2013年公開『蠢動−しゅんどう−』で時代劇ファンに鮮烈な印象を残した三上康雄監督は、新作の題材に“武蔵”を選びました。武蔵役に細田善彦さん、小次郎役に松平健さん、さらに目黒祐樹さん、水野真紀さん、若林豪さん、中原丈雄さん、清水綋治さん、原田龍二さん、遠藤久美子さん、武智健二さん、半田健人さん、木之元亮さんの豪華キャストを迎えた『武蔵−むさし−』は、人々の思惑が交錯する中に従来知られていたのとは異なる武蔵像が浮かび上がる、骨太な群像劇となっています。
細やかな人物描写と美しい映像、そして迫力の殺陣により時代劇の醍醐味を現在に伝える三上康雄監督。そのこだわりが光る作品づくりについてお話をうかがいました。
三上康雄(みかみ・やすお)監督プロフィール
1958年生まれ、大阪府出身。10代のころから自主映画を制作し「関西自主映画界の雄」として活躍。5本の自主映画を制作したのち家業を継いで経営者の道を歩むが、2011年に事業を譲渡し、翌年「三上康雄事務所」を設立して映画製作に乗り出す。2013年、かつての自主制作16mm映画を原案とする監督作『蠢動−しゅんどう−』が劇場公開され、日本のみならず世界12ヶ国で上映され好評を博す。『武蔵−むさし−』が劇場公開第2作となる。
「それぞれの思いがあるから最終的には激突する。ぼくはそういう話を作りたい」
―― 今回“武蔵”を題材に映画を作るきっかけはなんだったのでしょう?
三上:ぼくは中学から大学にかけて剣道をやっていまして、、剣道をやっている人というのは大概は武蔵が憧れやと思うんですけれども、吉川英治先生の「宮本武蔵」にしてみても、内田吐夢監督の『宮本武蔵』五部作(1961年~1965年)にしてみても、武蔵はカッコいいんですね。でも、ぼくは「そんなすごい人がほんまにおったんかな?」という疑問があったんです。やっぱり、なにかに邁進していく中ではいろいろなことがあるだろうと考えてみると、小説や映画のようにカッコいいだけではなかっただろうというのがあって、自分で史実を調べ、武蔵に縁のあるいろいろなところに行ったりしたら、自分なりに「武蔵の素顔というのはもしかしたらこうではなかったんだろうか」というのができてきたので、それを映画に撮ろうと思ったんです。
―― 今回の映画『武蔵−むさし−』では、武蔵も小次郎も。人の思惑が生む流れの中に飲み込まれてしまうひとりの人間として描かれているように感じました。それは、監督の前作の『蠢動−しゅんどう−』と通じるものがあるように思います。
三上:ぼくは“個”というのは全体の流れ、組織とかうねりとか時間とかに左右されるのではないかなと思っているんです。それぞれの思いや考えはいろんな部分で左右されて変わっていく。ただ、それぞれの思いがあるからぶつかり合い、最終的には激突する。そういうような話をぼくは作りたいので、前作の『蠢動−しゅんどう−』にしても、今回の『武蔵−むさし−』にしても、テーマは変わらないですね。
『武蔵−むさし−』より。細田善彦さん演じる武蔵(左)と松平健さん演じる佐々木小次郎
―― 武蔵や小次郎をはじめ、これまでの映画やドラマなどで描かれてきたのとは異なる登場人物像を描くにあたって、キャスティングはどのような点を重視されたのでしょうか?
