郊外の巨大集合住宅の周辺で起きる不可解な出来事。そこに住む女子大生の“りん”が目撃する奇怪な「虫」。そして……。
いま、アニメで描かれるこれまでにない恐怖。海外でも高く評価されるアニメーション作家・坂本サク監督の初長編監督作『アラーニェの虫籠』は、アニメでホラーというジャンルに挑んだ意欲作であると同時に、坂本監督が監督・原作・脚本・アニメーション・音楽の一人五役をこなした、前代未聞の「たったひとりで制作する長編アニメ」でもあります。
人気声優の花澤香菜さんを主演に迎え、強い作家性を感じさせつつ幅広い層にアピールするエンターテイメント作にもなった『アラーニェの虫籠』。アニメの歴史に新たな一歩を刻んだ坂本サク監督にお話をうかがいました。
坂本サク(さかもと・さく)監督プロフィール
2000年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。自主制作の短編アニメーション『摩訶不思議』(2000年)『フィッシャーマン』(2002年)がそれぞれ第8回、第9回広島国際アニメーションフェスティバル入選したのをはじめ多くの賞を受賞、ロッテルダム国際映画祭はじめ海外10ヶ国以上の映画祭で紹介される。2002年よりフリーのアニメーション作家として活動し、アニメーションのほかVFX・CGなどで実写作品にも携わる。BS-i(現・BS-TBS)で放映され劇場版でも展開した「怪談新耳袋」(2003年~)タイトルバック映像などホラー作品への参加も多い。
参加作品に『イノセンス』(2004年/押井守監督:デジタルエフェクト)、「MOZU」(2015年・TBS WOWOW:劇中アニメーション・イラスト)、『劇場版 恐怖のお持ち帰り』(2016年/福谷修監督:VFX・CG・ヴィジュアルデザイン)など多数。
監督作にNHK「みんなのうた」『花風車の森』(2006年)『風を連れて』(2012年)『七つの海』(2013年)、愛媛県松山市PRアニメ『マッツとヤンマとモブリさん』(2013年)『マッツとヤンマとモブリさん2』(2014年)など。
「映像からのきっかけで心を動かすことができないものか」
―― 今回、長編アニメーションを「たったひとりで制作する」という構想はどのように生まれたのでしょうか?
坂本:もともとぼくがアニメーションを作りたいと思ったきっかけは、海外の短編アニメーションの影響だったんです。子どものころから普通にアニメは好きだったんですけど、たとえばユーリー・ノルシュテインとか、アレクサンドル・ペトロフとかの短編アニメーションを観て「こうしていろいろな画風で表現できるものがアニメーションなんだ。こういう表現ができるのなら面白いな」と思って、自分でも作りたいと思ったんです。そういう作家性の強い作品って、ほぼひとりで作られていることが多くて、その影響でぼくも自主制作の短編アニメーションをひとりで作っていたものですから、ひとりで作るという環境やノウハウに慣れていたところがあるんです。なので、今回、オリジナル作品をやるときに、慣れている「ひとりで作る」というかたちでやらせていただいたところがあります。
―― 監督はひとりでのアニメーション制作に慣れていらっしゃったとはいえ、やはり長編は単純に作業量が多くなりますし、集団で作るものと考えている方がほとんどだと思います。その中で、監督があえてひとりで作りたいという動機はどういうところにあったのでしょうか?
坂本:ぼくはすごい映像体験ができたというところとか、映像によって心が動かされたり真実味を感じたりするところに惹かれる部分があるんですけど、自分で仕事をやっていて思っていたのは、先に脚本を書いてそれを絵に起こしていくという順番だと、どうしてもマックスにできない映像というのがあったりするんです。そういうスタンダードなやり方というのは「早くボールを投げるにはこう体重移動したほうがいい」という完成されたピッチングフォームみたいなもので、名作を生み出すための方法論だったりすると思うんですけど、今回はそこで映像を中心にして映像体験ができるものをやってみたかったんです。もちろん長編ですから物語が面白くなくては観てもらえないというのは大前提としつつ、映像から感動させる、映像からのきっかけで心を動かすことができないものか試したいというのがこの作品を作る上ですごく大きくあって、そういうところを大切にしたいとは思っていました。
―― 今回の手法としては、原画があって動画があってという通常の2Dアニメの手法と、3DCGも使われているんですね?
