『海峡をつなぐ光』乾弘明監督・入矢麻衣さんインタビュー
美しい輝きを放つ玉虫の翅。いまから1400年前の日本では、この玉虫の翅を装飾に使い、現在では国宝に指定されている“玉虫厨子(たまむしのずし)”が作られました。そして1500年前、韓国でも同じように玉虫の翅を用いた馬具が製作されていました。それから千数百年前を経て、偶然にも日本と韓国両国で同時期に玉虫を用いた美術品を現代に蘇らせる復元作業が始まりました。この両国での復元作業の模様を記録し、日本と韓国の文化のつながりにスポットを当てたドキュメンタリー映画が『海峡をつなぐ光』です。
この作品でナビゲーターをつとめたのが、女優・タレントで在日4世である入矢麻衣さん。『海峡をつなぐ光』は、自身のルーツをたどる入矢さんの旅を追った映画でもあります。
日韓の職人たちと出会う旅は入矢さんにとって大きな経験となっただけでなく、入矢さんの存在が『海峡をつなぐ光』という作品に与えたものもあったようです。
映画で得たもの、伝えたいもの、そして未来への抱負。入矢さんと、メガホンをとった乾弘明監督にお話をうかがいました。
乾弘明(いぬい・ひろあき)監督プロフィール
1963年生まれ、北海道出身。1986年テレビ朝日「ニュースステーション」でディレクターとなり、以降ドキュメンタリー番組を中心にプロデューサー、ディレクターとして活動。2010年より人気番組「そうだったのか!池上彰の学べるニュース」プロデューサーをつとめる。劇場公開監督作品にドキュメンタリー映画『平成職人の挑戦』(2005年)、『蘇る玉虫厨子』(2008年)がある。
入矢麻衣(いりや・まい)さんプロフィール
1992年生まれ、兵庫県出身。2010年より芸能活動を開始。NHK「あほやねん!すきやねん!」、MBS「どれ☆きよ天気予報」レギュラー出演、CM出演など幅広く活躍中。女優としての出演作品にテレビドラマ「星降る町のわすれもの」(2010・テレビ大阪)「湘南少女」(2011・J:COM)、舞台「Time Capsule-タイムカプセル-」(2011年)、映画『アバター』(2011年/和田篤司監督)など。
「在日韓国人の私だからできることがあるんじゃないか」(入矢)
―― まず監督にご質問したいのですが『海峡をつなぐ光』はどのような経緯で製作されることになったのでしょうか?
乾:ぼくは、この作品の前に『蘇る玉虫厨子』(2008年)という、玉虫厨子を再建した職人たちのドキュメンタリーを撮っていまして、それとほぼ同時期に韓国のMBCという放送局が、韓国で玉虫を使った馬具を再現するというドキュメンタリーを作っていたんですね。それをお互いに知りまして、過去の文化も含めて「日本と韓国」というテーマで一緒にできないだろうかというのが、そもそもの始まりですね。プロデューサー同士でそういう話になりまして、何度か韓国に行って打ちあわせを重ねたりしつつ、ぼくが監督としてまとめるという経緯に至ったという感じですね。
―― 入矢さんがナビゲーターをつとめるというアイディアはどのように生まれたのでしょうか?
乾:そこが、この映画で一番難しかったところなんですね。やはり、日本と韓国それぞれのドキュメントをひとつにするわけですから、ただつなげるのでは教育番組的になりますし「なにか接着剤となるものが必要だね」ということがあったんです。韓国側とも話をしましたし、日本でも周りのスタッフと相談したり、どうしようか散々みんなで話しあったんです。玉虫を“タマムシくん”みたいなアニメのキャラクターにして主人公にしようなんて話もあったんですよ(笑)。いろいろアイディアが出たんですけど、やはり未来のことを考えましてね。日本と韓国にはつらい歴史もありますが「日韓をつなぐ」という意味で、日本にいる韓国人、在日の若い人にその役目を担ってもらえないかと。そこから日韓の関係を学んでいくことで次の時代へのメッセージにできればと考えまして、入矢さんにお願いしたということなんです。
―― 入矢さんは、この映画のお話があったときにはどのように思われました?
