劇団員の青年・健太は、ヨガ講師をしている年上の女性・麻耶に恋をした。やがて健太は麻耶の過去を知っていく……。
篠原哲雄監督の新作『君から目が離せない ~Eyes On You~』は、舞台で活躍する秋沢健太朗さんを主演に、俳優の成長と恋愛を1年にわたり描く物語。同時に篠原監督の代表作のひとつ『月とキャベツ』と密接な関係を持つ作品でもあります。
『月とキャベツ』でメイクを担当し、今回初めて映画プロデュースに取り組んだ馮啓孝プロデューサーのもと、篠原監督やヒロイン役の真田麻垂美さん、音楽・主題歌の山崎まさよしさんら、20余年を経て『月とキャベツ』のスタッフ・キャストが集って生まれた『君から目が離せない ~Eyes On You~』。この作品に息づくものについて、篠原監督にお話をうかがいました。
篠原哲雄(しのはら・てつお)監督プロフィール
1962年生まれ、東京都出身。大学卒業後に助監督として森田芳光監督や金子修介監督の作品などに参加しつつ自主映画を制作し、1993年に監督作『草の上の仕事』で神戸国際インディペンデント映画祭グランプリを受賞する。1996年に『月とキャベツ』で初めて商業長編作品のメガホンをとって以降『はつ恋』(1999年)、『昭和歌謡大全集』(2003年)、『山桜』(2008年)、『スイートハート・チョコレート』(2012年)、『起終点駅 ターミナル』(2015年)など、現代劇から時代劇まで幅広い作品を手がける。近作に、第41回日本アカデミー賞優秀作品賞・優秀監督賞受賞作『花戦さ』(2017年)、『プリンシパル~恋する私はヒロインですか?~』『ばぁちゃんロード』(2018年)など。2019年は山崎まさよしさんを主演に迎えた『影踏み』が公開予定
「秋沢くんなら、ストレートな表現ができるのかなと思ったんです」
―― 『君から目が離せない ~Eyes On You~』は、秋沢健太朗さんの主演作品を作ろうというところから企画がスタートしたそうですが、内容はどのように決まっていったのでしょうか?
篠原:そうですね、秋沢くんの映画として俳優・秋沢健太朗をフィーチャーするという要素がある一方、もうひとつの要素として真田麻垂美さんが出るということがほぼ同時に決まっていたので、俳優としての秋沢くんの成長物語であると同時に恋愛要素も入れるストーリーをぼくは頭の中で想起していたんです。この映画の話をするときよく例に出すんですけど、韓国の映画監督が撮った『ひと夏のファンタジア』(2014年・日=韓/チャン・ゴンジェ監督)という映画がありまして、それがぼくの中ではけっこうヒントになっているんです。その映画は二部構成で、韓国から映画監督が奈良にやってきてロケハンする話が第1話で、黒味がポンと挟まって第2話になると、1話でロケハンに同行していた若い韓国人女性が監督になっていて奈良で知り合った日本人青年と恋をする話になるんですよ。それが作り方としてすごく面白くて「こういう映画もあるんだな」と思ったんです。『君から目が離せない』も、時期を飛ばしながら撮って、冬編、次が夏編、そのあとが秋になるか再び冬になるかは定かではなかったんですが、そういう三部構成的な作り方をすることがほぼわかっていたので、俳優としての秋沢くんの成長と合わせて、恋がどう進展していくかというラブストーリーの要素も積み重ねていけるなと思ったんです。
―― 映画の方向が決まる上で主演の秋沢さんご自身のキャラクターが重要だったと思いますが、監督は秋沢さんにどんな印象を持たれましたか?
『君から目が離せない ~Eyes On You~』より。秋沢健太朗さん演じる主人公・健太(右)と、真田麻垂美さん演じる麻耶
篠原:秋沢くんは、ダンスとか殺陣とか身体を動かすことに優れた人だなというのがあって、それを活かす作品づくりというのがひとつあったんです。それにどう恋愛要素を入れて作っていったらいいのかなと考えたときに、彼の恋愛観がそのままこの話に投影されるわけではないですから、彼の見た目から感じる素直でまっすぐ、それでいて調子よさも備えた性格というのを活かしたらいいのかなと漠然と思っていました。真田麻垂美さんがいて、年上の女性に恋をするというストーリーがおおまかにあったものですから、秋沢くんなら、純朴な青年が年上の女性に一直線に惹かれていって素直に告白したり口説いたりするというストレートな表現ができるのかなと思ったんです。それに、話の中でも俳優としての技量を磨こうとしている時期だから、肉体的な要素を育むという意味でヨガを取り入れるとか、相手がヨガの先生であるという設定を活かすように考えていきました。
―― そしてこの作品は、劇中に監督の過去の作品『月とキャベツ』(1996年)を思わせる作品が登場したり、主人公が『月とキャベツ』のロケ地である群馬県中之条町の伊参を訪れたりと『月とキャベツ』とリンクするような作品になっていますね。プロデューサーが『月とキャベツ』でメイクを担当されていた馮啓孝さんで、監督がメガホンをとられて、ヒロイン役が『月とキャベツ』でもヒロインを演じた真田麻垂美さんということである種の必然だったのかもしれませんが、内容面でのリンクはどの段階で決まったのでしょうか?
