中学校を舞台にしたミステリースリラー『狂覗(きょうし)』を好評上映中のアップリンク渋谷で、7月29日に藤井秀剛監督と社会学者・映画批評家の宮台真司さんが<学校の狂気=社会の狂気>と題したトークショーをおこないました。
藤井秀剛監督が劇作家・宮沢章夫さんの戯曲「14歳の国」を原案に映画化した『狂覗(きょうし)』は、体育の授業中に生徒不在の教室で5人の中学教師が「秘密の荷物検査」をおこなう中で“真実”が浮かび上がっていくさまを、回想や妄想シーンを織り交ぜながら描く異色の社会派作品。
「精神分析的に印象付けられる映画というのが好き」だという宮台真司さんは、『狂覗(きょうし)』について「冒頭数分の間に“これはぼくの好きな映画だな”というふうに思ったんです」と語り、『狂覗(きょうし)』を「典型的な悪夢映画」と表現しました。
そして宮台さんは、映画の冒頭とラストで同じものが映しだされるのが「メトニミー(換喩)というんです。人間の夢の構造ですけど、音が似ているとか、見た目が似ているとかということで、つながるはずのないことがつながってひとつのパッケージになっちゃうという感じ。(『狂覗(きょうし)』は)典型的なメトニミーを使った悪夢表現なので、この監督さんは精神分析をすごく勉強しているか、でなければ天才的に悪夢の構造がわかっていらっしゃる方なんだなっていうふうに思いました」、また音楽について「メロディ、ハーモニーよりもレゾナンスですよね、残響。サウンドエフェクトとも融合できるような環境音的な要素を含んだ音が全編に流れている。これもすごく印象的でした」、さらに「出ている方の“体温”がすごく同じ感じで揃っているんですね」「身体性がお互いを触媒することによって醸しだす微熱感が感じられて、それもすごく印象的でした」と、メトニミー、音楽、体温の3点を『狂覗(きょうし)』で印象に残った点として挙げました。
藤井監督は「けっこうな数の方々に感想をいただいて、取材も受けさせていただいたんですけど、音楽のことについて話した人がひとりもいないんですよ」と宮台さんの着眼点に驚きを見せ、『狂覗(きょうし)』の音楽は「とにかく脱ハリウッド、どこでも聴けるようなサウンドは絶対にやめよう」と意図しており、音楽を担当したスヴィアトスラヴ・ペトロフさんには「とにかくメロディじゃないかたちのレゾナンスをメインとした雑音の音楽を作ってくれ」と依頼していたと説明。もともとクラブ系のジャンルで活躍し周囲から「君の音楽は映画には向かない」という意見も受けていたというペトロフさんを「ぼくが求めているのはミスマッチのマッチだから」と説得したことを明かし「その結果がこの『狂覗(きょうし)』の音楽で、そこをどなたも突いてくる方がいらっしゃらなかったので、(宮台さんの指摘が)すごく嬉しくて、お酒飲みたい気分です(笑)」と喜びの表情で語りました。
また藤井監督は、宮台さんの「恐怖の表情をするとか、しらを切る表情をするとかというときの“大げさ度”が全員揃っているんです。不足感のある人、過剰感のある人がいてバラバラということがまったくなくて、完全に同じ。これはどうやって実現できたんでしょうか?」という質問に対して「“芝居をするな!”ですね」と回答し「どちらかというと俳優さんには再現力が必要だと思うので、自分の体験の中から驚いたことがあるならその驚いたときの状況を再現してくれと。とにかく“表現しようとはしないでくれ”というところだけは心がけてはいたんです」と『狂覗(きょうし)』における演出法を説明しました。
加えて宮台さんは『狂覗(きょうし)』では俳優陣がスタッフも兼任していることから「小劇場の芝居なんかでは似たような(俳優がスタッフをつとめるという)ことが普通にあるわけだけど、それもまた“体温”が揃う感じ、あるいは共同の達成につながっていく感じというのがあるのかもしれないと思って、かなり強く印象付けられたことです」と述べました。