三上:まず、前作の『蠢動−しゅんどう−』にも出てもらっている若林豪さん(太木慧道役)、目黒祐樹さん(沢村大学役)、中原丈雄さん(板倉勝重役)は、今回も絶対に出てもらおうと思っていたので、脚本も若林さん、目黒さん、中原さんのキャラクターを活かしつつ役の人物像も考えつつで書いていったんです。それで、武蔵と小次郎は先に小次郎を考えたんですね。そうすると、小次郎は絶対的な王者、グランドチャンピオンでないといけないだろうと。映画を観ている方が「この人には勝てないんちゃうか」と思うことがこの映画の一番のサスペンスになると思ったんです。その存在感も含めてできる人は誰かと考えたら、もう唯一無二、松平健さんしかいないということで、松平さんにお願いしました。逆に武蔵についてはずいぶん悩んだんですけど、たまたま細田善彦くんの事務所と細田くん本人から「やりたい」という申し入れがあったので、細田くんと会って話をしてみたら、とにかくやりたいという熱意があってそれに打たれたのと、細田くんの持っている繊細な部分が武蔵に出ればいいのではないかと思ったんです。ただ、細田くんは殺陣をやったことがなかったのでどうしようかと思ったんですが、事務所も3ヶ月空けてその間はほかの仕事はさせませんと言ってくれたので、撮影前に3ヶ月貰って殺陣の練習と、彼は自らジム通いをして、ああいうふうな殺陣ができるようになりました。筋肉で10キロ体重が増えたらしいですよ。鶏肉しか食べなかったりプロテインを飲んだりするような肉体改造をして、日本映画には珍しくそこまで役作りをしたということですね。
―― 武蔵が薪を割るシーンでは裸の上半身が見られますが、実際に武道で鍛えた人の筋肉の付き方になっているなと感じました。
三上:あれは、細田くん本人もせっかく身体を作ったのでどこかで裸を見せたいと言っていて、ちょうどいいのであそこでやろうかということだったんです(笑)。
―― やはり細田善彦さんご自身も、相当の想いで武蔵役に臨まれたのですね。
三上:そうです。撮影前に肉体改造をしていたのと同時に、撮影に入る前と撮影の間も泊まるホテルが一緒やったんで、毎夜毎夜、彼はぼくのところに予習に来ていました。「明日はこうやろうと思っているんですけどどうですか?」とかの打ち合わせを毎夜毎夜していましたね。だから、変な言い方になりますけど、あの間の細田くんとぼくとは、完全にシンクロしていたような感じがしますね。
「全部がデザインやと思っているので、自分のデザインがきちっとなるようにやっているんです」
―― この作品の中で重要な位置を占めるものとして殺陣がありますが、殺陣はどのように作り上げていかれるのでしょうか?
三上:どうやったら勝てるかですね。さっき話したシンクロの話じゃないですけど「自分が武蔵になったらどうすれば勝てるか?」というのをつねに考えて、全部の殺陣を考えていきました。
―― さらに、それをどう撮影するかというのも、相当なこだわりがあるように感じました。
三上:まず、武蔵が吉岡一門と闘う一乗寺下がり松については、ぼくは「ここはスポーツ中継のように撮りたい」とシナリオにも書いていたので、カメラ3台で回しっぱなしみたいなやり方で撮りました。ぼくは流れをきちっと撮っていかなくてはならないと思っているので、基本的にどのシーンでもカメラは2台回しているんです。ぶつ切りの映像は撮りたくないんですよ。だから、殺陣のシーンは基本的に最初から最後まで全部通してやっています。
―― それぞれの場面での殺陣の撮り方というのは、どのように発想されていかれるのでしょうか?
