『ある優しき殺人者の記録』白石晃士監督インタビュー
冬の韓国。連続殺人事件容疑者の男・サンジュンからの電話を受けて、女性ジャーナリスト・ソヨンはカメラマンとともに閉鎖されたマンションの一室を訪れた。「神の声を聴いた」と語るサンジュン。やがて、部屋を訪れた日本人旅行者も加わり、事態は誰も想像できない方向へと向かっていく。その一部始終を、カメラは記録していた……。
次々と衝撃作を送り出す白石晃士監督の最新劇場公開作となるのが日韓合作で製作された『ある優しき殺人者の記録』。86分ワンカットのPOV(主観映像)という映画の常識を超える手法で綴られた密室劇です。恐怖と暴力、そしてエロスに満ちた緊迫の映像は、観客を予測不能のラストへと誘っていきます。
『ノロイ』『オカルト』『シロメ』『カルト』や「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズなど、フェイク・ドキュメンタリーホラーの傑作を生み出してきた白石監督は『ある優しき殺人者の記録』で新たな領域へと踏み込んでいます。観客の“常識”に揺さぶりをかける奇才の作品作りに迫ってみました。
白石晃士(しらいし・こうじ)監督プロフィール
1973年生まれ、福岡県出身。学生時代より自主映画を制作し『暴力人間』(1997年/共同監督:笠井暁大)でひろしま映像展98企画脚本賞・撮影賞、『風は吹くだろう』(1998年/共同監督:近藤太)でぴあフィルムフェスティバル1999準グランプリを受賞。『ウォーターボーイズ』(2001年/矢口史靖監督)のメイキング監督をつとめたのち、ホラー系オリジナルビデオ作品を中心に監督として活躍、2005年『ノロイ』で劇場作品デビュー。以降、ホラーを中心に多くの作品を送り出し、特にフェイク・ドキュメンタリーで注目を集める。劇場公開作に『口裂け女』(2007年)『オカルト』(2008年)『タカダワタル的ゼロ』(2009年)『シロメ』(2010年)『超・悪人』(2011年)『カルト』(2013年)『戦慄怪奇ファイル コワすぎ! 史上最凶の劇場版』(2014年)『殺人ワークショップ』(2014年)など。
「つねにフィクション性が高い内容をPOVの中でやろうとしている」
―― 『ある優しき殺人者の記録』は、日韓合作、86分ワンカットのPOVと、盛り沢山な趣向の作品となっていますが、この作品はどういうきっかけでスタートしたのでしょうか?
白石:きっかけは、名古屋の映画館シネマスコーレなんです。私の映画をすごくたくさん上映してくれている映画館で、去年(2013年)の最初のほうに遊びに行ったときに、支配人から「韓国のプロデューサーで日本の監督にホラーを撮らせたいと言っている人がいるんだけど、白石さんどう?」と言われて「あ、やります」って(笑)。それでその韓国のプロデューサーとつないでいただいて企画がスタートしたという感じですね。
―― 監督はPOVの手法を使った作品をこれまでもたくさん手がけられていますが、今回の『ある優しき殺人者の記録』は、POVを使いつつもこれまでとはちょっと違った作品となっているような印象を受けました。
白石:自分としては特に変わったつもりはないんですね(笑)。むしろ、どのへんでそういう印象を持たれたんでしょうか?
―― フェイク・ドキュメンタリーというよりはむしろ劇映画的であるというか、POVワンカットという手法で劇映画を作るという試みのように感じたんです。
『ある優しき殺人者の記録』より。連続殺人事件の容疑者・サンジュン(ヨン・ジェウク)は廃屋となったマンションの一室にジャーナリストを呼び寄せる……
白石:ああ、なるほど。そういう点で言いますと、私は自分でフェイク・ドキュメンタリーもの、POVものを撮るときに、つねに劇映画として撮っているんです。ドキュメンタリーという設定を認識してはもらいたいんですけどフィクションの映画として撮っているので、その流れの中に今回もあるということですね。私はつねにフィクション性が高い内容をPOVの中でやろうとしているので、それがより感じられる作品になったということなのかなとは思います。
―― 連続殺人事件の犯人とジャーナリストが密室で対峙するという設定はどのように発想されたのでしょうか?
白石:ほぼひとつの部屋だけで進んでいくというのは、過去に『グロテスク』(2009年)という作品がありまして、その設定にちょっと近いんですね。それで、犯罪者に「撮影しろ」と言われて、その凶行に付き合わされるという点では、過去の『超・悪人』(2011年)という作品がそういう内容で、その作品も中盤くらいからはひとつの部屋の中で進む話で、そういう意味で『超・悪人』的な要素も入っていると思います。あと、主人公のキャラクターの設定としては『オカルト』(2008年)という作品がありまして、それも「ある男が神の声を聴いて」という話だったので、そういう過去の作品の要素が入ってああいうふうになったという感じかなと思いますけどね。
―― 拝見していても監督のこれまでのいろいろな作品の要素を感じたのですが、そういう過去の作品の要素はあえてミックスさせていったのでしょうか?
