ひとりの女(渡辺真起子)がインタビューを受けている。女の娘は、中学校で同級生を刺し殺した。殺された少女は、母子の暮らす都営住宅と運河を挟んだ対岸の高層マンションに暮らしていた。混乱と憔悴の中、インタビューアーの言葉に答える女。続いて、男(小林政広)がインタビューを受ける。妻を病で亡くして以来、娘とふたり暮しだった男は、娘を同級生に殺され、生きる望みを失った。勤めていた新聞社を辞め、引きこもりのような生活を送る。
一年後、男は北海道の街で暮らしていた。小さな民宿で寝泊りし、夜明けとともに鉄工所に向かい、働く。仕事が終わると、民宿に戻り、入浴し、食事を摂って、眠る。
そして、女も北海道へとやって来ていた。男の寝泊りする民宿で賄いの仕事をして、ひっそりと生活を営む。
被害者の父親と、加害者の母親。同じ民宿で、毎日顔を合わせながら、言葉を交わすことも、互いに名乗ることも、ない。そんな毎日が続いていた――。
愛の予感
監督:小林政広
出演:小林政広 渡辺真起子
2007年11月下旬よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
2007年/35mm/ビスタサイズ/モノラル/102分
14歳の少女が同級生の少女を刺し殺した。これは、その事件の加害者の母と被害者の父の、その後の物語だ。事件の記憶から、そして世間から逃れようと東京を離れたふたりは、ある地方都市で再び出会うことになる。望まざる邂逅。しかし、そこで芽生えた感情は、憎しみや後ろ暗さだけではなかった。魂と魂が触れ合い、孤独と孤独が擦れ合うとき、摩擦が熱を生むようにして……。
監督は、イラクの邦人人質事件に想を得て製作された『バッシング』でタブーに挑んだ小林政広。彼が最新作に選んだテーマは「愛」。いや、その「予感」だ。それも、目を逸らしたくなるほど鋭利な、激情としての「愛の予感」。不可視のものをスクリーンに映し出してみせることが映画の夢であるならば、決して目には見えない「愛」を描き出すこともまた、極めて野心的な挑戦なのだ。
その野心的な挑戦のため、小林はある決断をした。それは被害者の父・順一を自ら演じること。悔恨と絶望にさいなまれながら孤独に生きる男の、存在そのものの深みを表現するため、自らカメラの前に立つことになる。そして共演者として選ばれたのは、第52回カンヌ国際映画祭批評家連盟賞受賞作『M/OTHER』(諏訪敦彦監督)、第60回カンヌ国際映画祭グランプリ『殯の森』(河瀬直美監督)に出演し、国際的な評価も高い渡辺真起子。順一と同じ絶望に加え、決して消えない罪悪感とともに生きる加害者の母・典子に明確な輪郭を与えている。
また、本作は小林政広監督作品の制作母体であるモンキータウンプロダクションの10周年を記念する作品でもある。インディペンデントでありながら、過去4度にわたりカンヌ国際映画祭へと作品を送り出してきた。プロデューサー・小林直子とともに歩んだ、決して平坦ではなかった道のりに捧げられた一篇のオマージュ。絶望の中で奇跡的に生まれつつある、ある美しい感情についての記憶――。それが『愛の予感』である。
本作は、2007年8月に開催された第60回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門においてグランプリ(金豹賞)をはじめ、CICAE賞(国際芸術映画評論連盟賞)、ヤング審査員賞、ダニエル・シュミット賞の4冠を獲得している。
- 男(桂木順一):小林政広
- 女(木内典子):渡辺真起子
- 脚本・監督:小林政広
- 製作:小林直子
- 撮影監督:西久保弘一
- 助監督:川瀬準也
- 編集:金子尚樹
- 録音:秋元大輔/横山達夫
- 照明:南園智男
- 製作:モンキータウンプロダクション
- 配給:バイオタイド