『武蔵−むさし−』より。一乗寺下がり松での武蔵と吉岡一門との闘い
三上:シーンごとに意味が変わってくるので撮り方を変えていて、一乗寺下がり松は特に生死の際を見せなくてはならないので、ああいう撮り方をしました。一乗寺下がり松はスポーツ中継と決めていましたけど、ほかのシーンは「このシーンははこうしよう」と考えてやるというよりは、自分の中の引き出しから探してきて撮っていましたね。基本は全部フィックスで撮るというのはあるんですけど、別に「絶対にここはこの撮り方をしなくてはいけない」というのはなく、俳優さんの演技や雰囲気とかで、臨機応変にしていました。
―― 映像の面では、画面の色調も相当にこだわられていますね。
三上:こだわっています。『蠢動−しゅんどう−』もそうでしたけど、ぼくは色を削ぎたいんですよね。ただし「色を削ぐ」と言っても、色が薄いのは嫌なんです。「色が薄い」のと「色を削ぐ」のは違いますでしょう? 不要な色を削ぎたいというのがあるんです。それから『蠢動−しゅんどう−』のときは雪の中の殺陣を撮るので雪の時期に合わせたんですけど、今回は雪はどうでもいいのに『蠢動−しゅんどう−』と同じ1月から2月の時期に撮っているんです。これは、空気が澄んでいるのというのと、影が色濃く出ずにコントラストが付かないほうがいいので、この時期を選んで撮っているんです。それと、ぼくは知らなかったんですけど、カメラマンに聞いたら時期によって色温度というのが違うらしくて、やっぱり自分の考えが正しかったんやなと思いましたね。
―― 前作の『蠢動−しゅんどう−』も今回も、カラーでありながらモノクロのような印象も残す絶妙な色調ですが、これはポストプロダクションの段階で作る部分が大きいのでしょうか?
三上:撮影のときにすでにあの色になるようにしていますね。照明とかも含めて最終的にあのかたちに持っていけるようにやっていて、グレーディングのときにまた色を削いでいくという作業をしています。最終的にかたちにするということを踏まえていないとあの色にはならないんです。ぼくの中では、色に限らず全部がデザインやと思っているので、自分のデザインがきちっとなるように頭からやっているんです。衣裳や小道具も選ぶ段階で派手ではないものにしてますね。色だけではなくて、たとえば畑では昔ながらの大根を育ててもらったりとか、吉岡清十郎が作る憲法染めという染め物は吉岡さんの傍流の方に再現してもらったりとか、本物の修験者の方に来てもらうとか、そういうことはしてリアルにしています。
―― 今回、監督は音楽原案もつとめられていますが、具体的にはどういう作業をされたのでしょうか?
三上:あれは、ぼくが口三味線したのを三味線の方に弾いてもらったんです。
―― その音楽の使い方もひじょうに計算されていて、ここぞという場面で音楽が使われていますね。
三上:やっぱり、音楽は盛り上げるためにあるのであって、音楽で助けてもらうためにあるのではないと思っているんですよ。だから極端なことを言えば、ぼくは音楽がなくても大丈夫な映画を作らないとダメやと思うてます。今回も、盛り上げるためには入れますけど助けるためには入れていないという、そういう自信はありますね。
「最初から最後まで自分でやることによって完結できると思うてます」
―― もうひとつ、ロケ場所というのもこの映画の重要な点だと思いますが、ロケ地探しはどのように進められたのでしょう?
三上:もう、自分で探しまくりますね。全部探すまでに2年くらいかかってると思います。ぼくは住んでいるのが兵庫県で、今回は茨城とか千葉で撮っているので、あっちこっち行ったりしていたので時間はかかっていますよね。
―― 「ここに撮影できそうな場所がある」というような情報はどうお調べになるのですか?
三上:それはネットなんかで調べて行きますね。ただ、決めるのはあくまで実際に行ってみてからです。行ってみて「撮れるか撮られへんか」と、あともうひとつ「人を動かせるか動かされへんか」があるんです。いい場所であっても歩いて30分かかるようなところだと撮影のときにはすごい時間のロスになりますから、やっぱり車が着けられるところじゃないといけないので、それも含めて全部考えてやりますね。
―― それをおひとりで進められるというのは、かなり困難な作業ですね。
三上:ぼくにとっては、ロケ地の選定にしても、キャスティングにしても、それは全部プロセスなんで、きちっとしていかないと成り立たないと思っているので、たしかにしんどいですけど、やって当たり前のことですね。
―― 今回のロケ場所は、あまりほかの映画やドラマなどのロケで使われていないところが多いようですね。
三上:やっぱり、どこかで見たことのある景色は嫌でしょう? だから自分で探そうと思っていました。ただ、ロケセットというか町並みとかは、どうしてもそういう撮影地でないとできないので仕方ないんですけど、野外のロケ地はできるだけ使われていないところを自分で探しました。
―― いまは、ロケをやるにしても建物や電線などがあって撮影がしにくいという話もありますが、その点はどうだったのでしょうか?
