トークショーに出演した中村無何有(なかむら・むかう)さん、水井真希さん、岡部哲也監督、前枝野乃加(まえだ・ののか)さん、小島祐輔さん、石井裕也監督(左より)
※画像をクリックすると大きく表示します
各地の映画祭で話題を集めてきた『歯まん』(3月2日公開)の特別先行上映が1月28日にアップリンク渋谷で開催され、上映後に主演の前枝野乃加さんと共演の小島祐輔さんら出演者、岡部哲也監督、スペシャルゲストの石井裕也監督がトークショーをおこないました。
この日のゲスト・石井裕也監督をはじめ、多くの監督の作品で助監督をつとめてきた岡部哲也監督の初監督作品である『歯まん』は、体の“ある部分”が変化したため初体験の最中に恋人を殺してしまった高校生・遥香を主人公に「生と性と愛」を描いたダークファンタジー。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2015で北海道知事賞を受賞、2018年の特集上映「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2018」でも満席となるなど各地の映画祭などでの好評を受けて待望の一般公開となりました。
スペシャルゲストの石井裕也監督は、作品について「きっちり横暴ですよね、傲慢。でもそれが全然けなしたりとか批判ということではなくて、それが商業映画じゃない自主映画のすごみというか価値だと思うんですよね。岡部さんがやりたいことをそのままやったというか」と評し「特別なものを観られたなという気持ちにはなりましたね」と感想を述べました。
岡部監督は、当初の脚本では前半は遥香が主人公、後半は遥香が出会う男性・裕介が主人公に変わるストーリーだったのが、脚本を読んだ石井監督の「主人公はひとりにして岡部さんのほんとにやりたいことを描いたほうがいいんじゃないんですか?」という意見をきっかけに考えなおしたと石井監督と『歯まん』の関わりを説明。作品の根本に「コンプレックスを持っている人というのをファンタジーとしてモンスターとして描いて、そのコンプレックスを受け入れて乗り越えるみたいな、そういったものを描きたい」という想いがあり、性描写のあるラブストーリーにした理由を「すごい愛情に飢えていたというか、究極的な愛に対してすごく憧れていたところから始まった感じですよね」と明かしました。
遥香役で映画初主演をつとめた前枝野乃加さん(※『歯まん』には旧名の馬場野々香として出演)は、主演を引き受ける人がいないだろうと思っていたという石井監督から役を受けた理由を質問され「岡部さんにお会いして、岡部さんが表現したいこと、やりたいことというのがすごい熱い想い、強い想いで伝わってきたので、この船に乗って大丈夫だという気持ちになりました」と答えるとともに、これまでの上映で「体張っていたね」「がんばっていたね」など前枝さんを評価する感想やコメントが多く寄せられていることに触れ「うまい言葉が見当たらないんですけど、そこはあまり求めていないというか、私ががんばったことはどうでもよくて、岡部さんの表現したいものが一番メインに来るものなので、私がメインに来るものではないなと思っていて、たまたま岡部さんが見つけていただいて、私を使っていただいたので、岡部さんの表現したいもの、伝えたいものを私なりに全力で」演じたと話しました。
トーク中の岡部哲也監督、水井真希さん、小島祐輔さん、前枝野乃加さん、中村無何有さん、石井裕也監督(左より)
さらに前枝さんは、洋一役の中村無何有さんからの「どういう想いで撮影していたんですか?」という質問に「岡部さんって普段あんまり口数も多くないし、あんまり言葉がうまくないじゃないですか(笑)。だから直接的なわかりやすい言葉でというディスカッションみたいなのはあんまりなかったんですけど、なんとなくそのときの私なりに岡部さんの気持ちを汲み取ろうとはしましたし、それが岡部さん的に正解だったかはわからないですけど、がんばって岡部さんが表現したいものを汲み取ろうとはしていました」と振り返り「正直、自分もガムシャラというか、うまい女優さんとかベテランの女優さんみたいな表現ができない、追いつけない中での自分のもがきみたいなものが、ある意味そこに投影されていたのかなとは思います」とコメント。
その前枝さんの謙遜する言葉に、みどり役の水井真希さんは「メチャクチャお芝居上手ですけどね。もっと“私を見て!”って言っていいんじゃないの?(笑)」と共演者の視点から語り、岡部監督も「けっこう、イメージ通り全部体現してくれたっていう感じですね。3人(前枝さん、小島祐輔さん、水井さん)いなかったら絶対にこうしてここにいられなかったし」と、出演者の演技を評価しました。
また、石井監督は劇中の遥香と裕介の言動について、商業映画のような考え方では「これはさすがにやめましょうってなるわけですよ。でもね、人間ってそういうものなんです、たぶん」と、自主映画だから人間を描けている部分があると指摘。裕介を演じた小島祐輔さんは「当時はほんとにぼくの位置としては、岡部さんはぼくをイメージして(役を)書いてくれたというのでそこに合わすのと、あとぼくがどうアプローチしたら前枝さんが立つんだろうというほうの想いでやってたイメージが強いので、役に乗っかっていた、合わせたというよりも、役的にぼくに寄せていいよと言われていたので、どっちかというと岡部さんの描きたいこと、この子を立てるようにガムシャラ感はあったかなってぼくは思いますね」と、演じていたときの心境を語りました。
そしてトークは上映後だからこその作品の深い部分に迫る方向へと進み、石井監督が「ほかの人にはない、ほかの映画にはない」と評する岡部監督の「こだわり」が浮き彫りになりました。
奇想天外な発想と衝撃的な展開の中で、人を愛することの意味を真摯に問う『歯まん』は、3月2日(土)よりアップリンク渋谷ほか全国順次公開されます。