入矢:私は生まれも育ちも日本なんですけども、在日韓国人として中学までは朝鮮学校に通って韓国のことも学んできたし、日本に住んでいますから日本のことも知って生きてきているんですね。だから、この映画のお話を聞いたときに、ナビゲータの役ができる人はそんなに多くはないんじゃないかと思ったんですよ。韓国に詳しい日本の人とか、日本に詳しい韓国の人ではなくて、在日韓国人の私だからできることがあるんじゃないかと思いました。
和やかな雰囲気で話す入矢麻衣さんと乾弘明監督
―― 入矢さんにとって、韓国の文化というのはどんな距離感の存在なんでしょうか?
入矢:在日韓国人って現地の韓国人より韓国の文化を大事にしている気持ちもあって、韓国の人と会うと「韓国に住んでる人より韓国人っぽいね」って言われることがよくあるんです。ほんとうに、法事とかひとつであってもすごく大事にしてやっていますし、私の家は先祖代々のものをずっと守ってきているんですね。やっぱり、日本で暮らしているから余計に韓国の文化を大事にしないとダメだというところがあるんです。
―― 監督にお尋ねしたいのですが、ナビゲーターを入矢さんがつとめたことが映画に与えた影響というのはありますか?
乾:実は、麻衣ちゃんのほかにも候補として何人か在日の女の子に会ったり資料を貰ったりしているんです。その中で麻衣ちゃんは、ヴィジュアル的なこともあるのですが、一番屈託がなかったんですね。しっかりと韓国の文化を大事にして育ってきているんですけど、日韓の関係というところに屈託がなかった。「ぼくらが思っているよりも日韓の溝というものはないんだな」ということを、ぼくは麻衣ちゃんから学んだ気がするんです。やっぱり、日本と韓国の関係は難しいところで、特に在日問題というのは日本が反省すべきところもいっぱいあるんですけど、たぶん、ぼくはそういうことを深く考えすぎていたんです。麻衣ちゃんと会って「若い人たちはぼくが思っているより先に行っているんだな」と気づかされましたし、それは映画全体のトーンに影響していると思います。
―― 入矢さんは、今回の作品でナビゲーターをやるにあたって改めて学んだことはありますか?
入矢:やっぱり、具体的な歴史はすごく勉強したんですけど、実際に現地の人に韓国と日本のことを聞いても、日本のことを悪く思っている人もいないし「日本は韓国のことを悪く思ってる」って考えている人もそんなにいないんですよ。乾さんがおっしゃったように、時代は変わっているんだろうなというのは思いました。すごい前向きなんです。
「伝統ってつないでいくことが一番大事。その想いを伝えられたら」(乾)
―― 入矢さんは、映画の撮影で韓国を訪れて、いままで韓国に行ったときと違った発見のようなものはありましたか?
入矢:普段は、韓国に行くときは飛行機を使うんですよ。関西空港から仁川空港に着いてそのままソウルとかに行ったりするんですけど、今回は船を使って対馬を通るルートで釜山まで行ったんですね。まず釜山に行くのが初めてでしたし、昔の人が行き来したルートで行ったので、すごく不思議な気はしましたね。「このルートを通って、いろいろなものが行き来したり、人が行き来したんだ」と思って。いまはフェリーで行けますけど、昔はそんなに頑丈な船もなかったでしょうし、大変だったんだろうなって思いました。それから、ほんとに韓国と日本って物理的な距離でも近いんだなって思いました。天気がいい日には対馬から韓国が見える場所があるんですよ。改めて近いんだなって感じました。
―― 韓国で、馬具の復元をおこなっている職人の方とお会いになった印象はいかがでしたか?