白石:あえてというつもりはなくて、自然とそうなった感じですね(笑)。(脚本を)書く上で、現実に即した上で一番面白い内容にするにはどうすればいいかと考えていったときに、短期間で撮らなければいけないというところからほぼ密室で起こるというのが出てきて、犯罪者に同行して撮らなくてはいけなくなるというのは緊迫感を保つためのもので、全編ワンカットのようにリアルタイムで見せるというのも、緊迫感・緊張感を保つためのものですね。あとは、言ってみれば狂人と思われている人が出てきて、その言動に付き合わされて「その人の言っていることはなんなのか?」ということで引っ張っていくのは、私が好きなんですね。普通の犯罪ものよりもそういう部分があって謎めいた部分があったほうが好きなので、そこも『オカルト』と似ているんですけど、私がいつもやっていることが出たのかなと思いますね。狂人と思われている人が出てくるのが好きなんですよ(笑)。それが実際に狂っているのか、というところもあるんですけど。
―― 今回は舞台が韓国ですが、脚本を書く段階で韓国が舞台であるということを意識された部分はあるのでしょうか?
白石:意識したのは、知らないことに手を出さないということですね。シナリオを書く前に一度シナハン(シナリオハンティング=舞台となる場所を訪れること)に行っていますし、韓国映画は割と好きで観ている作品もあるんですけど、とはいえ私は韓国に詳しいわけではないですから、知らないことが多いんです。だから、一部屋の中で起こることにしたというのは、生活の一環を映さないようにしてリアリティを保つためという理由もすごく大きいんです。知らないことを描かないという枠があるとけっこう描けるものが狭まってくるので、自然と内容が絞られてくるというところがありますね。それはすごく気をつけました。
「乱暴な瞬間をちゃんと作って、その瞬間はちゃんと乱暴に撮る」
―― 今回、初めて監督の作品に参加される韓国の俳優さんたちやスタッフの方たちは、監督のプランについてはすぐに理解された感じでしょうか?
白石:すぐには理解はされなかったと思います。キャストの方はそうでもないと思いますけども、スタッフはこういう作品に携わったことがなかったし、こういう作品をそんなに観てもいないというのもありまして、なかなか理解しづらい内容だというのは言っていましたよね。でも、はっきり言ってこの内容は日本でも理解しづらい内容なんですよね(笑)。紙の上で描いてあることだけだと理解しづらいので、だからそれは当然かなと思って、でも「できあがれば面白いですから」ということでやってもらったんです。
―― こういうタイプの作品をやったことがないスタッフの方たちとお仕事される難しさというのはありませんでしたか?
白石:けっこう「この内容なら劇映画にしたほうがいいんじゃないか?」とか、あと「この内容だったら最初にこういうシーンがあったほうがいい」とか「別にワンカットにしないでもいいんじゃないか?」とか、そういう話はいろいろあったんです。それで「いやいや、いままでカメラがとらえたというPOVで、全編ワンカットのように見えて、しかもああいうラストにたどりつく作品というのはなかったでしょう?」と話して「世界初の映画を撮れるチャンスがあるんですから、世界初の映画を撮りましょうよ」とお願いをした感じですね。あと、ワンカットでやるという話をしたときに『エルミタージュ幻想』(※1)を参考資料として出されたことがあって「いや、ワンカットですけどやろうとしていることは全然違うんで、こういうことじゃないです(笑)」ということは言いましたね。やっぱり、どういうことになるのかというのがなかなか理解できなかったと思います。それから韓国はほとんどの作品で絵コンテを描くらしくて、絵コンテは当然のものとしてあるようなんです。今回の作品は別にPOVだから絵コンテを描かないというわけではなくて、時間があったら要所要所は描いてもよかったんですけど時間がなかったので、やっぱりみんなどういう映像になるかわからなくて苦しんだところはあると思いますね。だから、現場でモニターで映像を見るときは、みんなしてジッと食い入るように見てましたね(笑)。
―― これはどこまでお聞きしていいかわからないのですが、今回86分ワンカットとなっていますが、実際の撮影では……
『ある優しき殺人者の記録』より。サンジュンたちの待つマンションの一室を日本人旅行者の夫婦(葵つかさ、米村亮太朗)が訪れる……
白石:ええ、もちろん違います。
―― 実際は細かく割って撮影しているのをつないでワンカットに見せているわけですね。具体的にはどうやってつなぎ目が目立たないようにつないでいるのでしょうか?