篠原:それも真田さんが出るということが大きいんですよ。麻耶という真田さんの役がかつて俳優をやっていて映画に出たことがあるというのは大まかには決まっていたんですけど、それを『月とキャベツ』を思わせる映画にするというのは明確には決めてなかったんです。ただ、2話で秋沢くんの役が彼女の源流を訪ねるというときに、真田麻垂美なら『月とキャベツ』ですし、あそこは「伊参スタジオ映画祭」というのもありますし、とにかく撮影に協力的な場所なので、今回も中之条町に協力を依頼したのです。
馮啓孝プロデューサー:それから、私が『月とキャベツ』の現場でのオフショットの写真を持っていたんです。彼女の若いころの映画なので、それが使えるねということがあったんです。
篠原:だから、そのまま『月とキャベツ』という題名でもよかったんですけど、そうするといろいろ話を通さなくてはならないのでみたいなところでね(笑)。ディティールを考えているときに、たとえば『惑星とレタス』というタイトルのアイディアがあがり、思いきってそこは『月とキャベツ』のオマージュの要素を取り入れてしまえと決めたのでした。
「時期があくので人の心の中の変化もある」
―― 今回の撮影はほぼ1年がかりですか?
篠原:そうですね、(2017年の)1月、7月、11月という感じでしたから。
―― 期間をあけながら長期間にわたって撮影するというのは珍しいかたちだと思いますが、そういう撮影というのはどんな感覚なのでしょう?
篠原:いまから思うと、秋沢くんの成長物語だから彼の変化が追えたということもありますし、普段は全部の脚本を作った上でまとめて撮っていくのが普通じゃないですか。でも、さっき言ったように1話を作って、それをもとに次のステップがあってジャンプがあるというふうになっていくので、連ドラともまた違う感覚なんですよね。しかも時期があくので人の心の中の変化もあるから。
馮:ライブ感はありますよね、そのときじゃなかったら絶対できなかったみたいなところが。
篠原:蓋を開けてみなければ、1月のあとに確実に7月であるかがわからなかったんですよね。ぼくのほうも『プリンシパル』(『プリンシパル~恋する私はヒロインですか?~』2018年3月公開)という作品を冬に撮って夏に1週間撮って(※『プリンシパル』は2017年2月~3月と6月に撮影)、8月に『ばぁちゃんロード』(2018年4月公開)の撮影が控えていた時期だったんですが、みんなのスケジュールをかんがみ、7月にほんの少しのタイミングが合った、この奇跡的に生まれた期間で撮影をするという、スリリングなスケジュール感でした。恋の話もそれに合わせたかのように飛躍させるという作り方をしています。
―― 時期が開くことで、当初の構想から変わっていくようなところはあるのでしょうか?
『君から目が離せない ~Eyes On You~』より。物語の終盤、主人公・健太はある理由から秋田を訪れる……
篠原:少しはあります。もともとは1話で撮っていた設定を編集のときに2話にしたところなんかもありますし。最初に大雑把なアウトラインはあるわけですよ。それは馮さんとぼくと、脚本を書いた菅野(臣太朗)さんとで打ち合わせをして作っていったんです。たとえば、秋沢くん自身が秋田出身なので最後に秋田に行くというのは最初に決めていて、その理由として麻耶の過去に秋田が関係あるというのは想定されていたので、第1話で秋田神社のお守りを持っていたりと匂わせているんです。でも、彼女が3話で俳優として舞台に出るというところまでは決めていなかったんですよ。それは2話で役者だったとわかるというのがあって「だったら出ればいいんじゃない」みたいに生まれた発想なんです。さっき話した『月とキャベツ』を活かすというのもそうですし、1話が土台となって次の発想が生まれたり、2話から3話に飛躍していくというのが、この作品のひとつの特徴だと思います。
―― ちょうどお名前が出ましたが、今回の脚本は秋沢さんが出演する舞台の演出を多くやられている菅野臣太朗さんと作品の助監督でもある岡部哲也さんのおふたりがクレジットされていますね。おふたりでどう脚本作りを分担されていたのでしょう?
