから、盛岡というひとつの空気感の中で3作を撮るということは、それが叙情性というカラーを統一させるには一番いいんじゃないかと考えました。もうひとつ、合宿じゃないですけど、ひとつのチームが同じ場所で寝食をともにして作業するということはそれだけコミュニケーションも深まりますし、それもひとつの動機としてはありました。

―― 実際に盛岡を訪れられての印象はいかがでしたか?

明石:盛岡だけではなくて東北全体が中央政権に抑圧された歴史を持っていますよね。高橋さんはそのような歴史を踏まえたホラー小説も書かれていますし「火怨」という蝦夷が敗北する歴史もお書きになっていますけど、そういう気配を感じる場所があるんです。心霊スポットというわけではないですけど、空気感の違う場所があるんです。それはきっと画に出るんじゃないかなという気はしました。

―― 盛岡に行ったことで発見したようなことはありましたか?

明石:具体的にはどうですかねえ……。現場ではいろいろあったと思うんですけど、なにせ5年前のことなんでね(笑)。ただ、ロケハンでいろいろなところを回ってみて、観光名所になっているところよりもさりげない路地が素敵だったりしました。『遠い記憶』では神社の境内のシーンがけっこうありますが、あそこも有名な神社ではなくて、地元の人も知らないようなさりげない神社なんです。そういうところが画に映って、シーンとして成立しているというのは嬉しいですね。

「お客さんを立ち止まらせずに、次から次へと興味を引っ張っていくようにしたい」

―― 3編の作品で、どなたがどの作品を監督するかというのはどのように決まったのでしょうか?

明石:3人の中では久保が一番後輩で若いので、彼から優先ということで「お前はどの作品をやりたい?」「ぼくは『緋い記憶』をやりたいです」というので『緋い記憶』が決まりました。それで、ぼくは最初は『遠い記憶』をやろうとしていたんですけど、安井さんと相談して『前世の記憶』と入れ替えました。

―― 明石監督が『前世の記憶』を撮るにあたって「こういう方向性で撮ろう」と意識されたのはどんなところでしょうか?

明石:やはり、ほかの2作品との対比ですよね。1話の『遠い記憶』の芳田監督はものすごく哲学的な人間なので、論理的な話にするだろうなというのは予想できましたし、3話の『緋い記憶』をやる久保も、高橋さんの直木賞受賞作であるということをかなり意識して、エンターテイメントというよりも文学的な傾向の作品になるだろうというのは想像できたんです。ならば、ぼくはエンターテイメントに徹しようという感じの描きわけはしました。

―― 作品を拝見して『前世の記憶』は1970年代の恐怖映画とかスリラー映画のような雰囲気を感じました。

明石:アハハハ、嬉しいですね(笑)。ぼくはね、一番好きなホラーというか恐怖映画はジョン・カーペンターの『ハロウィン』(1978年・米)なんですよ。あれは怖かったしショッキングだったんで、それはちょっと意識しましたね。犯人の主観がうまく活かせないかなというのは意識していました。だから、1970年代の恐怖映画というのはすごく正しいご指摘だと思います(笑)。

―― 『前世の記憶』には退行催眠というちょっとSF的な要素が出てきますが、そういう特殊な設定を描く上で気をつけられたところはありますか?

『オボエテイル/前世の記憶』スチール

『オボエテイル』第2話『前世の記憶』より。体調不良の理由を調べるための催眠療法をきっかけに、修子(演:中村美玲)は盛岡を訪ねる……

明石:意識したのは、観ているお客さんに違和感を抱かせないようにしようということですね。違和感を抱かせる前に矢継ぎ早に次の展開に持っていくというか(笑)。その面では、短編というのは便利だと言ったらおかしいですけど(笑)、疑問を抱かせる前に畳み掛けていこうとは考えていましたね。こういう作品は「ちょっとおかしいな」と立ち止まってしまったら全部しらけちゃうようなところがあるんですよね。そんなに論理的に積み重ねたミステリーではないわけですから、お客さんを立ち止まらせずに次から次へと興味を引っ張っていくようにしたいと意識していました。

―― 昭和30年代がひとつの舞台となっていますが、過去の風景を描くのは盛岡ロケが活かされた部分でしょうか?

明石:そうですね。撮影段階とか準備段階でも、古い家とか古い町並みが失われていく過程ではあったんです。ただ、地方都市は東京よりは変化は急激ではなかったので。ある程度残っているというのはあります。

―― 映画に出てくるお屋敷は実際の建物なんですか?

明石:そうです。“旧石井県令邸”というんですけど、明治時代の県知事の邸宅だったらしいんですよ。いまはギャラリーみたいになっているのかな。

―― 雷に照らされて闇の中に屋敷だけが浮かび上がるカットが印象に残ったのですが、あのカットは実際の建物を撮影したのでしょうか? それとも建物だけが目立つような処理をしているのでしょうか?

明石:雷はCGですね。そのほかは、特に背景を消したりとかはしていないですね。実際に周りも建物の少ない場所ですし、特にあの角度からだとほかの建物が全然入らない位置なんです。

―― 原作からのひとつ大きな変更点として、主人公の性別が男性から女性になっていますね。

明石:あれはキャスティングの事情もあったんですね。制作会社の意向として主演を女優にしたいというのがあったんですけど、原作では前世が男の子で生まれ変わってそのまま男の子だったのを生まれ変わったら女の子と変えるのは、考えてみると逆に面白いかなと思いました。

―― 性別を変えたことで、ストーリーの上で原作にない重要な要素が加わっていますね。

明石:男では、あれはできませんからね(笑)。あそこは久保が脚本を書くときに話しあいながらぼくがアイディアを出したところです。制約を武器に変えるではないですけど、主人公を女性にするという与えられた条件をうまく活かせたかなと思います。

「少しでも多くの人に知らせるかたちで劇場公開したい」

―― 今回、完成から5年を経ての公開となりましたが、2005年に完成した段階では公開の予定はあったのでしょうか?

