『東京ウィンドオーケストラ』坂下雄一郎監督インタビュー
屋久島の役場職員・樋口詩織は、コンサートのため来島した10人の楽団が招聘したはずの有名オーケストラと一字違いのアマチュア楽団であることに気づく。不倫相手でもある上司の田辺や、有名オーケストラの来島を心待ちにしていた先輩職員の橘には事実を告げることができず、樋口は10人を本物の有名オーケストラに仕立ててごまかそうとするのだが……。
『東京ウィンドオーケストラ』は「作家主義×俳優発掘」を掲げる松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画制作プロジェクト第3弾。屋久島を舞台に、役場職員とアマチュア楽団の起こす騒動がコミカルに描かれていきます。
監督・脚本は、東京藝術大学大学院映像研究科出身の坂下雄一郎監督。大学院修了作品『神奈川芸術大学映像学科研究室』が一般公開され注目を集めた新鋭は、映画初主演となる女優・中西美帆さんとワークショップで選ばれた俳優陣を中心に、商業長編デビュー作にしてすでに独自の「坂下ワールド」を感じさせる作品を完成させました。
『滝を見にいく』『恋人たち』と話題作を生んできたプロジェクトの新作として期待を集める『東京ウィンドオーケストラ』の生まれるまでを、坂下監督にうかがいました。
坂下雄一郎(さかした・ゆういちろう)監督プロフィール
1986年生まれ、広島県出身。大阪芸術大学映像学科で映画を学び、同大学の助手を経て東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻に入学。大学院在学中の2011年に短編『ビートルズ』で第22回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭北海道知事賞を受賞。大学院修了制作作品の『神奈川芸術大学映像学科研究室』はSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2013長編部門審査員特別賞を受賞し「SKIPシティ Dシネマプロジェクト」第4弾作品として2013年に一般公開された。ほかの作品にオムニバス『らくごえいが』の1編「猿後家はつらいよ」(2013年)など。商業長編デビュー作となる『東京ウィンドオーケストラ』に続き、吉沢悠さんを主演に迎えた『エキストランド』が2017年公開予定。
「同じような衣裳の人たちが10人くらいいるというルックの映画を作りたい」
―― 今回、松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画制作プロジェクト第3弾の監督に抜擢されて『東京ウィンドオーケストラ』を監督されましたが、最初に企画のお話があったときのお気持ちはいかがでした?
坂下:たしか、一番最初に連絡があったときぼくは仕事で中国にいたんです。そしてメールが来て、中国での仕事のほうもまあまあ忙しかったので、とりあえず「帰ってから返信します」みたいな感じで(笑)。その時点では『滝を見にいく』(※同プロジェクト第1弾作品・2014年/沖田修一監督)も公開していなかった時期なので、どういう企画なのか全然わからなかったんです。でも、そういうお話をいただけるのはありがたいことなので、なんとかしてがんばろうと思っていた記憶があります。
―― 監督はこれが商業長編作品としては初になりますが、初の商業作品ということで意識されたことはありますか?
坂下:まあ「うまいことやれるのかなあ」みたいな不安でいっぱいでしたけど(笑)。なんか、進んでいくその都度その都度でけっこう「いまやっているものでちゃんと面白いものになっているのかな?」みたいなことは思いながらやっていた記憶はありますね。
―― 今回は島が舞台とか、音楽・オーケストラが関係するとか、いろいろな要素が入っていますが「これは作品中に入れてほしい」という要望のようなものはあったのでしょうか?
坂下:基本、それはなかったですね。ワークショップをやってオーディションをしたいのである程度の人数が出る話にしてほしいというのはあったんですけど、それも「人数が出るとありがたいです」くらいの話で、絶対に決まっているのでみたいなことは言われなかったです。
―― そうすると、オーケストラを巡る騒動というアイディアはどのように発想されていったのでしょうか?
『東京ウィンドオーケストラ』より。中西美帆さん演じる主人公の樋口(左端)と、有名オーケストラに間違えられた楽団の10人
坂下:ワークショップでオーディションをするという企画だったので、まず似たようないきさつというか、ワークショップを経ている映画を何本か観たんです。そうやって参考にしつつ、こういう機会でないと人数が多めに出る映画を作ることもないかなと思ったので、いろいろ案を練っている中で「地方に楽隊がやって来る」みたいな話を思いついて、そこからいろいろ考えていったみたいな感じです。
―― では、最初から音楽をモチーフにするというアイディアがあったわけではなかったのですね。
坂下:そうですね、最初は楽隊のヴィジュアルといいますか、同じような衣裳の人たちが10人くらいいるというルックの映画を作りたいなというところからですね。そういう人たちがなにをするのかと考えていったら、楽器の演奏がいいのかなという感じでした。
―― 最初に思いついた時点では「地方に楽隊がやって来る」という話だったということですが、島にしたのは理由があったのでしょうか?