坂本:そうですね、3Dでもキャラクターを作ってますし、いわゆる作画、動画ということで2Dのキャラクターも作成して、どちらかに違和感が出ないように両方の中間になるよう3Dを2Dでレタッチしたりしています。あとは、ひとりで作っていますので、かたちの癖なんかは3Dも2Dも似ている部分はあると思うので、なるべく違和感のないように3Dと2Dとをうまく融合させています。
―― 実際に作品を拝見して驚いたのですが、予備知識がなければひとりで制作したとはわからないくらい、一般的な長編アニメに近いテイストの作品になっていると感じました。監督はその部分で意識されていたことはあるのでしょうか?
『アラーニェの虫籠』より。主人公のりん
坂本:ありがとうございます。今回は、ぼくがいままで自主作品で作ってきた自分の表現を大切にするものというよりは、ほんとにエンターテイメントで幅広い人に観てもらえる作品にしたいというのを最初にはっきりと目標に立てていたので、アニメを好きで普段から見慣れている人が観ても、あまり二の足を踏むようなことのないものにはしたいと考えていました。
―― キャラクターデザインも、いま主流のアニメキャラのデザインとは異なりつつも、受け入れやすい絵柄になっていますね。
坂本:自分で言うのも変なんですけど、キャラクターデザインについてはかなり最初のほうで「これならバランスが取れているかな」とできあがっていたところがあるんです。まずホラーであるということで、ホラーだから怖い顔にするのはいいんですけど、その代わりに親しみがなくなってしまっても困るところもありますし、イラストレーション的なキャラクターデザインにもしたかったんですけど、なおかつアニメファンにも違和感を持たれないようなキャラクターにしたいというところで、両極端の真ん中らへんに落とし込めたかなと、自分で納得していた部分はありますね。
―― その中でひとつの特徴として、特に主人公のりんが顕著ですけど、目頭がわりと写実的に描かれているのはアニメのキャラクターデザインとしては珍しいかなと思いました。
坂本:そうなんですよ。以前、なんかの番組で宮崎駿さんがたしか『雪の女王』(1957年/レフ・アタマーノフ監督)について話していらしてるのを見て、アニメでキャラクターの目頭まで描いてしまうときつい顔になってしまうんだけど、目頭と目尻を色トレス(※線を黒以外の色で描く技法)で抜くと優しい表情になるというようなところがあって、たぶん、そこから発展して優しい目にするためにだんだんと目頭と目尻を描かないようになってきたところもあるんじゃないかと思うんです。今回は逆に、なじみやすいキャラクターを作っていてもどこかしらに「ここだけはやりたい」という自分だけの特徴をやろうとしていて、それが目頭と目尻をちゃんと描くことで、アニメーションのキャラクターでありながら、よりリアルな人間の感じに近づけて、真実味ある表情にしたいなというデザインでした。
―― 今回、ひとりでのアニメーション制作が実現したのは、ハード・ソフト含めてデジタル技術の進歩が後押ししたところというのはあるのでしょうか?
坂本:もちろんそれはありますね。デジタルが発達していなければ、やっぱり時間的にも物量的にも無理な部分はあると思います。
「やりたいことを一番詰め込めるのはやっぱりホラーなのかなって」
―― ひとりで作る長編作品に、ホラーというジャンルを選んだのはなぜだったのでしょう?