三上:それは消しています。消さないでそのまま撮れるような場所なんてもうないと思いますね。あらかじめ「ここはこうすれば」というのを考えて選んでいるんです。
―― そういうロケ地の問題も含めて、次第に時代劇が作りにくくなっている面はあると思います。その中で時代劇を作ることに感じられることはありますか?
三上:ぼくにとっては、逆に「現代劇を撮れ」と言われるほうが、どう撮ったらいいのかわからなくなると思います。どこで撮ったらいいのか、どういうふうな衣裳を着せたらいいのか、どういうヘアスタイルにしたらいいのか、かえって迷うような気がしますし、ぼくは大学まで剣道をやって社会人になってから居合や殺陣をやったので刀の扱いはわかるんですけど、銃の扱いはわからないです。そういうことも含めて、ぼくの持っている引き出しと時代劇とはすごく合っているような気がしますね。
―― 今回、パンフレットなどで“ひとり映画会社”という表現が使われていますが“ひとり映画会社”だからこそできることというのはあるのでしょうか?
三上:ありますね。たとえば普通なら10人で分担作業するようなことを、ぼくがひとりでやったら10倍の時間がかかるだけであって、そのかわりひとりでやっていますから意思統一はできると思うんです。どうしても人を介すると意思はバラバラになっていきますので、最初から最後まで自分でやることによって完結できると思うてます。かつ、映画ですから当然、協力してくれる人はいるんですけど、決断するのがぼくひとりでブレがないので、みんなも協力しやすいと思いますね。
―― 今回の『武蔵−むさし−』も前作の『蠢動−しゅんどう−』も、ご覧になった方が楽しめる娯楽作になっていますが、監督はご覧になる方の視点というのはどのように意識なさっていますか?
三上:ぼくは、ジャンルで言うと好きな映画はサスペンスなんですよ。サスペンスがぼくの中では一番面白いと思うので、だから特に今回の『武蔵−むさし−』は120分間、とにかくお客さんに緊張感と緊迫感を感じてもらおうと思っていたので、ちょうどいい映画になったなと思っています。
―― では最後に『武蔵−むさし−』公開を前にしてのお気持ちを聞かせてください。
三上:いまはとにかく宣伝で忙しくて(笑)。結局、ひとりで完結させよう思うたら、宣伝まで自分がしないといけないことになってしまって、パンフレットも全部ぼくがデザインしてますからね。やっぱり、そういうところまで自分がしないと、お客さんと相対することができないと思うてるんです。ぼくはスタンリー・キューブリックという監督が好きで好きで仕方ないんですけども、それは彼の技法というよりも、彼が最初から最後までこだわり続けるところなんです。『フルメタル・ジャケット』のときに日本の広告にまで口を出して「この写真を1センチ右に動かせ」とか言うたらしいですけど、ぼくも全部にこだわりたいので、スタンリー・キューブリック監督がそういうことをやっていたというのがすごい励みになりますね。テクニックの部分ではなく、彼の信念、彼のやり方というのが、ぼくにとって心の師匠です。
(2019年4月16日/都内にて収録)
武蔵−むさし−
- 脚本・監督・編集:三上康雄
- 出演:細田善彦 松平健 目黒祐樹 水野真紀 若林豪 中原丈雄 清水綋治 原田龍二 遠藤久美子 武智健二 半田健人 木之元亮 ほか
2019年5月25日(土)よりロードショー