その日、交通は麻痺し、電話も満足に通じなくなった。東京郊外にある小さな靴屋に勤める祥子(竹厚綾)も、自宅に戻ることができず、店に泊まり一夜を過ごすことになった。携帯の画面に映るのは、大きな被害を伝える映像。祥子は何度も「正志」の携帯番号に電話をかけるが、電話が通じないことを知らせるアナウンスが返ってくるだけだった。
翌朝、ようやく交通機関が復旧し、祥子は自宅に戻る。部屋には、倒れた観葉植物や家具が地震の大きさを生々しく物語っている。床に落ちていた写真立てには、仲良さそうに並ぶ祥子と正志(磯部泰弘)の笑顔があった。
祥子は正志との思い出を蘇らせる。3年前、祥子の母が死んだとき、ずっと傍らに寄り添ってくれた正志。桜の花が咲き誇る頃、桜の枝を拾ってきて母に供えてくれた正志。そしてその桜の花が散るころ、電車に乗ることができなくなった正志。
余震が続く中、携帯の留守電に正志からのメッセージが残っていた。正志の無事を確認し安堵する祥子だったが、まだ正志と話すことはできない。ようやく通じた電話に出たのは、正志の兄だった。正志の兄は、正志が地震をきっかけに不安定になり、入院したことを告げる。正志のもとに行きたいという祥子の願いを、正志の兄は拒絶する。もう会わないほうが、祥子と正志お互いのためであると。なにかと祥子を心配してくれる叔母の直子(伊沢磨紀)も、正志の兄の意見に賛成だという。
世間は次第に“日常”を取り戻しはじめていた。しばらく実家に戻っていた同僚の真実(太田美恵)も東京に戻ってきた。延期する予定だった結婚式と二次会も予定どおりにおこなうという真実。そんな、あの日以前と変わらないような“平穏”の中で、祥子は遠く離れた地にいるはずの正志の姿を見かける――。
あれから
監督:篠崎誠
出演:竹厚綾 磯部泰宏 太田美恵 伊沢磨紀 ほか
2013年3月9日(土)より3週間限定ロードショー オーディトリウム渋谷にて3月9日〜15日、23日〜29日、吉祥寺バウスシアターにて3月16日〜29日モーニング&レイトショー
2012年/カラー/ステレオ/16:9/63分
人々の生活を大きく変えた“あの日”。次第に世間が日常を取り戻していく中、東京で暮らすひとりの女性は、被災地で暮らす恋人を想い心を揺らす――。
1995年に『おかえり』で商業監督デビューを果たして以来、『忘れられぬ人々』『東京島』『怪談新耳袋 怪奇』など、幅広いタイプの作品を送り出してきた監督・篠崎誠。立教大学や映画美学校で後進の指導にも当たっている篠崎が、映画美学校フィクション・コース14期生とのコラボレーションにより作りあげた新作が『あれから』だ。
コラボレーション作品制作にあたって篠崎誠が選んだ題材は、震災。篠崎自身のアイディアをもとに、映画美学校フィクション・コース14期生で監督作『おもちゃを解放する』が高く評価された1985年生まれの新鋭・酒井善三が篠崎とともに脚本を担当。東京の小さな靴屋で働く女性・祥子を主人公にした、静かだが力に満ちた物語が生まれた。
モデルとして活躍し、近年は『孤独な惑星』で主演をつとめるなど女優業でも注目される竹厚綾(たけこう・あや)が、祥子を好演。また、さまざまな監督の作品に出演する磯部泰宏が、祥子の恋人・正志役で観客を強く引きつける演技を見せる。そのほか、篠崎監督作品には4度目の出演となる伊沢磨紀ら、実力派俳優が脇を固めている。
震災という大きな出来事を経つつも続いていく“日常”への戸惑いや、東京で生きる者の被災地への“距離感”を巧みに表現した『あれから』は、震災を題材に作られた多くの映画の中でも際立った存在感を放っている。そして映画的な魅力に満ちたラストは、いまこの世界で生きている私たちに小さな勇気を与えてくれるはずだ。
- 吉村祥子:竹厚綾
- 小野寺正志:磯部泰宏
- 本田真実:太田美恵
- 河本大輔:木村智貴
- 小野寺仁志(声の出演):川瀬陽太
- 滝口信子:杉浦千鶴子
- 渡部直子:伊沢磨紀
- 監督・原案・脚本・編集:篠崎誠
- 脚本:酒井善三
- プロデューサー:松田広子
- 監督補:久保朝洋
- 撮影監督:山田達也
- 照明:玉川直人
- 録音:臼井勝
- 美術:山下知恵
- 音楽:柳下美恵
- 製作:コムテッグ/映画美学校
- 配給:コムテッグ