坂本:今回のプロデューサーの福谷修さんとは15年くらい公私にわたってお付き合いをさせていただいているんですけど、福谷さんは監督として映画を撮られるときはホラーにこだわりを持っていらっしゃる方で、ぼくも何作かVFXでお手伝いさせていただいた作品があるんです。その中で、つい2年前ですね。『恐怖のお持ち帰り』(『劇場版 恐怖のお持ち帰り』2016年)という作品があって、これこそまさに「ひとりで映画を製作する」という作品で、福谷さんが原作、プロデューサー、監督、脚本、それから配給と宣伝までやっていらして(笑)、それがあって『アラーニェの虫籠』があるというところも大きいんです。そのころ福谷さんは、ホラーのブームがちょっと下火になっているのを残念に思われていて、自分が納得できるものをお客さんに届けたいという信念で『恐怖のお持ち帰り』を作られていたんです。ぼくはそれを目の当たりにして、そのときに「アニメでホラーをやったら面白いと思うんですよね」みたいな感じでちょろっとお話ししたんですよね。それを福谷さんが「面白いね、じゃあその企画を見せて」というのが始まりだったんです。
福谷修プロデューサー:そのとき坂本監督が考えていたのは、実写とのコラボ企画だったんですよ。
坂本:そうなんです。ぼくは、福谷さんが実写でたとえば40分くらいのホラー映画作品を作って、ぼくが同じくらいの長さのアニメーションを作って、ホラーで「実写 VS アニメ」みたいな煽りで作ったら面白いんじゃないかと考えていたんです。
福谷:それを聞いたときに、坂本監督が全部作ったほうがいいよって話になって。実写とコラボにすると実写に合わせたものにしちゃうんじゃないかと思ったんですよ。実写とのバランスとかは考えずに監督がやりたいことをとことんやったほうがいいんじゃないかって。
―― では、ホラー作品になる上で福谷プロデューサーの存在は大きかったのですね。
坂本:そうですね。いまはオリジナル企画というのが難しいんですね。もちろん、企画自体が面白くないから通らないというのは真摯に受け止めなくてはならないんですけど、オリジナルは通りにくい部分があって、そういう中で、いままでぼくがやってきた「表現として自分が深めたいものを作る」という作り方ではなくて、みんなに面白いと思ってもらえる作品を作るときになにができるかなって考えたら、ホラーかSFしかなかったんです。もともとぼくと福谷さんとの出会いであった福谷さんが監督の『レイズライン』(2002年/坂本サク監督はVFX・CG・音楽を担当)という自主映画はホラー色はそんなに強くなくて、オカルティックなラブストーリーにちょっと現代社会の闇を感じさせて、リアリティの中にうまく非現実を入れているような作品だったんです。ぼくはそういう作品が好きだったので今回も最初は完全なホラーとは考えていなかったんですけど、福谷さんに企画を見てもらうときに、いまやりたいことを一番詰め込めるのはやっぱりホラーなのかなって考えて。
福谷:ジャンル的にアニメでホラーはないですから、新鮮かなって。あともうひとつは、坂本監督は自分ではホラーが得意ではないと言うんですけど、彼のデビュー作の『摩訶不思議』(2000年)という自主映画って、ダークな雰囲気ですごく怖いんですよ。だからホラーのセンスはあるんだけど、本人がそこに全然こだわりがないっていうことろがあって。
―― そうしていざホラーを作るとなったときに、どういうものが作品のイメージの元になっていったのでしょう?
『アラーニェの虫籠』より。郊外の巨大集合住宅で怪異が起こる……
坂本:いま福谷さんも言ってくださったんですけど、考えてみたらぼくは昔からホラーをよく観ていたり、マンガでもホラーを読んでいたり「あっ、俺はホラー好きだったんだな」って(笑)。自分の原点を振り返ってみるとホラーばっかりで、それは自分の実体験とかもあるんです。ぼくは子どものころ歌を習っていて、親の知り合いの人に個人レッスンを受けていて、その場所が団地マニアの人には相当に有名なところなんですけど、高島平の巨大な団地だったんです。子どものころ親に連れられてそこに通っているとき「人間がいっぱい蜂の巣のコロニーのように住んでいるこの感じはなんだろう」という衝撃を受けたりしていて、今回の舞台が団地になっているのはそういう体験がすごく原点になっていると思うんです。
―― 『アラーニェの虫籠』では、団地と並んで「虫」が重要な要素になっていますが、虫にもなにか原点のような体験があるのですか?
坂本:虫は男の子なら誰でも好きだと思うんですけど(笑)、ぼくは作品を作るときにけっこう欠かせないのが動物とか鳥とか魚とか虫とかなんです。それで、ぼくが学生を卒業したてのころに作った『フィッシャーマン』(2002年/YouTubeでショートバージョンが視聴可能)という自主アニメーションがありまして、それはほんとに「アニメーションが作りたくてしょうがない」というときに作ったもので、地球がすべて大砂漠になっていて、そこになぜか空を飛ぶ魚がいて、それを追いかける狩猟民族がいて、その狩猟民族が魚を狩る1日を切り取ったというだけの、アクション満載の短編なんです。そのとき魚がうまくいったものですから、虫にも興味があるので次はなにかしら虫の出てくる作品を作りたいなと思っていたんですけど、ただ『フィッシャーマン』の虫バージョンみたいなものを作ってもしょうがいないので、しばらく頭のなかにストックとして置いてあったんです。たぶん、今回はそれが出てきたんだと思います。
―― 長編ホラーの脚本を書かれるのも初めてだったと思いますが、脚本で意識されたり気をつけられたのはどんなことですか?