白石:まあ、多くはカメラをこうスウィッシュさせて、パッと早く振って、その途中で切り替えているというだけですね、ごく単純な(笑)。あとはカメラがワッとブレたりした瞬間につないだりとかもしています。それはまあ「コワすぎ!」シリーズとか、過去に自分のやってきたPOVの作品の中で培われたものですね。
―― 割っているにしても、普通の映画に比べると長いカットは多いですよね?
白石:長いカットは長いですね、記憶の中だと、たしか7分以上あるカットはありました。
―― そうすると、リハーサルは入念におこなわれるのでしょうか?
白石:そうですね。ただ、入念にと言ってもそんなに時間かけているとオーバーしちゃうので、時間のあるかぎりは段取りの要所要所を確認してという感じですかね。
―― 先ほども「これまでの作品で培われた」というお話がありましたが、どうカットを割るかという判断は、これまでの経験があるのでそれほど悩まずにできるのでしょうか?
白石:そうですね、つなぎどころという意味ではあまり悩まずに、言ってみれば人物から人物に振るときの間だったら割と違和感なくごまかせるので「こういうところでつなげばいい」というのが基本としてはあるんです。ただ、芝居のテンションがあって、芝居の一連の流れがどこから始まってどこで区切りを迎えるかという、テンションを途切れさせないようにするための「どこからどこまで撮るか」というのは一番悩んだところですね。
―― そういうお芝居のテンションといった部分は、やはり現場で判断されていくわけですか。
白石:基本的には撮影前に一応全部考えてはいるんですけど、あとは現場の感じによって、やれるんだったら「ここは一連でやっちゃいましょう」と割っていたところをつないだところもありますし、逆に、ちょっと難しい動きもあるので「ここは割ったほうがいい」と割ったところもありますね。それは、現場でリハーサルで動きを見て決めていったという感じですね。
―― 今回のように、長時間のワンカットに見せるための一番の秘訣みたいなところはどんなところでしょうか?
白石:まあ、どうつなぐか計画を立てておくということじゃないですかね(笑)。あとは、緻密であると同時に乱暴であるということですかね。たとえば、カメラの動きもゆっくり美しくフゥっとパンしているとつなぎどころがわかっちゃうですよね。要するに画が壊れると言いますかグチャグチャになる瞬間でつなぐものなので、そういう乱暴な瞬間をちゃんと作って、その瞬間はちゃんと乱暴に撮るということが大事ですね。
- ※1:2002年製作のロシア・ドイツ・日本合作映画。アレクサンドル・ソクーロフ監督。ロシアのエルミタージュ美術館を舞台に、幻想的な物語をハイビジョン・カメラによる90分ワンカットで撮影した。
「この映画で誰も“すげえ悪い奴”として描いているつもりはない」
―― 今回、映画に出てくる殺人犯の言動や心理にすごいリアリティを感じました。そういうリアリティは監督の過去の作品にも感じるのですが、監督はそういうリアリティを生み出すための取材などはされているのでしょうか?
白石:取材は特にしていないですね。ただ、根本さん(※2)に代表されるような方の本を好きこのんで読んだりとか(笑)、現実にそういうおかしいと言われる人がその辺を歩いていると見たりというのはありますよね。あとは、劇中で考えるときは、その人の身になって考えるというか「この人はおかしな人だ、狂人だ」って判断するのは本人じゃなくてほかの人なので「その人が純粋に神の言葉を受け取るのだとしたら、どういうふうに受け取るんだろう?」というのをその人の立場になって考えて、その人にとって説得力のあるものを考えているということですね。だから、外から見ているんじゃなくてちゃんとその人の目線に立つという、自分が狂人になるみたいなことですけど(笑)。
―― 作品を観ていても「この人の言っていることややっていることはおかしいけども、ロジックはすごく通ってるな」と感じるんですよね。それは監督がその当事者の立場になって考えているからかなというのは、いまお話を聞いて思いました。
白石:そうですね、だから、端から見て「おかしい」と思っていることが、その人にとってどういう意味があるのかということは、たぶんその人の立場になればわかることだと思うので、それを徐々に解き明かしていくということをやっている感じですよね。犯罪者がなぜその犯罪を犯したのかということも、単なる事実だけではなくて、その人の立場に立って感情の流れを汲み取った上なら「どういうことだったのか」っていうのは理解できるはずなんで、そういうことをちゃんとお客さんに感じさせたいというのはありますね。
―― リアリティというところで言うと、今回の作品であれば連続殺人事件のあらましだったり、過去の作品であれば怖い出来事や不思議な出来事にもリアリティがあって、それはネットで見かけるような実話体験談に通じるリアリティがあると思うんです。監督はそういうネットの噂話などにご興味は?
