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『クレヴァニ、愛のトンネル』今関あきよし監督インタビュー

インタビュー写真 高校の新任教師だった若き日に、孤独な女生徒・柏木一葉(かしわぎ・ひとは)との禁断の恋に落ちた松田圭。それから20年が過ぎ、圭はかつて一葉の姿を収めた8ミリカメラを手に、願いが叶うという伝説のあるウクライナ・クレヴァニの“愛のトンネル”への旅に出る。失った恋人の思い出を抱いて……。
 自主映画時代から一貫して少女の青春期を描き続けてきた今関あきよし監督久々の完全新作となる『クレヴァニ、愛のトンネル』は、ウクライナのクレヴァニ村に実在しその美しい風景が世界で話題になった“愛のトンネル”を舞台とした恋愛ファンタジー。女優としての活躍目覚ましい未来穂香さんをヒロイン・一葉役に迎え、世界初となる“愛のトンネル”内でのロケ撮影を敢行し、切なく美しい恋愛を描き出しました。
 少女や8ミリフィルムというかつての今関作品を思わせるモチーフの盛り込まれた『クレヴァニ、愛のトンネル』は、同時に、年齢を重ねた男性の内面に焦点を当てた、これまでにない今関作品ともなっています。
 新たな今関映画の幕開けとも言える新作『クレヴァニ、愛のトンネル』は、いかにして生まれたのでしょうか?

今関あきよし(いまぜき・あきよし)監督プロフィール

1959年生まれ、東京都出身。学生時代から8ミリの自主映画を制作し、1979年に『ORANGING'79』でぴあフィルムフェスティバルの前身であるOFF THEATER FILM FESTIVAL '79に入選。1983年に『アイコ十六歳』で商業作品監督デビュー。以降、劇場用映画のほかテレビドラマやオリジナルビデオ作品、ドキュメンタリーで若手女優や女性アイドルを起用した作品を数多く手がける。2003年には原発事故を題材にした『カリーナの林檎 ~チェルノブイリの森~』をベラルーシで撮影、追加撮影を加え2011年に劇場公開を果たした。2012年には『カリーナの林檎』の続編的アートアニメ『SACRIFICE ~水の中のカリーナ~』で初のアニメ演出を手がける。また、自主映画時代より自作のみならずほかの監督の作品で撮影を担当することも多く、商業作品でも『マヌケ先生』(2001年/大林宣彦総監督・内藤忠治監督)などで撮影を担当。
そのほかの劇場公開監督作に『グリーン・レクイエム』(1988年)『十六歳のマリンブルー』(1990年)『ツルモク独身寮』(1991年)『すももももも』(1995年)『タイム・リープ』『ルーズ・ソックス』(1997年)『モーニング刑事。抱いてHOLD ON ME!』(1998年)『十七歳』(2002年)など。

「周りがぼくの映画にファンタジー系のものを望んでいる部分があって、それは応えよう」

―― 今回、実在する「愛のトンネル」を題材に映画を作るきっかけはなんだったのでしょうか?

今関:ほんとに偶然なんですよ。映画の撮影の2年くらい前かな(※撮影は2013年)、ウクライナのクレヴァニというところにこういうきれいなトンネルがあるというのがインターネットで話題になっていて、それを見て「わあ、すごいなあ」と思ったのはずっと頭の隅にあって、でもそれをすぐ映画にしようとは思ってなかったんです。それで、ぼくはこの前に『カリーナの林檎 ~チェルノブイリの森~』(2011年)という原発ものの映画を撮っていて福島に何度も行くことがあって、福島に桃内駅という廃墟になってしまった駅があるんですよ。浪江町の手前の駅で、町を見下ろせる高台にあって、廃墟になっているので夏は線路に緑の草木がいっぱい生えててホームにも生えてて、そのヴィジュアルがすごくてね。最初はその桃内駅でドラマを作れたらなと思って、もう「緑だらけの線路を男の人が動かない女性をおんぶして歩いている」というイメージはあったんです。ただ、まだあの事故の傷は癒えてないので、いま日本であそこを撮って表現としてやるのは直接的だなというのはあって、そこから「そういえばあそこも線路だな」ってクレヴァニのトンネルとリンクしはじめるんです。あれはただ緑のトンネルじゃなくて線路があるから面白いんですよ。それで桃内の駅とダブるところもあって「失われたものを取り戻す。取り戻すことがいいのか悪いのか」というのが漠然としたテーマであってね。たまたまうちの姉がぼくより早く死んで、もう3年経つのかな。やっぱりショックで、乳がんから転移して壮絶に苦しんで死んで、いまだにキツい印象でね。それで、あのトンネルは願い事が叶う場所だというから姉貴ともう1回会えるんだったらと思って、シナハン(シナリオハンティング)のときに姉貴の写真を持って行ったんだけど、まあ出てこなかったね(笑)。

―― あのトンネルのことをネットで知っても、現地まで行くというのはなかなかハードルが高いと思うのですが、監督が実際にトンネルを訪ねてみようと踏み切った原動力というのはなんだったのでしょうか?

今関:なんだろうね……。でもね、ぼくは『カリーナの林檎』をベラルーシというウクライナの隣の国で撮っているので、たぶん一般の日本人よりはこっちの地方に関しては近い意識を持っているんですよ。普通の人はウクライナと言ったら「ええっ」と思うんだろうけど、そんなに遠い意識はなくて、気軽ではないけど行けなくはないと。観光地じゃないからツアーがあるわけじゃないけど、伝手をたどってウクライナにいる日本人の人に実際行くことができるのか調べてもらって、彼も行ったことがないんだけど「じゃあ一緒に行ってみよう」ということで行く決意をしたというか。ひとりだったら行けなかったでしょうね。

―― 実際にウクライナに行かれたときは、もう「そこで映画を作ろう」というというお気持ちはあったのでしょうか?

『クレヴァニ、愛のトンネル』スチール

『クレヴァニ、愛のトンネル』より。8ミリカメラを手にクレヴァニ村のトンネルの中に佇むヒロイン・一葉

今関:ありましたよ。行くからには撮ろうと。これ(完成した映画)に近い漠然としたストーリーはあって、でもそのときは短編でいいと思っていたの。これは85分なんだけど、最初はこのトンネル内だけの30分くらいのポエムのようなファンタジーを仲間内で1週間ウクライナに行って撮っちゃおうかなくらいのものだったんだけど、いざ日本に帰ってきて、今回プロデューサーで付いてくれた人に「こういう映画を撮ろうと思っている」と話したら、面白そうだからお金を出してくれるということで話が動いて、本格的な1本の映画として成立しはじめたんです。

―― そのプロデューサーというのは関顕嗣さんですね。

今関:そうです。ぼくは彼が高校生で詰め襟を着てる高校生のころから知っててね。彼と、いまプロデューサーや監督をやっている神田裕司くんが2年連続でぴあフィルムフェスティバルで入選したときに、ぼくはぴあのスタッフで映写技師とかもやっていたんです。彼らのは面白いなと思っていたら案の定、入選して(笑)。

―― ウクライナで撮影をするというのは、今回のような大きい規模ではない映画としてはかなり珍しいと思うのですが、それを実行したというのは、やはり監督がウクライナに近い意識を持っているという部分なのでしょう?

今関:そう、ほかの監督よりはそんなにハードル高くない。それに、いまは日本で撮るほうが大変なんですよ。日本は面倒くさいんです、いろいろ許可がいるとか。これも許可は取っていますけど、ウクライナのほうが制約少ないからほんとに伸び伸び撮れる(笑)。これは列車も出てくるけど、あれも運転手ふたり付けて借りて1時間5000円くらいだからね。あの列車は1日に何回か木材運ぶだけだから暇なんだよね(笑)。それでトランシーバーで「はい、じゃあスタートしてください」「すいません、もう1回やるので戻ってください」とかやってて。俺たちが帰るときもトンネルの外に出るの大変だから、またトランシーバーで「すいません、戻ってきて私たち積んでください」って(笑)。だから、この映画は予算的には低予算だけど、そういうお金を考えると予算以上のことをやってますよね。もし、このトンネルを日本でセットで作ろうとしたら、簡単に作ってもそれだけで3000万円くらいかかるんですよ。これは生きるロケセットなんですよね。そう考えると、リスキーな部分もあるけど行ったほうが得だったというのはありますね。

―― 本格的な映画として企画がスタートした段階では、ストーリーはどの程度固まっていたのでしょうか?

今関:けっこうできてました。8、9割はできていて、そこからすごく変わったことはそんなにないです。ただ、今回はけっこう関くんの意見が強くて、俺は最初はもうちょっと汚れたっていうか、同棲してる若いカップルが倦怠期になっていて、そのふたりがもう一度愛を取り戻すみたいなストーリーを考えていたんだけど、関くんが「今関さんが撮るならやっぱり女子高生でしょう」みたいにもっとピュアな意見を出してきて、それでけっこう原点回帰で、8ミリとか女子高生の設定とか全部出しちゃおうと。あと「ロミオとジュリエット」じゃないけど、お互いに好きなんだけどくっつけない関係があったほうがいいんじゃないかとか、ドラマ的な要素はけっこう関くんのアイディアだったりするね。やっぱり、周りがぼくの映画に対しての期待感というか、ファンタジー系のものを望んでいる部分がすごくあって、それは応えようというところはあったんです。

―― 今回は女子高生がヒロインでありつつ男性の主人公の内面に焦点の当たった作品になっていて、これは監督のこれまでの作品ではあまりなかったタイプの作品ですね。

今関:そうですね、これまでの作品ではゼロですね、きっと。でもね、結果的にそう見えるけど、正直あまり男の内面を描くことに興味はないんです。シナリオ的にそのほうがいいというのと、やっぱり女の子がかわいく見えたり切なく見えたり、これはこの子(ヒロインの一葉)のがんばりの映画なんでね、彼女を引き立てるためにも必要なんだよね。でも、やっぱり男を描いてるように見えるよね。試写を観た知り合いにも「これは今関さんそのものじゃないの?」って言われて、俺はもっと歳とっているけど(笑)。まあ、男って女の子より女々しいんだよね。でも「その女々しさがいいんじゃないんですか?」っていうところですよね。最初にトンネルに行ったとき姉に会えたらいいと思ってたって話をしたけど、ほんとは死んでた人はちゃんと死んでたほうがいいんです。それは覚悟を決めなきゃなんないんだと思うんだけど、だけど女々しいから「会いたい」と思う気持ちって絶対あると思う。まあ、女々しさとの葛藤劇ですよね。

「トンネルの中でおにぎりを食べているところがあるけど、ぼくが一番感情移入したのはそこ」

―― ヒロインの一葉を演じた未来穂香さんは、プロデューサーの関さんからの推薦だったということですね。

今関:そうです。「とても光っている子がいる」というので、ぼくは最初知らなくて、当時、深夜ドラマに出てるというので観てみたんです。ネットで画像を検索したらかわいいしね。検索して出てきた写真の中に、白黒っぽい写真でフッと空を見上げてるような写真があって、それがすごくよくて「この子はいいな」と思って、会う前に決めました。

―― 一葉役に未来さんが決まったことが、一葉のキャラクター像に影響した部分というのはありますか?

今関:大きくはないけど、森の中で彼女が誕生してくるというか蘇ってくるところで、音楽が盛り上がって光の中で彼女が踊るようなけっこう長いシーンがあるじゃないですか。あそこは「未来穂香だったらできるな」と思って変わったところですね。あそこはサラッと誕生しちゃってもいいんだけど、あそこを曲1曲分押したっていうのは未来くんだからというのはあるね。彼女は本格的にバレエもやっているので、それも活かせるなと思って。現場ではCDでエンヤなんかをかけてね、それに合わせて「踊って」って言ってカメラを回して。実は、最初に手本で自分で全部踊ったんですよ(笑)。それを未来くんに見せて「こんな感じで」って。自分でやってるから恥ずかしいんだけどね(笑)。

―― 監督はこれまでいろいろな若手女優さんとお仕事をされてきましたが、その監督の目から見て女優としての未来穂香さんはどんな印象でしょうか?

今関:なんだろう……かわいいし、普通の高校生なんだろうけど、別にぼくとの年齢差の問題じゃなくて、独特のバリアがある気はするかな。カッコつけてるとかかわい子ぶってるわけじゃなくて、なんか入れない部分は感じる。それはいまもそう。一緒にベトナムの映画祭に行ったりして(※2014年11月に第3回ハノイ国際映画祭に参加)、くだらない話とかなんでもできるんだけど、すごく柔らかいシャボン玉のようなバリアを感じるね。女優として云々というよりは、女性として独特のバリアがある気がしますね。

―― 現場での未来さんはいかがでしたか?

