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『40歳問題』製作発表記者会見

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会見に出席した浜崎貴司さん、大沢伸一さん、桜井秀俊さん、中江裕司監督(左より)

 デビューから約20年を経て、40代を迎えたミュージシャンたちの実像に迫る音楽ドキュメンタリー映画『40歳問題』の製作発表記者会見が9月7日に渋谷C.C.Lemonホールでおこなわれました。
 『40歳問題』は、『ナビィの恋』などの中江裕司監督がメガホンをとり、浜崎貴司さん、大沢伸一さん、桜井秀俊さんという1990年前後にデビューした3人のミュージシャンを中心に、40代を迎えた、あるいは迎えようとする各界の人々への取材により、40代が抱える“問題”を照らし出した作品。同時に、浜崎さん、大沢さん、桜井さんの3人がオリジナル曲「LOST CONTROL」を作り上げていく過程を追っています。
 会見は、「LOST CONTROL」の初披露となるコンサートの開演前におこなわれ、中江監督、浜崎さん、大沢さん、桜井さんが出席しました。

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浜崎貴司さん(1990年にバンド“FLYING KIDS”でデビュー、バンド解散後、ソロで活動)

今年43歳になりました浜崎貴司です。最初にプロデューサーの村山(達哉=作・編曲家としても活動)さんから、構想の段階でお話をいただいたんですけど、そのときは「ほんとに実現するのかな」と思いまして、「やる」と言われたときは「ほんとにスタートするんですね」というところでした。自分が今回、映画に出てみようと思ったのは、プロデューサーの村山さんとの関係が大きい理由なんですけど“40歳”ということをテーマにするのが、いまの日本の状況の中で、面白いなと。40歳であることを議論するということに自分が参加してみたいなというのが出演を決めた理由です。
(デビューのころほかのふたりをどう見ていた?) 桜井さんは、真心ブラザーズとFLYING KIDSが学園祭なんかで1度一緒にやらせていただいたりとか、ほんとに同世代のバンドというイメージでした。大沢さんはもうちょっと違う次元から登場して、クールというか、外国の音楽みたいな音楽を日本人が作るんだなあみたいな印象があって、ぼくがやっているものとはまったく違う魅力みたいなものを感じていました。
(3人でのコラボレーションはどんな体験?) タイトルの「LOST CONTROL」というのは大沢さんから出たフレーズだったんですが、まさに“コントロールできない”という状況の中で曲を作っていくという体験だったですね。だいたいキャリアを積んでいくと、コントロールできるようになって時間が進むんですけど「そこが問題だ」みたいな話になりまして、実際に“コントロールできない”みたいなことをテーマにしましたら、ひじょうにハードな曲作りであり、レコーディングになったと思います。
(自分にとっての“40歳問題”とは?) “目からうろこが落ちる”とよく言うと思うんですけど、うろこが落ちすぎちゃっていることが問題かなって気がしています。たとえば、アメリカに行ったことなくてアメリカの音楽が大好きで音楽をやるようになった人と、アメリカに行った人と、どっちが素敵かなと思ったら、行ったことがないのに妄想が爆裂している人のほうがいいなと思うんですよね。だから、自分の落ちちゃったうろこが道に落ちていたら、なるべく付けていこうと思っているんです。若いときはいっぱいうろこが付いていて見えないのが問題だなと思っていたんですけど、いまは落ちちゃってることが問題だなって思いますね。
(コンサートへの意気込みは?) FLYING KIDSを解散したのがちょうど10年くらい前の渋谷公会堂(現在のC.C.Lemonホール)で、デビュー曲の「幸せであるように」を解散コンサートの最後に歌ったんですよね。10年ぶりに、同じ会場で40代になった自分が歌うのがどういうことになるのかを楽しみにして歌いたいと思います。

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大沢伸一さん(1993年にバンド“Mond Grosso”でデビュー後、ソロ・プロジェクトとして形を変えながら活動)

41歳、大沢伸一です。音楽家なんで、普通にやっていれば映画とかにはまったく縁がないんですけど、ぼくは映画が好きなんで、ドキュメンタリーだって聞いたんで、大掛かりなことではないだろうと思って引き受けたんですけど、とんでもない間違いでした。大変ですね。いまも、もう帰りたいです(笑)。
(デビューのころほかのふたりをどう見ていた?) ぼくは(3人の中で)デビューは一番遅くて、93年とかなんですけど、浜崎さんがおっしゃったように、日本のポップミュージックのマーケットのストライクなところにはいなかったので、失礼な意味ではないんですが、ほんとに(浜崎さん、桜井さんは)名前くらいしかわからない状態でしたね。あえて耳に蓋をしていたかもしれないです。
(3人でのコラボレーションはどんな体験?) ぼくは、音楽を誰かとやるということに関しては、よっぽどな理由付けが必要なんですけど、今回は映画の中でたまたまキャスティングされた3人が音楽を作るという、はっきり言って自発的でない集まり方をして音楽を作らないといけないという状況に、ぼくは憤りというか怒りを感じてスタジオに入ったわけで、そんな中で、当然、人間ですから言葉を発して、お互いあいさつをしあい、どんな人となりかがわかってきたときに、だったらなにを作ろうかって。やっぱり、ぼくらはある程度の音楽のキャリアがあって、慣れ親しんだ手癖、音楽を作る癖みたいなものも含めて「それを全部取り壊して乱暴なことをやりたいね」というところで、それがテーマなんだったら、ぼくも参加できるのかなと思ってやったんですけど、やっぱり難しいんですよね。ぼくが(この曲で)やっているポジションってサイドギターみたいなものなんですけど、1回たりとも同じ演奏をしたことがないんですね。同じプレイを絶対にしない。それだけ自分でルールを作ってやっているんです。“コントロールを失う”っていうのはテーマとして大好きなんですけど、なかなか難しいなというのが、いまのところの感想です。
(自分にとっての“40歳問題”とは?) この場で答えられるほど短いことではないと思うんですけど、40歳というのがひとつの大人の基準だとしたら、一般的には大人になっていけばいくほど、物事がクリアに理解できるようになっていくんだと思うんですけど、あまりに問題がクリアになったりすると、自分の中に闘わなければいけないことが増えたりとか、自分の中で納得させていかなくてはいけないことが増えたりとか、実はもっともっと複雑になっている気がするのが、ぼくにとっての問題だと思いますし、たぶんこの『40歳問題』という映画の追っている問題も、混沌に向かっているような40代のことなのかなと、漠然と思っています。
(コンサートへの意気込みは?) ぼくは、ほんとに最後のたった1曲のためだけに呼ばれているので、そこにテンションを持っていくのはすごい難しいんですよ。今日の演奏のあと、2度とこの曲を演奏する機会がないかもしれないので、どうやったら、ぼくらがみんなで出しあったテーマに沿うような、狂っちゃうような、コントロールできなくなるようなテンションに持っていけるかってことをずっと考えているんですけど、いまだにわからないので、意気込みとか訊かれると、ひじょうに困ります。

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桜井秀俊さん(1989年に“真心ブラザーズ”でデビュー、並行して別プロジェクトやソロとしても活動)

40になりました、真心ブラザーズの桜井秀俊です。ぼくも、プロデューサーの村山さんとミュージシャンとしてお付き合いがあって、それだけで断る理由はないなと思っていたんですが、それと同時に、大変なことになるんだろうなと。それも引き受けて頑張ろうと思いながら、まあ帰りたくないか、帰りたいかと聞かれれば「帰りたい」が勝っておりますが(笑)。
(デビューのころほかのふたりをどう見ていた?) FLYING KIDSもMond Grossoもカッコいいなあと思いながら、普通にリスナーとして聴いていました。プロデューサーの村山さんがストリングスのアレンジャーとして3人とも知り合いで、そういう細い糸で繋がっていたところがあったんですけど、まさかこういうかたちでたぐり寄せられるとは思っていませんでした。そういうのが印象です。
(3人でのコラボレーションはどんな体験?) ポップミュージックをずっと作っていて、一番尊いのは“いままで誰も聴いたことなかった音楽が発生する”ということがクラシック音楽やスタンダードミュージックと大いに違ったところで、一番尊いんですけど、キャリアを積み重ねることによって、最初にやりたかったことを突き詰める道はできるんですけど、一番尊いものから遠ざかる部分も薄々感じていたところに今回のお話をいただいて、「これはチャンスだ」と思って参加させていただいて、毎回すごく興奮して演奏しております。リハーサルでも3回くらい演奏しておりますが、ヘトヘトでございます。
(自分にとっての“40歳問題”とは?) いろいろと問題はありますが、いままでは「ポップミュージックをやりながらどうやって自分の面倒を見るんだ?」ということがひじょうに大きかったんですが、家族を持って、自分の面倒を見ることより家族や親たちの面倒を見ることが大切だと気が付いて、それで「どうしよう?」ってところが問題です(笑)。
(コンサートへの意気込みは?) この曲を演奏するのがひょっとして最後になるかもしれないという気持ちで、悔いのないように、新しいものを見つけられるように演奏したいです。いままではお客さんの前でこの曲を演奏することはなかったんですけど、やっぱり音楽ですので、お客さんに聴いていただいて返ってくるものを受け取りながらまたギターを弾いて、その繰り返しの中で生まれるものが真実だと思っているので、なにか見つけられたらいいなと思って、全力で演奏したいと思います。