篠原:これはですね、ふたりは一度も会ったことはないっていう(笑)。一番最初に、馮さんとぼくとでストーリーをゴチャゴチャ話している時期があって、そこに菅野さんが入って、いま言ったようにアウトラインを3人で決めて、菅野さんが最初の脚本を書いたんです。それを実際に俳優が演じてみて、舞台色が強いと感じるようなところはぼくのほうで少し変えてみたり、俳優とリハーサルをして1話の台本ができたという過程だったんです。それで2話になったときに、1話をもとにして「こんなストーリーにしましょう」というのをぼくと馮さんから伝えて菅野さんが書いたんですけど、菅野さんが伊参に行ってできることが不明瞭だということもあって、菅野さんの書いたものにぼくと馮さんがいろいろ話したことを加えてまとめる人が必要になったんですよ。ぼくはさっき言ったように『プリンシパル』と『ばぁちゃんロード』に挟まれている状況で脚本を書くまでの余裕もなく、助監督の岡部くんも監督としてゆうばりで賞を獲っているような人ですから(※ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2015で監督作『歯まん』が受賞。同作は2019年3月劇場公開)脚本に参加してもらったんです。第3話においても菅野さんが書いたものをこちらでブラッシュアップして岡部くんがまとめるというそのやり方を踏襲していて、ふたりのクレジットがされているんです。
―― 岡部さんは以前も監督の作品にスタッフとして参加されているんですね。
篠原:彼は、まだかけ出しのころに『桃』(2005年/オムニバス『female』の一編)と『地下鉄(メトロ)に乗って』(2006年)で制作部の一員として参加していました。その後、演出部に転身して、2016年のある忘年会で偶然の再会をしたのです。そのときに「こういう作品をやろうとしていて、助監督が決まっていないんだけど」と聞いたら、やると言ってくれて、なんというか偶然が呼び寄せた感じなんですよ。この作品の作り方は普通と違うので、それを理解してくれる人が必要だったんです。彼もいまは助監督をやりながら自主映画を作っている人で、ぼくの経歴と似ているところを感じました。そこで意気投合して彼は参加してくれることになったんです。
「劇中に活かされて初めて主題歌であるという意味になる」
―― 『月とキャベツ』でヒロインのヒバナを演じた真田麻垂美さんと久々にお仕事をされていかがでしたか?
篠原:真田さんとは『月とキャベツ』のあとに『きみのためにできること』(1999年)というのもやりましたけど、そのあと『忘れられぬ人々』(2000年/篠崎誠監督)を経て、真田さんはアメリカに行ったじゃないですか(※2001年に俳優活動を休止し留学)。しかも俳優業じゃないことに進みはじめたという話も聞いていたので、また女優と監督という立場で仕事をすることはないだろうとぼくは思っていたんです。ところが日本に帰ってきて、ヨガの先生をやりながら『心に吹く風』(2017年/ユン・ソクホ監督)という映画に出ることもあって、また仕事をすることになったわけですけど、なんか前よりも我々にとっては近づきやすい人になっていたという感じがありましたね。ある意味で人間関係を大事にしてこの企画に賛同して出てくれることになったので、20年経って自分自身でセルフイメージをコントロールできる立ち位置になれたということが大きいのかなと思います。
―― そして『月とキャベツ』で主人公の花火を演じた山崎まさよしさんも、主題歌と音楽として参加していらっしゃいます。
篠原:山崎さんとはですね、実はこのあとに山崎まさよし主演映画をぼくが監督でやるというのは予定はされていたんですよ。横山秀夫さん原作の『影踏み』(2019年公開予定)だとはまだ決まっていなかったのですが、また一緒に映画を作るということが予定されている上で、今回は『月とキャベツ』のメイクさんがプロデューサーであり、監督がぼくであり、スタッフも撮影や録音が『月とキャベツ』と一緒の人であり、真田麻垂美さんがヒロインであるということが重なって、山崎さんが「じゃあ音楽はぼくがやりますよ」というふうに快く引き受けてくれたんですね。だから、必然でそうなったような気がするんです。
―― 山崎さんが監督の作品で音楽と主題歌を担当されるのも久々ですね。