坂本:やはり、脚本がどんなに優れたものであっても、アニメーションとして最終的に仕上がったときに絵自体が生きていなければ面白いものにはならないというのは、仕事をやりながら感じていることだったんです。プロデューサーの福谷さんはプロのシナリオライターであり小説家なので、福谷さんが書けば脚本として優秀なものができるんですけど、今回目指したのは絵になったときに生きるものだったんです。それは福谷さんも言ってくださったし、ぼくもそこがわかってもらえる人でないと最終的に面白いものは作れないと感じていたので、そこが福谷さんとぼくが一致していたところだったんです。
―― 作品を拝見して思ったのですが、特にホラーだと「このキャラクターはこう行動する」みたいなパターンをなんとなく踏襲してしまっている作品も少なくないと思うんですね。『アラーニェの虫籠』は、そういうパターンを外しているわけではなく、とらわれていないというのが魅力のひとつになっていると思いました。
坂本:ぼくはそこらへんを意識してはいないんですけど、やはり監修をしてくださっている福谷さんはセオリーを熟知している方だし、ぼくがセオリーを知らずに作ったものに「そこが逆に新鮮でいいね」と言ってくれる場合もあるし「ここは最低限こうしよう」とプロとして監修してくれるところもあったので、そこら辺がうまく働いているところかなと思っています。あと、ぼくは絵でもそうなんですけど、見る人に想像させる部分がもっとあってもいいかなって思うんです。たとえば、リンゴの絵だったらそこにリンゴが置かれている状況が全部リアルに描かれている絵が一番わかりやすい絵だと思うんですけど、そこまで描いておいてほとんどを削っていくような、それで残った場所でようやく見る側が「あ、これはリンゴを描いているんじゃないかな?」って見出すような絵がぼく自身すごく好きで、そういうふうに、ちゃんと書かれているんだけどそぎ落としてそぎ落として、見る側が自由に空間とかどこに置かれているかとかを想像できるようなものを、話の中でもできないかと考えていたところはありました。
「ほんとにイメージに合ったキャスティングが実現した」
―― 今回は主人公・りん役の花澤香菜さんをはじめ、豪華な声優さんが揃いましたが、キャスティングにあたって監督が望まれたのはどんなことでしょうか?
坂本:ぼく自身、中高生のころにラジオドラマ、音響劇にすごくハマっていた時期があって、音響劇ってヴィジュアルがないので、声自体が画風であり世界観であったり、声の掠れ方ひとつとっても「この声がここで掠れたり裏返ったりするからこの感動があるんだな」みたいにすごく敏感に感じるのがラジオドラマだったので、すごく好きだったんです。ぼくは絵もそんなに前にしゃしゃり出てくる絵ではなくて、どちらかというとうしろに引いていくような作風がたぶん好きなので、自分の絵もそういうふうになっていると思うんですけど、だから声だけで世界観が出せる方というか、ひとつの画風になるような声を持っていらっしゃる方に出演していただきたいと思っていましたし、そういう方がこの作品を信じて出演してくださったので、ほんとにイメージに合ったキャスティングが実現したというところがありますね。
―― 今回は監督がひとりで制作されるということで、声優さんのディレクションも監督ご自身で担当されているんですよね。
坂本:そうですね。今回は優秀なミキサーの方に付いていただけたので、段取りとか音響面ではいろいろ助言をいただいたりしたんですけど、やはりイメージの発起人ですから当然なんですけど、演出としては分業せずに、責任をもって全部をやらせていただきました。
―― 実際の演出にあたって、気をつけられた点や声優さんに求めた点があれば教えていただけますか?
