立花亭ピカッチは大御所・立花亭圓志のもとで修行する前座の落語家。二つ目に昇進するまでは恋しい彼女にも会わないという固い決意で弟子入りしたが、普通４年程度のはずの前座修行はいつの間にやら９年５ヶ月に。ある日、寄席の楽屋でいくつものトラブルが持ち上がる。楽屋を取り仕切るのは前座のつとめ。万年前座のピカッチはこの事態を切り抜けられるのか？
　多くのヒット作・話題作の企画・プロデュースに携わってきた�~田裕司監督が初めてメガホンをとった『TOKYOてやんでぃ 〜The Story Teller's Apprentice〜』は、舞台劇を原案とした、寄席の楽屋が舞台の一幕ものの粋な人情コメディ。２０１２年に岸田國士戯曲賞を受賞して演劇界で注目を集めるノゾエ征爾さんを主演に迎え、バラエティに富んだキャストで“舞台裏のドタバタ”を軽妙なタッチで描いていきます。
　クスリと笑えてホロリと泣ける『TOKYOてやんでぃ 〜The Story Teller's Apprentice〜』には、笑いと涙だけではなく、�~田監督の映画への想い、生きることへの想いがたっぷり詰まっています。�~田監督の言葉から、その想いをぜひ感じてください。

「“こんなの観たら人生変わるぜ”という映画を撮りたいと思ったんです」

――　今回『TOKYOてやんでぃ 〜The Story Teller's Apprentice〜』（以下『『TOKYOてやんでぃ』』で初のメガホンをとることになったきっかけについて教えてください。

�~田：ぼくは子供のころから表現がしたくて、表現の王様はなにかと考えたとき「それは映画だ！」というとこに行きついて、んで、映画監督になろうと思っていたんですね。単純な子ですね(笑)。それで、子役として現場に出て、演出の仕方を現場で勉強しました。高校時代にはぴあフィルムフェスティバルで入選させていただいたり、わりと順調に来たんですけど、20歳くらいのときに外側の要因があってこの業界を離れなければならなかったんですね。それから２、３年ごとにいろんな業種に携わって、それはそれなりに面白かったんですけど、まったく映画からは離れてしまった。32歳のときには商社におりまして、そこでやっと映画をやれる環境がちょっとだけ作れたんです。映画で飯を食っていかれるだけで幸せでね。ぼくにやれることは企画を立ててお金を集めることだけ。どうやらその仕事はプロデューサーと呼ばれる仕事らしいということで、この世界に戻ってきました。そこからは運にも恵まれて大きな作品もずいぶんやってきたんですけど、リーマンショックのあとで映画の作り方がガラッと変わっちゃったんですね。それで「もうぼくの出番はないかな」と思って、この業界をやめようと思っていたんです。そしたら、業界にいっぱいいる友人のひとりが「どうせやめるんだったら最後に自分の１本を撮ってみては？」って言ってくれまして、それが今回の制作会社のアイエス・フィールドの嶋田（豪）社長だったんです。それでぼくも「それもそうかな」と思いましてね。やっぱり単純ですね、変わってない(笑)。で、また、そのタイミングで震災が来てしまったんですね。ひどいニュースを茫然と見ながら、当たり前ですが「人間は死んでしまうんだ」ということを改めて感じたんです。せっかく生まれてきて、ずっと表現したいと思っていて、評価もいただいていたのにぼくはまだなにもしていない。こうして撮れるチャンスが来たのもまた運命かなと思って、最終的にはそこで気持ちが決まったんです。