坂下:最初は島ではなくて普通のどこかの地方という設定だったんです。たしかプロデューサーの方から「島にしませんか」みたいな提案をされて、最初は別の島が候補だったんですけど、最終的に屋久島に行くことになりました。
―― 舞台が島になったことが作品に影響した部分ってありますか?
坂下:すごく象徴的なものになったとは思いますね。やっぱり地続きになっていなくて海を隔てているところなので、主人公の閉塞感とか抱えているモヤモヤしたものなんかは、島になったことで象徴的になったと思います。
「最初のシナリオだと橘が主人公。主に振り回されるのは橘だったんです」
―― ワークショップをおこなわれたということですが、ワークショップで選ばれたのはオーケストラ役の10人のキャストの方々ですか?
坂下:オーケストの人たちと、あと松木(大輔)さんという主人公の不倫相手になっている課長と、中学校の音楽の先生(稲葉年哉さん)の12人ですね。最初は楽隊の10人だけを決めるつもりだったんですけど、課長役と先生役もワークショップからでいいんじゃないかということになって。
―― ワークショップはどのようにおこなわれたのでしょうか?
坂下:まず募集があって、書類選考と面接で20人くらいに絞らせてもらいました。それで、その時点でシナリオもある程度できていたので、4日間くらい稽古場みたいなところでやってもらう役を変えつつ、役を回し回しでやっていったという感じです。
―― 監督はワークショップで俳優さんのどんな部分を一番ご覧になっていたのでしょうか?
坂下:ぼくが見ていて面白いかどうかですよね。実際にシナリオとかを読んでもらったのが見ていて面白いとか、うまくハマっているなという部分ですね。
―― ワークショップを経たことで、たとえば役の設定などに変更点はあったのでしょうか?
坂下:もともと、ワークショップで役が決まったらその人に合わせて書くつもりだったんです。それまではなんとなくの性格設定だったりで書いていたんですけど、ワークショップで決まってからもうちょっと具体的にセリフとかも直した感じです。
―― オーケストラ役の方々の中でも、指揮担当の杉崎を演じられた星野恵亮さんが強く印象に残ったのですが、星野さんを指揮者というポジションに選ばれた理由はどんなところなのでしょうか?
『東京ウィンドオーケストラ』より。中西美帆さん演じる樋口(左)と、星野恵亮さん演じる指揮者の杉崎
坂下:最初に、10人それぞれの役割のひとつとして、引率役というかリーダー的な人が要るなあ思っていたんです。ワークショップでは集まった20人くらいの中から同じ役を数人くらいにやってもらうんですけど、それで星野さんが一番良かったんですよね。星野さんより年齢が上の人もいるんですけど、星野さんはほどよくみんなを連れていきそうな感じとか、ほどよく動揺してそうな感じですね(笑)。そのバランスが良かったんですよね。
―― 星野さんは、セリフや動作だけでなく、すごく表情で語る部分が多いと思ったのですが、それは意識されていたのでしょうか?
坂下:そうですね、基本、ぼくはそんなに指示はしていないので、ある程度は星野さんの好きなようにやってもらっているとは思うんですけど、うまいことやってもらえたなっていう感じですね(笑)。
―― 星野さん以外のオーケストラのメンバーについても「その人がどういう人物か」というのを、衣裳も含めてルックスで説明しているように感じました。
坂下:基本、見た目は大事というか、パッと見のイメージは大きいですよね。まあ、衣裳については最初の打ち合わせで黒で行きましょうと決めて、あとは衣裳の方にお任せしてやってもらったような感じです(笑)。
―― もうひとり重要な登場人物として、小市慢太郎さんが演じられた橘という、オーケストラ招聘をずっと望んでいた張本人がいますが、橘はどんなポジションを意図していたのでしょう?
坂下:最初のシナリオだと橘が主人公だったんですよ。歳はもうちょっと若い設定だったんですけど、主人公は男性の橘で、その下に女性の樋口が付いているみたいなかたちで、最初のシナリオで主に振り回されるのは橘だったんです。でも、楽団員に振り回される一方で、逆側の片一方からも振り回されたほうがいいのかなみたいなところで、樋口を主人公にして、楽団員と、橘と、実は付き合っている上司と、いろいろなところから振り回されるようにしたんですね。それで、主に待ち望んでいるキャラクターがひとりいればいいと思っていて、それが橘なんです。待ち望んでいれば最終的に裏切られることになりますから、その分、面白いことになるだろうと思いました。
「プロットに皮肉が込められていると自分でも面白いと思えるようになる」
―― そして、中西美帆さんが演じられた主人公の樋口は、オーケストラの方々なんかがわかりやすいキャラクターな反面、なかなか「こういう人物」とわかりづらいキャラクターかなと感じたのですが、樋口のキャラクターはどのように作られたのでしょうか?