明石:一応、翌年の4月くらいを目処に動きましょうという話にはなっていたみたいです。ただ、実際に年が明けて2月くらいになってもあまりにも公開の動きが見られないので、当時の制作会社のプロデューサーに会って「どうなっているのか」という話はしたんです。そのときにあいまいな答えしか返ってこなかったので、我々で「映画自体を引き取るから自主配給みたいなかたちでやらせてくれ」という要請をしたんですが、それに対してまったく返事がなかったんです。だから、この作品の公開はできないのだろうなという予感はありました。そのあと、安井さんもその会社を離れまして、会社自体も変わりました。そういう経過の中で我々とは疎遠になりあきらめていましたね。

―― 劇場公開のひとつのきっかけとなったのがDVDソフト化だったそうですが、監督はどのようなかたちでDVD化をお知りになったのでしょうか?

明石:直接ぼくのところに連絡がありました。今年(2010年)の2月くらいに、実際にDVD化にあたって動いてくれるプロデューサーが「いままでの事情を全部聞きたい」ということで連絡してきたんです。ただ、なぜいまDVD化されることになったのかはぼくたちにはわからないので、そこは推測でしか語れませんね。

―― DVD化されると知ったときのお気持ちはいかがでしたか?

明石:とにかく、DVD化されるということは作品が表に出るということですから、それを契機に劇場公開できないかということをまず考えました。やっぱり、DVD化するということだけで終わってしまえば、こうやって取材を受けることもないですし、広がり方が違いますよね。単なるDVDの映像ソフトで終わってしまうのか、劇場で映画として公開されるかでは波及の仕方が違いますから。やっぱり、スタッフ、キャストにも、代表作の原作権をくださった高橋さんにも、5年間なにもできなくて申し訳ないという気持ちはありましたから、少しでも多くの人に知らせるかたちで劇場公開できればということを一番最初に考えました。

―― それから今回の劇場公開に向けて動き始めたんですね。

明石知幸監督写真

明石:そうです。それで劇場のほうとも折衝していたんですが、なかなかうまくいかずに1回あきらめようかとも思ったんです。だけど、せっかくここまで来たのだからやっぱりあきらめきれないなって(笑)。そしたら、ちょうど盛岡の“もりおか映画祭2010”で上映したいという話があって、そういうことをひとつのバネにして劇場公開できないかなと考えて、もう1回具体的に動いたんです。

―― 劇場公開にあたって、一番困難な部分というのはどこでしょう?

明石:やはり資金的なことですね。いくら小規模な公開といえどもお金がかかるわけですから。1回あきらめかけたのも、資金的にあてにしていたところがダメになってしまったのが理由でした。

―― そうやってご自身で公開に向けて動くというのは、監督ご自身もあまり経験のないことですよね。

明石:自主映画だったらよくありますけど、こういった商業ベースに乗る映画だとなかなかないですよね(笑)。ぼくも日活時代は配給業務は興行部や配給に任せていましたので、実際に自分でやることはまずありえませんでしたし。もちろん『オボエテイル』も全部やっているわけではなくて、配給関係はお任せしているんです。配給に関しては昔から知り合いの生駒(隆始)さんがやってくれているんですが、彼は『私の骨』という高橋さんの原作をプロデューサーとして制作しています。そこで連絡を取ったら「高橋さんの作品ですし、やってみます」ということで動いてくれたんです。

―― 今回『オボエテイル』のお話をうかがって、これだけ有名な原作の映画化で、有名な俳優さんが揃っていてもお蔵入りになってしまうことがあるという現実を考えさせられました。

明石:『オボエテイル』に関しては、制作会社側がほとんど素人でしたから。最初から「製作費と配給に関しての経費は別だから原資はキチっととっておきなさい」と口を酸っぱくして言ってました。お金があれば、その時点で配給会社が決っていなくてもなんとかなるものですから。結局そのお金を次の映画に投資したりとか。やはり先のヴィジョンの見通せるプロデューサーがいなかったというところが大きいですね。あとはやっぱり、作品に対する愛情かな。
 実績のある監督が撮って、知名度のある俳優が出ている作品で、いまだに公開されていない作品がありますね。こういうケースは多発してくるんじゃないかなと思います。しんどいですよね。

―― そんな中で『オボエテイル』があまり例のないかたちで公開に迎えるわけですが、実際に公開に向けて動かれてどのようなことをお感じになられていますか?

明石:やはり、劇場公開が決まって動いていくといろいろな人を巻き込んでいくんだなというのはつくづく感じます。それが単なるDVDソフトのリリースと劇場で公開されるのとの大きな違いだと思います。

―― 最後に、劇場公開を前にしたご心境をお願いします。

明石:ほんとに、最初は「スタッフとキャストにお披露目できればいいや」くらいの気持ちでいたんですけど、いろいろ取材も受けて、いろんなところを回って反響もあるので、いま思うのは、少しでも多くのお客さんに観てもらいたいということです。それが一番です。

(2010年12月15日/ブラウニーにて収録)

作品スチール

オボエテイル

  • 監督:芳田秀明/明石知幸/久保朝洋
  • 出演:村上淳 麻生祐未 吉田日出子/中村美玲 葛山信吾 篠井英介/香川照之 光石研 渡辺真起子 ほか

2011年1月8日(土)より新宿K's cinema、横浜ニューテアトルにてロードショー

『オボエテイル』の詳しい作品情報はこちら!

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