『ユリ子のアロマ』吉田浩太監督インタビュー
ユリ子は香りとマッサージで人を癒すアロマセラピスト。ある日、剣道部の高校生・徹也と出会ったユリ子は、そのすえた汗の匂いにどうしようもなく惹かれてしまう。そしてユリ子と徹也の奇妙な関係が始まる――。
新鋭・吉田浩太監督の初劇場長編作『ユリ子のアロマ』は、変わった性的嗜好を持った女性が主人公。ドラマ「時効警察」や多くの劇場用作品で存在感を発揮する江口のりこさん、『パンドラの匣』主演の染谷将太さんをメインキャストに迎え、三十路女と男子高校生がハマっていく倒錯した世界を、ギリギリの“寸止めエッチ”でコミカルな要素も交えながら描いていきます。
そしてこの作品は、2008年に若年性脳梗塞に倒れた吉田監督の復帰第1作でもあります。前作『お姉ちゃん、弟といく』が国内外の映画祭で評価され、期待を集めた矢先に病魔に襲われた監督は、生命も危ぶまれる状況から復帰を果たし『ユリ子のアロマ』を完成させました。
“エロス+ユーモラス=エロモラス”と評される独特の世界を作り出した監督が考える「変態」とは? そして、1年におよぶ闘病生活の中で監督が感じたものとは? 吉田監督にお話をうかがいました。
吉田浩太(よしだ・こうた)監督プロフィール
1978年生まれ、東京都出身。早稲田大学在学中の2002年よりENBUゼミナール映画監督コースで篠原哲雄監督・豊島圭介監督に師事。ENBUゼミ在籍中に初監督した自主映画『落花生』が2003年早稲田映画祭準グランプリを受賞する。その後、フリーの助監督を経て2004年に映像制作会社シャイカーに入社。テレビドラマやDVDオリジナル作品の演出・脚本、メイキング映像演出などを手がけつつ自身の監督作品も製作し、2006年製作の中編『お姉ちゃん、弟といく』が国内外の映画祭で注目を集める。2008年、新作映画の準備中に若年性脳梗塞により入院。1年の療養生活とリハビリを経て復帰を果たした。ほかの監督作に自主映画『象のなみだ』(2005年製作・2010年劇場公開)など。
「自分が抱えている願望を女性にも持っていてほしい」
―― 『ユリ子のアロマ』は、男子高校生の匂いに惹かれる女性が主人公という、ひじょうにユニークな作品だと感じました。こういう設定を思いつかれた動機はなんだったのでしょうか?
吉田:前作の『お姉ちゃん、弟といく』(2006年・2010年劇場公開)という作品もそうなんですけど、ぼくはちょっとおかしな性癖を持った人が好きなんです(笑)。まずそこが根本的なモチベーションとしてあります。そして『ユリ子のアロマ』に関しては「剣道の篭手(こて)の匂いを嗅ぐ女性がいたら面白いなあ」と思いついて、そこがきっかけとなっているんです。
―― そこで剣道の篭手というアイテムを発想されたのがすごいなあと(笑)。
吉田:アハハ(笑)。ぼくは実際に幼稚園から大学くらいまで剣道をやっていたんですよ。それで、剣道ってなかなか報われないスポーツだなって感じがあったんです。たとえば、野球だったら頑張れば甲子園に行けたりするかもしれないし、そこで注目されたりフィードバックがあるじゃないですか。剣道って、そういうものがまったくないに等しいんです(笑)。若いころには、それがつらいというか、どんなに頑張っても出口が見えないスポーツのように思えたんですね。だから、剣道というスポーツがもうちょっと報われてほしいという気持ちが自分の中にあったんです。篭手とかが臭いというのも剣道が報われないことのひとつだと思っているんですけど、その匂いにハマってしまう女性がいたら、自分の剣道に対する気持ちも報われるだろうなというのがあって、剣道という題材と篭手というアイテムを選んだということなんです。
―― 「寸止めエッチ」というフレーズがチラシなどで使われていますけど、前作の『お姉ちゃん、弟といく』も、今回の『ユリ子のアロマ』も、ストーリーの上でも映像的な面でも“一歩手前”のところで描いている感じがありますね。
『ユリ子のアロマ』より。江口のりこさん演じるユリ子(右)は染谷将太さん演じる徹也(左)の汗の匂いに惹かれていく……
吉田:「寸止めエッチ」というフレーズを考えてくださったのはプロデューサーの方なんですけど、単純にぼくの興味として間接的な描写が好きなんですね。もっと直接的に描写する映画とか、アダルトビデオなんかも含めて、直接的な世界も嫌いではないんですが、ぼく自身が間接的な描写のほうにフェティシズムみたいなものがすごくあって、そこに興奮するというのがあるんです。
―― 『ユリ子のアロマ』は、変わった性癖を女性が持っているという設定なのが面白いと思いました。『お姉ちゃん、弟といく』でも、弟も変わっているんだけど、むしろそれによって姉の変わった性癖が露わになっていく話ですし、女性にそういうキャラクターを与えている理由というのは?