坂下:最初のシナリオの段階では、樋口はもっと明るい、それこそ朝ドラのヒロインのような元気なキャラクターだったんです。中西さんに決まってからも1回そんな感じでホン読みをやってもらったんですけど、あんまりハマってなくてうまくいかない感じがあったんですね。それでちょっと悩みましていろいろ話し合ったんですけど、カメラマンの子にも相談したら「坂下さんみたいにやってもらったらいいんじゃないですか」って言われて(笑)。
―― 「坂下さんみたいに」というのは、監督ご自身のようにということですか?
坂下:そうですね、ぼくみたいに特に声を張り上げるわけでもないみたいな感じがいいんじゃないですかみたいな(笑)。そう言われて「ああ」と思って、そこからガラッと変えた記憶があります。
―― それは映画全体にとってかなり大きな変更になったのでしょうか?
坂下:でも、シナリオ自体はそんなに変わっていないんですよ。セリフの言い方とか立ちふるまいが変わっただけなので。
―― 監督は、作品中で樋口というキャラクターをどういう存在として意図されていたのでしょうか?
坂下:やっぱり主人公なので、なるべく観ている人に共感なり愛されないといけない役になると思うので、いろいろな面を作るようにしました。ある一面ではなくて、私生活では実は上司と付き合っているみたいなところもあったほうが。でも、映画を通じて最終的には行動が変わっていくというところですね。主人公の変化は物語の中で大事だと思いますし、そういう変化は意識しながらやった記憶があります。
―― 先ほどお話したように、指揮者の杉崎さんや、あと橘さんもけっこう表情が豊かで表情でいろいろと語っていると思うのですが、脇の男性たちが表情豊かな一方で、樋口は「笑わないヒロイン」になっていますね。
坂下:まあ、ぼくはあとから言われて「そういえば1回も笑ってなかったんだな」と気づいたくらいで、そんなに重要視はしているわけではないんですけどね(笑)。
―― 今回の映画のように「間違いとか勘違いがもとで騒動が起こる」というのは、映画のひとつのパターンでもあると思うのですが、そういうストーリーに挑戦しようと思う動機はどういうところだったのでしょう?
坂下:普段、自分が映画を観るときに、チラシとかであらすじだけを見て面白そうだなって思う映画ってあると思うんですけど、そういう映画ってなんか共通点があるような気がしていたんです。「なんで自分はこのあらすじを面白そうだなって思うのかな?」みたいなことを考えていて、そのころにシナリオの教則本を読んだんですね。たしかAmazonで一番売れているみたいな評判の「SAVE THE CAT」という本で(※ブレイク・スナイダー「SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術」)、もう内容はほとんど覚えていないんですけど、ひとつ「いい企画に必要なものは皮肉である」みたいなことが書いてあったのは覚えていて、それを読んだときに「ああ、それだな」と思ったんです。自分があらすじとかを見て興味を持つような映画に共通しているのは皮肉なんじゃないかと思って、それからはなるべくそういうことを意識していて、プロットに皮肉が込められていると自分でも面白いと思えるようになるので、たぶんそういうところから今回も「偽る」ということを考えたんだと思います。
―― そうやって作りあげた作品の公開を前にしたお気持ちを聞かせてください。
坂下:ぼくはこういういわゆる商業的な作品は初めてですし、周りのスタッフも以前からの知り合いも多いんです。キャストのみなさんもワークショップで選んだ、そんなに映画の経験がない人たちもいるんですね。そういう人たちが集まってがんばって作ったので、よければ観ていただけると嬉しいです。
―― 最後にもうひとつ、監督は『神奈川芸術大学映像学科研究室』のインタビューの際に「撮ってて楽しい明るい映画のほうがいい」というお話をされていましたが、やはり今回の『東京ウィンドオーケストラ』も、目指したのは「撮っていて楽しい映画」だったのでしょうか?
坂下:まあ、けっこう大変ですよね、撮影するのも(笑)。ちゃんと面白いものを目指してやるわけですから、いろいろ工夫していかなくてはならないし、楽しいことばかりではないですけど、でも楽しいに越したことはないですよね(笑)。
(2016年12月13日/松竹ブロードキャスティングにて収録)
東京ウィンドオーケストラ
- 監督・脚本:坂下雄一郎
- 出演:中西美帆 小市慢太郎 ほか
2017年1月21日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
1月14日(土)より鹿児島ガーデンシネマ先行公開