美少女のような美しい顔をした男子高校生・女蛮子(すけ・ばんじ)。けんかっ早いために何度も退学・転入を繰り返してきた彼の新たな転入先はなんと女子校! 蛮子の女子高生としての奇妙な学園生活が始まった…。
今年2月に公開された映画『おいら女蛮』が3月8日に早くもDVDで登場。1970年代に雑誌で連載されヒットした永井豪さんのギャグマンガを往年の東映ピンキー路線作品のテイストを加えて映像化したのは、『恋する幼虫』などでカルトな人気を誇る井口昇監督。監督自身、影響を受けてきたという永井豪作品を手掛けた感想を中心に、ちょっとマニアックにお話をうかがってみました。
井口昇監督プロフィール
1969年生まれ。アダルトビデオ監督として多くの作品を送り出し、劇団大人計画の舞台では俳優として活躍する。1998年に公開された劇場公開映画『クルシメさん』で一般映画の監督としても注目を集め、『刑事まつり』シリーズの一編「アトピー刑事」(2003)、『恋する幼虫』(2003)など話題作を次々と送り出す。2005年には恐怖マンガの名作を映画化した『楳図かずお恐怖劇場 まだらの少女』を監督。2006年は谷崎潤一郎原作『卍 まんじ』、楳図かずお原作『猫目小僧』が公開予定。
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今風にしないでアナクロなままでちゃんとやりたい
―― 今回『おいら女蛮』を監督された経緯は?
井口:去年の夏くらいにキングレコードさんから「永井豪先生の『おいら女蛮』をやらないか」と話がありまして、ぼくも永井先生の作品を読んで育った世代だったので、ぜひやりたいと思ってお引き受けしました。原作は単行本で6巻くらいの作品なんですけど、それを話をまとめつつ新しいエピソードを加えて脚本化して、11月の末から12月の頭までで撮影をしました。
―― 主演の亜紗美さんと桃瀬えみるさんをはじめ、ビデオやグラビアで活躍されている女優陣を起用されていますが、彼女たちを起用した理由というのは?
井口:ヒロイン役のえみるちゃんは最初から彼女ありきなところがあったんです。えみるちゃんとは前に仕事をしていまして、去年ビデオで1本主演作を撮ったんですけど、プロデューサーの山口(幸彦)さんからも「『おいら女蛮』をやるんだったらヒロインはえみるちゃんだよね」という意見があったんです。というのは、なんとなく永井豪の漫画に出てくるようなヒロインのような顔をしているんですよね。だからヒロインがえみるちゃんというのは最初に決まったんです。主人公の女蛮子は女性がやるか男性がやるかでちょっと迷ったんですよ。原作では実は男という設定で、かつて武田真治さんが演じているんですけど、今、男がやるとしたらよっぽどの美少年じゃないとそう見えないだろうっていうのと、誰が見ても女にしか見えないっていう設定なので女の人が演じた方が面白いんじゃないかという結論になったんです。それで何人か候補がいたんですけど、キャスティングディレクターの方が最終的に亜紗美さんを連れて来てくださって、一目見て「この子だったら」と思ったんですね。
―― 亜紗美さんはほかの作品を拝見すると違うイメージですが、この作品では女蛮子役にすごくハマっていますね。
井口:亜紗美さん本人も「現場に入って段取りをやり始めると女蛮になる」って言ってましたね。なかなかあの役は難しいと思うんですけど、すぐに役になり切れちゃうのはすごいと思いましたね。
―― 監督から亜紗美さんに「こういう感じで演じてくれ」という指示はかなり出されたんですか?
井口:いや、ぼく自身イメージはあったんですけど、撮影の何日か前に本読みをやったときに、亜紗美がわりとぼくのイメージどおりの男の子っぽい口調でスラッと喋ったんですよね。それで「今のでいいじゃない」って思ったんで、あとは細かい修正をするくらいでしたね。そういう意味では彼女はすごく勘が良かったです。運動神経も良いので、アクションもほとんどやったことなかったらしいんですけど、殺陣を付けてくれた人が軽く教えたらすぐ飲み込んでやれたんです。すごく良く自分の見せ方をわかっている人なんで、その勘に助けられましたよね。
―― 資料だとこの作品は「東映ピンキー路線を継承した」とありますが、亜紗美さんはその頃の女優さんの雰囲気も出ていますね。
井口:そうですね、池玲子さん(1970年代に東映ピンク・バイオレンス映画に多く出演した女優)みたいな。だからぼくの中では目指したのは、いい意味で洗練しないってことだったんですね。変に今風にしないで、むしろアナクロなままでちゃんとやりたいと。だから主人公もマンガどおりに「オイラ」って言わせるというのがテーマでしたし、ルーズソックスは履かないし、黒髪で茶髪にはしないというのはあえてアナクロリズムで、自分の中でそれは意識していましたね。
―― キャストでいうと、男優陣も見事な面構えのみなさんが揃っていますね(笑)。
井口:そこはやっぱり注意しましたね。なるべく“永井豪とダイナミックプロ”の絵に出てくるような顔を選びました(笑)。男の人は基本的にぼくの友達なんですけど、たまたま周りにダイナミックプロ顔の人が多かったので苦労せずに連れてこられたんで、そういう意味では楽でしたよね(笑)。そういうところにこだわりはありますね。
永井豪作品へのリスペクトはいろいろやりたかった
―― 永井豪作品にはずっと影響を受けていたというお話ですが、特に影響を受けた作品というと?
井口:やっぱり「デビルマン」ですね。テレビアニメ版が大好きで、小学1年か2年のときに原作を買って読んだんですけど、テレビとは全然違っているんですよね。地球が滅んでいくし、ヒロインの美樹ちゃんは殺されちゃうし。それにすごく衝撃を受けまして、相当ものの考え方が変わりましたね。人間というのは信じられない生き物なんだみたいな感じがあって、その意味では悲観的な子供になりましたね(笑)。その後の生き方とか、映画を撮るときの発想として「デビルマン」の影響はどこかにありますよね。あと同時に「手天童子」とか、もちろん「おいら女蛮」の原作も読んでいましたし、当時連載されていたものについてはかなりの率で読んでましたね。
―― 永井作品というと「デビルマン」に代表されるハードなものと、ナンセンスなギャグ作品とがありますが、当時読んでいらして好きだったのはどちらでしたか?
井口:インパクトが強かったのはハードテイストの作品ですよね。ただ、永井先生の作品ってナンセンスな作品でも唐突に重要人物が死んじゃったりとか、ギャグのはずなのに血みどろになったりとか、子供心にも気を置けないというか、普通に余裕に読めない怖さがあったんですよ。だから熱心に読んでいて影響を受けたのはハード路線でしたけど、気になってついつい読んじゃうのはナンセンスでしたね。
―― そのナンセンスとハードの幅みたいな部分は今回の映画『おいら女蛮』にもすごく出ていますね。
井口:原作自体はもっとナンセンスコメディに徹したものだったんですよ。映画も前半はそれに即してお色気コメディとしてのテイストを残したいなと思ったんですけど、映画にする場合、ひとつのクライマックスが欲しいなと思ったんです。それで原作には数ページしか出てこないんですけど“全ス党”っていう“裏けっこう仮面”みたいなキャラクターが出てきて、そのルックスがすごく魅力的だったので、そのキャラクターをクローズアップしたいなっていうのが今回の裏テーマとしてあったんです。原作でも影の番長みたいな存在なので、それを物語の中心にして、後半に全ス党が立ってくるっていう風にしたかったんです。そうすると必然的に後半はダークになっていった感じでしたね。前半のバカバカしいテイストのまま最後まで行くっていうのはちょっと単調になると思うんですよね。だから、どこかで作品のトーンを変えたかったっていうのがあったんです。
―― 途中で作品のトーンが変わってハードになっていくのも「ハレンチ学園」などを思い出して、そこもある意味で永井作品的だなと思いました。
井口:そうですね、「ハレンチ学園」もありましたし、血みどろの戦いをするって意味では「あばしり一家」とか、あと肉体が変形するのはどこかで「デビルマン」も意識していたし、オッパイから弾が出てくるのは「マジンガーZ」ですよね(笑)。それから、尻から血が出たりとか、指が飛んで指から血が出たりとか、ああいうのはなんの作品か覚えていないんですけど永井作品で見てきたような気がするんですよ(笑)。そういう意味では全体的に永井先生リスペクトはしているつもりですよね。あと、脇役で出てくる直次郎っていうのは永井先生の作品にやたら出てくるキャラクターなんです。作品によって役柄は違うんですけど、いろいろな作品に出てくるキャラクターなので、永井作品をやるなら直次郎を出したいなと思っていたんです。そういうリスペクトっていうのは自分の中でいろいろやりたかったんですね。
―― 後半になるとスプラッタっぽいテイストも感じられて、井口監督のテイストがより強く出ているような印象も受けました。
井口:まあ、好きですからね(笑)。無理してスプラッタにしようというのはなかったんですけど、自分が撮っていて面白いものを詰め込んでいきたいなと思ったんです。一般のお客さんからすると唐突な感じを受けるかもしれないんですけど、その唐突さもそれはそれで永井豪じゃないかなと思ったりしたんです(笑)。
―― 後半では人の肉体が変形していく描写がありますが、『ターミネーター2』みたいなイメージではなくて、1980年代の『遊星からの物体X』とか『ヴィデオドローム』などの特殊メイクみたいなイメージですね。
井口:お化け屋敷っぽいというか、見世物小屋的ですね。あまりデジタルなものにはしたくなかったんですよね。ぼくはグチュグチュしているものが好きですからね(笑)。食べ物でも、もんじゃとか、なんかグチャグチャしていて口の中でグチュっと潰れるものが大好きなので、それが作品にも出ているんだと思いますね。だから『マトリックス』とか、ああいうイメージは自分の中の要素としてはないですね。今回も胸から火が出てくるところとかあるんですけど、あえてCGにしなかったんです。火花を合成しているだけなんですよ。予算の問題もあったんですけど、その辺は意識的にチープにしたいというか、その方がワクワクするんですよね。CGの良くできた変身よりも『吸血鬼ゴケミドロ』とかの方が単純に燃えるんですよね(笑)。
―― なにか表面に血とか粘液とか付いてそうで、痛さとかズキズキする感じがある描写だと思いました。
井口:それも意識しましたね。人が痛がってくれたり驚いてくれたりするのが好きなんですよ。今回、男が乳首を洗濯バサミで引っ張られたりするところがあるんですけど、その場面を見て乳首を押さえている人がいたので「あ、やった!」と思ったんです(笑)。ちゃんと観ている人の生理的な部分まで繋がって痛がってもらえるってことはありがたいし、嬉しいなあと思うんですよね。そういう意味では底意地が悪いんですね(笑)。
偉大な作品の演出をすることのプレッシャーは感じていた
―― 今回の映画のラストは、周りから見ると奇妙なんだけど当人たちにとってはひとつの愛のあり方として成立している、というのが感じられて、それは監督のほかの作品と共通する部分だと思いました。
井口:やっぱり、自分がそういう嗜好があるんでしょうね。形はどうであれ愛は愛だろうというのはあるんで、一種の倒錯ですよね。明るい倒錯というか、実際は倒錯しているんですけど、そういう屈折した愛をポジティブに受け止めるのもいいんじゃないかっていうのがぼくの中のポリシーなんだと思います。それが無意識的に出ているんじゃないかと思うんです。その発想があるのでね、どの作品でもそうなっちゃうんですよね(笑)。
―― 昨年『まだらの少女』があって、その後『猫目小僧』、今回の『おいら女蛮』、そして『卍 まんじ』と原作物が続いていて、しかもジャンルが幅広いですね。
井口:ただ、原作はバラバラなのに映画は似たようなものになっているんですけどね(笑)。たまたまそういうオファーが続いていて偶然だったんですけど、ありがたいことにどの作品も自分が影響を受けていたり好きだった作品だったんで、それは引き受けるしかないなと思っていました。ただ、プレッシャーは感じていましたね。自分が好きだった作品とか偉大な作品の演出をすることのプレッシャーはこの1年、ずっと感じていて、すごく勉強になりましたね。それから、やっぱり原作を汚したくないなと。原作のファンの方もちゃんと満足できるものにしたいなっていうことを常に意識していました。だからオリジナル物をやるときとはだいぶ意識は違うんですけど、別の意味で楽しかったですね。「俺が永井豪をやるならどうすればいいか」みたいなことを考えるのは楽しかったし、なんか燃えるものがありますね。
―― また永井作品を映像化してみたいとは思いますか?
井口:もちろん機会があればやりたいです。『おいら女蛮』の続編もプロット書けって言われたら今すぐ書けるくらいアイディアはあるんで、機会があれば今回のキャストで『おいら女蛮2』をやりたいなって思います。それ以外ですと「イヤハヤ南友」もやってみたいですし、「ススムちゃん大ショック」みたいな短編も原作どおりにやれたらと思いますね。あとはやっぱり「デビルマン」ですね。『おいら女蛮』の中で亜紗美が髪が短いところがあるんですけど、ちょっと不動明っぽいなと思いましたね。だから今度は目をこういう釣り上げるメイクにして不動明をやらせようかと(笑)。
―― 原作物以外で今後やってみたい作品は?
井口:海女が闘う奴ですかね。海女が100人出てきて水中銃で闘うんですよ(笑)。あと、女が上半身裸でバイクに乗っている映画を撮りたいねとプロデューサーの山口さんとも話しているんです。昔の東映の映画でそういうのがあったんですよ。『おいら女蛮』も東映のお色気スケバン物とかのテイストを目指したところがあるんですけど、その頃の東映作品でぼくが特に好きなのは鈴木則文という監督の作品なんです。たぶんそのバイクに乗る奴も鈴木則文の作品だったと思いますね。あと、男同士のアクション物も考えていて、娯楽映画であれば何でもやりたいなと思っています。
―― 最後に、『おいら女蛮』をご覧になる方にどういう点に注目して作品を観ていただきたいと思われますか?
井口:ふたつあるんですけど、まず、今までに実写化された永井作品とはだいぶ毛色が違うと思うんです。永井先生の作品を血みどろのスプラッタ系で実写化したものってあまりないんですよね。今回はそっちの要素もぜひ入れたかったので、永井先生作品のファンの方にはその辺を観ていただけたらなと思います。もうひとつは自分自身、女アクション物が大好きなんですよ。ぼくが2、3歳のときに観て、一番最初に覚えている映像が「プレイガール」だったので、女の人がアクションをしていたり女同士が闘っていたりするのが燃えるものがあるので、今回そういうものをやれてすごく楽しかったです。去年、AVでも女同士のバトル物をやっていて、今回またそういうのをやれたんで面白かったですね。このジャンルだったら100本やれるなと。100本オファーがあったら、全部やりたいですね(笑)。
(2006年2月4日/渋谷にて収録)
井口監督の作品を貫く独特の視点。そこに永井豪作品の遺伝子が息づいていることが強く感じられるインタビューとなりました。監督がそのルーツのひとつと対峙した『おいら女蛮』は、井口監督のテイスト全開でありながら、まぎれもなく永井豪テイスト。そんな作品になっています。
おいら女蛮
3月8日、キングレコードよりセル&レンタルDVDリリース
原作:永井豪 監督・脚本:井口昇
出演:亜紗美、桃瀬えみる、松中沙織、伊藤静香、デモ田中、今井千紗、沢村祥、香緒里 ほか
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