坂本:主人公のりん役の花澤香菜さんにお願いしたのは、りんって自己啓発本を読んでいたりとか、台本では最初からなにか闇を背負っていそうな設定ではあるんですけど、あんまりそこで観客の方に重く感じてほしくないというか、最初はスッと入っていって、だんだん背負っているものがわかるような順番にしたかったんです。やはり役者さんはキャラクターの整合性というのを大事にされると思うので、そこの部分で、全体の流れとしては誰でもりんになれるようなところから入っていってほしいし、あまり最初から「闇を引きずっていますよ」という感じにはしたくないとお願いしたことはありました。それから、各キャラクター全員にどういういうに生きてきたかというバックグラウンドを書いたキャラクター表を作って、役者さんたちにはそれを読んでもらっていました。
―― いまも「闇を背負ってそうな」というお話がありましたが、りんってかなり掴みにくいキャラクターのようにも思いました。花澤香菜さんは演じるにあたって、りんというキャラクターをすぐ掴んでいらっしゃったのでしょうか?
『アラーニェの虫籠』より。想像を絶する体験をするりん
坂本:ぼくはアフレコのディレクションをやった数はそんなに多くありませんし、ぼくの判断は作品のイメージにあっているかどうかという判断でしかないんですけど、それでも花澤さんは想像以上に作品に溶け込んでいるという印象がありましたね。
―― 今回はホラーなので当然、叫び声とか悲鳴とかがありますが、そういうホラーならではの部分で監督が花澤さんにオーダーされたことというのはありましたか?
坂本:やはり、作品の中で何回も叫ぶので、バリエーションというか、同じ度合いで叫ばれても困るなあっていうのはあるので(笑)、最初から自分の台本にメモしていて、要所要所では「これは肩透かしの驚き」「これはほんとに芯から驚いています」「これは驚きというよりは“うう、やだなあ”みたいな感じ」というのは説明させていただきました。でも、ぼくが「こういうふうに演出しよう」と思っていたことのほとんどは花澤さんがテイク1でやってくださったところがかなり多くて、書き込んでいた台本もそんなに使わなかったですね(笑)。
―― ちなみに、声では監督の声も劇中で使われているというお話ですが?
坂本:そうですね、ぼく自身の声も絶対にわからない方法でこの映画の中に使われていると思うので、探してみてください(笑)。
―― あれは、やはりエフェクトをかけたりかなり加工をしているんですか?
坂本:相当かけていただいています。ぼくが昔やった短編の中で宇宙人の声というのがあって、アフレコでそのときの役者さんが「宇宙人の声もやれますよ」ってアドリブでやってくださった声をSE(サウンドエフェクト)の方が加工したら、ほんとにすごい宇宙人の声になったという経験があるんです。ぼく自身も、音楽をやるときに音作りとかの部分でエフェクト的なものが好きでやっているところがあったので、なんとなく「こういう声でもこうエフェクトをかければこうなるかな」というのは始めに計算であったんですけど、優秀なSEの方に付けていただいたときは「これは怖くなりましたね」という感じで安心しました(笑)。
―― ちょうど音楽のお話が出たところで、今回は音楽もやられていますが、やはりおひとりでやられていると絵とかストーリーを考える段階で音楽も一緒にイメージされているのでしょうか?
坂本:いや、そうではないですね。ひとりで音楽もアニメーションもやれば統一感のある面白い融合ができるのかなというのは昔から思っていることなんですけど、実際にやってみると意外と客観的に作らなくてはいけないので、音楽の作業をするときは「この『アラーニェの虫籠』の音楽を君に任せたよ」と言われて「わかりました」ってやっているようなのとあまり変わらなかったですね。ただ、ひとりでやっていて便利だなと思ったのは、映像の印象がちょっと弱いかなと思ったときに、カバーするために音楽を印象的にしようとか判断ができるのは、ひとりでやっているならではですかね。
「やってみたいことはすごくいっぱいあります」
―― 国内公開に先駆けて海外の映画祭で上映されましたが、そのときの手応えというのはいかがでしたか?
坂本:カナダのファンタジア国際映画祭でワールドプレミアさせていただいたんですけど、ほんとに海外の方ってすごいリアクションが大きいというか、タイトルが出ただけでバーっと拍手が出るとか、嬉しい経験をさせていただきました。ぼくは、ここまで観客の想像に委ねて作ったものに対して、わかってもらえるかどうかではなくて、戸惑われたらどうしようかという不安はあったんです。でも実際はぼくが思っていたよりもみんな夢中で作品にのめり込んでくれて、その先で作品について「こうですか?」と聞いてくれる人が多かったので、そこまで自分の好奇心で踏み込んで観てくれるということが嬉しいというか、そう受け止めてくれるんだと思いましたね。
―― ひとりで長編アニメーションを制作するというのはひとつのチャレンジだったと思うのですが、作品が完成してどんなことを感じていらっしゃいますか?