入矢:なんか、すごく天真爛漫でしたね(笑)。
乾:天真爛漫なのは麻衣ちゃんのほうじゃない?(笑)
入矢:(笑)。でも、はじめにお会いして一緒にお食事させていただいたら、ほんとにすごく明るくてチャーミングな方なんですよ。だけど、そのあとに復元をされている馬具の話をしていただいたら、そのときは全然違う“職人さんの顔”ですよね。映画の中でも馬具についてお話していらっしゃったり、実際に復元の作業をしていらっしゃるシーンもあるんですけど、ほんとに顔が違うんですよ。そういうギャップが印象的ですね。
―― そのあと、日本でも復元に携わっている方々とお会いになっているんですよね。
『海峡をつなぐ光』より。現代の職人たちの手により復元された“玉虫厨子”を前にした入矢麻衣さん
入矢:日本の職人さんは、昔の玉虫厨子がいままで残っているのと同じように、新しく作ったものがまたこの先何千年も残るように平成版の玉虫厨子を作ろうとしていらっしゃるんですね。接着剤ひとつでもいろいろ工夫していたりとか、なんか、新しい感じがしましたね。
乾:韓国の崔(光雄)さんは、ほんとに完璧に「再現」なんですよね。修復に近い感覚で、まったく昔のままの技法で新しいものを作られているんですけど、日本の職人さんたちは、もちろん昔の技法も使うんですけど、自分たちが持っている「当時ならできなかったけど、いまならできる」という技術もプラスしているんですよね。そこの感覚は、同じ職人同士でも実はちょっと違っているんです。
―― そういう、ひとつの道を究められている方々とお会いになって、特に印象に残っているのはどんなことでしょうか?
入矢:蒔絵師の立野(敏昭)さんがおっしゃっていたことで印象に残っているのが「見えるまで待つ」という言葉です。昔の玉虫厨子に描いてあった絵はもう消えてしまっていて、私が見たらどう見ても見えないんですよ。でも、立野さんは「じっと見ていると見えてくる」とおっしゃっていたんですね。歴史とか、時代の背景とか、夢に出てくるくらいにまで研究して、いろいろなものを参考にしていると絵が見えてくるらしいんです。でも「創作にはしたくない」とおっしゃっていたんです。ほんとうに命がけでやっていらっしゃるので、すごいなと思いました。
―― 監督は、その職人の方たちを映像に収める上で意識をされたのはどんなところでしょうか?
乾:もちろん、映像的には美しいものなのでそこに最大限に気をつかって撮影しましたけど、それとは別な部分で、職人さんの中には、最初はなかなか打ち解けづらい方もいるんで、カメラを回す前にずいぶんお話したり、食事をしたり、お酒を呑んだり、そういうところから入っていくんです。それで、いまでも職人のところに行くと必ず酒呑まなきゃ帰してもらえないみたいな感じになっているんですけど(笑)。やっぱり、職人たちも「伝えていきたい」という気持ちがすごくあるので、1回入っていけるとすごく撮影に協力的になっていただけるんです。伝統って、つないでいくことが一番大事なんですよね。いろいろなものが変化していくのはいいと思うんですけど、切れちゃうとダメなんです。途切れちゃうと終わりだということをみなさん意識して一生懸命やっていらっしゃるんで、そういう想いみたいなところをできるだけ伝えられればと思っていました。それから、特に日本の場合は共同作業なんですね。蒔絵師、飾金具師、宮大工もいらっしゃるし、実はチームワークとバランスが素晴らしいんです。前回の『蘇る玉虫厨子』はそれをメインにしているんですけど、今回もその日本の分業システムの素晴らしさみたいなところも含めて、伝統技術の美しさというところはちゃんと映像に残して伝えたいなと思っていました。
「ジャンルを問わず、マルチに活動できればいいなと思っています」(入矢)
―― 入矢さんは今回『海峡をつなぐ光』でご自身のルーツに関わるようなお仕事をされて、舞台の「Time Capsule-タイムカプセル-」(※)(以下「タイムカプセル」)でも、やはり日韓や在日を題材とした作品にご出演されているんですね。
入矢:そうなんですよ。舞台をやるのも初めてで、それが日韓の関係を扱った舞台で、韓国公演もあるので、すごく縁はあるなと思っているんです。
―― 「タイムカプセル」は、かなり深く在日問題を扱った作品でしたが、ご出演になって特に感じたことはありますか?
入矢:「タイムカプセル」では登場人物で梨沙という在日の女の子がいて、その子のセリフで「日本人は私たちを同じ人間として見ていない」という内容のセリフがあるんです。台本をいただいてそのセリフを読んだときに「私が考えたことがあることが、そのままセリフになっているなあ」って思ったんです。私自身はそんな体験をしたことはないですし、高校のときとかも差別した目で見る同級生もいなかったし「いまの時代はそんなことはない」っていう感じはあるんです。でも、一昔前にはそういうことが普通にあったとも聞いていましたし、もし私が梨沙役だったら在日韓国人としてどう演じただろうということは、すごく感じましたね。
―― 今後も、そういう題材の作品に重点を置かれて活動されていくのでしょうか?