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中江真司監督

48歳の中江真司です。ぼくは沖縄に住んでおりまして、沖縄の映画しか撮らないと思われているらしいんですが、全然そうではないんで、「こういう映画があるんだけど撮ってみないか?」と言われたときに、ひとつは劇映画を撮ったあとだったので、ドキュメンタリーを撮りたいという気持ちがあって、ぼくは1本ごとに劇映画とドキュメンタリーを撮っているので、ドキュメンタリーを撮る時期なんだと思い、40代になってから、仕事はなるべく断らないようにしようと思っている時期でもあったので、大変なことになるのか、簡単なことで終わるのかわからなかったんですけど、引き受けました。
(3人のコラボレーションを見ての印象は?) まだリハーサルを撮影しているところなんですけど、ぼくがいま街で聴く曲とは違うなというのは強く感じましたね。ぼくは音楽は素人だからわからないんですけど、すごく骨がある感じっていうんですか、とにかく強くて骨があって、街に溢れている音楽とは違うなというところが刺激的でした。あと、最初のコンセプトを話し合われている状態からずっとカメラを回し続けていて、3人の中での葛藤もあるし、カメラがそこに介在しているということの葛藤もすごくあったと思うんですけど、ドキュメンタリー独特の緊張感が満ちていて、それもぼくにとってすごくスリリングなことでした。まだ撮影していて編集もまだなので、どうなるかわからないんですけど、このスリリングな感じが編集、仕上げと続いていけばいいんじゃないかなと思います。
(自分にとっての“40歳問題”とは?) ぼくは40代の後半になっているんですけど、社会に対してなにができるか、自分は社会に育てられたわけで、今度は社会になにが貢献できるかなと考えている40代だと思っています。
(『40歳問題』の見どころは?) 「LOST CONTROL」という曲がいかにできあがっていくかという、ジャン=リュック・ゴダールという監督がローリング・ストーンズに密着して『悪魔を憐れむ歌』という映画を撮っていて、それに対抗しようとは思っていないんですけど、どのようにこの曲ができていったのか、また、今日も演奏されると思うんですけど、たぶん完成しない曲だと思ったりもするんですよね。今日の時点でいったいどうなるのか? というのがすごい楽しみで、そういう意味では、このドキュメンタリー自身も完成しないドキュメンタリーで、『70歳問題』くらいでまたやれれば面白いんじゃないかとか(笑)、完成しない映画というのもいいのかなと考えたりとか、そんな感じです。

 会見後には、スネオヘアーさん、スチャダラパー、リリー・フランキーさんと箭内道彦さんのユニット“青りんごス”、浜崎さんが出演するコンサートがおこなわれ、コンサートのラストでは、映画のエンディングとなる「LOST CONTROL」演奏シーンが撮影されました。果たして、それはどんなエンディングとなったのでしょうか?

 映画『40歳問題』は、会見に出席した3人のほか、スネオヘアーさん、格闘家の小川直也さん、タレントの新田恵利さん、作家の角田光代さんらが出演し、2009年早春、シアターN渋谷ほかにて全国順次公開予定。それに先駆け、第21回東京国際映画祭(2008年10月18日〜26日開催)のシネマ・ヴァイブレーション部門に出品され、初披露される予定となっています。また、映画から生まれた「LOST CONTROL」のCDリリースも決定しています。

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