――　今回は、うわの空・藤志郎一座の舞台劇「悲しみにてやんでい」の映画化ですね。この題材を選ばれた理由はなんだったのでしょうか？

�~田：いろいろな要因があるんです。ぼくは子役をやっていて大きなミュージカルをやったりしていたので、子供のころから日本中の芝居小屋を回っていて、売れない俳優さんをいっぱい見てきているんです。それで、いつか彼らの話を描きたいというのはずっと思っているんです。でも、売れない俳優さんの話だと哀しい話になるので、いまは哀しい話をやるときではないし、寄席の楽屋ならコメディができると思ったのが大きいですかね。
　もうひとつには、ぼくは監督としてのバリューがあるわけではないので、集められる予算もそんなに大きくはないとわかっていたんですね。だから、あまり場所の移動がないもの、できれば一幕もので面白いことができないかなと思っていたんです。この映画の原案となった「悲しみにてやんでい」は、まさしく一幕もの。ぴったりの題材だったんですね。
　「悲しみにてやんでい」は、一緒に芝居をやっていた友人のひとりが出ていたので、10年くらい前に観客として観にいって、いたく感動しましてね。５、６年前にもプロデュースして映画にしようと動いていたことがあるんですよ。だけど、いまはこの手の作品というのは企画書を書いてもまったく通らないんですよね。ヒットしたマンガや小説が原作というわけではないですし、人情もののドタバタ喜劇というのはここ30〜40年くらい撮られていないジャンルですから。だからこそチャンスがあると思うんですけど、いまはみんな守りに入っちゃう時代ですからね。もちろん、ビジネスですからそういうのを無視してはいけないというのもわかっているんですけど、それにしてもいまの映画界は同じような企画ばっかりでひでえなって思う状況があって、その中で、いまはこういう作品がないからやりたいし「こんなの観たら人生変わるぜ」という映画を撮りたいと思ったんですね。そういうこともあって、この題材を選んだということですね。

――　「悲しみにてやんでい」はすごく舞台劇の特性を活かした作品だと思うのですが、舞台劇としての完成度が高い分、逆に映像化するには難しい部分もあったのではないでしょうか？

�~田：そうですね。舞台の表現と映像の表現というのは当たり前ですが実はまったく違うので。ただ、ぼくには、これならできる、否、これはぼくにしかできないっていう感覚があったんですね、実は(笑)。ぼくは『十二人の怒れる男』（１９５７年・米／シドニー・ルメット監督）のような作品が好きで「どうして日本ではああいう一幕ものの映画がなかなか成功しないんだろう？」と思っていたんですよ。もちろん、ぼくが知らない作品で成功しているものはあるとは思うんですけど、そういったことに挑戦している作品を観るたびに「ヘタクソだなぁ。ぼくだったらこうやれるのになあ」といううずうずした感覚がずっとあったんですね。この作品はわりと松竹映画みたいな伝統的な喜劇のような内容に見えると思うんですけど、人が楽屋に出入りするのをただフィックスのカメラで撮ったら面白くないなと思っていて、いかにカメラが動いて見せられるかが大事で、それがうまくできれば充分１００分持つと思っていたんです。この業界の先輩に「一幕ものをやりたい」と言うと、よく「一幕ものは飽きちゃうから、やるならホラーとかサスペンスにしたほうがいい」と言われたんですけど(笑)、ぼくはそういうのに興味はなくて、いかに一幕もので人の出入りだけで飽きさせずに１００分を魅せられるか、そこは、実際、現場でも手応えがあって、ワクワクしてました。才能、でしょうか(笑)。

――　「カメラが動いて」というお話がありましたが、手持ちカメラを多用されていますね。カメラはデジタル一眼ですか？

�~田：そうです。デジタル一眼で、ほとんど手持ちですね。この作品をやろうと決めたときにぼくが最初に誘ったのはカメラマンの藍河（兼一）くんなんです。藍河くんは映画監督さんでもありますし、もともとは地方のテレビ局のカメラマンで、新しいカメラが出ると業界の人向けに説明書を書くような、機械の特性まで精通した人なんです。今回の映画は、手前に焦点が合ったら20センチうしろの人の顔はもうボケちゃうみたいな被写界深度の浅いシネレンズを多用して、しかもドキュメンタリーのようにバンバン動きたいなと、一見矛盾した不可能なことに挑戦したいと思っていたんです。とにかく狭い部屋の中で動くので、大きいカメラで助手さんと一緒というのは無理ですから、一眼レフじゃないとできないんですね。今回はシーンを一気に撮って行く長回しを多用しているので、ひとりで動きながら人差し指一本で次々とピントを合わせていくという神業を持っている人じゃないとできないと思っていて、それには世界的に見ても藍河くんしかいないと！　藍河くんが来たらもう勝てると思っていて、最初に彼を下北沢の激安居酒屋で口説いたんです(笑)。

――　撮影は実際に寄席の楽屋を使われているのですか？

�~田：荻窪にある旅館なんですね。なんにもない部屋を美術の方がすごくがんばって飾ってくれたんです。ほんとの末広亭の楽屋はあの６分の１くらいですから、あんなに人がいられないんですね。

――　やはり、セットではない実際の部屋を使っての撮影ですと、たとえばカメラアングルが限られたりというようなご苦労もあったのではないでしょうか？

�~田：それはありましたね。わりと綿密に動き回るためのプランを立てていたのに、たとえば照明さんが足場を組んでしまったので動けないとか、いろいろな齟齬はありました。でも、この現場は低予算で楽しくやろうと思っていたので、そういうトラブルも含めて逆に力に変えて楽しんでやった感じです。最初のプランができなくなっても「むしろこっちのほうがいいよ、かえって良い画が撮れるよ！　ありがとありがと」みたいなことをみんなに聞こえるように話したりして(笑)。だから、ピンチが来ると一工夫できる！　ってなことで、楽しかったような記憶しかありません(笑)。

「同じ方向を向いてくださること。スタッフもキャストもそういう人を集めたんです」

――　キャスティングについてお話をうかがいたいと思います。主人公のピカッチを演じたノゾエ征爾さんは、どのような経緯で出演が決まったのでしょうか？

�~田：ぼくは、だいたい年間１２０本くらい芝居を観ていて、20年以上観ていますから、延べで言うともう何千本と観ているんですよ。そうすると、芝居、特に小劇場をやっている人たちの中にものすごく才能のある人がいっぱいいらっしゃるのを知っている。その中で、ノゾエくんがぼくの中で今回の役にピタッと一致したんですね。ただ、ノゾエくんは演劇界ではみんな知っていますけど、映画界では勉強していない人は知らないので、当たり前ですけどプロデューサーチームからは「もうちょっと知られてるイケメンの男の子でやってくれ」って言われるわけですよ(笑)。さっきもお話ししたとおり、ぼくは今回は自分のプランがうまくいかなくてもそれを受け止めて、むしろかえってうまく料理してやろう！　という気持ちだったから主演が誰になってもやろうとは思ってはいましたけど、ただ「それだと普通の映画になっちゃうよ」という話をしたんです。「それよりノゾエくんが来たほうが闘えるけどね」と言って！　もうひとつ「知らないだろうけど、ノゾエは来年か再来年には岸田國士戯曲賞とるぜ」ってハッタリを効かせたんですよ(笑)。それで、みんな「え、そうなの？」って感じで巻き込まれて、ノゾエくんで行こうとなったんです。でも、やはり低予算の作品ですから、最初、ノゾエくんの事務所さんからはちょっと難しそうな反応もあったんです。ぼくも江戸っ子なので、そういう話を聞くと「じゃあノゾエはいらねぇ！」ってなりましてね(笑)。無理に来てもらうのは嫌だから別の人で行こうと考えはじめていたんです。そしたらノゾエくん本人がホン（脚本）を読んで「なんとしてもやりたい」と言ってくださったということで、そこでまたひっくり返ってノゾエくんに決まったと言うことですね。嬉しいことに撮影が終わったあとすぐにノゾエくんはほんとに岸田戯曲賞をとっちゃったんですよ。一応、周りには「ホラなっ！♡」って、自分がとったわけでもないのに自慢しましたけどね(笑)。

――　監督がノゾエさんの受賞を予想されたのは、なにか情報をご存知だったのですか？

�~田：だいたい当たるんですよ、ぼくは(笑)。やっぱりたくさん観ていますから、岸田戯曲賞はだいたい当たりますね。ただ、取るとしても２、３年後かなと思っていたので、そういう意味ではノゾエくんは早かったです。映画が公開になる前にとってくれたので、それは運があるなと思いました(笑)。

――　それはすごいですね。話が少し戻りますが、ノゾエさんがピカッチのイメージにピッタリだったという部分について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか？

�~田：やっぱり、生きるのが下手な人を描きたかったんですね。すごく生真面目な感じでね、たとえばシャツのボタンをいつも一番上まで留めていたり、相手に対して深々とごあいさつができたり、礼儀正しくて、頭が悪いわけじゃないんだけど「いまの時代はもっと上手な生き方があるのに」思われるような人がぼくの中ではハマってたんですね。ずれちゃうメガネをかけてたり、ファッションに明るくなかったり、で、きちんと清潔感のある人ね。そういう朴訥な人を見ると応援してあげたくなるんじゃないかなと思うんですよ。そういう主人公でいてほしいなと思ったので、そこがノゾエくんの雰囲気に合ってたんですね。
　それから、こういう映画って、みんな型にはめて演ろうとするから感情過多になっちゃうんですよね。だけど今回はリアリティを出すために、コメディだけどなるべく感情を出さないというのがテーマだったんです。コントを作っているわけではないし、演技論で言えば、永遠性があるハイエンドのすごい作品を作りたいと思っていたので。それはみなさん、特に経験で演技ができてしまう大御所の俳優さんにとっては圧倒的に難しい作業だったと思いますが、そんな中で、ノゾエくんの独特の声のトーンで淡々とした話し方は、ぼくがやりたいことに合っていると思ったんです。

――　ピカッチの師匠の圓志は小松政夫さんが演じられていますが、小松さんはどのように出演が決まったのでしょうか？

�~田：いろいろな候補の方がいらっしゃったんですが、小松先生はこのホンを読んで「�~田、これねえ、最後まで読めないんだよ。涙が出てきちゃって」と言ってくださったんです。小松先生は若いころにサラリーマンを辞めて植木等先生のところに弟子入りをなさって、圓志とピカッチとは違うかたちですけど、師匠と弟子というポジションであたたかく見守られていたというのは小松先生の心にすごく残っていらっしゃるようなんです。それで「この役は俺がやりたい」とおっしゃってくださってね。そこまで言ってくださるなら小松先生にということだったんです。ただ、そう言ってくださった割にはセリフを覚えてこなかったですけどね(笑)。やっぱり、小松先生のようなベテランの方はシーンを割って撮るやり方に慣れていらっしゃるんですね。でも今回はシーンごとにワンキャメで一気に撮ったんです。まずスタッフとキャスト全員に「最初にカメラはここにあって、このツーショットで、だんだんカメラ引いてって、最後はカメラここに来て、またこのふたりのツーショットになって」みたいに一気に説明して「じゃあ行こう」って本番なんです。それで「今度は逆から撮ります」って一連の芝居を基本的には２回やるだけなんです。「慣れちゃう前に撮っちゃおう」ってやっていたんですよ。しかも、小松先生の出ていらっしゃるクライマックスシーンの撮影は初日の最初の撮影だったんです。実はこの作品はパズルのように「この人はここに３時間だけ、この人はここで２時間だけ」というスケジュールをもらっていて、組み合わせて撮っているんですよ。しかもグループショットが多いから絶対にこぼせないんですよね。時間はたしかになかったんですけど、ただ、それは妥協したわけじゃなくてそういうリズムで初めから撮りたかったんですね、実は。最後は逆に小松先生のほうが心配してくださって「もうちょっと付きあってもいいよ。監督なんでも言ってくれ！」なんて、終わっちゃったあとに都合のいいことおっしゃってらしたなぁ(笑)。ぼくは「たった２時間でこの分量のクライマックス撮りあげるのかよ！　そりゃ無理だろ！(笑)」なんてちゃかしながら、時間がないのもギャグにして現場を盛り上げて撮ったような状況でしたね。

――　そのほかのキャストも個性豊かなみなさんが揃っていますが、キャストを選ぶ上で一番重視されたのはどんなところなのでしょうか？

�~田：やはり、同じ方向を向いてくださるということですね。ギャランティ的にも潤沢に出せるわけではありませんでしたし、もともと正面からはまともにお願いできるような状況ではないんですね。だから、それでもこっちを向いてくださる方がいたら、それはご縁だと思ってお願いしたという感じです。面白いエピソードとしてはですね、主題歌を歌っているDaizy Stripperのボーカルの夕霧くんサイドが「出演したい」と言ってきたんです。でも、ヴィジュアル系のミュージシャンってどんな人かわからないじゃないですか！　ぼくら、かっこいいミュージシャンに偏見持っているし(笑)。だから「もしガム噛みながら“ちぃーっす”って入ってくるようだったら、俺はその場で殴る蹴るの暴行だからね」と言っておいたんです(笑)。ぼくは本来は温厚ですけど、もしそんなふうにやって来られたら真剣にやっているみなさんに失礼になりますからね。そしたら、実際の夕霧くんはほんとに礼儀正しく入ってきて、話をしたら真剣に取り組もうとしてくれていて「じゃあ一緒にやろう！」という感じでした。ほかの俳優さんも、新人の人に関してはそういうことが多かったですね。

――　それからキャストでは、やはり落語界が題材になっていた『の・ようなもの』（１９８１年／森田芳光監督）に出演されていた伊藤克信さんとでんでんさんがご出演になっていますね。これは意識されていたのでしょうか？

�~田：実はね、正直言いますと、それは意識していなくてあとから気がついたんですよ。ただ、漠然と「こういう方が来てくれたらいいな」と考えていたときに、頭の中に自然と『の・ようなもの』があったのかもしれないですね。正直、伊藤さんやでんでんさんに来ていただけるとは思っていなかったんですよ。予算的なこともありますし、最初は無名の俳優さんばかりでやろうと思っていたんです。でも、若いプロデューサーさんもいらっしゃるからキャスティングの勉強もしたほうがいいんじゃないかと思って、後半になってからキャスティングを進めていったんです。それで、普通なら出ていただけないような条件なんですけど、映画は本人ジャッジになることが多いので、条件をお話ししてホンを読んでもらったら「やる」という方がけっこう出てきてくださったんです。実は、実際に出ていただいた方々のほかにも「出たい」と言ってくださった方が何人もいらしたんです。だけど、この映画はギネス級のスケジュールで、４日で撮影しちゃっているんですよ。それで、ほかのお仕事を優先していただいていたので「�~田、３日ずれるけど大丈夫？」とか言われたりして「すみません、３日ずれたらこの組、もう終わってるんですよ」「なんだよ、出たかったのに！」みたいに怒られたり(笑)。そういう残念なことも実はけっこうあったんです。

――　では、脚本の段階からキャストのみなさんを想定していたわけではないのですか。

�~田：そうです。最初から考えていたのはラサール石井さんだけですね。ラサールさんとは、いつかラサールさんが監督をやるときにぼくがプロデュースしますという個人的なお約束があって、ぼくが先に監督をやることになったので、気持ちよく出ていただけるということになって「じゃあ、３時間だけスケジュールください」ということでそういう役を作ったりして。たとえば、千太郎くんなんかはね、ぼくが勝手に、見た目が日本人離れした噺家がいたら面白いと思って「黒人の噺家」って書いていたんで、スタッフのみなさんから「いや、この役ができる人はいないでしょう」って言われてたんです。そしたら奇跡的に千太郎くんという人が見つかって、ただ、これも千太郎くんは西麻布ヒルズという二人組で挑戦的な漫才をしている方なんで、また彼が「生意気な奴だったら嫌だな」と思っていたら、最初に来たとき緊張して震えてるような人なんですね。それ見てすぐ「よし、この人で行こう」って。ぼくはプロデュースしているときもそうなんですけど、大抵第一印象で決めるんです。演技はどうにかなるんですよ。それより、タイトな現場ですから同じ方向を向いて一緒に闘えるような性格の人を集めたんです。スタッフもキャストも、そういう人でまとめているんですよ。

「“ベタじゃなくて粋”なコメディを、ずっとやっていけたらいいですね」

――　この作品は、もちろんコメディではあるのですが、報われないピカッチの姿がどこか現代の若者像を象徴しているようにも見えて、現代へのメッセージも込めた映画にもなっているように思えました。

�~田：この映画のテーマを言うと“価値観の多様性”なんですね。つい最近までこの国は経済至上主義で、お金を持っている人が勝ちだったわけです。ホリエモンなんかがその代表ですよね。六本木ヒルズに住んで、高級車に乗って、きれいなモデルさんと遊んでというのが理想で、あのころは子供に「ホリエモンみたいになりなさい」みたいに教えてた親も間違いなくいたんですよ。ぼくはそのころから息苦しく感じていて「なんか違うんだよなあ」と思っていたんです。でも、当時それを言っても受け入れられないし、そういう映画を作ってもわかってもらえないですよね。それが、冒頭の話につながりますが、リーマンショックがあって、大震災があって、大変不幸なことですが、一方で、みなさん「人間の幸せってなにか？」ということを考えるきっかけになったと思うんですよ。そこでぼくは「お金だけじゃなくて、いろいろな価値観があっていいんだぜ」ということをやりたかったんです。ピカッチは、愛する彼女もいなくなって、中年にさしかかろうかという歳なのに、金も持っていなければ地位も持ってない。全部なくしてしまっていますよね。そこを「バカだねピカッチは」と笑ってあげてほしいんですけど、その一方でね、自分がやりたい仕事に出会えて、一生を賭けられる師匠に出会えた。いまは何者でもなくて、周りから褒められたことじゃないけれど「そういう人生があってもいいんだ」ってことを、映画を観終わったあとに飯でも食いながら思ってくれたらいいと思うんですよね。「人に迷惑さえかけなければなにしたっていいんだぜ！　いろいろな価値観があっていいんだぜ、人からどう見られようといいんだぜ」って考えたら、生きていけると思うんですよ。それをセリフで言うんじゃなくてね、笑いの中で感じてもらえたら大成功かなって思いますね。

――　その価値観の問題というのは、最初にお話にあった、いまの日本映画の作られ方に通じるところもあるのではないでしょうか？

�~田：そうかもしれませんね。やっぱり、映画は失敗することのほうが多いんですよね。いろんな会社にやる気のあるプロデューサーさんはいらっしゃるんですけど、新しいことをやって失敗すると責任を取っていなくなっちゃうんですよね。なんにもしない人たちのほうが会社に残って出世できる。そういうのを見ていると、みんな「いま、こういう作品はないからやりましょう」というのは怖くてやれないんです。だから「この原作は売れてますからこれにしましょう」みたいな後ろ向きの要因ばかりになっていって、どんどんジリ貧になっていくんだけど、それしかできない。それさえやっていれば責任を取らなくてすむから。画一的な価値観の中で勝ち負けで来ちゃっているんですね。ぼくらも含めて偏差値社会の中で、いい大学に入るためだとか、いい会社に入るためとか、ずっと生きてきちゃってるから。でもホントにそうか!?　それだけじゃないだろ！　ってことをテーマとしてはやりたかったんですね。

――　そういうテーマを込めた『TOKYOてやんでぃ』が間もなく公開となるわけですが、その後に次回作は予定されているのでしょうか？

�~田：作品としては仕込んでいるのが何本かあります。もしかしたら『TOKYOてやんでぃ』のパート２もあるかもしれませんし、現場では「このシリーズ50話まで作るからねっ！」って言ってましたし！(笑)　原作ものの企画も何本かいただいているので、ちょっと今風のライトコメディみたいなものとか、あとは強烈なエロスとか、撮ってみたいんですよ。いろいろやってみたいんですけど、基本はコメディかなって思っています。冒頭にも言いましたけど、いまドタバタコメディで人情喜劇というのはないんですよね。ライトコメディはいっぱいあって、三谷幸喜さんもそうですし、矢口史靖くんもそうですし、センスのある人がいっぱいいるんですけど、ドタバタでほろっとさせる“ベタじゃなくて粋”なコメディというのは、いまはぼくしかできないと思ってますし、それはずっとやっていければいいですね。

――　過去のコメディで「いまの日本映画界にこういう作品があったら面白い」という作品があれば挙げていただけますか？

�~田：やっぱり「喜劇駅前シリーズ」みたいな作品があると面白いなと思いますね。ただ、それには天才コメディアンがいないとできないんですよ。森繁さんとか。たとえば「男はつらいよ」も、渥美清さんがいたから成立しているんですよね。実は今回もそこは懸念されたんです。だから『TOKYOてやんでぃ』は逆の構造なんですよ。主人公が不器用な普通の人で、周りに30人キャラクターを作っちゃえばできると思ったんです。それと、いまは「寅さん」の時代とはコミュニティのあり方が変わってるでしょ。寅さんの時代はコミュニティがひとつしかなくて、寅さんが柴又に帰ってくるとコミュニティの中で混乱が起きちゃうから、それを守ろうとしてみんなで寅さんがなにかしでかすのを止めてたんですよね。でも、いまはみんな自分のコミュニティをいくつも持っているから、寅さんが柴又に来てもどうせ10日間くらいしたらいなくなるわけだし、誰も騒がないから物語が始まらないんですよ(笑)。だから、現代社会では寅さんは成立しないんです。だけど、寄席の楽屋というのは、ほかの場所じゃうまく生きていけない人たちが集まっているんですよね。奥さんからは「もうちょっと稼ぎがないの？」と攻められたり、娘から「お父さんの職業は人に言えないよ」って突き放されたり、近所の人たちからは「なにやってるのかしらねあの人は」って陰で噂されているような人たちなんですよね、この人たちは(笑)。場所が無いんです。でも、寄席の楽屋にだけは自分の世界がある。そういう場所なら、みんながその場所を守ろうと積極的に参加するから物語が始まる環境があるんですね。そういう意味では寄席の楽屋は物語が始まる貴重で奇跡的な場所なんですよね。清水邦夫先生の「楽屋」というお芝居があるんですけど、それもいつか映画化したいと思っているんです。やっぱり、自分が幼少のころからいたところですし、楽屋というものにすごく惹かれるものがあるんですね。

――　では、最後になりますが『TOKYOてやんでぃ』をご覧になる方へのメッセージをお願いします。

�~田：そうですね、実はこの映画はすごい技術を各パートの方が持ち寄って挑戦的に勝負している作品でもあります。と、いろいろ図に乗って偉そうにお話もしてしまいましたが、ただそんなことを声高に宣言しても野暮なだけなので、とにかく「なんにも考えずに気軽に楽しんでください」と、結局はそれだけですかね(笑)。映画本来の楽しみ方をぜひ味わっていただければ嬉しいです。

（２０１３年１月24日／アイエス・フィールドにて収録）