坂本:なんというか、ただの自主作品であれば抱えることがなかったいろいろな不安をすごくたくさん抱えて作っていた部分が大きかったんです。自分だけだったら野垂れ死のうがどうしようがどうでもいいということで作れるんですけど(笑)、今回は福谷プロデューサーのゼリコ・フィルムに全面的にバックアップしてもらって、全力で作品を支えて守って育ててもらっている部分があったので、しっかりしたものを最後まで達成しなくてはならないという想いで作っていたところがあるので、やっぱり完成した作品を納品できた日に、ようやく気持ち的に落ち着いたかなというところがありました。責任をちゃんと果たせたというところで。
福谷:つい先日ですからね、納品が。映画祭が終わったあとも監督が細かく描き込みをやっていたんです。作品の納品日は契約で決まっていたんですけど、その前日まで修正をやっていて。
坂本:これはもう、ぼくが無理を言ったというか、福谷さんがいろいろなところと交渉してなんとか粘らせて、ぼくが最後まで直したいというところに協力していただけたので。
―― この『アラーニェの虫籠』によって、坂本監督はひとりで制作する長編アニメーションのパイオニアになったわけですけども。
坂本:そうなんですかね(笑)。ぼく自身ではわからないですけど(笑)。
―― ひとりで制作した長編アニメーションが劇場公開されるということは、今後のアニメ界、映画界になにかしらの影響を与えるのではないかと思うのですが、監督はどのようにお考えでしょうか?
坂本:やっぱり、時間を掛けなくてはいいものは作れないし、それぞれのスペシャリストがそれぞれのポジションで作ったほうがいいものなんです。それは、これまでもこれからも変わらないことだと思っています。ただ、今回チャンスをいただいて、こういう正攻法ではない方法でやらなければできないものもあるのではないかというところでチャレンジできたのはすごく恵まれていたところだと思うんですね。だから、作っているときから気にしていたことなんですけど「もう人件費がひとり分で済む時代が来たぞ」みたいに誤解をされるのは一番避けたいなと思っているところではあります(笑)。
―― 『アラーニェの虫籠』は、坂本監督にとって初の長編監督作でもありますが、初長編作を完成させて、今後やってみたいことを教えていただけますか?
坂本:やってみたいことはすごくいっぱいあります。アニメーションがいろいろな可能性を持っているというのはもとから思っていることでもありますし、この作品を作りながら見つけた可能性というものもあるんです。だから、やってみたいことはたくさんありますね。
―― 先ほど、当初は実写とのコラボを考えられていたというお話もありましたが、アニメーションと実写のVFXやCGとを両方やられている坂本監督にとって、アニメーションと実写というのはどういう距離感なのでしょうか?
坂本:実写でも、ぼくの絵とかが助けになる部分では活躍できる場もあるのかなと思います。ただ、実写で表現するということにはぼくの想像も及ばないものもありますし、ぼくの自分の表現というか、それはやっぱりアニメーションが一番適しているものだと思っています。
―― では最後に『アラーニェの虫籠』に興味を持たれている方に向けてメッセージをお願いします。
坂本:まず、この作品を作る前に福谷プロデューサーから言われたのは「ホラー作品である以上ホラーのファンを絶対に裏切らない」ということだったんです。それはどういうことかと言うと「ホラーってこういう感じでしょ?」とか「こんなふうなのがホラーっぽいよね」とか、安易な気持ちで作らないでほしいということを最初に言われていたんです。ぼくもそれに対して全力でがんばってきたので、ぜひホラーファンの厳しい目で観ていただければと思うのと、ぼくの個人的な思惑としては、ホラーが苦手な人、ホラーにまったく興味のない人にも振り向いてもらえたら嬉しいなと思ってものすごく工夫してきた部分があるので、ぜひホラーに興味がない人も、苦手な人も観ていただけたら嬉しいなと思っています。
(2018年8月2日/都内にて収録)
アラーニェの虫籠
- 監督・原作・脚本・アニメーション・音楽:坂本サク
- 製作・プロデュース・監修:福谷修
- 声の出演:花澤香菜 白本彩奈 伊藤陽佑 片山福十郎 バトリ勝吾 福井裕佳梨 土師孝也 ほか
2018年8月18日(土)より シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー