同窓会で7年ぶりに集まった高校の野球部の部員たち9人。再会を喜び、会話を交わす中で浮き上がってくる記憶の食い違い。そして7年前に埋めたタイムカプセルには、10個の鍵があった。「何か」が足りないことに気付いた彼らは、その空白を埋めようとする。そして浮かび上がってくる「事実」とは――。
映画『9/10 ジュウブンノキュウ』は、ほぼ全編が9人の男性の会話によって進行していくという、異色のシチュエーション・ミステリー。このユニークな作品を手掛けたのは、これまで多くの作品に助監督として参加し、本作が監督デビュー作となる東條政利監督。映画の公開を前に監督にお話をうかがいました。
東條政利監督プロフィール
1968年生まれ。『枕草子』(1996年/ピーター・グリーナウェイ監督)に制作スタッフとして参加。その後、助監督として国内外の数々の作品に参加する。参加作品に『レディ・プラスティック』(2001年/高橋玄監督)、『FAMILY』(2001年/三池崇史監督)、『シベリア超特急3』(2003年/ MIKE MIZNO監督)、『恋愛寫眞』『トリック劇場版』(2003年/堤幸彦監督)、『カミュなんて知らない』(2005年/柳町光男監督)、韓国ドラマ「天国の樹」(2006年/イ・ジャンス監督)など多数。
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「リハーサルを充分にできたおかげでいろいろなアイディアが浮かんできた」
―― 『9/10 ジュウブンノキュウ』は日本映画としてはユニークなタイプの作品だと思いましたが、どんな経緯で作られたのでしょうか?
東條:去年の冬にエグゼクティブ・プロデューサーの齊田(春日)さんから「ひとつの部屋の中で男性が10人くらい集まって話をするような作品を作りたいので、一緒にやりませんか?」という話がぼくのところにきまして、それがきっかけでこの作品作りが始まったんです。そういう作品で一番最初に浮かんだのが『十二人の怒れる男』(1957年/シドニー・ルメット監督)であったり、中原俊さんの『12人の優しい日本人』(1991年)とか、三谷幸喜さんの舞台劇だったんですけど、そういった作品を参考にしつつ違うものにしたいなあと思ったんです。脚本のなるせ(ゆうせい)くんがストーリーの本筋から外れながら物語を作っていくようなタイプの脚本家だったので、ぼくの最初のイメージとしては『レザボアドッグス』(1991年/クエンティン・タランティーノ監督)の最初の食事のシーンみたいなものを全編通して映画にできたらなっていうところから始まっているんです。それから、『CUBE』(1997年/ヴィンチェンゾ・ナタリ監督)みたいな作品をヒントにしたりして、話し合いの中でミステリー的な作品を作っていくことになりました。ただ、ぼくは映画を観ながら謎を解いていくといういうよりも、シチュエーションにおける恐怖みたいなものを描いていこうと思っていました。
―― 監督が参加した時点でなるせゆうせいさんの脚本はできていたんでしょうか?
東條:完成した作品とまったく違う話としてはありました。登場人物が表に出たりとか、屋敷の中でいろいろな部屋に行ったりというような話だったんですけど、ひとつの部屋の中で物語を進めたかったのと「ある空間の中にいること」の恐怖というのをぼくが作りたいと思って、ハコ書き(※脚本の基本となるシーン構成)からふたりで共同で作り直しました。
―― 会話が中心となる映画だと舞台劇的な感じのものが多いと思うのですが『9/10』は違っていて、特に冒頭の9人が徐々に集まってくるのをワンカットで撮って、空っぽだった部屋にカメラが戻るとパーティーの準備ができている。あのカットはすごく映画的だなあと思いました。
東條:セリフ劇がはじまる中で、あのカットを撮ることでこの映画の作品性をしっかり観客に対してアピールしようとは思いました。言葉だけではなく、映像的にもいろいろと見せていく作品なんだということですが。
実際、セリフだけで構成するのは映画にとって難しい表現だと思うんですよ。だから、どうしたら映画的な表現になるんだろうかということは脚本作りの段階から悩みました。台本を一見するとひとつのテーブルで10人がずっと話しててもいいような話なんですけど、空間から空間へ人が移動することで運動的なものを作ったり、人の位置関係を有機的に変化させたりなど、できる限り映像的な表現になるようにしました。それはリハーサルを充分にできたおかげでいろいろなアイディアが浮かんできました。
―― リハーサルはどのくらいの期間やられたんでしょうか。
東條:約3ヶ月ほどおこないました。ホン(台本)読みをしながらいろいろなことを試したりして、それをホン作りに反映させていきました。たとえば、まだセリフを覚える前に台本を外してもらってセリフを言ってもらうことによって、彼らの心に残っているセリフは何であるとか探ったりしたりして、そういうエッセンスを抜き出しながら台本を変えたりとか、いろいろなことを試しながらキャラクターなり台本を作り変えていきました。
ただ、納得できるようなホンがなかなかできなくて、ホンがある程度できてからリハーサルできたのは2週間くらいなんですよ。ホン読みを1週間、立ち稽古が1週間くらいなんですけど、このクランクインまでの2週間は本当に大変だったと思います。俳優たちは野球の練習もありましたし。
―― 9人の登場人物が全員同年代の男性だけなのに、全員それぞれに個性が際立っていますね。
東條:台本の中で9人がある役割を持っているというよりも、それぞれの登場人物ごとに、彼らの中でそれぞれ個別の役割を持たせたんです。それぞれの登場人物のキャラクターが、一緒に話している相手によって、複眼的に見えるようにしたいと思ったのです。また、場面によって、観る人によって、9人のうちで中心になっている人がいろいろ変わったり感じられるように作ったりもしましたし、観ている人にはわからないかもしれないんですけど、セリフの言い方とか、細かい癖とか、台本でキャラクター分けされている以上のものはリハーサルで出すようにしました。ほんとに今回、恵まれたのはプロデューサーからぼくの望むリハーサル期間がいただけたことですね。
―― キャスト選びの段階から監督の意見が反映されているのでしょうか?
東條:はい、納得のいくキャスティングができました。ぼくは柳町光男監督の『カミュなんて知らない』(2005年)の助監督をしまして、それも同世代の学生たちの群像劇的な映画でした。柳町監督はキャスティングにすごく時間をかけて俳優を探されたんですよ。ぼくは幸運にも柳町監督が俳優ひとりひとりと話をしながら役を決めていくプロセスに立ち会うことができたんです。そこで、多くの個性的な俳優たちと知り合うことができたんです。そのメンバーとまた仕事ができたらいいなと思っていたんですが、この作品ではそのメンバーのうち、鈴木淳評くんであるとか、中泉(英雄)くん、兒玉(宣勝)くん、黒川(達志)くん、あと金井勇太くんと一緒にすることができました。また、柳町監督のオーディションのやり方を勉強できたおかげで、ほかの俳優たちについてもうまく自分の望むようなものをオーディションの中で引き出して選べたんだと思います。みんな芝居に対して意欲的で個性的な面白い人たちだったんで。
鬼塚役は見つけるのが苦労しまして、一番最後に決まりました。それが藤川(俊生)くんなんですけど、彼は『美女缶』(2003年/筧昌也監督)とか、映画も舞台もやっているんですけど、顔もすごいユニークですし、最初からナチュラルな感じでホンを読めたんで面白いなと思いました。ただ藤川くんは、遅れて入ってきたので、大変だったと思います。もうみんな何度もリハーサルを重ねた中で突然に入ってきたんですよ。けど、すぐにみんなとうまくやってました。あとになって冗談で、藤川くんは「自分は外様だった」みたいなことも言っていました(笑)。
リハーサルの中で、ひとりひとり個別でホン読みもやったんですけど、実は藤川くんはそれが最初のホン読みだったんです。ほかの人はその前に何度もホン読みを積み重ねた上で個別にやったんですが、藤川くんはそれが最初だったんです。オーディションで一度会ったきりでお互いをよく知りませんし、2〜3時間やって、ほんとに別れ際になんとかお互いの納得できるところにたどり着けたという感じで、それができたおかげでそのあとはスムースに入っていけたんですけど、やっぱりあとから入ってきた人は難しかったようですね。
―― 個別でホン読みをやるというのはどんな狙いがあったんでしょう?
東條:全体でやっちゃうと、90分でやってもひとりひとりと話せるのは9分の1とかになっちゃうんですよね。台本を読んだときに役について何を感じたかっていうのを知りたかったので、それを話し合いたかったんです。それで、実際にお互い「こういうキャラクターを作っていこう」という了解をした上で、リハーサルに向けて何をやっていけばいいかっていうことを話し合うという感じでしたね。短い人で1時間、長い人は4時間くらい話し合いをしました。
ぼくが監督をするのが初めてなので、ぼく自身どうやったらうまくいくかっていう拠り所が何もなかったんです。だから、自分が今まで助監督をやってきた監督のやり方を参考にしながら進めていって、一対一で進めていくのは『カミュなんて知らない』で柳町さんがやっていたやり方なんです。たとえば鈴木くんは柳町さんと3〜4時間くらい話していたような記憶があります。ぼくのときは1時間で終わったんでびっくりしました。
「観客が心のどこかで感じてもらえるものがあればいい」
―― ほぼ部屋の中だけで話が進むので、舞台となる建物選びも重要だったと思うのですが、撮影に使った建物はどのように選ばれたんですか?
東條:まず、映画の冒頭に登場する人物がいるのにふさわしい場所というのを考えたんです。その人物の映画では描かれていない人間性みたいなものを考えて、それにふさわしいのは洋館だということになったんです。つまり、洋館にすることでリアリティを持ちながら非日常的なことが描けたんだと思います。あとは実際の問題として、テーブルを置く空間と、それ以外の居場所っていうのをふたつくらい作りたかったので、それに見合う広さの部屋がある建物ということで探しました。
―― ロケ地選びはかなり時間をかけられたんですか?
東條:探すのは2週間くらいだったんですけど、あれは入間市にある旧石川邸(旧石川組製糸西洋館)という、テレビでも映画でも良く使われている洋館で、制作部が探してきて最初に候補として見せられたのがその建物だったので、そのまま行く形で決まりましたね。
―― 今回、撮影が高間賢治さんですが、高間さんの参加は監督から希望されたんでしょうか?
東條:ええ、ぼくは助監督のときに高間さんと仕事をしたことがあるんです。それで、高間さんは『12人の優しい日本人』や、三谷監督の作品とか、ひとつの空間で話が展開していく作品をやられていますし、ぼくにとってすごく気さくで話しやすい方だったので、高間さんの経験も借りながらいろいろ相談しつつ作れるかなあと思いまして高間さんにお願いしたんです。
―― 撮影はDV(デジタルビデオ)ですか?
東條:miniDVです。
―― 最初の長回しはDVの長所が活かされたのではないでしょうか?
東條:うーん、あれはステディカム(※移動カットの撮影に使われる機材)とレールを組み合わせてやったんですけど、サンゴー(35mmフィルム)のカメラでもできたんじゃないかなあ。DVが活かされたとしたら、最初の車のシーンですね。サンゴーのカメラだったらああいうシーンは難しかったかなと思います。あとminiDVで良かったのはカメラを2台回せたんですよ。ぼく自身は明確なカット割りを出してカットごとに撮っていくというよりも基本的にワンシーンワンカットで撮れる方法を考えて、それを撮りながら必要なカットを寄りで押さえていくような撮り方でしたんで、それは非常に助かりました。
―― 物語のラストである事実が明らかになりますが、それについて俳優さんたちに戸惑いなどはなかったんでしょうか?
東條:実は詳しい説明はしなかったんです。というのは、ぼくが何かを言ってしまうとこの作品の解釈が限定されてしまうような気がしたんです。俳優に対しては、たとえばキョロという人物なら「白髪のカツラを被っている人物」という風に役割が台本の中で決まっていますんで、その役割をベースに作っていったので混乱はなかったです。
ただ、ラストのシーンに関してはリハーサルをしなかったんですよ。ラストのシーンは最終日に撮ったんですけど、どういうシーンになるかというのは台本ではわからなかったでしょうし、台本を読んで印象を持った映画ともだいぶ違っていると思います。
―― 実際に拝見していてもラストのシーンで作品全体の印象が変わりました。
東條:それには音楽にもかなり助けられました。音楽は林(祐介)さんが作曲してくださっているんですけど、音楽プロデューサーの和田(亨)さんと一緒に音楽の打ち合わせも撮影前から何回もやっていまして、ぼくが音楽についてはあまり知らない中で、ぼくの演出を尊重していただきまして本当に感謝しています。実際に音楽の付いているものと付いていないものとは作品の印象が非常に違って、音楽が付く前はコミカルなものがあったんですよ。そういうコミカルなものを音楽が打ち消している部分があって、それは賛否両論だったんですけど、最後のシーンこの作品が収斂されていくことを考えるとうまく行っていたのかなと思っています。
―― いろいろな解釈のできる映画だと思うのですが「こう観て欲しい」というよりは、解釈を委ねるというスタンスでしょうか?
東條:意味についてはそうです。最後のシーンで観客が心のどこかで感じてもらえるものがあればいいなあとは思っていて、それまでの会話とかが、最後の瞬間に集約されればいいなあと思いますね。そういう部分でぼくが意図したところはありますけど、観客に対して「ここはこういう意味である」とか「こう観て欲しい」というのはないんです。
―― 今後、監督が作られる作品は『9/10』とはまた違ったタイプのものになっていくのでしょうか?
東條:ぼく自身はあまり密室とかそういうことにはこだわっていないと思うんです。ぼくが好きなのはジョン・カサヴェテスの映画なんですよ。俳優の芝居を通して人の心の内側を描き出すような作品なんで、そういう映画を作っていきたいと思っています。
(2006年8月21日/バイオタイドにて収録)
9/10 ジュウブンノキュウ
10月7日(土)、渋谷シネ・アミューズにてレイトショー
監督:東條政利
出演:中泉英雄、藤川俊生、金井勇太、鈴木淳評 ほか
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