関西弁のアクセントがとてもキュートな入矢麻衣さん
入矢:ジャンルは問わずにやっていけたらいいなと思っているんですよ。「タイムカプセル」も、オーディションを受けたときには「日韓の文化を扱った作品だ」ということをうっすらと聞いていただけで、在日の問題を深く描いているというのは台本をいただくまで知らなかったんです。ただ、今回の映画のようなお仕事もありますし、取材でいままでの自分の人生をお話しさせていただく機会も多いんですね。いろいろな体験ができますし、自分の人生ありきというか「在日でよかったな」って思えることもあるんですよ。私はバラエティー番組もやりますし、マルチに活動できればいいなと思うんですけど、その中で、これからもそういうお仕事に出会えればいいなと思いますね。
―― 映画では『アバター』(2011年/和田篤司監督)にもご出演されていて、これは『海峡をつなぐ光』とは違って完全なフィクションの劇映画ですよね。劇映画の現場を体験していかがでしたか?
入矢:もともと映像のお仕事というかお芝居が好きで、高校もそういう専門のところに通っていたので、映像のお仕事をやらせてもらうと、やっぱり「楽しいな」って思いますね。なんて言うんだろ……ほんとに言葉にすると「楽しい」にしかならないんですけど(笑)。初めて映像のお仕事をやらせてもらったときに「私はこれがやりたい」って思いましたね。
―― 今後は、映画や舞台でどんな役に挑戦してみたいですか?
入矢:「タイムカプセル」では、けっこう自分とかけ離れた人間を演じたんですね。すごいお嬢様で、空気が読めなくて、自分のことをかわいいと思っていて突っ走っている女の子で(笑)。私の中では、そういう人ってマンガの登場人物くらいしかイメージがなかったんです(笑)。なので「この人はどういう生活をしているんだろう」って、自分ですごく掘り下げて考えたんですよ。そうやって考えるのが楽しかったので、自分に似た役よりも、かけ離れた役を演じてみたいですね。自分じゃない人になれるのが楽しいと思います。
―― 監督は、入矢さんのこれからの活動にどのような期待をなさっていますか?
乾:麻衣ちゃんは度胸があるんですよね。だから、さっき言っていたように初めて劇映画の現場に入っても楽しめるんだと思うんです。物怖じしないんで、日本でも韓国でも職人さんにかわいがられますしね。だから、日本と韓国の両方で活躍してほしいです。両方で活躍されている方もたくさんいますけど、韓国の女優さんが日本に来て演じたり、日本の女優さんが韓国に行って演じるというのが普通ですよね。それすら越えて「両方の国の女優」になってくれると嬉しいですね。まあ、それには日本語も韓国語も、もうちょっと発音を勉強しないとね(笑)。
入矢:はい、そうですね(笑)。なので、もっと勉強して、日本でも韓国でレギュラー番組が持てたら一番いいなというのはすごい夢ですね。
乾:そうやって、国境とか垣根を取っ払う存在になってほしいなと思います。
―― 最後に『海峡をつなぐ光』をご覧になる方へのメッセージをお願いします。
入矢:映画を観ると「職人さんの技術ってすごい」と感じられると思うんですけど、その裏にある歴史とか、日韓の職人さんたちの気持ちも感じていただいて、千何百年前の馬具や厨子にもそのころの職人さんたちの気持ちが詰まっているので、そこにも注目して観ていただきたいと思いますね。
乾:もう、麻衣ちゃんの言うとおりですね(笑)。職人のすごさの裏側にある長い歴史の中で日韓がつながっているということが、ひとつのテーマなのかなと思いますし、そこは、いま改めて認識する必要がある時代かなと思っています。ましてや、日本がこんなことになろうとは誰も思わなかった状況になってしまった現在だからこそ「また作っていくことができる」ということを観ていただければなと思います。あとは、かわいい麻衣ちゃんを観ていただければ、それがなによりだと思います(笑)。
- ※:2011年4月に東京とソウルで上演された舞台劇。大会出場を目指す高校のダンス部の奮闘を軸に、在日問題をめぐっての部員同士の葛藤や対立も描かれている。入矢さんはダンス部員のひとり・安江役で出演
(2011年4月21日/ブラウニーにて収録)