篠原:普段はぼくは主題歌を劇中歌に使うことはあまりやらないのですが、山ちゃんの歌であるなら、健太朗くんの心境に合わせて劇中で使って、また最後にエンディングに流すということができるんじゃないかと思っていたんです。正直、日本映画では商業的な理由で主題歌が決まることが多いという現実もあるんですよ。ぼくは主題歌から逆算して映画音楽ができたりすることもありだと思っていたものですから、今回こうして山崎さんの曲を活かすことができたのはよかったと思います。『月とキャベツ』では劇中で曲を作っていく過程をやれたというのがひとつの成果としてあるので、今度は劇中に活かすということを試みれたということになるのかな。やっぱり、音楽ってそうやって活かしていかなくてはいけない。劇中に活かされて初めて主題歌であるという意味になる。そう思っているので、それが実現できたなと思います。『月とキャベツ』は音楽からの挫折とそこからの再生を描く映画だったので、それが端的にやりやすかったんですよね。今回は、主人公の心理に合わせて曲を作るということだったので、山崎さんが編集ラッシュを観てから音楽を作ったんですよ。観たあとに「Eyes On You」というフレーズを使ったらいいんじゃないかとこちらから提案しましたし、歌詞はそれをもとにして書いたんです。この次の『影踏み』も作り方としては同じですね。歌詞は山崎さんの中でひとつの命綱のようなところがあるから、作家としての“山崎将義”がエンドに締めくくるというか、そういう作り方だったんだと思います。
―― 『月とキャベツ』では山崎さんが演じる花火が曲を作る過程を描くことで、フィクションと現実が交錯する感覚があったと思います。今回も、俳優である秋沢さんが俳優を演じて、真田さんも過去に映画に出ていたという役で、やはりフィクションと現実が交錯する、ある種のドキュメンタリー的要素があると思いました。
篠原:たしかに、本人たちの設定を活かそうというのは思ったんですよね。秋沢くん自身も舞台で主役をやるまでにのぼりつめている途上である中で、映画の中でも主役に抜擢される。真田さんも実際にヨガの先生をやっている人ですし、これが『心に吹く風』に続いて復帰2本目になるわけで、映画の中でも舞台というかたちにはしていますけど女優に復帰するという、同じ境遇になるわけです。そういう意味で言うと、最初からドキュメンタリー的要素はどこかで想定していましたね。リハーサルを繰り返しながら、健太朗くんと健太、麻垂美さんと麻耶のリンクはしていったんですよ。そういう作り方というのは、なかなか普段はできないスタンスだったのかなと思います。
―― では最後に『君から目を話せない ~Eyes On You~』に興味を持たれている方にメッセージをお願いします。
篠原:これはいま言ったように俳優の現実もドラマに取り入れた、ひとつの成長譚であると同時に、恋愛映画でもあります。年上の女性に憧れていくという話は古今東西あるわけです。ぼくも恋愛映画にたくさん関わってきた中で、今回こういう話を作ってみたので、そこもひとつの楽しみとして観ていただければと思います。同時に、これは自分の問題なんですけど、ここ数年は企画ありきで演出をするというかたちで映画に関わることが多かったものですから、初期衝動に駆られて映画を作っていくということがそれほどできていなかったんです。今回は自分から発想した話ではないんですけど、ある種、自主制作のような作り方で、普段の映画と違った作り方をするチャンスが与えられたのはありがたかったですし、監督としては一度、通るべき道なんだろうなと思ってやっていました。
馮:「今日、こういうふうに撮らなきゃいけない」と決まっているわけじゃないという撮り方は面白いですよね。今日、どうなってしまうかわからないという。
篠原:それは大体のシーンがそうだったんですね。最後の秋田のシーンも今回はあえてロケハンをしていないんです。最初にプロデューサーだけが行って話はつけてあって、ぼくたちも「ここで撮るか」ってザッと見てはいますけど、現場でリハーサルをしながら撮り方も決めていくという即興的演出に近いかたちでやれたのも、ちょっと原点に帰れたような気がしますね。というのは『月とキャベツ』もぼくが自分で書いた最終稿を土台にして現場でリハーサルをし、ときにはその場で生まれたセリフを活かしていくやり方をしました。エッセンスは大事にしながらセリフはその場で作り直していくことも多かったんです。それは、俳優の生身の姿を活かした演出をする作り方と言ってもいいかもしれないですね。それと同じようなことを今回も試みれたというのは意義深いなと思います。そういう試みができたと思いますし、今回はぼくも演出家の役で出演しているんですけど、自分がその場で俳優をいじりながら演出するという事も経験できましたし、今後にも活かせたらと思います。
(2018年12月29日/アトリエレオパードにて収録)
君から目が離せない ~Eyes On You~
- 監督:篠原哲雄
- プロデューサー:馮啓孝
- 脚本:菅野臣太朗/岡部哲也
- 音楽・主題歌「Eyes On You」作詞・作曲:山崎将義 歌:山崎まさよし
- 出演:秋沢健太朗 真田麻垂美 ほか
2019年1月12日(土)よりシネマート新宿にてレイトショー