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『愛の病』吉田浩太監督インタビュー

 出会い系サイトのサクラをしている女・エミコと、エミコに騙され大金を貢ぐ男・真之助。やがて難病の姉を持つアキラという男に恋をしたエミコは、アキラの姉が交際の邪魔だと考え、真之助を利用する“ある計画”を企てる……。
 独特のエロティシズムを描いてきた吉田浩太監督が、新作『愛の病』で実話の映画化に挑みました。かつて和歌山県で起きた殺傷事件をもとにした『愛の病』は、ひとりの女の愛情と欲望に彩られた異色のサスペンスとなっています。
 主人公のエミコ役に映画初主演となる瀬戸さおりさんを迎えたこの作品は、官能的な表現を交えながら人間の哀しさと可笑しさを描いていきます。吉田監督は“愛の病”に冒された人々をどんな視点で見つめたのでしょうか?

吉田浩太(よしだ・こうた)監督プロフィール

1978年生まれ、東京都出身。シャイカー所属。大学在学中にENBUゼミナール映画監督コースで映像制作を学ぶ。大学卒業後、テレビドラマ演出などを手がけつつ自主映画も制作し、2006年製作の『お姉ちゃん、弟といく』が国内外の映画祭で注目を集める。2010年の商業長編デビュー作『ユリ子のアロマ』は海外の多くの映画祭で上映され、2011年の『ソーローなんてくだらない』も海外の映画祭正式出品を果たす。ほかの劇場公開監督作に『オチキ』(2012年)、『うそつきパラドクス』(2013年)、『女の穴』(2014年)、『スキマスキ』(2015年)、『好きでもないくせに』(2016年)など。

「どこか笑えてしまう可笑しみが出てくる話にならないかなとは思っていました」

―― 『愛の病』の企画は、どのようなところからスタートしたのでしょうか?

吉田:今回の制作プロダクションがステアウェイという『冷たい熱帯魚』(2011年/園子温監督)などを作ってきたところなんですけど、そこのプロデューサーの木村(俊樹)さんという方が、興味を持っている事件があるということで始まったと思います。それが3年くらい前ですね。

―― 吉田監督は実際の事件はご存知でしたか?

吉田:いや、そのときは知らなかったですね。たぶん、事件が起きたときにもあんまりメディアで取り上げられていなかったと思うので、知らなかったのはそれもあったと思います。

―― では、映画の企画があって事件について知ったときに、事件に対してどういう印象を持たれましたか?

吉田:一番最初に思ったのが、こういう言い方はよくないですけど、総じて滑稽な事件だなって思ったんですよね。実際の事件も女が男を騙しているんですけど、そこでついている嘘というのが「なんでこんなに騙されちゃうんだろう?」と思うような話で、ちょっとあり得ないくらいの話だなというのは思いましたね。

―― 実際の事件について取材などはされたのでしょうか?

『愛の病』スチール

『愛の病』より。瀬戸さおりさん演じる主人公・エミコ(左)は清楚な女性を演じ、岡山天音さん演じる真之助を騙す

吉田:実際に現地に行ったりまではしていなくて図書館レベルでしかないんですが、記事を調べたりとか、この事件について書かれたものを読んだりとか、そういうことはしていました。

―― 実在の事件をもとにするときにいろいろなアプローチがあると思うのですが、監督は今回どのようなアプローチをしていこうと考えられたのでしょう?

吉田:今回は脚本を石川均さんという方が書かれているんですけど、最初はぼくがホン(脚本)を書いていて、3、4稿くらいまではぼくが書いていたんです。そのときのぼくのアプローチとしては、やっぱり主人公の女がひたすら騙しまくっていく過程が面白いと思っていて、その女がなにを考えているのかみたいなところに一番興味があったので、映画にするにおいても、その女の悪というか闇というか、そういう部分に触れていくみたいなアプローチを考えていたんです。ただ、いまお話したように「なんでこんな話に騙されるんだろう?」というような事件なので、ある種コメディでもあると思ったんですよね。なので、ジャンルとしてコメディにするつもりはなかったんですけど、真剣なんだけどどこか笑えてしまう可笑しみが出てくるみたいな話にならないかなとは思っていました。

―― いまお名前が出た石川均さんは年齢も吉田監督より上の方(1959年生まれ)ですが、石川さんが参加されたことで作品の色が変わったということはあるのでしょうか?

吉田:だいぶ変わったと思います。脚本が途中でぼくから石川さんに変わった経緯は、単純に女優さんが見つからなかったんですよ。やっぱり、このエミコを演じるというのがすごく大変で、いろいろ激しいシーンとかもありますし、なかなか女優さんが見つからないというところで「この役をやりたい」という女優さんのモチベーションをより高められる台本を作らなくてはいけないということで、石川さんに入ってもらったんです。たぶん、石川さんの書いたホンのエミコのほうが、愛情だったり、女性が演じるにあたって演じやすい部分がより含まれているんじゃないかと思うので、そういうところは石川さんがホンを書いたことによって生まれてきたんじゃないかと思います。ぼくが書いていたときはもうちょっと悪魔みたいにエミコを書いていたので(笑)、おそらくそこがぼくと石川さんの大きな違いなんじゃないかと思います。

―― 石川さんとはかなりお話し合いはされたのでしょうか?

吉田:そうですね、石川さんはプロデューサーの木村さんがよくお仕事をされている方で、ぼくは初めてだったんですけど、打ち合わせを相当やりました。石川さんとしても、やっぱりこういう話なので、なにをメインに据えていくかとというときに、エミコの愛だったりが大事なんじゃないかという話になったんです。ぼくは最初「愛」という言葉にしてしまうと甘くなってしまうので「どうかな?」と思っていたんですけど、でも作っていくうちに、そういう「愛」みたいなところがキーワードになっていったというところはありますね。

「エミコの持つ直感的な部分が瀬戸さおりさん自身にもあるのではないか」

―― 主人公のエミコを演じた瀬戸さおりさんは、どのような経緯で主演に決まったのでしょうか?

吉田:瀬戸さんは、いまから3、4年前にぼくのワークショップに来てくれて、当時もすごくいいなあと思っていたんですよ。そのときは2日間くらいのワークショップで、そんなに話す機会もなくて、ワークショップが終わったらそれでさよならだったんですけど、その場での印象がとても強かったので、今回このお話になって女優さんを探すにあたって彼女が浮かんできて、ぼくから名前を挙げさせてもらいました。

―― 監督からご覧になって、瀬戸さんはどのようにエミコという役に取り組まれていましたか?

吉田:いろいろなやり方をしていたと思うんですけど、彼女自身は全然エミコとは違って、いい子なんですよ。なので、自分と全然違った人間を演じるために、どういうふうに役作りのアプローチをしなければいけないかというのは彼女と相談しながらやっていきました。そのときに、エミコは本能で動くことが大事なのではないか、たとえば、自分の子どもが危ない目に遭ったときに身を挺して守るだったりとか、好きな男のところには迷いなく行くみたいな、すごく直感的な人間じゃないかなという話をしていて、その部分が瀬戸さん自身にもあるんではないかという話をしたんです。その瀬戸さんも持っている直感的な部分を研ぎ澄ますために、いろいろな役のアプローチをしてみようみたいな話はしていました。たとえば、食べ物の好き嫌いをすごくはっきりさせて、野菜は食べずに肉しか食べないとか(笑)、そういうことで、自分が好きなものに対してより本能的に好きになれるみたいなところを生理として持っていくようにしてほしいという話をしていました。瀬戸さんは役に対して非常に勤勉な方なので、そういうことをちゃんとやっていました。

―― 瀬戸さんは、自分と違う役を演じる上で苦心されるようなことはなかったのでしょうか?

吉田:ぼくはあまり感じなかったですね。全然違う人物なんですけど、たぶん瀬戸さんは役を自分の中で噛み砕ければできるんじゃないかなって気がしていたんです。現場で見ていても、もちろん大変なシーンはあったんですけど、掴めなくて全然ダメだみたいにはならなかったように見えましたし、安心して見ていられた感じではありました。

―― 瀬戸さんは、映画のかなりの部分でほとんどメイクをしていないように見えましたが?

『愛の病』スチール

『愛の病』より。髪を赤く染めているエミコ(右)と、八木将康さん演じる青年・アキラ

吉田:ちょっとしてるとは思いますけどね(笑)。もともとエミコって「地方のヤンキー崩れ」みたいなところがあるので、その人を美しくしたくないというのが瀬戸さんの中であったみたいですね。髪の毛を赤くしているのも、エミコ本人はイケてると思っているかもしれないけれど、他人が見てイケてる感じにしたくないというのが彼女としてはあったみたいなんです。だから、スッピンというのもおそらくそういうところで、地方のヤンキー崩れみたいなリアルさを出したいというところだったのかなと思います。ぼくは別にノーメイクでやってくれとは言っていないんですよ(笑)。そんなにしなくてもいいんじゃないかという話をしたくらいで、メイクに関しては瀬戸さんが自分で考えてやっていると思います。

―― エミコに騙される真之助は、最近いろいろな映画でご活躍の岡山天音さんが演じられていますね。

吉田:ぼくは岡山くんとお仕事をしたことはなくて、いつかなにかできないかなとずっと思っていたんです。真之助って、なかなか難しいんですよね。準主演みたいな役なので、そういうポイントっていわゆるイケメンの人だったりすることが多いんですけど、まあ簡単に騙される役なので、それをイケメンでというのは違うかなと思ったんです。それで思いついたというか、プロデューサーからも「岡山くんでどうだ」みたいな話になったので「いいですね!」という感じでしたね。やっぱり、ああいう役で準主演みたいなポジションをでき得る人と言ったら彼だったのかなと思います。

―― アキラを演じた八木将康さんは、監督とは以前に『スキマスキ』(2015年)でご一緒されていますね。

吉田:アキラについては、ガテン系の仕事をしているので肉体派みたいな人がいいなという話はしていて、その中で思いついたのが八木くんだったんです。彼とは『スキマスキ』で1回やっていて、非常にストイックな役作りの様を見ていたので、すごく信頼できると思っていましたし、イケメンなんですけどそっちに行きすぎず肉体派みたいな部分を出せる男として、彼がいいかなという感じでした。

―― 先ほどエミコは「ヤンキー崩れ」というお話もありましたが、エミコ以外の登場人物も、どこかやさぐれた感というか、好印象を持てないような雰囲気はありますよね。

吉田:それは絶対にありますね(笑)。山田(真歩=アキラの姉・香澄役)さんもそうですし、ダメな人たちですよね(笑)。

―― そういう感じを出すために、監督が俳優さんたちに求められたのはどんなことでしょう?

吉田:佐々木(心音=エミコの義姉・チヒロ役)さんも藤田(朋子=エミコの母・正恵役)さんも知っている人でしたし、知っている人が多かったので、知っている人たちだからこそダメなところをなるべく出してもらいたいなとは思っていましたかね。石川さんの脚本自体もダメさがよく出ているんですよね、石川さん自身がダメな人なので(笑)。その感じをそのまま出せないかなと思っていて、だからエミコのお父さんを石川さんにやってもらったのは、そのダメな感じがお父さんをやるのにいいだろうなということでした。

―― 石川さんが出演しているというお話が出たところで、今回は吉田監督もご出演になっていますよね。

吉田:アハハハ(笑)。気付きました? ぼくはもともと俳優がやりたかったというか、いまだにやりたくて、ちょっとした自主映画っぽいやつとかにはけっこう出たりしているんですよ。今回はちょっとしか出ていなくて、ほんとはもっといろいろやりたかったんですけど「邪魔だからやるな」って言われて遠慮しているくらいで、ほんとはもっとやろうと思っていました(笑)。すきあらばやろうと思っていますんで。

「宿命感みたいなものが、特にエミコに対しての大きなテーマになっている」

―― この作品において、エミコは真之助を騙す側なわけですが、でも実はエミコも出合い系サイトの元締めみたいな人に騙されている立場でもあって、騙す側も騙されているというのが面白いと思いました。

吉田:エミコに「騙されているから騙す」という気持ちはないかもしれないんですけど、たしかに話全体としては搾取されているエミコがさらに搾取するという構造はおそらくあるんです。ちょっと話がずれるかもしれないんですけど、瀬戸さんと「エミコが抱えているものはなんだろう?」という話をすごくしていて、やっぱりエミコには宿命みたいなものがあって、自分は愛情の強い人間でそれに対して当然のことをしているだけなのに、たとえば変な男に引っかかったりとか、知らぬ間に騙されていたりとか、生きづらくなっちゃっているんじゃないかなというのがあるんですよね。「私は普通に生きようと思っているだけなのにどうして普通に生きられないんだろう」みたいな宿命感みたいなものが、作品の中の、特にエミコに対しての大きなテーマになっているかなと思うんです。エミコは真之助に「一緒に闘っていくんや」みたいな話をするんですけど、真之助も普通に生きられていない人間なので、そういう人に対して、なんとか社会に対してもがいていこうという話なのかなと思うんです。

―― どこか「結局みんな弱者じゃないか」という視点があると思うんですね。監督の過去の作品には『ユリ子のアロマ』(2010年)に代表されるように「結局みんな変態じゃないか」という視点があって、それに通じるものがあるように思いました。

吉田:それはそうかもしれないですね、自分が非常に弱者なので(笑)。『ユリ子のアロマ』もぼくが病気したあとに撮ったのでそれがあると思うんですけど(※吉田監督は2008年に若年性脳梗塞を発症、1年の療養とリハビリ生活を送った)、ぼくは病気があって以来、ずっと自分が弱者であるという感覚が抜けないんです。弱者というか底辺というか、その目線が大事だなとずっと思っていて、たぶん石川さんもそういう人で、ぼくが石川さんのホンに共鳴できたのはそこなんじゃないかなとは思います。

―― そしてエミコと真之助の関係というのは、単に「利用する、される」というよりは、特に後半では真之助は利用されることに依存していて、屈折した愛情でつながった関係であるようにも見えました。

吉田:けっこう複雑な構造ではあると思うんですけど、エミコはアキラに対してはまっすぐに本能的に「憧れの愛」みたいなもので接することができるんですよね。一方、真之助に対しては違うベクトルで接しているところがあって、それはなんなんだろうという話をしていたときに、やっぱり愛情なんじゃないだろうかと思ったんです。すごく簡単に言ってしまうと、エミコはふたりの人間を同時に愛している人間ではあるんですけど、愛情のあり方としては、おそらくアキラに対する愛情よりも真之助に対する愛情のほうが深くて、それはさっきお話ししたエミコ自身の宿命という話になるんですけど、エミコは愛情というものをちょっと超えた、同志というか仲間みたいなものとして真之助を捉えているのではないかと思います。「自分とアンタは一心同体だからこのままふたりでひとつで運命として闘っていく」みたいなセリフもありますけど、そういう存在なので、まあ「愛」なんですけどひじょうに「屈折した愛」というか、ぼくと瀬戸さんの中では「宿命愛」と呼んでいたんですけど、そういう関係でつながっているというふうには話していました。

―― やはり監督の過去の作品ではちょっと変わった性的嗜好でつながる関係というのが描かれた作品もあって、今回の『愛の病』は監督の以前の作品とは違ったタイプの作品でもありますが、屈折した愛情という部分では案外共通しているのかなと思いました。

インタビュー写真

吉田:まあ、基本的に自分が屈折している人間なんで(笑)、そういう人を描きたいんでしょうね。たぶん石川さんも似ている部分もあって、エミコの愛情の描き方としては、アキラに対するピュアなものはあるんですけど、それ以上に真之助との歪んだ愛というほうにフォーカスしていったなと思います。

―― もうひとつ映画のポイントとして、劇中でエミコが口ずさむ歌がありますね。

吉田:あれは石川さんが勝手に書いてきたんですよ(笑)。どっかのタイミングでいきなり書いてきて、面白いなと思ったんですけど、どういう意図で歌を書いたのかというのははっきりとは聞いていないんです。ただ、ぼくと石川さんで共通してるのがロマンポルノの神代辰巳監督がすごく好きで、神代さんの作品ってなにかというと鼻歌が出てくるんですよ。ぼくはあの感じを考えていたなって。エミコ自身が生きづらい世の中みたいなことを感じるときにふと出てしまう歌というか、だからある種映画のテーマを歌ってはいるんですけど、そういうふうにならないかなとは思っていました。

―― ロマンポルノということで昭和のテイストを意識したところはあるのでしょうか?

吉田:そうですね、あまり郷愁を目指したわけではなかったんですけど、ただロマンポルノの影響はひじょうに強いので、どこかハードコアに行きたいというところはあるんですよね。自分の中のそういう部分が出ているんじゃないかなと思います。歌に関しては音楽家の方があのメロディを付けてくださったんですけど、現代のものと郷愁的なものをミックスさせたいという話はしていて、だから、よりノスタルジックな感じが出ているんじゃないかと思うんですよね。今回、ぼくの中での裏のテーマみたいなものとして神代辰巳の『赫い髪の女』(1979年)をオマージュしていて、話は全然違うんですけど『赫い髪の女』も『愛の病』と同じく和歌山の話なので、瀬戸さんとも話したんですけど、エミコの髪を赤くするのはぼくの中では『赫い髪の女』があったんです。ぼくはすごく好きな映画で、いまだに映画を作るときになにかあの映画のエッセンスみたいなものは入っているので、今回は余計にそういう部分が出ているんじゃないかと思います。

―― では最後に、この『愛の病』という作品に興味を持たれている方へのメッセージをお願いします。

吉田:実際にあった事件の映画化で、けっこうショッキングな事件でもあったんですけど、映画で描こうとしたのはそこではなくて、エミコの愛情だったりとか、屈折した愛だったり、人間関係の可笑しみだったりを描きたいなと思っていたので、事件の内実を知るというよりは、役者の芝居だったり愛情だったりを感じてもらえるといいなと思っています。勝手な希望としては、女性に観てもらいたいとすごく思っているんです。こういう題材ですし、エロティックな部分ももちろんあるんですけど、エミコのあり方だったりは、女性が共感はできないかもしれないですけど、なにか感じる部分はあるんじゃないかという気がしているので、その部分を女性に感じてもらいたいと思います。

(2017年11月30日/AMGエンタテインメントにて収録)

作品スチール

愛の病

  • 監督:吉田浩太
  • 出演:瀬戸さおり 岡山天音 八木将康 山田真歩 ほか

2018年1月6日(土)よりシネマート新宿ほかにて公開

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