吉田:たぶん「こうあってほしい」というぼく自身の願望でしょうね (笑)。ユリ子が篭手に対してエロい感じが入っちゃうとか、『お姉ちゃん、弟といく』で姉が弟に対して妄想を抱くとかは、女性特有のものではなくて男性的な願望のような気がするんです。それはぼく自身が抱えている願望と同じで、それと同じものを女性も持っていてほしいという気持ちがあるんじゃないかなあ。あんまり深く考えてはいないんですけど、そういう気がしますね。そういう願望を持っている女性を映画にしたときに、男性だけではなくて、女性に観てもらっても楽しめる映画になっていればいいかなって思っているんです。
―― こういう題材の映画を作るときに難しい点として、やり方によっては観た方が引いてしまうような作品になってしまうというところがあると思うんです。監督の作品ではそこを重過ぎず軽過ぎずみたいな感じでクリアしているように感じたのですが、気をつけられた点はありますか?
吉田:それはですね、実は『お姉ちゃん、弟といく』のときにはあまり気をつけてなかったんですけど、今回の『ユリ子のアロマ』ではかなり意識したところがありました。特に、キャスティングで主演を江口(のりこ)さんにお願いしているのはそこがあるんです。おそらく、江口さんって「篭手の匂いを嗅いでちょっとエロい感じになって」というお芝居をしても、女性が観たときに「うわっ、この人こんなことやっちゃっているよ」みたいに感じないと思うんですよ。江口さんがやると女性でもサラッと観れちゃって、嫌なエロさにはならないような気がしていて、そこは気をつけた点ですね。
「おかしさの度合いがどうあるか。正常かおかしいかという境目はない」
―― 江口のりこさんのお名前が出たところでキャスティングについておうかがいしたのですが、江口さんは『お姉ちゃん、弟といく』と『ユリ子のアロマ』と続けての主演ですね。
吉田:『お姉ちゃん、弟といく』は、ちょうど江口さん主演の『月とチェリー』(2004年/タナダユキ監督)を観たあとだったんです。『月とチェリー』を観たときに「この人はいままで観たことがない人だな」と思ったんです。ちょっと意味がわからないというか(笑)。あの存在自体にすごく興味を惹かれたというところがありましたね。
―― そして江口さん演じるユリ子の相手役となる高校生の徹也に染谷将太さんを起用されていますが、染谷さんを起用した理由というのは?