『クレヴァニ、愛のトンネル』スチール

『クレヴァニ、愛のトンネル』より。インタビューで触れられている、圭が持つ一葉の思い出の写真

今関:すごくしっかりしてましたね。映画と同じですよ、男は女々しくて女の子が一番しっかりしてる(笑)。それから、気を張っていたんでしょうね。歳も一番若いし、映画でヒロインだし、海外でのロケだし、実は時間的にちゃんとしたリハーサルもやっていないので、けっこう行き当たりばったりで「よーいドン!」で撮るから。彼女はウクライナに来て最初が蘇るシーンだったんですよ。ウクライナに来て、首都のキエフから何時間かかけてトンネルのところに来て、それで突然血みどろにされて線路に横たわらせられてさ、俺が逆の立場だったらどうしようかと思うよね(笑)。でも、逆に蘇るシーンだからできたのかもしれない。普通のシーンからだとやりづらかったかもしれないけど、蘇る過程をひと通り撮って、それからおにぎりを食べるシーンとかに移行したから。だからかえって良かったのかもしれないけど、気を張っていたのはあると思う。初日はすごい疲れたと思うよ、きっと。

―― ちょうどおにぎりの話が出ましたが、映画の中ではおにぎりやラーメンや、圭と一葉が一緒にものを食べるシーンが多く出てきますね。

今関:そうだね、食べるというのが一番生きている感じがするんですよね。あと、ぼくは女の子がものを食べている姿が一番好きで、女の子はおいしいもの食べると表情が一番いいんだよね。男でもそうだけど、一番いい表情を出させるのは食べ物なんだよね。で、スイーツとかじゃなくてラーメンとかおにぎりというのが身近で下世話なのがいいなって思ったし。トンネルの中でふたり(圭と一葉)が延々とおにぎりを食べているところがあるけど、撮影中でぼくが一番感情移入したのはそこで、けっこう泣けた。やっぱり、目の前に現れた人が幻なのかと思っていたのが、一緒におにぎりを食べることで「そこにいるんだ」っていうことが実感できるシーンで、あそこでやっぱり姉貴ともダブるね。だからスタッフとかキャストはびっくりしたんじゃないかな。泣くシーンじゃないから「なんでこんなところで監督泣いてるんだ?」って(笑)。やたら何回も撮ったから、みんなおかしいと思ったんじゃない?(笑) かわいそうに、未来くんはテストも本番も本気で食べるから、お腹いっぱいになっちゃったと思う(笑)。やっぱり、好きな場面でもありますね。

―― この映画では、一葉と圭の関係はあくまで純愛として描かれていますよね。恋愛の関係がピュアである分、食事の場面がある種の象徴的なシーンになっているのかなとも思ったのですが?

今関:まあ、お互いにわかりあうというか、交流する部分と言えばそうですよね。ちょっとエロティックでもあるかもしれないけど、それも台本上でよくテーマになっていたところなんです。「このふたりの関係はどこまでなのか」みたいな話はあって、それで「そういう匂いは消しましょう」ということで、そういうニュアンスのあるものは全部消したんだよね。彼女は夜中に先生のところに駆け込んできても抱き合わないし、キスしないし、抱き寄せようとしてもサラリとすり抜けるという、そういうのは全部そっちの方向にしているんです。

―― 未来穂香さんに関することでもうひとつ、圭の持っている一葉の思い出の写真はすごくいい表情の写真だと思ったのですが、あれは監督の選んだ写真ですか?

今関:ぼくです。映画の最後に出てくる写真も含めて好きな写真ですね。もっとかわいい写真はあるんですよ、アイドルショットというかニコッとしたやつとか。でも、なんか中途半端というかフッと振り向いた瞬間とかがいいなと思ってね。最後に出てくる写真も普通ならニッコリ笑った写真なんだけど、彼女が目をつぶっちゃってるのを使ってるんだよね。助監督は、俺が言うのを忘れてたからちゃんと目を開いててかわいい写真を用意してたのよ。それで「いやいや、これじゃない」と言って、小物撮りの日に急いでビックカメラに行って目をつぶってる写真を現像してきて使ったのを覚えてる。写真を撮ったのはほんとに初日なんですよ。衣裳合わせをして、そのあとに「映画の中で写真を使うから」と言って、制作会社の外のお庭みたいなところで、俺がフィルムの一眼レフで撮って、映画のカメラマンがデジタルで撮って。ふたりで写真大会のように「じゃあ向こう見て、こっち見て」みたいに言ってバシバシ撮って。それで、俺がフィルムで撮ったやつを使っているんだけど、やっぱりいいよね、ネガフィルムは。