白石:インターネットではほとんど見ないんですけど、私は「実話ナックルズ」(※3)がすごい好きで毎号買っているので「実話ナックルズ」的なニュアンスで犯罪と不思議な出来事というのを見ているというのはありますね。その影響はすごいあると思います。あとはニュースですよね。ニュースで犯罪が報道されるときの映像のニュアンスと言いますか、そこから感じるちょっと怖い感じであったり、そのときに感じるリアリティはどこから感じているかとかね、そういうところというのは、自分の中に蓄積されていて、作るときに出ているとは思います。
―― 映画のラストはひじょうに衝撃的な展開になっていますが、現実味の高いところからすごいジャンプをしてとんでもないところに着地するみたいな、ああいう感覚というのはどのようにして生まれてくるのでしょう?
白石:まあ、単純に「そうだったら面白いよな」というすごくロマンティックな考え方だとは思うんですけど、出会った恋人とか結婚した奥さんが、実はなにか運命的なストーリー、たとえば前世の話とかがあってくっついていたのだとしたら、すごい面白いじゃないですか。そういうものの一環かなというふうには思うんです。今回の映画の終わり方に関しては、私のものすごく好きな映画で『ジュマンジ』(1995年・米/ジョー・ジョンストン監督)という映画があって、韓国のスタッフがこの映画でやろうとしていることがよくわからないと言うから、みんなに『ジュマンジ』を見せたんですけど(笑)、その『ジュマンジ』の終わり方がものすごく好きなので、そういう面白さをやりたいと思ってやった感じですかね。ラストへの集約の仕方は『ジュマンジ』を意識したところは相当あると思います。
―― いま「ロマンティックな考え方」というお話がありましたけど『ある優しき殺人者の記録』は、タイトルやポスター、予告などではそう見えないと思いますが、実はかなりロマンティックな映画でもあるなと思いました。
白石:実は、印刷されてみんなに配られた脚本の冒頭には「それぞれが違う価値観による純粋さを持って生きている人間が一堂に会して衝突して、それでその先にあるものを見せる」と書いていたんですけど、そういうものをやりたかったというのがあるんですよね。それは人殺しのサンジュンにしろ、これまでいろんな犯罪を犯してきたであろう日本人夫婦にしろ、世間一般の倫理からは外れたところにあるわけなんですけども、それを世間一般の倫理感で見るのではなくて、彼らの純粋さを見て、その純粋さを描くというところが一番の主眼だったので、そういう意味ではたしかにロマンティックなところはあると思います。私はこの映画で誰も「すげえ悪い奴」として描いているつもりはないので。
―― これも監督の過去の作品と共通するところなのですけど『ある優しき殺人者の記録』を観ると世の中の見え方が違ってくる感覚があるんですね。たとえば新聞の殺人事件の記事を見ても、この映画を観る前と観たあとではその感じ方が違ってくる。そういう観客の「世界の見方」を変える感覚というのは、監督は意図されているのでしょうか?
白石:そうですね、基本的には観ている人の価値観を揺さぶるというか、観ている人の価値観に挑むというか、そういうものを作りたいと思っているので、簡単に言えば「世間一般ではこういう見方」みたいな固定観念にあるものを「いや、違うんじゃないですか?」というような映画をつねに作りたいというふうには思っているんです。私は犯罪者の立場に立って映画を作ることが多いんですけど、要するに観たあとで「その犯罪者が自分と遠い存在ではないんだ、自分が犯罪者になることもあるんだ」という想像力を持っていてほしいということですよね。そういう観点がないとむしろ危険だと思うので、そういう想像力を持っていてほしい。映画はお客さんに想像力の幅を広げさせる機能があると思うので、ぜひ、脳に新鮮な刺激を与えて、いままでなかった想像の余地というのを脳の中に広げてもらえたら一番嬉しいですよね。
- ※2:特殊漫画家・根本敬氏。世の中からはみ出たような人々の行動を描いた作品を数多く発表する。「電波系」という言葉の発案者でもある。
- ※3:ミリオン出版刊行の月刊誌。犯罪事件や芸能スキャンダル、オカルトなど幅広いジャンルを独自の視点で扱う。
(2014年8月26日/ティ・ジョイにて収録)
ある優しき殺人者の記録
- 監督・脚本・撮影:白石晃士
- 出演:ヨン・ジェウク キム・コッビ 葵つかさ 米村亮太朗 ほか
2014年9月6日(土)より 新宿バルト9ほかロードショー