吉田:染谷くんは『パンドラの匣』(2009年/冨永昌敬監督)に主演で出ているので、まずそれを観ていて「いいなあ」というのがありました。あとは、徹也という役はそんな美男子じゃないんだけど、坊主頭になってもなんか惹かれてしまうような顔立ちの人がいいなと思っていたんです。その惹かれてしまう感じというのはイケメンとかではなくて存在感として欲しかったので、染谷くんだったら間違いないだろうなと思っていました。それから、徹也っていうのはぼくの化身とまでは言わないですけど、ちょっとかつての自分を投影したような気持ちも入っているので、染谷くんのような役者に演じてもらったら、かつての自分も報われるだろうというなという私的な願望もありました(笑)。
―― 原紗央莉さんが、ちょっと不思議な役どころを演じられていますね。
『ユリ子のアロマ』より。原紗央莉さん演じるアヤメ(左)とユリ子
吉田:アロマサロンで癒されるというのは、現代の女性がすごく求めているものだと思うんですよね。そういう側面を出していきたいというのがあったんです。ユリ子が働いている場所に、現代的な女性のひとりとして出てくるという感じですね。それからもうひとつの側面として、ユリ子は男性の匂いに惹かれていくんですけど、原さんが演じるアヤメという役はユリ子の匂いに惹かれていくんです。女性の匂いに惹かれていく人として観てもらえたらいいなあと思っていました。原さんは、ほかにいないような魅力のある人だと思っていたんです。ゴロッとした存在感があるというか、そんな感じがして、ぼくの知り合いの映画とかにも出ていらしゃっていて、お芝居もできる方だとわかっていたのでお願いしたんですけど、やっぱり実際にお会いしたり、現場で演じてもらうと、その存在感に圧倒されますね、原さんは。
―― 個人的に印象に残ったのが木嶋のりこさんで、もちろん彼女の役が魅力的だったというのもあるんですけど、あの役のいる位置が面白かったんです。彼女はユリ子とか徹也に「あんたたちおかしいよ」って指差すような位置にいると思うんですね。それは『お姉ちゃん、弟といく』で菜葉菜さんが演じた役の位置と似ていて、その主人公たちとの距離感が面白いなあと。
吉田:ああ、そうですね。菜葉菜さんの役と今回の木嶋さんの役って、すごく立場として似ていますね。たぶん、すごく客観的な立場なんでしょうね。ぼくの中でも、すごく客観的に彼女たちを見ていると思うんですよ。『ユリ子のアロマ』のユリ子と徹也や『お姉ちゃん、弟といく』のお姉ちゃんと弟に関しては主観的に入り込んで見ているんですけど、菜葉菜さんとか木嶋さんに関しては現場でもすごく客観的に見ていましたね。それは、言われてみればそうだったと思います。
―― 一方で、その木嶋さんや菜葉菜さんの役や、徹也の同級生も、登場人物全員どこかおかしいところを持ってる気がするんです。おかしいか普通かは、黒か白かで分かれているのではなくて濃いか薄いかの話で、それこそ観客まで含めてみんな地続きなんじゃないかみたいな感じを受けました。
吉田:やっぱり、この話は「みんなおかしい」ってお話なんですよね。木嶋さんの役にしても徹也の同級生にしても、おそらく「おかしい人」としてあるんですよ。ぼくはそれを普通の範囲内だと思っているんですけど、客観的に見たら間違いなくどっかおかしい(笑)。だから、度合いですよね、おかしさの度合いがどうあるかという。正常かおかしいかという境目はないんですよね。
―― ポスターなどで「変態じゃ、いけませんか!?」というコピーが使われていますけど、監督ご自身はいわゆる“変態”と呼ばれるような嗜好にどういう視点を持っていらっしゃるんでしょうか?
吉田:ぼくは、ほかの人から見るとどうかはわからないんですけど、自分では自分のことをそんなおかしくはないと思っているんですよ(笑)。だから、おかしい人に対してすごく憧れがあるんですよね。自分はけっこう押しとどめてしまうほうなので、衝動的に動いてしまう人への憧れが常にあるんですよ。そういう視点で見ているんじゃないかなって思うんです。
「これからどこに向かっていくのか、客観的に見られるようになった」
―― 『ユリ子のアロマ』は、ご病気からの復帰作になるんですよね。
吉田:そうなんですよ。2008年の1月なんですけど、篠原(哲雄)さんがワークショップの中で作る小さな作品があって、その助監督をやっていたんです。それで台本の打ち合わせかなんかをしているときに普通に立ち上がったら、その瞬間に「キーン」って強烈な耳鳴りがして、そのままフラフラとぶっ倒れちゃったんですね。そのあとは体が宙に浮いている感じがして、吐き気と目まいがして、ガタガタ震えている感じでした。もう自分ではなにもできない状態で、救急車で運ばれて入院したんです。そして病院で「脳梗塞の疑いがある」と聞かされて、検査をしたらやっぱり脳梗塞だと。2週間くらいで退院はしたんですけど、後遺症に悩まされましたね。麻痺とかはなかったんですけど、なにもしていないときにもいきなり目まいがして気絶しそうになったりとかが日常茶飯事で、普通に日常生活を送ることができなかったんです。
―― 大きな手術も受けられたということですが?
