
「不良番長」シリーズや『番格ロック』など、かつての東映プログラムピクチャーの中でも異彩を放つ作品を生み出した監督・内藤誠。近年、上映会などをきっかけに新たなファンも増やしている伝説的監督が、実に25年ぶりに新作を送り出す。
監督カムバック作となる『明日泣く』(あすなく)は、「麻雀放浪記」などで知られる作家・阿佐田哲也が本名の色川武大名義で発表した同名短編の映画化だ。昭和の東京を舞台に、不器用にしか生きられない人間の姿が描かれていく。
スタッフには、編集に『パビリオン山椒魚』などの映画監督・冨永昌敬、撮影に『東京公園』などの月永雄太ら、大学で内藤誠の指導を受けた教え子たちが集結。70歳を越える監督と若手スタッフのコラボレーションによって『明日泣く』は完成した。
主人公の武を演じるのは、話題作への出演が続く若手俳優の斎藤工。同世代の男優の中でも際立った色気を感じさせる斎藤が、賭け事にうつつを抜かす作家の無頼さを見事に表現している。武と奇妙な縁でつながるキッコには、モデルとして活躍し『ナチュラル・ウーマン2010』の主演で女優としても注目される汐見ゆかり。さらに、ミュージシャンの島田をジャズ・パンクバンド“勝手にしやがれ”の武藤昭平が演じ、演技とともに白熱の演奏シーンを見せる。また、「不良番長」シリーズ主演の梅宮辰夫、ベテランの島田陽子、往年の東映映画を愛する杉作J太郎ら、内藤監督作品ならではの出演者にも注目だ。
そして、キャストと並びこの映画のもうひとつの“顔”というべき音楽は、数々の賞に輝くジャズピアニスト・作曲家であり、幅広いミュージシャンと共演する渋谷毅が担当。プロのミュージシャンを役者として起用した演奏シーンも見どころだ。
酒の香りと煙草の煙、ジャズの響き。かつての日本映画が持っていた“不良の匂い”を漂わせる作品が、ここに誕生した。

机に置かれた原稿用紙に向かった男は、かつて出会ったひとりの女のことを思い出していた。男は、その女のある時期しか知らない。だが、男は女の素描を試みる――。
高校生の武(斎藤工)は家にも学校にもなじめず、はぐれ狼のように盛り場をうろつき、酒やタバコ、賭け事に手を出していた。ある日、ひょんなことがきっかけとなり、武は高校の同級生であるキッコこと菊子(汐見ゆかり)と言葉を交わすようになった。ピアノの才能に恵まれ音楽大学を目指して音楽の教師から指導を受けているキッコだったが、彼女自身が弾きたいのはクラシックではなくジャズで、教師との間には溝ができていた。武が文学賞を目指して小説を書いていることを知ったキッコは、武にアメリカの作家・カポーティの原書を貸してくれる。その本は、キッコがニューオリンズで暮らす父親から贈ってもらったものだという。だが、武がその本を返すことのないまま、キッコはある事件のために学校を去ることになった――。
やがて、武は22歳のときに文学新人賞を受賞して作家としてデビューを果たした。しかし、その後は1本の作品も書くことができないまま、死んだ父親の遺した財産を取り崩して賭場に入り浸る日々が何年も続いていた。
武に期待する編集者の依頼にもろくに応えずその日暮らしを続ける武は、顔見知りのミュージシャン・島田(武藤昭平)が演奏するジャズクラブで、前座としてピアノを弾いている女性に目を留める。髪型も化粧も変わったが、それは紛れもなく高校時代に武の前から姿を消したキッコだった。ミュージシャンとして成功することを夢見つつ奔放な生活を送るキッコに、武は興味を惹かれていく――。