「ずっと曇ってても、未来穂香くんが出てくるところから晴れるんです。素晴らしいですよね」

―― カメラマンのお話が出たところで映像面についておうかがいしたいのですが、今回は撮影を藍河兼一さんが担当されていますね。藍河さんも関プロデューサーの推薦ですか?

今関:いや、藍河氏はね、藍河氏が撮影した『TOKYOてやんでぃ』(2013年)という神田裕司くんが初めて監督した映画を観て、久しぶりに面白いカメラだなと思って、あんまり日本映画でそう思うことはなかったんですけど「デジタルでもこういうふうに撮ればいけるんだ」と思ったんです。デジタルだけどフィルムっぽくしようとがんばるんじゃなくて、かと言ってポップ過ぎず「面白いなあ」と思って、まだこれが本格的な映画になる前に藍河氏に会ったんです。実は住んでるのがうちの近くだったんで近くのファミレスで会って、そしたらぼくが『テッド』(2012年・米/セス・マクファーレン監督)のTシャツを着ていて、藍河氏が『シャイニング』(1980年・英/スタンリー・キューブリック監督)だったかな? ふたりして映画Tシャツでね、それを見た途端に「なるほどね」って感じで(笑)。それでファミレスで映画談義をしつつ「短編で金ないけどやってくれない?」「いいですよ」という話をしたのを覚えてる。やっぱり、藍河氏独特のカメラワークとかレンズの使い方とか、あんまり映画的にこだわりすぎずにやろうという話をして、望遠レンズをいっぱい使おうと言って、こんなでかい望遠レンズを2本だけレンタルで借りてウクライナに持っていって。機材で借りたのは、ほとんどそれが唯一かな。

―― 今回使用したカメラは?

今関:カメラは、キヤノンのEOS 5D(※デジタル一眼レフカメラ)。藍河氏は5Dのすごい使い手なので、もうけっこう前のカメラだけど5Dで行こうって。あと、ハイスピードが撮れるのがあるんですよ(※EOS 7Dと思われる)。それもちょっと使ってる。ふたりが車の中でおにぎり食べるところとか、踊っているところのハイスピードはそれを使って撮ってます。

―― デジタル一眼を使うというのはまさにここ数年の映画の作り方ですけど、同時に近年では珍しい8ミリフィルムの映像も劇中に使われていますね。

今関:そう、実際に8ミリフィルムを使って撮ったのをいっぱい使っていて、あれは唯一冒険で、現像してみて映ってなかったらアウトだからね。ウクライナに行ってせっかく撮ったのに映ってなかったらどうしようと考えるとハラハラでしたよ。だから藍河氏は同じカットをデジタルでも押さえといたほうがいいんじゃないかと言っていたんだけど、同じカットをもう1回やるとテンションが下がるからね。最初は2、3カットそれをやったんだけどすごくつまらなくて、だから「もういいよ」って言ってやめにして「映ってなきゃこの映画はなかったことにしよう」って(笑)。だって、昔は映画はみんなそうだったんだから。そういう潔さもないとダメなんじゃないのって(笑)。でもまあ、8ミリのカメラのテストは東京でやっていて、どの条件でどのくらいどうなるとか、緑の中で撮ったらどうなるかとか、感度とかもテストしてたから、フィルムが回ってなかったとかそういうことがない限りは大丈夫だろうとは思ってた。ただ、8ミリって終わりがはっきりしないので、夢中になって撮っていて「あれ、終わってる。いつ終わったんだっけ、どこから撮り直せばいいんだ」っていう、むしろその不安感だよね。一応チェックして「まだこれくらい撮れる」ってやるんだけど、夢中になっててフッと気づくと「あっ!」っていうのはある(笑)。

―― 8ミリのカメラは監督ご自身で撮影されたのですか?

今関:未来くんを撮っているのは俺。男は藍河氏が撮ったところもあるし、前半の河原で彼女がカメラを持って男の子を撮っているカットとかは実際に未来くんが撮ってます。

―― 実際に出演者が8ミリカメラを回すというのは、監督がかつて8ミリ時代によくやられていたことですね。

今関:そうだね(笑)。あれは現場を見ていたら面白いと思うよ。俺が未来くんを撮っていて、うしろに彼(若き日の圭役の水野勝さん)がいて声で芝居をさせて「このカメラが彼だからね」と言って芝居をさせていて、未来くんが手を出してカメラを渡した途端に俺は映らないように離れちゃうからね(笑)。そのまま俺が撮ればいいんだけど、そこは未来くんに撮らせて、ちゃんと映っていたからたいしたものですよ。

―― 撮影に使ったカメラは監督が自主映画時代に使っていたものですか?

『クレヴァニ、愛のトンネル』スチール

『クレヴァニ、愛のトンネル』より。愛のトンネルの中で一葉に8ミリカメラを向ける圭

今関:いや、あれはね、関くんのお父さんの遺品なんです。今回、ZC1000(※自主映画撮影によく使われた高級8ミリカメラ)とかいろいろなカメラを試したんだけど、いまはフィルムが特殊なんですよ。もともと8ミリ用じゃないフィルムを切り出して作っているらしくてフィルムが厚くて、だからカメラによってはフィルムを巻くトルクが足らないんです。ZC1000ってけっこうトルク弱いんですよ。だから最初の数秒は撮れるけど、そのうちスッと止まっちゃう。で、フィルムを叩いてやると回るんだけどまた止まっちゃって、ワンカット5、6秒しか撮れない。それで、サウンド用のカメラって比較的トルクが強いんですよ。今回使ったのもたぶんサウンドに対応してるので。でもね、カメラ本体は見た目はちっちゃいけど、すごい重いんです。鉄の固まりみたいに重くて、久しぶりに持ってビックリしました(笑)。

―― 映像面ではやはりクレヴァニのトンネル内での場面が印象に残りますが、あれは完全に自然光で撮影されているのですか?

今関:そうです。やっぱりあれが撮れないと行った甲斐がないから、もう神に祈ったよ(笑)。「曇ったらどうしよう、雨が降ったらどうしよう」って、胃が痛かったね。パンフレットにも書いたけど、毎日寝れないよ。すごく意地悪な天気で、真夜中ザアザア降ってるの。それが音で聞こえるからさ、いや、キツかったね。もうツアーみたいに日程を組んでいるから帰る日は決まっちゃっているし。でも、やっぱり神様はいるね。最初に小山田(将=現在の圭役)さんだけが来て、彼のシーンは部屋の中も含めていっぱいあるから先に2日間くらい撮ってたんですよ。そのときはずっと曇ってて、小山田さんひとりのシーンは実際ほとんどピーカンはないんです。でも、未来くんが出てくるところから晴れるんですよね。素晴らしいですね、信じがたい。もう、あの画が撮りたくて行ったようなものだからね。あんまり自分で言うのもなんだけど、きれいだよねえ(笑)。「なんなのここ?」っていうくらいきれいだよ。

―― それから、映画全体を通して「誰かが見ている」というカットが印象に残りました。冒頭の河原のシーンで圭と一葉を同級生がジッと見ていたり、後半の一葉が圭の部屋に来るシーンでも近所の人が見ていたり。

今関:ありますね。教室でふたりが話しているときも同級生がいたりとか、第三者の目というのはチョコチョコ出てくるね。台本上でも編集でも何回か切ろうかなと思ったけどやっぱり切れなくて、まあ、特に意図はしていなかったです。

―― 圭と一葉がカメラで撮りあうのもお互いを「見ている」わけでもあるし、第三者の目があることで「視線」というのが強調されている気がしました。

今関:なるほどね。そういう意味では、企画の段階から「トンネルもふたりを見ている」というのは意識して撮ろうかと藍河氏と話はしていて、壮大に意識をしていたわけではないけれど、望遠でも手持ちのカットを入れたりしてるんですよ。でも、ヴィジュアルはシナハンに行った時点でもうほとんどできていたんですよ。だから現場ではあまり迷わない。もうひたすら走るように撮ってたよ。望遠で撮ってるとすごい遠くへ行かなくちゃいけないから、藍河氏と俺は1日中走ってるんですよ。助監督はあとから追いついてくる(笑)。すごく遠くから撮って「はい、切り返し」となると、今度は反対側まで走っていかなきゃならないからすごく大変で、ハアハア言いながら切り返していたから(笑)。それで、たまに観光客が来るんですよ。そうすると人が映っちゃうからトランシーバーで「いま撮るから人どかして」って。だから制作部が大変でしたよ(笑)。ウクライナ人の観光客だと日本語で言ってもわからないから、ドライバーがウクライナ人なのでドライバーに言ってもらって、観光客が怒ることもあるし、ドライバーさんがかわいそう(笑)。まあ、どんな映画も現場は喜劇だからね。現場はバタバタ撮ってたけど、でも楽しかったですよ。食べ物屋も近くにないしトイレもないから、食べ物はトンネルの中間点にちょっと空き地があるからテントを張って制作部がスーパーで買ってきたパンをお惣菜を付けて食べたり、トイレ休憩を作ったり、アウトドア感覚でやっていましたね。

「この映画では“いつかやりたい”と思っていたことをいろいろやってますね」

―― 今回は現場はどのくらいの数のスタッフで撮影されたのでしょうか?

今関:少ないですね。ウクライナ系が5人に日本人が5人で計10人くらいとか、それくらいじゃないですかね。

―― それは監督がいままでやってきた映画と比べるとかなり小さいほうですよね。

今関:そうだね、映画の中では小さいですけど、でも、もともと8ミリをやっていた人にとってはフットワークとしては撮りやすい。ぼくにとっては大所帯のほうがいちいち面倒くさい面も多かったんですよ(笑)。だから、いいか悪いかは別として、この映画にはあっていたと思う。本来の大所帯のスタイルも映画によっては必要だと思うけど。

―― そのフットワークの軽さというのは、機材がデジタルだということも大きいですか。

今関:絶対そうですね。ウクライナロケで同じ規模のものをフィルムでやろうとしたら大変ですよ。もちろん予算もこんなんじゃできないですし、空港での機材持ち込みのときも大変なんですよ。16でもサンゴー(35ミリ)でも、フィルムの機材だと三脚1個でも全部書き出さなきゃならないんですよ。持ち込むのにお金を取られたりもするし、そういう意味では今回みたいなのは観光レベルでヒュッと行けちゃうから楽だよね。

―― 今回は作品中にアニメが挿入されたりもしますが、それもデジタルだからできたというところはあるのでしょうか?

今関:それも絶対あるね。フィルムであれを合成したりするのは大騒ぎだし、お金もかかるし手間もかかるし。日本映画はタイトルとかテロップとか味気ないのが多かったので、ちゃんとデザインされたタイトルだったりテロップやクレジットがやりたいなというのもあったんですよね。洋画と邦画はいろいろな差があるけど、向こうは映画ごとにオリジナルのロゴを作るし、そこまでいかないまでも文字にもうちょと味があったらいいなあと。それから映画のラストに回想のようにダイジェストが入るのもよくあるけど、それを実写でやるんじゃなくてイラスト化したほうがもう一度映画を復唱するにもファンタジックかなと。今回クレジットタイトルアートをやってくれた水野(歌)さんとは、前の『カリーナの林檎』のあとに小さなアニメーション(『SACRIFICE ~水の中のカリーナ~』2012年)をやったんだけど、彼女とはfacebookでのつながりなんですよ。

―― そうすると、機材の面でも人とのネットワークの面でも、現在だからこういう映画の作り方ができたというところがありますね。

今関:まさにそう。デジタルカメラと、そういうネット環境の中で出会った人とのつながりとかが大きいと思いますね、圧倒的に。

―― そういう映画の作り方というのは実際にやってみていかがでしたか?

今関あきよし監督インタビュー写真

今関:まあ、便利な時代だなと(笑)。やりたいことが明快にわかっている人にとってはほんとにいいと思いますよ。うだうだ悩んでいる人にとってはアレかもしれないけど、明快に「よし!」と思ったら、重い腰を上げなくてもいいんですよね。極端な話、明日撮ろうと思ったら撮れない時代じゃないから。ウクライナなんかはビザいらないから「ごめん藍河、明日空いてる? 追撮したいからちょっとウクライナ行くんだけど来ない?」と聞いて「いいですよ」って言ってくれたら行けるんだよ(笑)。そういう時代だもん。これはすごいよね。

―― その、現在の技術に支えられたフットワークの軽さというのは、一方でかつて監督がやってこられたような自主映画のスタンスにも近くなっているのではないでしょうか?

今関:近いでしょうね。大人の自主映画だからね。あのころの自主映画って逆に「もっと映画っぽくしたい」とか、ちょっと気構えていたところがあるけど、ここまでやって来たから、いい意味で開き直れるんだろうって気がしますよね。だから、人がどう思うかってあまり気にしないでこの映画も撮っているし、この映画のシナリオ作りもすごいよ。普通はあらすじとかいろいろ書くんだけど違うから。脚本家(いしかわ彰氏)がここにいて、あらすじは俺の頭のなかで大体できていたんだけど、イメージだけ言うんです。もう、占い師のように目をつぶって「うーん、線路の上に左手が血だらけの子が立っているな……それだけが見える……どうする?」って感じで(笑)。そうすると脚本家が「じゃあ、ちょっとその理由を考えます」と言って「うーん……車の事故っていいんじゃないですか?」「ああそうか、それもいいかもしれない」って、理由付けはシナリオのほうがやる。ヴィジュアルのポツンポツンとしたものはいっぱい出てくるわけですよ。男女が教室の前とうしろで黒板で会話をするとか、あれは実際ぼくが中学時代にやっていたことで、いつか映画でやりたいなと思っていて(笑)。この映画では「いつかやりたい」と思っていたことをいろいろやってますね。それはいまだから恥ずかしくなくできるんじゃないんですか。若いデビューのころは避けていた部分がある。『アイコ十六歳』(1983年)も、桂千穂さんと内藤(誠)さんが書いた最初のシナリオは8ミリ映画少年の話だったんですよ。「今関が撮るんだから8ミリの話がいいんじゃないの?」って。それはそれでいいけど、あまりにもベタで恥ずかしくて「原作にもっと沿いましょうよ」って(笑)。でも、いまだから8ミリもいいだろうし、女子高生というか若い子を好きになって恋愛しちゃうっていうのもありだろうと。中年のオッサンがね、ああやって緑のトンネルで女の子に慰めてもらうという変な構図というか、あの女々しさはやっぱりいまだからできたと思いますよ。

―― 今回は思い出の中の少女がヒロインとなっている作品ですけど、今後、同時代の少女を描く作品を撮りたいというお気持ちはありますか?

今関:それは普通にありますよ。これはもう血が通っているというよりは半分生きているか死んでいるかわからない男女の話だから、もっと血の通った話もやってみたいというのはあります。

―― いま監督が現代の少女を描くとしたら、どんなタイプの作品になるのでしょうか?

今関:うーん、日本でも田舎だよね。都会の話には絶対にならない。都会でも作れるとは思うけど、都会はあんまり物語を感じないよね。やっぱり、昔の中国映画とか台湾映画とか『冬冬の夏休み』(1984年・台湾)とかの侯孝賢の映画じゃないけど、田舎の子たちのラブストーリーでもいいし、青春ものでもいいし、大人への反抗心でもいいけど、やっぱり片田舎の話のほうがドラマティックな感じがするね。

―― では最後になりますが、『クレヴァニ、愛のトンネル』をご覧になる方に向けてメッセージをお願いします。

今関:なんだろうなあ……。逆に、ぼくが観た人がどう思うかを聞きたいくらいですね。ぼく自身、そんなに客観的になれていないので。そんなに難解ではないと思うし、ある意味ラブストーリーで言えば直球ですからね。先生を好きになって、先生も好きになって、親が反対して、というストレートなラブストーリーですからね。でも変わったストーリーなんでね、どういうふうに捉えられるのか、もし観てくれたら、どう思ったかをぜひ聞かせてほしいですね。

(2015年1月14日/渋谷にて収録)

作品スチール

クレヴァニ、愛のトンネル

  • 製作・企画・原案・脚本・監督:今関あきよし
  • 出演:未来穂香 小山田将 水野勝 板尾創路 ほか

2015年2月21日(土)より新宿K’s cinemaにてレイトショー ほか全国順次公開

『クレヴァニ、愛のトンネル』の詳しい作品情報はこちら!

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