吉田:脳梗塞では手術はしなかったんですよ。でも、脳の検査をしていく中で脳動脈瘤が見つかって、それで手術をしなくてはならなかったんです。頭を開ける手術だったので、けっこう大変でしたね。手術をしたのは脳梗塞で倒れてから半年くらいあとなんですけど、半年経っても脳梗塞の後遺症は全然よくならなくて、気持ち悪いのが毎日続いているみたいな状況の中で手術をしたので、手術のあとは脳梗塞の後遺症も残りつつ、手術の痛みにも耐えつつみたいな、泣きっ面に蜂状態の生活をしていました(笑)。
―― やっぱり、そういう状況になると精神的に不安も出てきますよね?
吉田:すごくありましたね。特に映画に対してですよね。「ほんとに映画をやっていけるのか?」って気持ちがすごくあったんです。映画を作るのって、すごくエネルギーを発しなければならない仕事なんですよね。現場はほんとに肉体労働ですし、だから「無理だろうな」って気持ちもあったし、それでも「映画をやるしかないだろうな」って思うんですけど、また「できるかな?」って不安になるみたいな、そういう葛藤がありましたね。
―― お仕事に復帰されたのはいつごろなんでしょうか?
吉田:どこで復帰なのかというタイミングは曖昧だったりするんですけど、一応正式に会社に復帰となったのはちょうど倒れてから1年した2009年の1月ですね。うちの会社はNHK教育のドラマ(「天才テレビくん」枠内ミニドラマ)をやっているので、その脚本とかから始めていったんです。それで、復帰をしたころには、もう「映画を作ろう」という気持ちになっていたと思います。不安に思いつつも「でもやるしかねえな」みたいなモードに持っていった感じでしたね。
―― 実際に『ユリ子のアロマ』の制作を進められていく中で、戸惑いみたいなものはありませんでしたか?
吉田:特に不安だったのが、人との接し合いですね。映画監督は現場を引っ張っていかなくちゃならないし、スタッフや役者とやりとりしなくちゃならない。リハビリ期間が長かったので、その間は人とコミュニケーションをとるってことができなかったんですよね。だから、そこらへんができるかなという不安は常にありました。でも、それはもうやっていく中で築いていくしかないと思って、なんとかやりながらもスタッフの多大な尽力を得て日々乗り越えた感じでした。
―― そういうご苦労も乗り越えて『ユリ子のアロマ』が完成したときには、どんなお気持ちでしたか?
吉田:安心感が一番最初にありましたね。「撮れてよかった」という(笑)。それが一番大きかったかなあ……。それプラス、これまでは自分のやりたい企画というのがなかなか実現しなかったので、それができたことの喜びが大きかったですね。それから、撮っている最中はあんまり感じなかったんですけど、作り終わったことによって、自分がどうしてこの作品を撮ったんだろうとか、自分はこれからどこに向かっていくんだろうというのが、すごく客観的に見られるようになった気がします。それは病気のことも含めてですね。なぜ病気をしたんだろうとか、1年間の療養期間はなんだったんだろうということをすごく考えるようになりました。療養期間中というのは「これからどうすればいいのか」という不安しかなかったんですけど、実際にできたことで、安心感と、たぶん「あ、できるんだ」って自信もちょっとついたと思うんですよ。そうして初めて客観的になれている気がしています。
―― これは失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、最初に倒れたのが映画の現場だったというのは、ちゃんと現場に戻るんだってことがなにかに決められていたんじゃないかって思いました。
吉田:ああ、なるほどね(笑)。でも、そうですよね。そういうふうに捉えられたらいいなというのは、自分でも思っています。「自分は映画に見放されたんじゃなかったんだ」じゃないですけど、そんな気持ちになれればいいと思っているんです。
(2010年4月26日/ユーロスペースにて収録)